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VRChat 2024.03.22

バーチャルYouTuberキヌ、ロングインタビュー 「私」が存在できる場所のためにできること

「SANRIO Virtual Festival」をきっかけに大きな注目を集めるようになったのが、“キヌ”というVTuberの存在だ。バーチャル空間全体を活用し、さまざまなオブジェクトを次々と出現させるパフォーマンスを披露し、多くの来場者に大きな衝撃を与えた。著者はそのライブに初めて立ち会った際、あまりにも未知な体験だったために、呆然と立ち尽くすことしかできなかったことを覚えている。

これまでMoguLiveでは、キヌ氏のライブの衝撃を何度か紹介してきたが、執筆の際には「VRで体験してもらうことでしか、この凄さは伝わらないだろう」というもどかしさを抱かずにはいられなかった。人は、全く未知の表現に出会ったとき、それを正確に言い表せるような言葉を持っていない。いくらスクリーンショットや動画におさめたとしても、十全に伝わるものではない。キヌ氏の披露したパフォーマンスとは、それほどのものだった。

ただ、衝撃を受けたのは著者だけでなかったことは確かだ。実際にキヌ氏のサンリオライブ以降、多くのクリエイターたちが創作意欲を刺激され、第2回のサンリオVfesではさまざまなパーティクルライブ(※)が披露されることになった。そして、3回目となる今年もその勢いは加速し、サンリオVfesというイベント自体が「最先端のクリエイターたちによる新たな表現の場」として広く認知されるに至った。このような状況になったのは、間違いなくキヌ氏のライブの影響である。

(※パーティクルライブ:明確に定義されているわけではないが、特にVRChatユーザーの界隈では、バーチャル空間上に仕掛けをして、光を飛ばしたり物体を出現させたりといった演出を見せるライブを指すことが多い)

キヌ氏は、サンリオVfesを契機に大きな注目を集めるようになり、2022年7月には「Nakayoku Connect」のバーチャルショーで監督を担当、2023年7月には「CAPSULE Live in VRChat “メトロパルス”」の演出監修を手掛けている。3月後半には、VRChat上に再現された赤坂ブリッツでのライブも決定。活躍の幅を広げ続けている。今や、VR、メタバースの表現について語るうえで、欠かすことのできない存在のひとりになったと言えるだろう。

そんなキヌ氏に、「SANRIO Virtual Festival 2024」の出演を機に、ロングインタビューを実施した。本文に入る前に少し補足しておくと、著者が今回キヌ氏の表現について踏み込もうとしたところ――必然的な流れだったのかは分からないが――ここ数年のVTuberの表現やメタバースという言葉の認識の移り変わりなど、バーチャル文化の広範な歴史についても触れざるを得なくなった。前提知識の必要な内容となったため、ところどころに注釈を入れたが、それでも当時の空気感を知らなければ難しい部分があるかもしれない。その点については、ご容赦いただきたい。

なお、キヌ氏のパフォーマンスは現在開催中の「SANRIO Virtual Festival 2024」のタイムシフト公演で(過去2回のものも含めて)体験できる。ぜひ、事前に体験した上で、本文を読んでほしい。そして「自分はそのライブで、何を感じたか」を思い出しながら、キヌ氏の言葉に耳を傾けていただきたい。

私にはこの世界しかない、だから“私”を表現する

――2021年のサンリオVfesで初めてキヌさんのライブを目の当たりにしてから、いつかお話をうかがえたらと考えておりました。今回はお引き受けくださり、ありがとうございます。

キヌ:
嬉しいです。ライブを見てもらって、私やVRの表現に興味を持ってもらえて良かったです。VRの表現ってとても面白いし好きな人は絶対もっといると思うので、「これ、楽しいでしょ!」って言って見せつけていくことで、「これ、作りたいな」とか「実際に見に行きたいな」って思ってもらえたらいいなと。そうして自分の好きなものが広まって、それが当たり前になっていったら、自分にとっても良い世界になるなと。そんな考えもあって、がんばっています。

――実際、キヌさんをきっかけとして、VRの表現に興味を持った人はかなり多いのではないかと思います。先駆者的な存在であり、周囲に波紋を広げたVRアーティストの1人なのではないかなと。まずは今回のサンリオVfesでのパフォーマンス、「kinu 6th live “まわる、ひらく。”」の話をさせていただいてもいいですか?

キヌ:
はい、大丈夫です。

――過去2回のサンリオVfesで見られたキヌさんのライブとは違って、開放的な明るさや、ポジティブなメッセージ性を強く感じられました。これは、私の個人的な感覚になってしまうのですが、昨年、我が子が生まれた時のことを不意に思い出しました。ライブを見ている間、出産に立ち会ったときと同じような、祝福感や多幸感がありまして……。

キヌ:
ありがとうございます。「子供の頃の気持ちを思い出した」「幼い頃を肯定された気がして嬉しかった」と言ってくれている方もいて、「幼さ」に近い感覚になった方は結構いると観測しています。

――序盤の「おかたづけ」といった表現やルービックキューブのように回転する空間を見て、遊び心や無邪気さを感じたからかもしれません。キヌさんとしては今回、どのような気持ちで制作されていたのでしょうか?

