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業界動向 2023.06.29

「Apple Vision Pro登場でXRのUI/UXデザインが変わる」AWE & WWDC報告会ハイライトレポート

「AWE&WWDC報告会」に西田宗千佳氏(ITジャーナリスト)と久保田瞬(Mogura VR編集長)が登壇。XREAL Air好調やApple Vision Pro発表を受けて、XR/メタバース業界に起きうる変化について語った。


(AWE US講演会場の様子。撮影:Mogura。以下同じ)

「AWE&WWDC報告会」(主催:Mogura NEXT)が6月12日に開催され、世界最大規模のXRカンファレンス「Augmented World Expo(AWE)」とAppleの開発者会議「Worldwide Developers Conference(WWDC)」を現地取材した2人のジャーナリストが登壇した。

ゲスト登壇した西田宗千佳氏(ITジャーナリスト)は、日本語圏ではまだ非常に少ない、XRデバイスの専門家としてApple Vision Proを実機体験した人物でもある。各紙誌からの「原稿依頼は8本目、今週だけで登壇4件」があるなど、多忙を極めるなかでの出演となった。

(有料ウェビナーにつき、詳しい事例紹介と会場質疑は割愛します。)

「Mogura VR」編集長から見た「AWE2023」

AWEとは

2010年から毎年開催される「空間コンピューティング(XR)」をテーマにしたカンファレンス。XR特化の展示会としては世界最大級で、AWE USAのほかにAsia(今年はシンガポールで8月末)とEU(同、ウィーンで10月末)でも開催する。

AWE USAには3日間かけて400名以上の登壇者が出演し、300以上の出展社が一堂に会する。スポンサー企業にはMagic Leap、Niantic、Snapdragon、Snap AR、XREALのほか、新進気鋭のスタートアップも名を連ねた。

開催地はカリフォルニア州サンタクララ。シリコンバレーのあるサンノゼ市北に隣接する、のどかな田舎町だ。とはいえ、日本企業の出展は7~8社程度に拡大。日本人来場者も増えているらしい。


(会場周辺の様子)

バズワードに踊らされない登壇者と聴衆

今年も1日目は講演(Session)、2日目以降は展示(EXPO)が行われた。業界関係者のコミュニティイベントでもあり、毎年オープニングに登壇する発起人は、ユーモラスな演出で話題提供する(今年は生成AIで作られたフォトリアルアバターが冒頭数分「出演」した)。


(オープニングスピーチ冒頭の様子)

14年前からXRを特集するイベントで、参加者もバズワードに「踊らされる様子はなかった」(久保田)。各講演もノウハウの抽象化やベストプラクティスに到達していて、事例紹介も「聞きごたえがあった」そうだ。

メタバースへの熱狂は一服しました。ニール・スティーヴンスンの登壇こそあれ、複数の登壇者がバズワードをからかう場面も。会場にはフォトグラメトリシステム、マルチプレイのシューティングゲームなど(狭義の)メタバースサービスが展示されていました。

生成AIは(代替トレンドではなく)XRインターフェースだと語る講演は少なくなく、業界内の共通理解になりつつあるのかもしれません。

出展社こそ少ないものの、私はモビリティにも注目しています。マーク・ザッカーバーグが自動運転車内でMR体験する動画が象徴的ですが、『移動中にヘッドセットを装着する未来』を見越した製品・サービス群です。XREALの講演でも若干の言及がありました」(久保田)


(展示会場の一角)

講演/出展から透けてみえる業界構造

Apple歓迎ムードのなか、Qualcommが恒例の存在感

例年通り、展示会場ではQualcommが存在感を示していた。SoC(半導体チップ)メーカーとして(AppleとMagic Leapを除く)ほぼすべてのXRデバイスに自社製品を供給しているからだ。他社とのエコシステム構築にも積極的で、出展ブースもキャリア、ハードウェアメーカーとの協力を意識したもの。「会場内でも開発者向けに提供している『SnapDragon Spaces』のPRが目立っていました」(久保田)

奇しくもApple Vision Pro発売前週に開催されたAWE 2023。会期中もAppleの市場参入をめぐる「うわさ」が話題だったが、総じて「普及戦略に長けた会社」だと「温かい雰囲気」で迎えられていたという。


(入場受付ゾーンの頭上に「Snapdragon Spaces」)

