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業界動向 2023.06.05

「長い時間をかけてようやく気づいた」XREALが見出したコンシューマー向けARグラス普及の光明

メガネのように自然にかけられて、かけると視界いっぱいにバーチャルなオブジェクトや情報が重ね写されるデバイス。いわゆるARグラスは、まるでフィクションのような世界が実現するのではないかと、何年もの間、強く期待されてきた。

しかし、その普及の道のりは長い。Google Glass、HoloLens、Magic Leap……。新たなデバイスが発表されるたびに世界は期待し、失望を繰り返してきた。

そもそも、高性能・多機能と小型・軽量の両立は、現時点ではまだ難しい。そのバランスをどの程度とり、どんな用途に向けてハードウェアを設計するのか、デバイスメーカーごとに戦略が分かれることになる。MicrosoftやMagic Leapは性能と安定性を重視した設計を行い、エンタープライズ向け用途から着実なユースケースを作ろうとしている。

一方、コンシューマー向けのARグラスは多くのメーカーが挑戦するものの、大きく広がるデバイスはほとんどなかった。

XREALは、Nrealという名称で2017年に中国で創業。メガネ型にこだわりながら、空間認識機能を搭載した6DoFのNreal Light(2020)、空間認識機能をなくした代わりに金額を手頃にしたXREAL Air(2021)の2機種を展開してきた。ちょうど2023年5月に、社名でもありブランド名でもあるNrealをXREALに変更したところだ。


(大盛況で常に人が溢れていたXREALブース)

今回、筆者は米国・サンタクララで開催されていたAWE2023の会場で、CEOのシュー・チー氏による講演を聴き、さらに共同創業者のPeng Jin(PJ)氏にインタビューできた。最近の事業戦略やコンシューマーARグラス普及に対する考えを聴いた。


XREAL共同創業者のPJ氏(左)、右はインタビューに同席していた日本法人であるXREAL株式会社代表のジョシュア(呂正民)氏

「今が変えるべきときだった」ブランド名変更の理由

――XREALへの変更はなぜ行ったのでしょうか? そして今、変更した理由はなんでしょう?

PJ氏:私たちを取り巻くすべてが変わりつつあります。私たちはグローバルで非常に速いスピードで成長しており、グローバルで通用する名称が必要でした。私たちが1週間ほど前に「Beam」を発表したとき、ウェブサイトでメールアドレスを入力してもらったところ、80カ国以上からメールが届きました。

もはや、私たちのファンがいるのは、正式販売をしている米国、日本、そして韓国などにとどまらず、世界中に広まりつつあります。私たちのグローバルな成長をサポートする名前が必要だと思ったんです。

※XREAL Airは当初日本で発売され、英国、中国、韓国、米国と市場を広げていった。

――どうしてXREALという名前にしたのですか?

PJ:まず第一に、Nrealという名称を受け継いだものにしたかったのです。「なんとかReal」と。選択肢は限られていました(笑)。そこで、「XR」にしました。さらに「x」には「拡大する」という意味もあります。

今回発表した「Beam」にも関係しますが、もともと私たちは、ARグラスと一緒に使うための専用ソフト「Nebula」を提供しています。これまで私たちのARグラスは、Nebulaを通してしか体験できませんでした。

私たちはARによるコンピューティングの体験をソフトから解放させたいと思ったのです。ARによる新たなコンピューティングを全ての人に広げたいと思っています。これからはあらゆるデバイスに対応できることを目指します。

――そういえば、この2年間ほど「メタバース」がトレンドですが、XREALはメタバースという言葉を使いませんね。

PJ: 私は、そういったトレンドワードがあまり好きではありません。たぶん5年から10年ごとに人々は、既存のことを説明するために、新しい用語を思いつくでしょうのでしょうけど。

ある影響力のある企業が、それを大々的に宣伝した結果、多くの人がメタバースについて考え始めたのです。ビジョン自体は100%同意しています。未来は、デジタルなものとフィジカルなものを混ぜ合わせたようなものになるべきだと思います。それに異論はありません。しかし、人々が言葉に集中し始めてしまうと、本質を見失ってしまいます。

XREALが考えるARは「現実を強化するもの」

AWE2023の講演ではXREALのCEOシュー・チー氏が登壇し、ビジョナリーな話題提供と新製品の発表を行った。シュー・チー氏はXREALのこれまでを振り返りながら、「ARは代替するもではなく、強化するものである」と強調。「XREAL Air」の販売が好調であり、「空間ディスプレイ」(※)の用途がARの市場を切り拓くとして、「Air」をさらに使いやすくする新製品「Beam」を発表した。

――昨日のCEOシュー・チー氏の講演で印象的な言葉がありました。「ARは代替するものではなく、強化するものである」と。XREALはこのことにAR普及の活路を見出したように感じました。いつ気づいたのでしょうか?

