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業界動向 2024.03.27

MRの未来:キーパーソンが予言する4つのキラーユースケース

サンフランシスコで開催された世界最大のゲーム開発者会議GDC2024。ゲームを軸に、VRやARについて語る講演も複数あった。今回紹介するのは、VRゲームスタジオSchell GamesのCEOであるジェシー・シェル氏による「The Future of MR Experiences」と題した講演だ。

シェル氏はカーネギーメロン大学エンターテインメントテクノロジーセンターで教鞭を取る人物だ。そして、ゲーム業界では長らくゲームデザイナーとしても知られ、ゲームデザインに関する書籍を複数執筆している。そして彼は、「ディズニークエスト」など30年以上にわたってVRやARの分野に関わり続けてきた。シェル氏が率いるゲームスタジオShell Gamesはペンシルバニア州ピッツバーグにオフィスを構えており、160人のスタッフが働いている。Shell Gamesは、Oculus Riftが登場して以降、VRゲームの制作に注力し、「I Expect You To Die」シリーズ、「Among Us VR」など多くのVRゲームのヒット作を世に生み出してきた。

今回の講演ではそのシェル氏がMRの現状と未来について語った。最初にこの講演における概念の定義をしておきたいとして、下記のような整理を行った。

VR:ヘッドセットによるVirtual Reality
AR:光学的なパススルーによるAugumented Reality(HoloLens、Magic Leap、XREAL Airなどの透過型デバイス)
MR:ビデオパススルーによるMixed Reality(Apple Vision Pro、Meta Quest 3、Varjo XR-4などのデバイス)
XR:上記の3つを全て包含した概念

その後、シェル氏はXR市場の現状に言及。多くの人が認識しているよりも成長と進歩があると指摘した。VRヘッドセットの販売台数は数千万台に達しており、徐々にエコシステムが確立されつつある。一方で、新技術の普及は一夜にして起こるのではなく、段階的に進むものだ、とのこと。


(「私のもとには『VRに取り組んでいるんですね。うまくいってる?どうなんですか?うまくいってなさそうに見えるけど』と話してくる人が本当に多い」と話して会場の笑いを誘っていた)

VRの普及が緩やかな理由について、シェル氏はDVDとの類似性を挙げて説明した。当初は必要性を疑問視されたDVDだったが、実際に使ってみると便利さが理解できた。シェル氏は、VRも同様で、「体験することで初めてその価値が実感できる。より多くの人が手軽に試せる環境が整えば、普及は加速するはずだ」と強調した。

シェル氏は、XRが特別な体験である理由として「プレゼンス(実在感)」のキーワードを挙げた。XRは単なる3Dメガネとは異なり、あたかもその場にいるかのような感覚を与えてくれる。VRであればプレイヤーはバーチャルな空間内に自分の身体が存在すると錯覚するほどだ。一方で、同じ空間にいるはずなのに、キャラクターが自分の存在を無視するようなコンテンツには違和感を覚えると指摘。そして、スマートフォンでのARが普及しきれていない理由としても「スマートフォンを通して、まるで動画を撮影しているように見るだけでは臨場感が足りない」として臨場感の重要性を説明した。

続いてシェル氏は、VRとMRの違いについて下記の三角形の図を使って丁寧に解説した。XRで体験をデザインする上では現実とバーチャルの交わる点がどこにあるかが重要となる。VRでは、バーチャルな世界に現実の身体を持ち込む点、そして現実の身体とバーチャルな物体のインタラクションが重要になる。そのVRとの対比でいくと、MRで最も特徴的なのは現実世界にバーチャルな物体を持ち込む点だ。現実の身体とバーチャルな物体のインタラクションはVRでもMRでも変わらないため同じデザインで通用するということになる。

シェル氏が特に強調したのは、MRにおける現実世界とバーチャルな物体の関係性だ。そのためには部屋の空間を把握するためのスキャンや家具の把握が非常に重要だと主張した。現実世界での行動を考えれば、家具の上に物を置いたり、ソファに座ったりすることは自然だ。バーチャルな物体をテーブルの上に配置するだけで、リアリティは大きく向上するとシェル氏は指摘した。

続いてシェル氏はMRのデバイスについて解説。現在のMR市場で特徴的なのは、Meta QuestとApple Vision Proの2つのシステムだ。QuestはVRゲーム利用に特化し、価格は数百ドル台、Vision Proは生産性を重視し価格は数千ドル台と、アプローチは異なる。シェル氏はこれを1981年時点のコンピュータにおけるアタリ(ゲーム機)とIBM(業務用)の関係に例え、どちらのアプローチも間違ってはいないと主張した。市場の多様性は成熟度を示す証左だという。

さらに、MetaのMRヘッドセット「Quest」とスマートグラス「Ray-Ban Meta」の2つの製品ラインにも言及。ディスプレイもMR機能もないRay-Ban Metaだが、デバイスの形状を模索するために重要な試みだと指摘。技術とデザインの両面からアプローチすることで、最適解が見つかるはずだと述べた。

