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業界動向 2024.03.22

「展開を加速させる」VR開発のShiftallがパナソニックを離れたワケ

2024年1月31日。パナソニック傘下のXRハードウェアメーカーである株式会社Shiftallの全株式を、株式会社クリーク・アンド・リバー(C&R)が取得したというニュースが飛び込んできた。

Shiftallはメガネ型のVRデバイス「MeganeX」や全身モーションキャプチャデバイス「HaritoraX」等を開発・販売するなど、日本では珍しい「XRのハードウェアを手掛ける企業」だ。そのShiftallがパナソニックグループを抜け、テレビやゲーム向けの映像、3DCG等を制作するクリエイティブエージェンシー、つまりC&Rに加わるという。

このニュースを目にしたとき、筆者の頭の中には早くも多くの疑問が浮かんでいた。C&RはXRハードウェアを取り扱っているし、BtoBでコンテンツも作っている。しかし、“今”Shiftallを傘下に組み入れる目的は何なのだろうか?

そして、今後のShiftallの製品展開に影響はあるのだろうか? 特にMeganeXの映像・音響周りにはパナソニックの技術を応用しており、パナソニック傘下だからこそ、グローバルでも競争力を持てるハードウェアを生み出せているように見えた。これは少なからず彼らのハードウェアが変わることを意味するのだろうか?

こうした状況を受け、Mogura VR NewsはC&RとShiftallに独占取材を実施した。インタビューに答えてくれたのは、C&RのVR事業責任者である青木克仁氏、Shiftallの代表取締役である岩佐琢磨氏だ。


(左: Shiftall 代表取締役 岩佐琢磨氏、右: C&R 取締役CMO 青木克仁氏)

ShiftallがC&Rの欠けているピースを埋める

——C&RのXR・メタバース事業はどのような展開をしているのでしょうか?

青木克仁氏(青木):
C&Rは2016年に株式会社VR Japanという子会社を立ち上げました。僕が初代社長で、中国のVRデバイスメーカー「IDEALENS」のデバイスを日本で独占的に販売する、という形でXRハードウェア分野に参入しています。

最初はコンシューマー向け(BtoC)で売り出しましたが、市場は全く存在せず、途中からは完全に企業向け(BtoB)へ切り替えて販売していました。BtoBでは単純にデバイスを売るだけではなく、通信やファイルの暗号化、リモートでのソフトウェア更新など、実際の現場で使うユーザーの視点に立った展開を行っていました。


(「IDEALENS」シリーズ。左が「IDEALENS K2+」、右が4K解像度の「IDEALENS K4」)

青木:
VR Japanを立ち上げたと同時に、C&Rの中にもVR部門を立ち上げています。XRコンテンツの開発、人材関連からコンサルティングまで幅広く対応し、ハードウェア事業と両輪で動いてきたわけです。このVR事業はうまくいきました。XR業界ではスタートアップや事業会社も赤字を続けているところが多いなか、堅実に実績を積み、利益も出し、事業を展開してきたという自負があります。デバイスの輸入販売に保守運用、コンテンツ開発、導入も含めた事業コンサルティング、そして人材ビジネス。全部こなせる企業があまりなかったので重宝されました。

最近のC&Rは、XRをかなり広く捉えています。事業課題に向き合って、XRが必要であればXRを、XRが必要でなければその他のソリューションを提案していくようなスタイルです。メタバースに関しても同じです。メタバースは“場貸しビジネス”が多いと思うんですが、我々としては全く別のアプローチで、まずは自社の主たる事業に使えるメタバースを内製してみよう、となりました。

我々はクリエイターさんにご登録いただいて、その資産を活用してる会社です。クリエイターさんの弊社への帰属意識をより高めるために自分たちでメタバースを作って、ソフトローンチまでこぎつけました。2024年中には、自社で役立てながら販売もしていくフェーズに移っていこうと考えています。

——今回のShiftallの譲渡については、いつ頃からお話が始まったのでしょうか?