PJ:気づくまでには長い時間がかかりました。テクノロジー企業にとって、自分たちが保有する技術の中からどれを実際に製品に搭載するか選ぶのは一番難しいことです。例えば、100人の子供がいるとします。全員を連れて行きたいけど、連れて行けないのです。どの子をダンス教室に行かせたいか、誰が一番向いていそうか、選ばなければなりません。この業界で起きていることは、同じことです。「技術」を市場に持ち込もうとする人が多すぎるのです。私たちが最も重視しているのは「経験」を市場に出すことです。そして、人々にその「経験」を理解してもらうことです。

長い間、一般の人々にとって、インターネットに接続する手段はEメールでした。Eメールはインターネットが出来ることのほんの一部ですが、多くの人にとってはメインのアプリケーションであり続けました。人々がインターネットを受け入れたのは、Eメールがあったからとも言えます。

私の中では、ARにとっての空間ディスプレイは、インターネットにとってのEメールのようなものだと思います。私たちはまだ、インターネットでみんながEメールをしていた段階よりさらに前にいます。でも、業界ではEメールについて話す代わりに、もうクラウドコンピューティングについて話しています。とても大事なことではあるのですが、人々は「技術」を買おうとはせず、「経験」を買おうとするのです。技術はその(経験を生み出す)ベースとして搭載されるべきです。

※空間ディスプレイ(Spatial Display):眼前の空間にディスプレイを表示すること。これまでスマートフォンやPCなどの画面に見ていたものを、大きさや場所を気にせず空間に配置する。XREAL Airの主用途でもある。
​​
(ポータブル・空間ディスプレイ、というコンセプトでAR市場の開拓を狙う)

――分かりやすい例えですね。

PJ:私たちは他のARデバイスメーカーとは全く異なるアプローチをとりました(編注:6DoFのLightから3DoFのAir、さらにアクセサリーのBeamへと事業展開した)。メインストリームになる技術トレンドは常に、あなたがすでにやっていることの中に出現します。そして、そこからもっと新しいものが与えられていく。技術は常に、「日常の中で、あなたがより良いことをできるようにする」ところから浸透していくのです。

――Airは2022年に10万台出荷したそうですね。予想を超えた好調だったのでしょうか。

PJ:IDCの報告書によれば、私たちはいまやコンシューマー向けの中だけでなく、エンタープライズ向けも抜いて世界一のARデバイスメーカーとなりました。私たちのコンシューマー向けARデバイス市場におけるマーケットシェアは、2位から5位を合わせた規模と比べて圧倒的です。その結果は嬉しいですが、もっと多くの人にこの体験を届けたいといつも思っています。だから、その点では、私は決して満足することはできていません。


(IDCのレポートによるXREALの市場シェア。左図はエンタープライズ向けを含む全てのARデバイスの中で出荷台数が1位であること、右図はコンシューマー向けARデバイスの中で出荷台数が1位であることを示す。)


(XREALのこれまでの歩みと出荷台数、LightとAirでは出荷台数が桁違いだ)

――ユーザーエンゲージメントも高いとのことですが、どのような顧客層なのでしょうか。

PJ:私たちが最近、米国市場で行った調査によれば、米国では約80%のユーザーが少なくとも週に4、5回は使用しています。そして約3分の2が一度に1時間以上メガネ(XREAL Air)を使用しています。

私は、パソコンと一緒にメガネを1日8時間以上使っているお客さんに話を聞いたことがありますが、「このメガネのおかげでワークフローが変わった」と言われましたね。スクリーンの代わりにメガネを使うようになったからです。


高いエンゲージメントを示すXREAL Air

――そういう意味では、ユーザーはビジネスマンが多いのでしょうか。新型デバイスのアーリーアダプターには40〜50代の男性が多いとも言われますが……

PJ:性別や年齢で市場を区分けすることはしていません。そうした区分を超えて、みなさん楽しんでいるからです。

今回発表した「Beam」は、より一般向けの、プラグアンドプレイの(※挿したらすぐに使える)デバイスでありたいと思っています。「Air」にはユニバーサルな互換性が欠けており、どのようなデバイスがサポートされているかなどを説明しなければなりませんでした。おまけに「Air」は、「Nebula」を通して体験しなければなりませんでした。技術に詳しいアーリーアダプターたちは、根気強く調べてくれましたが……。

ちなみに「Beam」は、無線と有線の両方をサポートしています。無線はAirplayなどワイヤレスミラーリングのプロトコルを使用します。ゲーム機と接続する場合、例えばNintendo Switchはサポートしていないのでケーブルが必要です。もっとも、有線接続のほうが遅延は少ないので、ゲーム機には有線が向いてますね。

――Beamは見た目も丸くてかわいいですね。より一般向けの製品だという印象を受けます。開発者は、「XREAL Air」と「BEAM」の登場をどのように受け止めれば良いのでしょうか。ディスプレイなのであれば、開発の余地はあまりないようにも感じます。