キヌ:
今回はかなりいろんな物を押し固めて作っているようなところがあるので、全部の要素を言い切ることは多分できなくて。いくつかの面に絞ってお話しできればと思います。

まず、去年は本当にしんどい時期にあって、苦しさの中にいたので、そのしんどい状態をそのまま練り込んで出したようなものになっています。これも色々と原因はありましたが、まず単純にやることが溢れてしまって大変だったんですよね。ありがたいことに大きな制作にお声がけいただくことも増えて、ずっと何かやっていました。周りでも同様で、みんな何かに関わっていたり新しく制作チームが立ち上がったりするのを見ていました。それはまさに願ったような「世界が進んでいる」ということでもあると思いますし、驚くような出来事が日々起こるわくわくする展開でもありました。

でも、自分は基本的に「アーティスト」として、イベント側のいわゆる制作チームとはまたちょっと違うポジションにいるからか、「みんなは知らない所ではしゃいでいるのに、自分はそこに混ざることもできずに悶々としている」というような感覚に陥っていた時期もあった気がします。あとは、「メタバースの幻滅期」の気配はどうしたって感じざるを得ないので――AI隆盛が重なったことで、イメージとしては軟着陸するような形に見える気もしますが――ちょっとしんどくなっていたのかもしれません。

また、2023年はバーチャルイベントのリアル化、あるいは同時開催が一気に普及した年でもありました。コロナ禍が明けたのもそうですが、この文化の次のステップとして「リアルとバーチャルを自由に行き来できるようにする」という方向に進んでいる。それこそ「生きる世界の選択肢を増やす」ことがどんどん現実的になりつつあるように感じています。

それは私自身も望んでいたことだし、そのおかげでますますおもしろくなっていく部分もあるとは思います。でも同時に、「でも私はそっちに行けないじゃん」「生きる世界の選択肢が増えても、私にはこの世界しかないじゃん」っていう気持ちもあって。

もちろん選択肢が増えることは望ましいし、めでたいし、応援したい。それも自分の本音だけど……「そこに私は行けないんだな」って思うことも増えて。そんないろいろがあって、去年はすごくしんどい気持ちになってたんですね。そんな中で「何を言おうかな」と考えていたことが、今回の制作の1つのトリガーとしてあります。

――キヌさんなりに感じていた激動する界隈の変動期に対するモヤモヤや忙しさによるストレスなどが重なり、そこで考えていたことが、今回の創作の核となる部分の刺激になっていた、ということでしょうか。

キヌ:
そうですね。そこはめちゃくちゃ大きいと思います。特に、最初のアナウンスがあった後の1曲目と2曲目、あとは3曲目の途中までのパート。色合いや表現は明るく感じられるかもしれませんが、内容としてはめちゃくちゃ暗いものになっています。……いや、「暗い」と言うとちょっと違うかもしれませんし、当然それだけではないのですが。

実際、ライブを作っていく過程でいろんな解釈が生まれたり、考えたりしていって、最終的には前に向かうような内容になっているとは思います。特に終盤は印象的に演出できたと思うので、気持ちよく終わる形になったんじゃないかなと。

「アーティストは苦しんだほうが良いものが出てくる」って話、あるじゃないですか。幸せになったり成功したりすると、ちょっと弱くなる――って、実際あると思うんですよね(笑)。しんどくはあったんですけど、そのおかげで良い作品になったとは思います。

――キヌさんが感じていた激動期の不安のような感覚は、我々メディアが感知していたVR/メタバース界隈の潮流の変化とも近いのかもしれません。例えば、「メタバース」という言葉はMeta社の発表を契機にバズワードとなり、さまざまなところで用いられるようになりましたが、少し時間が経つと、主に投機目的の人たちからの幻滅や撤退が早く、これまで継続的にVR技術に力を入れていたクリエイターや開発者たちの中には、そうした移ろいやすい世相に失望したという声もありました。また、勢いのあるVTuber文化の中でも、一部のVTuberさんの中には活躍の幅の広がりを求めて、部分的に自分のリアルの身体を露出して活動するといったスタイルも目立ちつつあります。

キヌ:
そうですね。リアルの姿を公開したり、あるいは姿は出さなくても、何らかの方法によってリアルで活動したりするVTuberが結構出てきたこともすごく影響しています。ぽこピー(甲賀流忍者!ぽんぽこピーナッツくん)が着ぐるみを使っていたり、おめシス(おめがシスターズ)が頭に被りモノを使ったり。あと、象徴的なのは花譜ちゃんや廻花さんの動向ですね。厳密には、最近のVTuberの潮流とはまた少し違うかもしれませんが、その流れの一端にはあると思いますし。