ARデバイスは画面拡張(Enhance)用途で普及期入りか

初回は300名ほどで始まったAWEも14年目を迎え、2023年はAR普及に向けた各社の意気込みを(改めて)感じたと久保田は言う。


(XREALは「Enhance, not replace」を謳う)

「ARデバイスは光学式とパススルー式に二分され、裸眼立体視が第三勢力となる構図でした。なかでもXREALは、CEOが現地講演で『1億人に普及させたい』と語るなど、コンシューマ向け普及戦略に手応えがあるようです。Snapdragon Spacesの新機能『Dual Render Fusion』も、スマホで慣れ親しんだUI・UXをARグラスの体験に取り入れています。

直近のコンシューマ向けARデバイスは、プライベートでポータブルな空間ディスプレイとして、スマートフォンと共存するのでしょう。フィッティング(視力補正や装着感)の問題も再注目されつつあります。か『空間コンピューティング』というXRの本質に、各社が向き合い始めているのかもしれません」(久保田)


(現行デバイスの未来像をまとめた、Digilensの発表資料)

その後のディスカッションで、西田氏から「(会場では)サービス開発の熱意と、HMD開発の熱意。どちらが強いと感じましたか?」と問われると、久保田は「全体の総量としてはサービスだろう」と即答。

「『Nreal Light』などに湧いた4年前と比べて、市場戦略やプラットフォーム選定、ユースケースへの関心に応える講演・展示が目立ちました。パススルー方式のARデバイスを除けば、『数世代後に廉価版を』ではなく『足元・目の前の需要喚起を』という動きが窺えました」(久保田)

西田氏「Apple Vision Pro」実機レビューは日本語圏で数少ない専門家の見解


(出所:Apple)

つづいて西田氏が登壇し、「WWDC 2023」現地取材の模様を伝えた。

「WWDCは『一応』新製品発表会ではなく、開発者会議です。今回のVision Pro発表も、開発者向けの情報提供が第一義だと受け止めてよいでしょう。

(ティム・クックが)『One More Thing…』と告げた瞬間こそ盛り上がったものの、Vision Proのプレゼン中は意外に静かでした。

『すごそうだが、何がすごいのか分からない』という反応が大半だったのかもしれません。開発者として『この発表が何を意味しているのか』を理解しようとしていたというか」(西田氏)


(Vision Proの基本機能はこちらの記事に)

西田氏によると、各紙誌でも盛んに報じられた報道メディア向け内覧会は「他社の報道陣やYouTuberともみ合いになりながら(苦笑)、展示場所にどうにか近寄って撮影するといった雰囲気」。その後のデバイス体験会は「撮影・録画・録音はすべて禁止」で、体験時間は1人30分ほどだったという。

「バーチャルキーボードの操作や、自分自身の写真撮影とアバター作成は行えていません。すみませんが、Direct Touch UIでハンドオクルージョンしていたかなど、機能詳細も覚えていません」と前置きしたうえで、未読者向けに実機レビューを語った。


(西田氏の実機レビューを未読の方はぜひご覧を)

西田氏が改めて強調したのは、迫真性のある「美しいディスプレイ」を低ストレスで体験できたことだ。

「目と手」による無理のない操作設計に、立体感と解像感〔註:ハードウェアスペックの解像度と区別して、人間の眼にどれだけ鮮明に感じられるかを表す言葉〕のある空間デザインが施され、空間オーディオの基本手法も採用。デュアルプロセッサで遅延を抑えつつ、排熱口を増やして熱さや曇りを防ぐ設計思想である。

総じて外界とのインタラクションを損ねない「配慮」が行き届いていたという。


(出所:Apple。開発者向けページ「Developer」にもレクチャー動画が複数公開された)

なかでも「カメラ」は日常生活の思い出を残すのに十分な性能で、2D/3D変換と外部配信機能もある。次世代製品や新型iPadなどへの展開次第では「キラーアプリになりうる」(西田氏)。

Vision Pro以外にも、「Game Porting Toolkit」には注目だと西田氏。開発者向けにデバイス横断のマルチタイトル対応を支援するもので、「長い目でみればXRコンテンツの普及につながる」と語った。

ディスカッション・ハイライト

Metaの長年の夢を、Appleが先取りした格好に

久保田:
XR業界の勢力図はどう変わると見ていますか? Apple登場は大きな話題ですが、いわばプレミアムコンシューマ向け製品であり、既存企業がバタバタ倒産するとは考えづらいです。