PJ:ARがインターネットのようなものだと考えると、開発者へのアプローチも様々あるということになります。例えば、私たちが提供している「NRSDK」は、6DoFのARグラスを活かすために、環境センシング、空間アンカーなど、ARアプリ開発に必要なすべての機能を利用できます。

一方で「Beam」は、開発者が別の種類のコンテンツを作ることを可能にします。専用SDKを使って何かを作る必要はありません。例えば、スマホで生成AIを使って、人々が異なる言語で会話できるようにするアプリケーションを作り、空間に表示したいとしたら、Androidアプリを作って実行するだけで、ディスプレイを(スマホから)メガネに移せます。

――現在のXREALの製品ラインナップは、Light(6DoF)とAir(3DoF)の2つですよね。今後もこの2ラインでいくのでしょうか? 「Nreal Light」は名前を変えませんでしたよね。

PJ:「Nreal Light」はマイルストーンであり象徴でした。私たちの存在を、そして私たちが何者であるかも知らせるのにも非常に貢献しました。企業のお客さんや開発者にもご好評いただいてきました。例えば(イスラエルのスタートアップ企業)「Sightful」は私たちの製品を自社製品に統合するという、素晴らしいチャレンジをしています。

でも、実は「Light」はもう生産終了して、アップグレード版のリリース準備を進めているんですよ。

――アップグレード版がでるのですか!?

PJ:具体的な時期はまだ言えませんが、あまり長い間お待たせすることはないでしょう。

――LightとAirそれぞれのラインナップをアップグレードする、ということでしょうか?

PJ:答えづらい質問ですね(笑)。ひとまず言えるのは、今年中には新しいハードウェアも発表するつもりだということです。

――なんと! どんなデバイスか楽しみですね。XRデバイスのプロダクトサイクルは気になるところです。VRヘッドセットはかなりの速さで各社から新モデルがリリースされています。あまりにリリースサイクルが早いと、開発者は疲れてしまいます。ARグラスの製品サイクルについてどのように考えていますか?

PJ:イテレーションサイクルは非常に戦略的なトピックです。3つのことを考慮しなければなりません。まず、技術進化のスピードです。時代遅れにはなりたくありません。例えば、デジタルカメラの分野であれば、12ヵ月ごとにアップグレードする必要はあまりないでしょう。なぜなら要素技術の進化が、そのようなスピードで動いていないからです。ディスプレイ技術もそうですし、その他の技術もそうです。

2つ目は、サプライチェーンを組織化する能力です。サイクルが短ければ短いほど、管理が難しくなります。調整余地が大きくなるので、生産予測は1年より2年の方がずっと読みやすくなります。我々のステージを考えると、ビジネスの観点から考えるなら、毎年のアップグレードは非常に難しいことです。

そして3つ目は、顧客の期待です。新しい技術が登場したときに出す最初の製品は、たいてい「十分に良い水準」の20%程度でしかありません。そして当然、「十分に良い」水準に追いつきたい、自分でも十分だと思うものを世に出したいと、強く思うわけです。その思いがより速いイテレーションをもたらす可能性があります。企業には、自分たちが考えていたものとは100%違う製品を作らなければならないことが、よくありますよね。

――昨日の講演でも、CEOが「大量生産の準備が整った」と発言していました。どのようなチャレンジがあったのでしょうか。

PJ:大量生産に向けて、光学エンジンを製造する自社工場を保有しています。一番大きな課題は、スタジオだった会社が大量生産について考えなければならないということでした。人数など全ての組織規模が全く異なります。より大きなチームを管理しなければなりません。

そして、クリエイターのマインドセットと大量生産のマインドセットは全く違います。クリエイターは、可能性を探求しますが、生産の現場は、信頼性を重視します。このほとんど2種類の全く異なるマインドセットのメンバーのバランスをとらないといけません。

ピクサーの会長であるアド・キャットウェルの「(クリエイターと制作の)2つのグループを管理することだ。なぜなら、どちらか一方が勝てば会社は負ける。」という言葉を思い出します。

―――最後の質問です。グローバルで製品展開する中で、日本市場には何かユニークなポイントがあるのでしょうか、

PJ:日本という国は本当にユニークです。私は日本の技術とともに育ちました。ウォークマン、任天堂、ゲームボーイ、ビデオデッキ、DVD……。日本は長い間、消費者向け電子機器のトレンドの標準となっています。そして、日本という国は、技術だけでなく、経済面、イノベーション能力でもアジアでトップクラスです。私にとっては、日本のみなさんに受け入れられるような製品を紹介することは、とても特別なことです。もし、私たちが日本で良い市場を開拓することができたら、私たちの製品がアジアの国々に受け入れられていくだろうとも期待しています。

――本日はありがとうございました。

AWE2023の講演でXREALのCEOシュー・チー氏は、「空間ディスプレイで1億人にARグラスを普及させる」と意気込んだ。ARグラス普及の光明を見出したXREALの動きに注目したい。

 

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