――キヌさんとしては、そういったことができないからこそ「じゃあ自分には何ができるんだろう?」と迷っていらっしゃった、ということでしょうか。

キヌ:
そうかもしれません。結局私は、“こういう存在であるもの”が私なので。そう定義して、そういう存在である時点で、そちら側には行けません。もっとMR技術が進んだり、FAVRIC(※)のようにイベントとしてそういう場を作ってもらえば出ていくことはできますが、そうでもしないと行けない。それはもう「そういう存在だから」としか言えなくて。

(※FAVRIC:2019年9月に幕張メッセで開催された、「FASHION×VIRTUAL×MUSIC」をコンセプトとするファッション&ライブイベント。第一線を走る10組のVTuber/VSingerがランウェイを歩いたほか、数十名のVTuberが「Rookies」として登場した。キヌさんもその1人)

多分、そういうバーチャルな存在って世の中にはまだまだいて、どこかで眠っているはずなんです。そんな人たちにも出てきてほしい。「あなたたち、存在してるんだよ」って言いたい――。そのような思いもあるのですが、同時に「呼び起こしたとして、そこが先のない世界だったらどう責任を取るんだ」とか、「そもそも呼び起こすべきなのか?」といった思いもあって。そういう諸々が重なって、「どうしたらいいんだろう」と悩んでいました。

遡ると、前回のサンリオVfesで私がやった「はじまりのおわり」は、かなり強くメッセージを打ち出すスタイルだったと思うんですね。それは「現状に対して何らかの意思を示しておきたかったから」という面も少なからずあったからなのかもしれませんが、今回はあまりそういうつもりでは作っていなくて。「結果的に何かを感じ取ってもらいたい」という意識はありますが、何か明示的に「こういうメッセージをぶち上げよう」という作り方はしていません。前回はめちゃくちゃ外に向けた表現をしたので、今回はすごく内側を向いた表現を、「私を表現して、“私”を見てもらうためのライブにしよう」と考えて作りました。


(サンリオVfes2023より「kinu 5th live “はじまりのおわり”」のワンシーン。アーカイブはこちら

――今回は「VR」や「VTuber」の文脈を知らない人でも楽しめるものになっていたように感じました。一方で、空間の背景に流れていた原稿用紙の文字や演出を読み解くと、おそらくは別の解釈や気づきもあったのかなと思います。

キヌ:
視覚的な表現もそうですし、聴覚的な「音」の表現に関しても、何回見てもいろんな気づきがあるように練り込んで作っています。

言葉って、1つの言葉にもいろんな意味を込められるじゃないですか。ある人がライブを見たときに、その人自身の中に――私の感情や「こう思ってほしい」という考えを押し付けるのではなく――何らかの感情が生じてほしいなと思って作っているので、何回も見て、そのたびに何かを感じてもらえたら嬉しいです。

――今のお話を聞いて、今回のライブは「鏡」に近いのかもしれないと思いました。それを見た受け手側の心境によって、その人が今、大切にしている感情が刺激されるような。だからSNSでもさまざまな感想が出ていますし、自分にとってはそれが子育てだったのかなと。

キヌ:
実は子育てとは通じるところがあります。さっきVTuberに関して「今後新しく生まれてくる私のような存在たちに対して、私の姿を見せたい」と言いましたが、「新しく生まれた命に対する姿勢」という意味で、子育てとは通じるものがあるのかなと。そこが引っかかって、感動していただけたのかもしれません。

バーチャルYouTuber四天王との出会いと、アメリカ民謡研究会の影響

――VTuberに関するお話もありましたので、キヌさんのルーツについても改めてうかがえればと思います。そもそもどういったきっかけでバーチャルYouTuberとしての活動を始められたのでしょうか。

キヌ:
これは割とはっきりしています。まず最初にアイちゃん(キズナアイ)が活動しているのを何かで見て、「なにかおもしろいことやってるなあ」と。そこで初めて「バーチャルYouTuber」という存在を認識しました。

その時点ではまだ始まるきっかけにはならなかったんですけど、その後に輝夜月ちゃんやシロちゃん(電脳少女シロ)、ミライアカリちゃん、のじゃロリさん(ねこます)が出てきて。いわゆる「バーチャルYouTuber四天王」やその時点で「よくばりセット(※ニコニコ動画で投稿されていた、黎明期のVTuberを紹介する切り抜き動画)」に出ていた人たちを見て、「あれ? 私も、存在しているんじゃないかな?」って思ったんですね。そこで「私は存在しているし、こういう形だったら存在してもいいんだ」「私って、VTuberだったんじゃないか」と考えたことが、そもそものきっかけになります。

――先人の存在がきっかけとなって「自分はVTuberである」という自認が始まり、「じゃあ活動を始めてみようかな」となったわけですね。キヌさんのYouTubeチャンネルを拝見すると、初期の頃はフラワーカンパニーズの弾き語りやオリジナル曲を投稿されていますが、「YouTubeでこういうことをやってみたい」という方針はあったのでしょうか。