岩佐琢磨氏(岩佐):
2023年の夏ぐらいですね。ちょうどパナソニックグループの中で事業の整理が行われているタイミングでした。世間的に知られているところでいくと、自動車関連のパナソニック オートモーティブシステムズ株式会社売却する話もありましたね。

Shiftallはパナソニックホールディングスの傘下でしたが、少なくともホールディングスとしては、僕らがやっているBtoBtoCのVR事業は「コア事業ではない」という判断になりました。「逆にこれから伸びるのに、何で投資しないんですか」とは言いましたが、決まってしまった以上は仕方ありません。

ShiftallのVR事業を全部止めてしまうなり、グループにとってコアな事業に転換するなりしてグループに残る選択肢もありました。ですが、僕らはこの領域はまだまだ伸びると思っています。だから、もっとチャレンジしていきたい。結果として、この領域に投資しつつ一緒に事業を続けられるパートナーを探す運びとなりました。M&Aはお見合いのようなものです。パートナーとなる候補の会社を探し、お話していく中でC&Rと出会い、いろいろな議論を経て無事入籍した、という流れです。

——C&R側では、Shiftallという会社をどういう会社だと認識しているのか教えていただけますか。

青木:
Shiftallの社名は知ってましたし、岩佐さんも業界では名が通った方です。ただ、お会いしたことはありませんでした。以前から気になっていたものの、これといった接点がなかったんです。我々はずっと独自路線を重要視していて、いわゆる業界からはある程度の距離を置いていましたから。

会長の井川(※C&Rの創業者兼代表取締役会長の井川幸広氏)に呼ばれて、「こういう会社があるんだけど……」とShiftallの名前を出された時は少し戸惑いました。先ほども述べたように、私たちはB2Cで一旦手を引いた過去がありますから、はじめは「デバイスを作って販売していくことは、我々がやるべきビジネスではないのかも」と思ったんです。しかし冷静に考えてみると「C&Rに欠けているピースを手に入れるチャンスなのではないか?」という思いも浮かんできたんです。

私たちは幅広いビジネスモデルやソリューションを提供しています。他方でBtoCやグローバル展開、そして何よりもハードウェアが欠けている。これまではクライアントの課題解決に取り組もうとしたときに、多少無理があったとしても、既に世の中にあるデバイスを対応させることしかできなかったわけです。

しかし、Shiftallと取り組むなら全く変わってきます。クライアントが求めている課題解決に最も適したデバイス開発の可能性が生まれますし、ひょっとすると、本当にデバイス開発からソリューションの導入、運用、サポート、そして修理まで、すべて自社で賄えるかもしれない。そしてそれを総合的に行える企業は、世界で見ても稀有です。

——総合的な力が持てるということで、C&Rに欠けたピースとしてShiftallを選んだと。

青木:
C&Rは各パートで特化した取り組みを行ってきたからこその総合力があると思っています。それをより活かす、伸ばす方向で考えようと。「何でもできるは何でもできない」と思われがちですが、実績に裏打ちされているなら話は別です。

Shiftallが既に取り組んできたようなグローバル展開も非常に重視しています。世界的なコミュニティやネットワークを持っているわけですから、これはXR以外で我々が世界展開したいビジネスにも活かせそうだと考えています。そうそう、岩佐さんはShiftallを「XR業界のロジクール」と表現していたので、かなり分かりやすくイメージがついたんですよね。

——面白い表現です。確かに、海外でもShiftall製品は知られていますよね。

岩佐:
既に直近2,3ヶ月ぐらいの「HaritoraX」シリーズの売上を見ていると、海外からの売り上げが50%近いんです。製造も全部海外ですし、既にShiftall製品はグローバルだと言っていいと思いますね。ハードウェアはソフトウェアやサービスと違って、国際展開が非常にしやすいんです。そしてグローバルで見たときに、ハードウェアを作っているプレイヤーはすごく少ない。単純に難しいですから。


(身体の動きをアバターに反映するモーションキャプチャデバイス「HaritoraX ワイヤレス」)

——では、今回の買収でShiftallはどういった立ち位置になるのでしょう。

岩佐:
中長期的にはまさにこれから話していくところですが、当面はあまり変わりません。以前はパナソニックから非常勤で取締役の方が3名入り、独立運営というような形でした。大企業の中の「出島」ですね。今回の買収を経て、ShiftallはC&Rグループの中の1社という位置づけになります。C&Rグループは各社それぞれが独立しているので、連携はするものの、仕組み的には以前と変わらないと思います。

——ということは、組織運営の面でも変化はないのでしょうか?