HoloLens発売から4年近く経つ一方、Magic LeapはAWE2023でも「エンタープライズ向けに振り切った」と語っていました。ARだとSnapの「Spactacles」やVRだとBigscreenの「Beyond」も含めて、さまざまな選択肢がある状況は変わらないと見ています。

西田:
2024年にVision Proが発売されたとして、Appleが半年後に大きなシェアを獲得しているとは考えていません。高級路線のデバイスは一定のシェアが奪われそうですが、Appleがコンシューマ向け製品を発売するまで、Questの市場シェアが急落するなどXR市場全体への大きな影響はなさそうです。

久保田:
Metaとの関係はどう見ていますか。ザッカーバーグの言うように「差別化」でしょうか?

これまでMetaのリサーチチームはXRデバイスの将来像を熱心に語ってきました。Appleがその夢を形にし、世間の注目をさらった格好です。それを見越したMetaが慌ててGaming Showcase」でQuest3を発表したようにも見えます。

西田:
(デバイスメーカーは)みんな同じ将来像を目指していますから、意図的ではないにせよ、結果的にそうした影響が生じたとは言えるかもしれません。

7倍も価格差があるのにQuest3とVision Proを比較するような、「そもそも買うつもりがない人」に「高価だし、良いものなのだろう」と印象づけてしまう。

何もせずにQuest3の発売を迎えると、そうした方から「安っぽいデバイスが出てきた」と受けとられかねないので、Metaも情報発信せざるを得なかったのではないでしょうか。

プラットフォームの地勢図が変わる可能性も

久保田:
メタバースサービスへの影響はあるでしょうか? Apple自身は「メタバース」と呼ばず、「空間コンピューティング」という言葉に回帰しているように見えます。

西田:
メジャーなハードウェアのひとつにはなるでしょうけど、(Vision Pro対応を表明している)主要な既存メタバース・プラットフォームの品質が激変することはなさそうです。

久保田:
他社の製品・サービス開発にはどんな影響があると思いますか? 

たとえばQualcommは、スマホ市場でいうAndroid OSのような基盤サービスを目指す動きをしています。ほかにも、2年ほど前に出たMetaの求人のうち、たしか100職種近くが台湾勤務のチップセット開発関係でしたね。(垂直統合を)虎視眈々と狙っていた過去はあったのでしょう。Magic Leapにもその野心が一時期はありましたが。

西田:
ハードウェア開発は時間がかかるもので、すぐに表立って動きはないでしょう。PR戦略として何にフォーカスするかは変わりそうですが。

もっとも、XRデバイス向けSoCは、ハードウェアとの密接な連携が必要な製品です。遠くない将来、AppleとQualcomがiOS/Androidのような関係になる可能性はあります。対抗馬はまだ現れていませんし。

Miscrosoftは強みであるクラウドやOfficeに注力して、ハードウェアは他社に頼りたいのでしょうけど、「Googleがこのまま倒れたままなのか」は注視すべきでしょう。(サムスンとの提携発表もあり)Meta Quest系統の市場戦略をとるだろうとは見ています。

他方で、AppleはどこまでいってもAppleでしょうね。(Unreal Engineとの関係悪化もあり)Unityとの提携は発表したものの、オープン規格にもコモディティコントローラにも対応しない独自路線を選んでいます。

UI/UXのデザイントレンド変化を見越した決断を

久保田:
業界関係者が気にすべきポイントはありますか?

西田:
Appleが「ひとつの正解」を示したことで、ユーザー体験やデザインへの期待は高まるでしょう。ハードウェアやプラットフォームの制約で、現実問題として「これくらいのことしかできないよな」といった期待が変わって、XR業界全体として「Appleくらいの快適さ、操作性を」というUX品質要求が高まるかもしれません。

少なくとも、UIデザインのトレンドは変わるでしょうね。「手を宙に浮かせること」が悪いことではないけれど、Appleの設計思想を受けて「目と手」を組み合わせた操作系が増えるかもしれません。

焦点はどうバランスをとるかであって、(Metaを筆頭に)デザイントレンドを変えうる他社の動きも注目すべきところです。まだ方法論が固まったわけではないので、「自社がどの道を選ぶのか」は早めに決断したほうがいいとは思います。

(了)

今回のイベントを主催した「Mogura NEXT」は株式会社Moguraが企業や行政のXR/メタバースの取組をサポートするコンサルティング・開発サービスです。詳細はこちら


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