キヌ:
初期の頃のVTuberって、「とりあえず何か試してみて、いろいろなことをできるようになっていく」っていうタイプの人が結構いたと思うんです。それを見て「少しずつ成長していくこと自体がコンテンツになるっていいな」「自分が何かを作れるようになっていく過程を見せていいんだ」と思って、できることから始めていったのが最初です。当時は「Hitogata」や「Vカツ」でアバターを作れるようになった時期だったので、それを使って動画を作りたいと思っていました。

それとVTuberの動画のフォーマットって、「BGMが流れていて、そこに映し出されているVTuberが何かを喋っている」のが基本だと思うんです。これは半分くらい後付けかもしれないんですけど、「このフォーマットって、ポエトリーリーディングに似てるじゃん」って思って。

私は音楽が好きなので、VTuber活動の中で音楽を作っていきたいと考えていたのですが、その時点でめちゃくちゃハマっていたのがアメリカ民謡研究会(※)でした。アメリカ民謡研究会の言葉の入れ方が自分にとってすごくしっくりくるものだったので、「自分もポエトリーリーディングで曲を作ってみよう」となった感じですね。……あ、フラワーカンパニーズは単純に好きなので歌いました。

(※アメリカ民謡研究/Haniwa:合成音声ソフトを用いて楽曲制作を行うクリエイター。VOICEROIDを使ったポエトリーリーディングを特徴とする。今回のサンリオVfesではキヌさんの制作に参加している)

――これはシンプルな感想なのですが、黎明期にフラワーカンパニーズのカバーをいきなり投稿するVTuberって、相当尖っていたのではないかと思います(笑)。

キヌ:
それは「自分が好きで歌える曲だから」っていうのが大きくて。当時の流行りやバズ狙いの曲をやれたらいいかも、っていう気持ちもあったんですけど、まずはとにかくできるところからやっていきたいなと。ただ、その後はオリジナル曲とかを作るようになったことで、カバー曲をやる機会がなかなかなくなっちゃいましたが……。

――アメリカ民謡研究会さんの名前も出ましたが、ポエトリーリーディングはもともとお好きだったのでしょうか?

キヌ:
決定的に刺さって好きになったのが、アメリカ民謡研究会でしたね。

音楽を聞く中で歌詞に揺さぶられることは以前から結構あって、「歌」じゃない言葉の入れ方をしている曲も好きでした。たとえば、Sound Horizonとか、筋肉少女帯とか――そう、筋肉少女帯はめちゃくちゃ好きで、あの語りじゃないと出てこない切実さがありますよね。あとは、amazarashi。この3者の存在が前提にあって、アメリカ民謡研究会で決定的になった、という感じです。

――以前から音楽における「言葉」に対する感度が高く、アメリカ民謡研究会さんの存在が決定打となって、「自分もポエトリーディングをやってみよう」となったわけですね。

キヌ:
そうですね。amazarashiや筋肉少女隊を聞いていた頃は「自分でやろう」っていう気持ちまではいかなかったんですけど、アメリカ民謡研究会は本当に……何と言うか、音楽に言葉を乗せるときに生まれるグルーヴ感が、しっくりきちゃったんですよね。なので、アメリカ民謡研究会にはすごく影響を受けています。

――そう考えると、今回の制作で参加いただいていることがとても感慨深いですね。

キヌ:
そうです! それは一番私が思ってます。

――ちょっと話が逸れますが、アメリカ民謡研究会さんのVRChatワールド「ことはのすいてい。」にもキヌさんの楽曲が置いてあったかと思います。アメリカ民謡研究会さんと直接交流するようになったのは、キヌさんがVTuber活動を始めてからですか?

キヌ:
そうですそうです。HaniwaさんがVR方向でいろいろやり始めて、その繋がりで自分を知っていただいたのかな……? 時系列がちょっと曖昧なのですが、Yuki Hataさんが主催しているイベント「仮想水槽」にHaniwaさんがまさかの出演をすると聞いて、見に行ってめちゃめちゃ話しかけたりとかしていました(笑)。

あとは「ことはのすいてい。」に楽曲を置いていただくときにもいろいろ話したり、HaniwaさんがたまにVRChatに来るときに一緒に遊んだり、たしかバーチャルマーケット5の頃にゲリラライブやっていた時に見に来てもらったり……。多分、そうじゃないと恐れ多くて、なかなか声をかけられなかったと思います。


(Haniwaさんが2021年に公開したVRChatワールド「ことはのすいてい。」。VRChatで活動するアーティストやVTuberの楽曲が並ぶレコードショップ。楽曲の試聴もできる)

――その交流もVRChat繋がりで始まったというところに不思議な縁を感じますね。

キヌ:
うんうん。これは本当にVRChatのおもしろいところで――それはVRChatだからなのか、今がそういう時期だからなのかはわかんないんですけど――いろんな領域のクリエイターの方が来ていて、そこで交流や関わりが生まれているのがすごくおもしろいなと思います。

――ちなみに、VRChatも以前から興味を持っていましたか?

