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業界動向 2022.05.25

オープンなAR体験構築のために: Niantic担当者に聞く「Lightship VPS」の可能性

2022年5月25日・26日(アメリカ太平洋時間)、NianticはAR開発環境「Lightship」に関する初の開発者会議「Lightship Summit 2022」を開催した。その基調講演では、あらゆる場所で「センチメートル単位の位置把握」を実現するLightship VPS(Visual Positioning System)を含め、多数の新技術が発表されている。

Nianticは、日本でも2022年6月24日に、開発者会議「Lightship Summit Japan 2022」を開催する予定であることも明らかにした。日本ですぐに開発者会議が開かれるのは、それだけ日本の開発者がARに積極的であり、ユニークなアプリケーションを作る、と期待されているからでもある。たとえば基調講演でデモされた5つのアプリのうち、2つは日本のライゾマティクス集英社XRによるものだ。

また開発者向けのドキュメントも、日本語へローカライズされたものが用意される。これは「初めての英語以外のドキュメント」となるようで、それだけ日本には期待が集まっていることがうかがえる。

今回は「Lightship Summit Japan 2022」の前に、いち早く米Nianticのプロダクトマネジメント担当シニアディレクター・Kjell Bronder氏に単独インタビュー。発表された「Lightship VPS」の詳細や、競合企業との関係などをどう捉えているのか訊いた。


(米Nianticのプロダクトマネジメント担当シニアディレクター、Kjell Bronder氏)

Lightship VPSはどのような技術なのか

それでは、基調講演での発表と合わせて、Nianticの考える「リアルワールド・メタバース」の構成要素について見ていこう。まずは今回発表された内容のおさらいからだ。

1つ目の大きな発表は、もちろん「Lightship VPS」。利用者の位置や向きをセンチメートル単位で把握し、ARアプリケーションに活かすシステムだ。


(基調講演でLightship VPSを発表する、Niantic CEOのジョン・ハンケ氏)

発表時点でのLightship VPSは、東京・サンフランシスコ・ロンドン・ロサンゼルス・ニューヨーク・シアトルの3万以上の地点に対応しており、対応したアプリを使っている人がその場所に行けば、みな同じように「その場所にあるARオブジェクト」を見ることができる。


(Lightship VPSが現状使える都市。3万以上の地点に対応しているという)

さらに今年3月Nianticが買収したWebAR企業、8th Wallの技術を活用した、Lightship VPSをウェブ上からも使える「Lightship VPS for WebAR」も公開された。アプリが必須という形ではなく、スマホ+Webブラウザでの利用も可能にすることで、その“幅”が大きく広がることになる。


(8th Wallの技術と統合、スマホのWebブラウザから使える「Lightship VPS for WebAR」も実現)

VPSがどう重要なのかを知る前に、VPSがどう動いているかも解説しておこう。簡単に言えば、カメラからの画像認識で周囲の建物やオブジェなどを撮影し、「その風景の特徴」を画像認識した上で、データベース上にある情報と照合する。さらにスマホのGPS情報と組み合わせることで、「センチメートル単位」と言われる精度を実現する仕組みだ。


(カメラの映像から地点情報を見つけ出すのがVPSの特徴だ)

インタビューに応じたBronder氏も、次のように説明する。

Bronder:
GPSは、1メートルから数メートルまで測位可能です。おそらく東京での精度はもう少し悪いでしょう。また、GPSでは自分が見ている方向がわかりません。

VPSはカメラで撮影した映像をもとに、見ている建物を認識し、自分がどこにいるかという緯度経度だけでなく、どの方角を見ているのかも教えてくれます。あなたが見ている場所が分かれば、そこにどんな建物があるかが分かるからです。もしそこにドラゴンがいれば、(ARで)建物の屋根に降り立つことだってできますよ。VPSであれば、あなたのデバイスがどこを見ているのかがよく分かるからです。

いわゆる「6DoF」に対応することになりますから、自分がどこの何を見ているのかが、本当に分かります。そうすることで、リアルワールドの上に何かを重ねるとき、必要な場所に正確に配置されているかどうかを確認できるわけです。

