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業界動向 2024.05.08

無線で「気軽に、どこでもつけて行けるARグラス」をつくる——NTTコノキュー代表・丸山氏インタビュー

NTTグループのXR専門会社として2022年10月に営業開始した株式会社NTTコノキュー。同社は通信キャリアの枠を超え、2023年にはシャープと合弁会社NTTコノキューデバイスを設立。XRデバイスの自社開発にも乗り出している。

先日のMWCでは、NTTコノキューデバイスが企画開発をしている、軽量でありながら高機能なARグラス「コノキューグラス」のコンセプトモデルを発表した。6DoFセンサーと無線接続を両立し、かつてない没入感と利便性を実現するという。またコンテンツ面でもゲーム会社の買収を行うなど、ハードとソフトの双方から事業を急速に拡大している。

今回はNTTコノキューの代表取締役社長である丸山 誠治氏に、同社の取り組みについて伺った。


(NTTコノキュー代表取締役社長、丸山 誠治氏)

「気軽に使える」にこだわったオリジナルARグラス

——先日のMWCで発表されたARグラスのコンセプトモデルについて聞かせてください。このデバイスの仕様や特徴を、改めて教えていただけますでしょうか。

丸山誠治氏(以下、丸山):
一言で言うと、軽量で気軽に、どこでもつけて出かけられるようなグラス型のAR(拡張現実)デバイスです。システム的には無線接続になっており、着脱が容易です。また、カメラや6DoF用のセンサーが搭載されているため、さまざまなサービスの提供が可能だと考えています。チップセットにはQualcommの「Snapdragon AR2」を採用しており、その機能を最大限に活用した端末となっています。


(NTTコノキューのXRベースで展示中のコンセプトモデル。画像提供: NTTコノキュー)

——6DoFかつ無線接続というのは、世界的に見てもユニークな特徴ですね。これは「Snapdragon AR2」の恩恵もあるかと思いますが、技術的にはどのように実現されているのでしょうか。

丸山:
我々はもともと無線接続にこだわっていました。グラス型のXRデバイスに対するニーズは高く、例えば「Magic Leap」なども取り扱ってきましたが、同様の機能をより軽量で気軽に使えるデバイスにしたいという想いがありました。

内部で議論した結果、クアルコムのチップセットを使ってWi-Fiで接続するのが最適だと判断しました。現状の技術では、完全に単独で動作するグラス型XRデバイスを作るのは、消費電力などの面で難しい。なので、スマートフォンの処理能力と組み合わせる形が良いだろうと。したがって、このARグラスのソフトウェアは基本的にスマートフォン上で動くアプリケーションとなります。開発者の方々にもソフトを作りやすくなるメリットがありますね。

——スマートフォン側でレンダリングし、Wi-Fiを介してグラス側に映像を飛ばす、と。

丸山:
厳密に言うと、Wi-Fiだけでなく、BluetoothとWi-Fiを組み合わせて使っています。対応するスマートフォンは限定されることになりますが、無線にこだわったのは「ケーブルがあると、やっぱり煩わしい」という声が多かったからです。

——6DoFセンサーを搭載しているとのことでしたが、3Dモデルを空間に配置するタイプのARと、ディスプレイなどの2次元情報を空間に浮かべるタイプのAR、どちらにより注力されているのでしょうか。

丸山:
機能的にはどちらもカバーしていますが、ユースケースやコンテンツによって向き不向きがあると思っています。当面はどちらも対象としつつ、3Dコンテンツがまだ世の中に多くないこともあり、ビジネス用途などでは2D的な使い方も想定しています。

我々のコンセプトは「気軽にどこでもつけていける」ことなので、2Dと3Dに加えて、通知の表示といったスマートグラス的な使い方や、音声の文字起こし表示なども特徴の一つとして考えています。

——このARグラスはコノキューデバイスから登場するとのことですが、1年前にシャープとの合弁会社設立を発表されましたよね。シャープはXRデバイスのR&Dを積極的に行っており、今回のデバイスはシャープが作ってきたものを製品化したようにも見えます。両社の役割分担はどのようになっているのでしょうか。