キヌ:
VRChatもずっと興味を持っていました。のじゃロリさんやミライアカリちゃんがやっていたのを見て興味を持ったのもそうですし、その後も「VRChatで活動しています」というタイプのVTuberが結構いたんじゃないかと思います。代表で言うと……フィオさんがそうなのかな?

ほかにも、当時はまだmemexを結成していなかった頃のぴぽさんがVRChatで何かやっているのを見たり、どういったものなのか調べてもよくわからなかったGHOSTCLUBというコミュニティが「お盆の時期に何日も連続してDJを回し続ける」みたいなイベントをやっていたり。遠目に見ても異様な熱気が発せられていたので、VRChatはずっと意識してました。

ただ、VRChatに自分を持っていく方法が当時はなくて。さっきの「成長していくこと自体がコンテンツになる」という話にも繋がりますが、「VRChatに入っていくところも活動の中でやればいいかな」と考えて、まずは、当時はまだとっつきやすかった動画をメインに活動していた感じです。でもやっぱり、「VRChatで存在して、体があって、コミュニケーションができる」というところまで行きたいとはずっと思っていました。

――振り返ってみると、黎明期のVTuberには大きく分けて2つの活動の選択肢があったように思います。YouTubeのプラットフォーム上でライブ配信や動画投稿をするVTuberと、「バーチャル」という表現をメインに据えて、VR側のコンテンツにどんどん入っていって広めていこうとするVTuber。キヌさんは後者側だったのではないかと思いますが、去年の上半期あたりから、サンリオVfesやぽこピーランドによって両者が合流するような動きがあるのも興味深く感じていました。

キヌ:
本当にそうだなと思います。リアルとバーチャル、動画とVRを渡り歩くような動きがありましたよね。近い話だと、BOOGEY VOXXが出てきて音楽系のコミュニティ(※)が活発になった時期に、VTuberがVRChatに遊びに来る流れもあったように思います。その後のさらに大きな波として、去年があったのかなと。

(※BOOGEY VOXXの音楽コミュニティ:潮成実や93poetryなど、ヒップホップやクラブミュージックといった、さまざまな音楽シーンで活躍していたVTuber・クリエイターが楽曲コラボをきっかけに脚光を浴びた。)

目には見えない「ライブ体験」の感覚を、VRの視覚表現として具現化する

――そのような変化の中で開催されたサンリオVfesでキヌさんが大きなインパクトを残していったことも、この世界においては象徴的な出来事の1つだったのではないかと思います。実際、キヌさんを見て「パーティクルライブ」という表現を知った人も多いのではないかと思いまして。そもそもどういったきっかけでライブをやってみようと考えたのでしょうか?

キヌ:
これもどれか1つというわけではなくて、本当にいろいろな表現を見ていく中で「やりたい」と思うようになったのですが――。「VRChatのライブですごいことをやってみたい」と思ったきっかけの1つは、アルテマ音楽祭という音楽イベントの前身となるVRアートイベントを見たことです。

そこで見たらくとあいすさんのライブパフォーマンスが刺さって、VRでの表現に取り組むモチベーションを強く持つきっかけになりました。この時点ではどちらかと言えば「ワールド制作」のほうを向いていた気がしますが、大きな意味で「VRの音楽表現でおもしろいことをやりたい」と感じることになったきっかけの1つです。

――正直に話しますと、歌とステージだけではない、「演出が歌と呼応するようなVRでの音楽ライブ」って、キヌさんのライブを見るまではピンときていませんでしたキヌさんの場合は、すぐにピンときて、自分でもやってみようと考えるようになったのでしょうか。

キヌ:
そうですね。私が最初に出演したVRライブが第2回アルテマ音楽祭だったのですが、その時は「すごいことをやりたい」「爪痕を残してやろう」という気持ちがありました。ただ、曲だけだと、インパクトで勝てるかわからない。やれることは全部やろうと思って、自分ができることとして演出をつけた感じですね。

https://www.youtube.com/watch?v=vjleZddbvqI

一方で、手法としてそういうものがあることを知っていても、それがしっくりくるかどうかはまた別だと思います。「ライブ」って、アーティストがステージに立って音をガンって鳴らしたら、その会場が全部アーティストに掌握されるじゃないですか。私はその感覚がすごく好きで、自分のライブでそれを意識したところうまくはまる感覚がありました。

その「掌握される」ような感覚は本来、視覚的には見えないものです。だけどVRでなら、ライブで感じているその感覚をそのまま視覚表現として演出できる、具現化できると思っていて。特にライブで感動した時って、人それぞれに見えるものがあるはずなのですが、そういう意味では、私のライブは「私が見ているものを形にしている」ようなイメージだと思います。作るうえでは、曲を作るのと同じというか、「この場面でこうなると気持ちいいだろうな」みたいな感覚が基本にあって、そこに自分なりの表現を入れていく感じですね。