特に、私たちのゲーム・チームでは、この精度の重要性を強く認識しています。だから「どうすれば正確に再現できるか」という課題に取り組んでいるんです。

Bronder氏は、続いてVPSの重要性について語った。

Bronder:
VPSがこれほどエキサイティングで重要な理由は、やはりARコンテンツを「意味のある場所に配置できる」ということ。これは本当に大切だと思います。

ゲーム・チームは、サービスの中でストーリーを伝えたいと考えています。ストーリーを語るには、コンテキスト(文脈)が必要で、そのためにはコンテンツを現実世界の場所に紐付けて置けるようにしたいのです。これこそが、リアルワールドにあるコンテンツの次のレイヤーを解き放つのに役立つと思います。

私たちのミッションと関連づけてみましょう。私たちNianticのゴールは、「人々を刺激して一緒に世界を探検すること」です。私たちはリアルワールドの上にオーバーレイを作り、現実世界にさらなる文脈と意味を与える、魔法のようなレイヤーを追加したいのです。そうすることで、人々は「世界を探検する理由」を見つけるでしょう。

そうした使い方を進める上では、WebARのサポートが非常に重要な意味を持つ。複雑なゲームを提供するにはアプリの方が良いが、アプリをダウンロードしてもらうにはハードルもある。その点、WebARならばWebブラウザで開けばいいだけだから簡単だ。

Bronder:
8th Wallの技術によってWebARベースのアプリケーションをサポートすることは、非常に重要です。彼らは非常にエキサイティングなチームで、私たちのVPSチームと密接に協力し、VPSを彼らのウェブ開発キットの中に統合しています。

では、Lightship VPSを使う上でのパフォーマンス要件はどうなるのだろうか? スマートフォンの性能はばらつきが大きい。スマートフォン自体が定着したから、という点が大きいのだろうが、既に買い替えのサイクルは平均4年を超え、相対的に性能が低い製品を使い続ける人も少なくない。

Bronder:
Lightship VPSはARKit(iOS、iPadOS)とARCore(Android)の両方に対応しています。もちろん、GPSは備えている必要があります。あと必要なのは「通信」ですね。それでVPSはサポートできます。

つまりすべての処理がローカルで行われるわけではなく、サーバー側のコンポーネントがあり、そちらで多くの処理が行われます。スマートフォンのハードウェアには、それほど大きな負荷は与えず、実際のバッテリーに与える影響が少ないということです。

VPSのために通信をすることにはパフォーマンス面での負荷がありますが、ARを使っている間に過大な負荷がかかることはない、と考えています。もちろん、最初のうちはグラフィックのパフォーマンスに依存するのかもしれませんが。

地点拡大は「ユーザーのいる場所」を軸に。ゲームで培った地点データはすでに「1,000万箇所」を超える

Lightship VPSには独自の特徴がある。それはVPSで把握できる場所が「ポイント」的である、ということだ。


(1枚目は東京、2枚目はサンフランシスコの「Lightship VPS」がカバーしている地点。光っている点が現状、Lightship VPSが使える場所だ)

Lightship VPSのために集められた地点データは、もともとNianticのゲームである「Ingress」と「ポケモンGO」のために収集されたもの。そのため、移動する道全体をデータ化しているというより、移動の結果訪れる場所を点としてデータ化している。

この特性や、エリアの広げ方などについてはどうだろうか?

Bronder:
私たちは今、「プレイヤーがいる場所」にとても集中しています。まずは3万箇所のロケーションに対応する予定ですが、もちろん既存のスポットもどんどん有効化していきます。すでにデータ化されているスポットの数は1,000万をはるかに超えていますし、それらのロックを解除することも可能です。

しかし、私たちの戦略の核となるのは「プレイヤーとしてマップを拡張すること」です。新しいタイプのゲームプレイを生み出し、新しいタイプのメジャーなゲームを紹介し、プレイヤーがマップの拡張に貢献したいと思うようにすることです。

また、Lightship VPSの一部として、開発者の方々にも別のサービスを提供することも考えています。なぜなら、開発者は(今は地点化されていないけれど)精度が高い位置情報が欲しい場所があるかもしれないわけですから。開発者も「マップの充実に貢献しよう」という気になるはずです。

すなわち、単純かつ面的にVPSのサポート地点を塗りつぶすというより、「利用者がその場所に行って価値がある地点」「アプリやサービスを展開する人々にとって価値がある地点」をカバーすることで独自性を出していく、ということなのだろう。

その上で、VPSをどのようなアプリケーションに使うのかという点も気になる。ゲームは分かりやすいが、それ以外についてはどう考えているのだろうか?