丸山:
基本的には、合弁会社であるコノキューデバイス社が設計開発から製造まで一貫して行っています。シャープとNTTグループ双方から出向者が在籍し、両社の技術を組み合わせた形で製品開発を進めています。

——発表されたものは“コマーシャルプロトタイプ”とのことですが、今年半ばの発売を目指すのはかなり急ピッチな印象です。

丸山:
ハードウェア的にはほぼ完成していると考えていますが、ソフトウェアは現在開発中です。発売前に発表をした意図として、開発会社の皆さんにいち早くご提供し、発売と同時に多くのアプリが揃うよう準備を進めたいと思っています。Appleも「Vision Pro」を2023年6月のWWDCで発表していましたよね。

我々はまだ実機の提供はできませんが、開発に興味のある方にはコンセプトモデルの体験をしていただくことも可能です。

——開発者はこのARグラス向けにどのように開発することになるのでしょうか?

丸山:
基本的にはAndroidのスマホアプリの開発がベースです。グラス向けにはクアルコムの「Snapdragon Spaces」で開発していただくことになります。

——ARグラスの主なターゲットはB2B向けとB2C向けのどちらになりますか。また、コノキューでは他社デバイスも取り扱っていますが、どのように棲み分けて販売していく予定でしょうか。

丸山:
当面はスマートフォンとの連携が必要なこともあり、企業向けのユースケースから導入が進むだろうと予想しています。BtoCについては、ビジネスでARグラスを使い慣れた方々が個人でも利用するようになるのではないでしょうか。販路としてはオンラインストアでの販売も検討しています。

ARグラス以外にもさまざまなデバイスを取り扱っており、今後も続けていきます。用途に合わせて使い分けていく形になりますね。お客様のニーズに合わせて最適な提案ができるよう努めていきます。

ゲーム会社の技術を取り込み開発力を強化

——先日、ゲーム会社のジーンを買収しましたよね。XRを手掛けるコノキューがなぜゲーム会社を買収したのでしょうか。その理由と経緯を教えていただけますか。

丸山:
ゲームとXRは密接な関係にあります。例えば、コンテンツ制作においては「Unity」や「Unreal Engine」といったゲームエンジンが使われています。エンターテインメント性を追求するゲームと、より実用的なXRの違いは、コンテンツの目的です。我々は両方を対象としているため、長年ノウハウを蓄積してきたゲーム会社と共に進むことが近道だと考え、ジーンさんとご一緒させていただくことにしました。

もともとゲーム会社の方々と仕事をする機会が多く、どこかと提携したいとは以前から考えていました。ジーンさんは文化財関連のXRコンテンツなども手掛けており、我々との方向性が合致していたのです。

——完全子会社化とのことですが、ジーンの既存事業は継続していくのでしょうか。また買収後のジーンの事業についても教えていただけますか。

丸山:
基本的には、これまでのゲーム開発は継続していただければと思っています。加えて、XR関連のビジネスは我々と共に拡大していきたいと考えています。

——コノキューとジーンはどちらも約200名と、おおむね同規模の組織です。買収後の組織構造はどのようになるのでしょうか。

丸山:
お互いの強みを活かしながら、連携してプロジェクトを進めていく形になると思います。例えば現在進行中の万博関連の仕事などは、より良い形で協力できるのではないかと期待しています。

キャリアを背景にしつつ、展開はユニークに

——NTTコノキューの設立から1年半が経ちました。振り返ってみていかがでしょうか。

丸山:
あっという間の1年半でしたね。設立時はメタバース関連がブームだった一方で、今はやや沈静化しています。ただ、我々は世の中の暮らしや企業経営に役立つ価値あるものを提供することを目的としているので、ブームに左右されることなく着実に事業を進めてこられたと思います。

特に教育分野での導入が進んでおり、大田区の教育委員会で外国語教育や不登校対策にメタバース空間が活用されるなど、実際のユースケースが立ち上がっています。また産業用途でも、遠隔支援や機械の保守、農業など幅広い分野での活用が始まっています。思っていた以上に、市場が立ち上がりつつあるという手応えを感じています。