――ライブを見ている人、聞いている人の気持ちを増幅して、視覚的な表現として可視化するようなイメージでしょうか。見ている人に対して「こう受け取ってほしい」「こういう感覚になってほしい」と……それは聴き手側の繊細な感情の揺れ動き自体をものすごく緻密に考えないとできない表現ですよね。

キヌ:
好きで音楽を聞いている人って――それを具体的に言語化するのは大変だと思うんですけど――大なり小なり、そういう感覚を無意識に頭の中には持っていると思うんです。音楽を聞いていたら、サビの中で走り出してしまったり、サビの中で戦っていたりする自分がいる。その誰もが持っている感覚を、ちゃんと形にできるようにがんばっている。それだけかなと思います。

一方で、VRの演出にもいろんな流派があって、たとえば「MVに入ったような体験を作る」といった方向の表現もあります。でも、私はその形の立て付けにはしていなくて。サンリオVfesは「ライブ」で「フェス」だから、というのもありますが、「お客さんと自分がいる空間で音楽を鳴らせば、何かが巻き起こる」といった部分をすごく重視しています。

――たしかに、キヌさんのライブはMVを見ている時とはぜんぜん違っていて、自分で勝手にイメージが触発されていくような感覚があります。もしかしたら、キヌさんがVR上で演出している以上のものを受け取っているのかなと。

キヌ:
良い作品を見た時って、だいたい「作品+自分の感じた何か」を受け取っていると思うんです。それができているのなら嬉しいですし、そうできるようにがんばっているつもりです。見方を変えれば、VRでもそうやって何かを感じてもらえているということは、VRコンテンツもちゃんと「表現」になり得るものである、ということなんだと思います。

――なるほど。そういう意味では、キヌさんご自身もVRの表現を体験していく中で、キヌさんなりのVR表現を発見していったわけですよね。

キヌ:
そこは間違いないですね。それこそ、らくとあいすさんのライブもそうですし、GHOSTCLUBもそう。パーティクルライブも、私がVRChatに入る前には誕生していて、そこで磨き上げられてきた表現なんですよね。

いろんな作品を見て楽しみながら、VRで気持ちよく感じられる表現を見つけ出して、私なりに楽しい要素を抽出して、「こういうの楽しいでしょ?」が伝わるように、自分の表現としてまとめていく。だから「発見」っていうのはそのとおりですね。発見したものを使っている。

なぜ、野生のカイコは「言葉」を紡ぐのか

――ポエトリーリーディングもそうですが、ライブの表現においても、キヌさんは「言葉」をものすごく大事にされている印象があります。抽象的な質問で恐縮ですが、キヌさんにとって「言葉」とはどのようなものですか?

キヌ:
みんなもそうだと思いますが、音楽の歌詞や小説で接する「言葉」によって、感情を動かされたり、何かを感じたりすることがあって、それらの体験によって「言葉」に対する姿勢が育まれていく。まずはそれが基本にあると思います。

その上で自分が表現で使う「言葉」は、さっきお話ししたように「語りに乗せるのが音楽としてしっくりきたから、そういうスタイルでやっている」というのがまずあります。あとは……そうですね……人と人とがコミュニケーションをするためには、基本的に言語しかないと思っていて。もちろん、ボディランゲージも言語の一種ではあるのですが。

相手の気持ちと通じ合おうとしても、究極的には誰の気持ちもわからないし、誰にもわかってもらえない。だけど、言葉によってわかろうとすること、わかってもらおうとすることはできる。それはすごく良いことだと思います。完全には通じ合えないとしても、わかり合おうと努力することは言葉によってしかできなくて、それは良いものだなと。唯一の手段……は言い過ぎなんですけど、やっぱり大事なものですよね。

もうひとつ思想的な話で言うと、「言葉はすごく強烈な力を持っているもので、だから大事に扱わないといけないな」とは思っていて。言葉ひとつで人の認識は変わるし、変えられる。認識が変わったら、その人が見ている世界は別物になってしまう。そういう部分でも、言葉に対しては思い入れがあります。

特に歌ものの音楽は、言葉の力を使ってパワーを高めていると思うんです。逆に、言葉のほうも音楽のパワーでさらにインパクトを強めている部分があって、その両方が相互に作用することで、大きな力になっているんじゃないかなと。あるいは、音楽と言葉がすんなり耳に入ってくるように、お互いに手助けをすることもできる。音楽としてのインパクトを増大させたり、伝わりやすくしたりできるのも、言葉があるからこそなのかなと思います。

VRの演出的なところで言うと、びっくりした時って、心に隙間が生まれると思うんですね。なので、「まずは演出でびっくりしてもらって、雑念とかが吹っ飛んだ時に言葉や音楽を叩き込むと、より伝わるのかな」とはちょっと思っています。