Bronder:
あらゆる種類の変革的な技術と同じで、いろいろな可能性があります。まずはゲームです。私たちは今、デベロッパーと一緒にエンターテインメントに取り組んでいます。

また、既存のコンテンツにどのようにストーリーを持たせるか、という技術としても使ええると考えています。音楽や映画など、ファンタジーの世界をよりリアルに感じられるようになるでしょう。旅行や観光のコースでも多く見られると思いますし、教育も大きなテーマです。

Niantic Venturesが行っている大きな投資のひとつに、ウェルネス・アプリケーションの「TRIPP」があります。リラックスしたり、瞑想したりできる世界の素敵な場所を発見し、その習慣を身につけるための方法を見つける手助けをしてくれます。

(ウェルネス・アプリケーションの「TRIPP」。Niantic Venturesの出資が今回決まった)

Nianticの考える未来は「オープンモデル」、ARグラスにVPSは必須の要素

もう一つ気になるのは、他社との競合をどう考えているかだ。5月11日にはGoogleが年次開発者会議「Google I/O」を開催し、そこでGoogleマップやストリートビューのデータを活用したVPS「ARCore Geospatial API」が公開された。

こちらも対応する都市はまだ少ないものの、どちらかといえばLightship VPSとは違い、「街を面で塗りつぶす」ような方針であるイメージを受ける。そしてVPSを開発する企業はGoogleだけでなく世界中に多数存在し、競合は今後激化することが予想される。この点をどう見ているのだろうか?

Bronder:
それは大きなチャレンジになると思います。他の企業の多くは、「壁に囲まれた庭(Walled Garden)」のようなアプローチで非常に凝り固まっていると思います。しかし、私たちは、これは不完全なものだと考えています。

我々が目指しているのは、オープンなAR体験でありたいということです。ARコンテンツがプラットフォーム間で共有され、コンテンツを通じてアクセスできるオープンな世界です。これは私たちが望むビジョンでもあります。これを証明するために、私たちはリファレンスデザインを作成しました。そして業界に対して、このようにオープンな方法でARを考えるよう働きかけています。今、私たちがコントロールできるのは、自分たちのアクションだけなのです。

そしてもう1つ、気になることがある。ARグラスへの対応だ。まだ現状では「これだ」というプロダクトはできあがっていないが、今の流れのまま行けば「いつか来る」のは間違いない。VPSはARグラスに必須の技術とも言われているが、その点についてどう考えているか、最後にBronder氏に答えていただこう。

Bronder:
ARグラスは、間違いなく、私たちがとても楽しみにしているものです。私たちはQualcommと共同でリファレンスデザインを作成すると発表しましたが、そこから私たちの意見は読み取れるかと思います。

(筆者注:QualcommはAR開発プラットフォーム「Snapdragon Spaces」発表済みで、今年中に提供を予定している。Snapdragon Spacesの開発はNianticも協力しており、Lightshipとも統合されている。また、「Snapdragon XR2」を使ったスマートビューアーのリファレンスモデルも先日公開された)

ARグラスは、ARの未来の一部です。この点については、今後も考え続ける必要があります。現在構築しているすべてのサービスは、ARグラスに必要なものであると、私たちは考えています。VPSはその好例ですね。

例えばあなたがARグラスを装着している場合、スマートフォンでもメガネそのものでも、あるいは他の種類のデバイスでも、あなたの位置情報を特定する必要があります。その上で私たちは、自社が持つ要素をどのように構築するかということに取り組んでいます。現在はスマートフォン向けですが、将来的にはヘッドセットも視野に入れています。

私たちは多くのことを学びましたので、屋外用のヘッドセットを作る人が誰でも、私たちが学んだことを活用し、学ぶことができるようにしたいのです。実際にARグラスを作るメーカーに影響を与え、VPSが提供するサービスに最適なチューニングを施したメガネを作っていただきたい、と考えています。

(了)


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