青木:
C&Rには子会社が現在30社あります。100%子会社もそうでない会社もありますが、各社独立して事業を行っています。一方的に「あれやって、これやって」という関係ではありません。大事なのはC&Rグループの「プロフェッショナルの生涯価値の向上」という理念・ミッションに共感し、それを中心に各社が回っていることで、子会社には「自分たちの領域で攻め、自分たちのマーケットを深掘りし、そして他のグループ会社と連携して付加価値向上を追求してほしい」というお願いをしています。

岩佐:
実態としては、パナソニックから非常勤で入っていただいた取締役の方は、今回の譲渡に伴い1月31日付で退任となりました。代わりに青木さんを含むC&Rからの非常勤の取締役の方に入っていただきました。そして、Shiftall的には組織体制はほとんど変わっていないんです。ただ、C&Rグループの方がパナソニックよりもXR領域での事業が多くありますから、連携することで伸びしろはたくさんあると思っています。

変わらぬ製品展開、B2CとB2Bの両輪へ

——Shiftall側としては、今回の譲渡を受けて、改めてやりたいことはありますか?

岩佐:
今のところはVR、主に「VRChat」のユーザーに向けたハードウェアビジネスをより伸ばしていく、つまるところこれまでの路線を継続するつもりです。

青木:
グローバルに向けての展開もあり、より伸ばす方向でやっていただきたいし、C&Rとしてはそのサポートもしたい。ただ、せっかく一緒になったので、BtoBの方にも一部目を向けてもらって、一緒にやっていきましょう、といった状況ですね。

岩佐:
組み合わせるソフトウェアやサービスは違ってきますが、ハードウェア的には、意外とB2BとB2Cが同じデバイスでもいけることが多いと考えています。そのあたりもうまく展開できるのではないかと。

——Shiftallの製品は「mutalk」のように特定の機能にフォーカスして別のサービスで使う、あるいは「HaritoraX」のようにVTuberのトラッキングとかに使うといった、いわゆるVRやメタバース用途以外にも拡張できる部分がありますよね。

岩佐:
実はこれまでに、全然VRと関係ない事業とかもちょこちょこやっていたりします。バイクシェアの周辺機器、あの「ピッ」てやったら「ガチャッ」ってなる鍵はShiftallでやってますね。僕はもともとCerevoというハードウェアの会社をやっていたので、割と何でも「作っちゃおうか」となったら作っちゃいます。

青木:
おかげで提案の幅がすごく広がりましたね。既に大きな悩みが解決しそうな相談も出てきました。事業の目的にピッタリ合うデバイスがなくて困っていたのですが、「探すんじゃなくて、自分たちで作ればいいじゃないか」という発想ができる。これは大きいですね。

岩佐:
本当に「自分たちで作ればいいじゃないですか」って言っちゃうんですよね(笑)

パナソニックとの関係は“さらに強化”

——今後Shftallとパナソニックとの関係はどうなるのでしょうか? 「MeganeX」にはパナソニックの技術が応用されていますよね。

岩佐:
資本関係がなくなっただけで、協業は引き続き継続しますし、どんどんやっていこうという話になっています。同じグループや企業から退職した人たちのネットワークが形成されているケースは多々見かけますが、それに近いですね。Shiftallは「グループ外だけど、パナソニックのことを本当によく知っている会社」になります。ちょうど僕はこの取材の後も(パナソニックのある)大阪に行く予定です(笑)

「MeganeX」での連携は、4月以降にさらに強化される予定です。CES 2024で新型「MeganeX Superlight」の発表を行いましたが、 さらにその先のモデルまで含めて、年単位で協業の相談をしているところです。今の時点で明確に言えることは「より強化されていく」ということくらいですが、どうかご期待ください。

——今のお話をお聞きする限りでは、知財面も含めて問題なさそうですね。

岩佐:
共同事業ということで、全部契約を結んでいます。これらをしっかりクリアした上で、パナソニックの技術や知財を活用しながら、今まで通り「MeganeX」シリーズはShiftallブランドから販売します。

他方で「MeganeX」の法人営業は、パナソニックのチャネルを経由することがほとんどでした。ShiftallはとにかくBtoBの営業が弱いので、これからはC&Rグループの力も借りつつ、引き続き大手企業や官公庁に強いパナソニックとも協力しつつ、といった流れになります。

——C&Rとしては、パナソニックとの協業はどう捉えているのでしょうか?

青木:
Shiftallには、BtoCもBtoBもぜひ拡大していただきたいと思っています。パナソニックさんとご一緒できることで、我々としても安心できる関係性です。グループから外れてなお信頼されているわけですから。

——ありがとうございます。ちなみに、今回の件によるデバイスの発売時期への影響はありますか?