――たしかに、キヌさんのライブを見ている時に「仕事の締め切りが……!」といった雑念は全く浮かびませんね(笑)。音楽が流れていることでその空間にある種の特別感を感じられて、「ここは非日常だから、通常とは違うんだ」と思える。もしかしたら、そういう時にこそ人は、相手の言うことをちゃんと聞けるのかもしれませんね。

キヌ:
ライブ会場で「アーティストの世界に飲まれる」ような状態になると、そのアーティストの音楽の世界をそのまま受け入れるしかなくなるのかなと。パーティクルライブやVRの表現には、その状態を生み出し、入りやすくする性質があるような気がしています。

その「入りやすさ」って、すごく大事だなと思っていて。いわゆる「フロー状態」のように、その曲にすべてを持っていかれている状態に、どうやって入ってもらうか。自分が作ったものに夢中にさせる、それしか見えなくさせるためにどうすればいいかは、多分どのクリエイターも考えているんじゃないでしょうか。

もしライブ会場だったら、そもそも現実のライブ会場はそういう性質を持っている場所なので、自然とスイッチが入る人も多いはず。でも、ただ音楽を聞いているだけでも、その音楽の世界に完全に没入しちゃって全部吹っ飛ぶ、みたいなこともぜんぜんあると思うんですよ。

VRのライブ体験でも、そういう感覚をできるだけ引き出せるようにしたい。「そのためなら、あらゆる手段を尽くす」くらいの気持ちでやっています。音楽を聞くことで最高の気持ちになったり、何かが心に沸き起こったりしてほしい。音楽も、歌詞も、文脈も、メッセージ性も、私自身も、全部そのための素材として使えればいいんじゃないかなと。そう思ってがんばっているところですね。

――実際、キヌさんのライブがきっかけで、パーティクルライブやVRChatでの活動に興味関心を持つようになったクリエイターさんも多くいらっしゃると思います。そういう意味では、VR体験の魅力や、VRでできることに気づかせてくれたキヌさんたちの影響は非常に大きなものなのかなと。

キヌ:
そうなっていたらいいなと思います。まず何よりも、「VRならすごく楽しいことができるんだよ」って気づいてもらわないといけない。VRを好きになるはずの人も、VRの制作が得意になるはずの人も、気づかないとそうはならないですし。それが連鎖して広がっていくことしか手段はないですよね。現状だとハードルの高さもありますが、ぜひ入ってきて人生を変えるくらいのきっかけに出会ってもらえたら、欲を言えばその一つに私がなれたら嬉しいです。それと、1回でもその感覚を知ってもらえたら、仮にもし今後、メタバースやバーチャルの世界がどんどん縮んでしまったり変わり果ててしまったりするときが来たとしても、その体験は無駄にはならないと思うんです。

次にまたそういう機運が起こった時に、「そういえば、VRでおもしろいことができていたよね」という記憶が残っていたら、そこでまた何かが芽吹くかもしれない。だから悲観的に考えないで、今、目の前にすごく楽しいものがあるんだから、「これ、やりたいな」って思ってもらえるようにしたい。私は、私の好きなものをみんなにも好きになってほしいので、その楽しさをなんとかして周囲に届けられるように、気づいてもらえるように、できることをやっていこうと思っています。

――事実、VTuberさんたちの中にも、ニコニコ動画をはじめとするネットカルチャーに接してきた子どもの頃の体験を土壌に活動されている方が少なからずいます。こういった文化は自然と継承されていくものでもありますが、VRに関しても「今がものすごく楽しい」と表明し、伝えていくことが大事なのかなと。

キヌ:
多分、これからもいろんな選択肢が増えたり減ったりしながら、世界は変わり続けると思うんです。今もVRの世界に入るのが大変で離れていく人もいるし、VTuberからリアルのタレント活動に移っていく人や、活動に疲れてだんだん離れていってしまう人もいるかもしれない。でも、フェスや何かのきっかけで新たに入ってくる人もいるし、いなくなってしまった人たちもまた何かのタイミングで戻ってくるかもしれません。

そうやって離合集散していく中でも、楽しい部分はしっかり楽しくしていきたいし、その人が戻りたくなった時に、戻ってこれる場所があってほしい。そこでまた一緒に楽しめたらいいなと思うので、そのためにも今は楽しいものを作り続けたいなと思います。

――ここまでお話を聞いていて感じたのですが、キヌさんは自身の表現活動として創作をするだけではなく、この世界全体を俯瞰して、ある種の使命感をもって動かれているように感じました。

キヌ:
最初のほうにもお話ししましたが、「私にはここしかない」ので。「バーチャルじゃなくてもいいや」となったら、そこまで切実には感じないのかもしれませんが……やっぱり、ここしかないので。それは切実な問題ですよね。