——この1年半で協業や合弁会社の設立、M&Aと非常に積極的に動かれていますが、現在はどのようなフェーズだとお考えでしょうか。

丸山:
XRはまだ黎明期の技術であり、皆さん手探りで取り組まれている状況だと思います。我々もまずはいろいろなことにトライし、お客様の反応や技術的な課題を確認する第一フェーズがようやく一段落したところだと認識しています。

次のフェーズとしては、手応えのあった分野に注力し、パートナー企業とも協力しながらさらに伸ばしていきたいと考えています。ARグラスもその一環として力を入れていく計画です。

——さまざまな取り組みをされてきた中で、手応えを感じた分野や、逆にうまくいかなかった部分はありますか。

丸山:
先ほども申し上げた通り、教育と遠隔支援の分野が特に手応えを感じているところです。そのほかにも、消防や造船所など、人手不足に悩む特定の職場から引き合いが多くなってきています。

「XRは◯◯業界で使われている」というよりも、「ピンポイントでマッチする現場があり、そこへの導入が進んでいる」印象です。徐々にXRの活用が認知されるようになり、多方面から問い合わせをいただけるようになってきました。

——ARグラスについては、スペイン・バルセロナで開催されたMWCで発表されていました。グローバルでも販売する意向がある、ということでしょうか。そして、具体的にはどのように展開をしていく予定でしょうか。

丸山:
ARグラスのようなデバイスは、基本的に国境を越えて展開できる可能性を秘めていると考えています。ただし、上位のソフトウェアやソリューションを考えると、いきなり世界中で展開するのは現実的ではないでしょう。まずは戦略的に選んだ地域から順次展開していくことになると思います。

その際、NTTグループには海外でビジネスを展開している会社も多数あります。例えばNTTデータは世界的にも有数のSIerであり、そうした会社と連携しながらグローバル展開を進めていければと思います。

——キャリア系の会社という目線で見ていると、デバイスを自社で作っていくというのは意外だという印象を受けました。今後はどのような展開を考えていらっしゃいますか。

丸山:
我々が今回デバイスを作ったのは、まさに求めている仕様の端末が他になかったからです。今のところ、このジャンルでは唯一の端末であると自負しています。とはいえ、販売網やさまざまな課題も抱えています。NTTグループやパートナー企業の力を借りながら一つ一つ克服していくつもりです。

キャリア系だからこれをやるべきだ、ということにはこだわりません。私たちに足りない部分は柔軟に外部と協力し、ユーザーに価値を届けられるよう努力していきたいと考えています。

——最後に、XRの将来展望について伺います。NTTグループとしてはMagic Leapへの出資が大きな一歩でした。あの頃から「現実とデジタルの融合」「空間コンピューティング」という方向性は変わっていないように思います。コノキューとして取り組んでこられた中で、こうしたコンセプトの実現可能性をどのように捉えていらっしゃいますか。

丸山:
基本的なコンセプトは5年前と変わっていません。Magic Leapへの出資時に考えていたのは、まさに今回のARグラスのような形態です。 世の中の状況は浮き沈みがありますが、私たちはブームに関係なく理想を追い続けてきました。そして着実にではありますが、その実現に近づいてきていると感じています。

技術的にはまだまだ未熟な部分が多いのは事実です。しかし、世界中で日々研究開発が進められており、私たちも少しでも早く理想の製品やサービスを提供すべく、仲間たちと共に歩みを進めていきたいと思っています。

NTTグループでは、6Gの実現に向けて「IOWN」構想を掲げ、5〜10年先を見据えた世界の実現を目指しています。光や無線を活用したネットワークの高度化により、リアルとバーチャルが融合する世界観を描いているのですが、その中で3次元データの活用は非常に重要な要素になります。XRはデータ量が膨大になるため、今後のネットワークの進化と共に発展していくことになるでしょう。我々はIOWN構想における有力なユースケースの一つとして、XRに取り組んでいきます。

——なるほど。最後に、ARグラスの開発に興味がある企業や開発者はどのようにすればよいのでしょうか。

丸山:
すでにARグラスを発表して以来、多くのお問い合わせをいただいています。ぜひとも公式Webサイトを含むチャネルからご連絡いただき、より多くのパートナー企業さんと取り組んでいければと思っています。

(了)

(2024/05/09/11:30……「群馬県の教育委員会」を「大田区の教育委員会」に訂正)


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