MRのキラーアプリ誕生を期待できる4つの分野

そして今回の講演の本丸であるキラーアプリについてシェル氏は話を進めた。ここでいうキラーアプリとは単一のアプリケーションのことではなく、アプリのジャンルとも言うべきものだ。シェル氏は、あらゆるコンピューティングでキラーアプリが登場してきた、と説明しつつ、「MRのキラーアプリは何か?」という問いを投げかけた。エンタープライズ分野における生産性向上、3Dデザイン、教育など、様々な可能性を検討したものの、世の中に普及するためのキラーアプリとしてはいずれも決定打とは言えないとシェル氏は分析している。


(筆者注:ここでシェル氏がVRのキラーアプリは「ゲーム」であると結論づけていることも非常に興味深い。VR向けゲームを複数ヒットさせており、プラットフォーム企業とも関係のあるシェル氏からすれば、VRはすでにゲームによって市場が確立している、との見方だ)

シェル氏はここから4つのキラーアプリの候補を挙げた。

まず最も有望視しているのは「アダプティブ・インホーム・ストーリーテリング」の分野だ。プレイヤーの自宅を舞台に、AIを活用してバーチャルなキャラクターが登場し、ストーリーが展開するというアイデアだ。キャラクターは家具などを認識し、それらとインタラクションしながら物語を紡ぐ。現実空間を認識するためにはAIの力が必要であり、まさにこれから現れるジャンルになるだろうと語るシェル氏。現実とバーチャルが融合した新しいエンターテインメントの形として期待できる、という。

次に挙げたのは「マージング・スペース」(繋がった空間)。アダプティブ・インホーム・ストーリーテリングが1人用だとしたら、こちらはMRのマルチプレイの新たな形ともいうべきものだ。講演ではShell Studioで開発しているデモ映像が披露された。このデモではプレイヤーごとに部屋をスキャンし、現実の部屋と家具をデフォルメして再現したバーチャルな部屋が生成されている。プレイヤー視点では、まるで部屋の壁がなくなり、隣に別のプレイヤーの部屋が繋がっているような状態になる。この状態でドッジボールのようなゲームで遊ぶというものだ。家具も見えているので、現実の物体がしっかりとお互い把握できるし、ゲームプレイに反映される。複数の現実空間がバーチャルな空間上でシームレスに接続することで、同じ空間にいるかのような体験を実現するとした。

3点目は、「子供向けの身体を動かすゲーム」だとした。大人に比べて体を動かすことを好む子供たちにとって、現実世界を舞台にして実際に身体を動かして遊べるMRゲームは最適だという。ゲーム業界では往々にして子供向けコンテンツを軽視しがちだが、子供たちへの求心力から毎日7000万人がアクセスするゲームプラットフォームに成長した「Robloxの成功が示すように、その可能性は十分にあるとの主張した。また、現在VRのプレイヤーとして、10歳未満、10歳-15歳への伸びが著しいと考えてるとした。実際のところ、現在VRゲームで最も遊ばれている「Gorilla Tag」というゲームは、腕を動かして移動する”鬼ごっこ”のゲームであり、他のVRゲームに比べてプレイヤーの年齢層は低い。

一方、大人向けのキラーアプリとして4つ目に紹介したのは「ソーシャル・テレプレゼンス」。まだ実現しきっていないが、Metaの「Codec Avatar」という超フォトリアルなアバターを挙げ、ヘッドセットを装着したまま高品質のアバターを介したコミュニケーションが、Zoomなどの既存ツールを超える体験を提供できれば、MRは大人の間でも広く普及するはずだ、とした。

シェル氏が紹介した4つのキラーアプリのうち3つは全て、“人と人との関係”にフォーカスしたソーシャルなユースケースだ。

講演の最後に、ソーシャルの力を強調した例として、シェル氏は自身がかつて手掛けた子供向けのオンラインゲーム「Toontown Online」(※2013年にサービス終了)の例を紹介した。

このゲームでは、子供にソーシャル要素を楽しんでもらうことが目的なので、友達とのつながりを重視した設計思想を採用。「サーバーを選ばない」オンラインゲームにしたという。当時、オンラインゲームではサーバーを選んでワールドにアクセスすることが当たり前だった。これは、違うサーバー選んでしまったら技術的な都合で会いたい友達に会えないことを意味する。

ソーシャルなニーズを妨げてしまうサーバー選択はユーザーインターフェースから省略。友達リストから友達のいる場所にただ「テレポート」できるようにしたという。

MRの未来においても、物理的な距離よりも社会的なつながりを優先させることが重要であり、そこにこそ大きな可能性が眠っていると語り、講演を締め括った。

シェル氏の講演は立ち上がったVR市場への確信、そしてまだ立ち上がっていないMR市場への明るい期待に満ちたものだった。VR市場が立ち上がる前の2014年から数年間、VRの製作者の間では今回のシェル氏も含め、様々な可能性とそれを実現するための手法が議論された。その先にいまのVR市場がある。

これから時間をかけて立ち上がるであろうMR市場に向けた、力強く、ヒントに満ちた講演だった。


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