岩佐:
ないです。加速することはあっても減速することはないと思います。「今回の譲渡が、開発速度やリリースに悪影響を与える可能性はないか?」という質問なのだとすれば、むしろ良い影響の方が大きいと思っています。開発自体でトラブルが起きる起きないみたいな話はまた別ですが。

海外展開と今後の製品の方向性を語る

——「変わらない」という話ではありましたが、逆に「Shiftallとして、今後ここは変えていきたい」と考えている部分はありますか?

岩佐:
変えたいと思っていることはたくさんあります。例えばグローバル展開もそうで、海外法人を作り現地で人を採用したい。それには投資が必要ですが、ようやく戦略的に運用できる体制が整ってきたと思います。加えてこれまでのShiftallは、ほぼ広告や宣伝をやっていませんでした。2024年度は、青木さんたちの力を借りながら、Shiftallの露出がもっと増えると思います。

——海外で展開する、となると、そちらは販売や広報がメインになりますか。

岩佐:
販売につながるような提携ですね。売っていただくにせよ、一緒になって売っていくにせよ、よいパートナーを見つけていきたいなと。どうしてもパナソニックグループの中にいるとやりづらかったことですが、資本関係を含めた協業も進めたいと思っています。

明確に実行するプランが見えているわけではありませんが、Shiftallを強化するための買収、あるいはそれを通してC&Rグループ全体のXR事業の強化も視野に入れています。そのためには資金が必要でしたし、数年に渡るスパンでの活動であることを理解していただけるパートナーも必要です。海外メーカーと提携して、「MeganeX」のように共同で開発する可能性も見据えています。

青木:
今の話もC&Rグループのミッションにつながります。世界中を見渡したとき、すごい才能を持った人たちや企業がいるけれども、いろんな制約で活躍できてないわけです。そんな方々に大手企業が話をするのと、岩佐さんのような方が話をするのは全然違うんです。それこそ「同じ釜の飯を食ってるかどうか」みたいな感覚が出てくる。そういう人たちをつないで、より成功=価値を上げていくサポートを手助けできたらと。

——ありがとうございます。今後の製品展開についてもお聞きしたいのですが、今年以降、新しいデバイスは増えるのでしょうか?

岩佐:
ええ、増えます。ただし、直近はCESで発表した製品を粛々と作っていくフェーズです。“次”はもちろん仕込んでいますから、お待ちいただければと。

——「Meta Quest」シリーズのような一体型デバイスにもチャレンジすることは検討されていますか。

岩佐:
興味はあります。ですが——どのメーカーの方もおっしゃるとは思いますが——コンシューマー向けの一体型はとにかく競争が熾烈です。MetaやPICO(ByteDance)と争うことになりますから。価格帯も含めて見た場合、彼らと近いカテゴリーで戦っているのはソニーですが、これも「PlayStation 5(PS5)」の力を借りている部分が大きいはずです。


(広く市販されている一体型VR/MRヘッドセット。左がMetaの「Meta Quest 3」、右がPICOの「PICO 4」)

岩佐:
少なくとも、クアルコムの最新のソリューションを持ってきて、そつなくまとめる……という戦い方では絶対に無理ですね。Shiftallが一体型デバイスに挑戦するなら、すごく独自色の濃いものになると思います。

——Appleの「Vision Pro」みたいに、完全独自路線でほぼ競合しないパターンはありえるかもしれませんね。

岩佐:
VRヘッドセットだとImmersedの「Visor」と近いアプローチですよね。色の濃い例としては、Pimaxの一体型デバイスは、とにかく広視野角に強くフォーカスしています。これはフライトシミュレーター等の特定の領域には向いていて、そこにはMetaもPICOも参入できていない。ただ「特殊な用途では一体型のメリットが薄れがち」だとも思っています。特殊なアプリケーションは、要求スペックや開発等の都合でPC向けに登場してしまうので、有線や無線で接続することが前提になってしまう。なので、まずは無線接続から入って、一体型はおそらくその先でしょうね。

一方で、今回Appleが「Vision Pro」にフルスペックのノートPC向けSoC「Apple M2」を載せる、というトリッキーなアプローチをしています。この方向性はありえると思っています。

——今後もShiftallが、引き続き「濃い」デバイスを開発し続けていく様子が目に浮かぶようです。本日はありがとうございました。

(了)


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