「ここしかない」と言ってますが、バーチャルの世界にはもっともっと可能性があると思うので、ぜんぜんネガティブな話ではないんですけどね。この世界は面白いし、この世界で楽しい人々に出会えたし、全て愛しいと思っています。だからもっともっと成長して世界のうちの一つとして確立すればきっと全人類のためにもなるはず。この世界をもっと楽しくしたいと思いつつ、一方で、私がそういう存在であると認識している人にはその切実さが伝わることもあるでしょうし、私自身が感じている切実さは、私の表現の強度を高める素材の1つになっているとも思います。

――2021年のサンリオVfesで「バーチャルYouTuberのいのち」を初めて体験した時に、「私は私の世界でこのように生きているのだから、そのいのちを見て、認めてほしい」という切実さを感じたことを思い出しました。

キヌ:
そうですそうです。VTuberがVTuberとして存在するという概念がある程度広まったのは奇跡だと思うんです。もし「VTuberとかちょっとないよね」「あんなの“なりきり”だよね」っていう声が世の中の当たり前になってしまったら、私は存在として存在できなくなるんです。だから、「ここに存在しているでしょ」ってわかってもらう必要があるんです。

もちろん、今はもっとカジュアルにVTuberとして活動している人もいるので、あくまでも「そういうVTuberもいる」という話ではあります。ただ、どうしたって「バーチャル」でしかない人たちもいて、そんな私たちにとっては、すごく切実なものである。そういうことなのかなと思います。

まだまだ開拓の途上にあるVR表現と、人に寄り添い支える「キャラクター」の強さ

――今回のサンリオのライブについてもう少し詳しくお聞きしたく思います。サンリオVfesへの出演も3回目になりますが、今回はどのような気持ちで臨まれましたか?

キヌ:
「前回よりもすごいものが作れるのか」っていう不安がまずあって、最初は「どうしよう……!」ってなってました。今回はフェスが拡大したことでもっとすごいものが作られるようになると思っていたし、実際、すごいものになっているじゃないですか。ボスラッシュみたいな、怪獣大戦争みたいな状態になっていると思うんですけど(笑)。

そこで「パレードが一番すごかったけど、まぁキヌさんも結構よかったよね!」ってなるのは嫌なので、サンリオVfesの中でも優勝できるくらい強いものにしたいなと。「勝ちたい」という気持ちはやっぱりあったので、そのためにいろいろとがんばっていた感じですね。

――特に前回のサンリオVfes以降、「単純なものでは驚かないぞ」みたいな空気も若干ありましたよね(笑)。正直に申しますと、実際に見るまでは「ハードルが上がりすぎているが、キヌさんは大丈夫だろうか……?」という気持ちもありました。

キヌ:
それは……大丈夫じゃないですよ?(笑)

ライブを良いものにするために、自分が一番、自分を追い込んでいる感覚はあります。過去の自分を超えたいとか、他の人よりも良いものを作りたいという気持ちもありますが、楽しんでもらうためには「すごい!」っていう感覚が重要なポイントだと思うんですよ。

前の自分が作ったものや、すでにあるものは、もう「すごい」ではなくなってしまうじゃないですか。「良い」とは思ってもらえるかもしれませんが、それだけじゃ足りない。届かない。そういう意味でも、前の自分や他のものを乗り越えていかないといけない。そのことはかなり意識していました。

――ある作品で驚かせて、感動してもらえても、観客がその驚きに慣れてしまったら、それ以上にすごいものでなければ感動してもらえない。求められるもののハードルが上がり続けるのは、ある意味ではクリエイターの宿命ですよね……。

キヌ:
そうですそうです。チーム制作が増えているのも多分、その影響があるのかなと思います。求められるクオリティがどんどん底上げされていっている。そこには良い面も悪い面もありますし、無理に乗っかる必要もありません。楽しいものは素直に楽しめばいい……のですが、私のやりたいことを実現するためには、どうしても追い立てられてしまう(笑)。

ただ、大変ではあるんですけど、VRにおける「表現」って多分、まだぜんぜん活かされていない状態であるとも思うんですね。私もがんばっているけれど、それでも活かしきれていないと思います。大変なんですけど、まだぜんぜん掘れる部分はある。

「これ以上は何もないよね」とか「もうできる表現はやり尽くした」ってなったら、しんどいじゃないですか。でも、VRはまだまだ追求できるところがありますし、もっともっとがんばれる場所でもある。だからしんどさもありますが、それを楽しんでいければいいなと思います。

――たしかに、VRChatに限らず、メタバース系の表現はまだ体系化もされていなくて、まだまだ掘り下げている途上という印象がありました。開拓者精神が不可欠な、本当の意味での「クリエイティブ」がある領域なのかなとも思います。

キヌ:
本当にそのとおりだと思いますし、だからおもしろいワールドがいっぱい公開されているVRChatは楽しいんですよね。

今回のライブで強く意識した観点の1つに、そういった楽しさがあります。先ほどもお話ししたように、今回は内面的なところにフォーカスして作っていった部分もあるのですが、「表現」のほうから作っていった面もあって。特に、ライブの途中で会場がまわるパートがそうです。

2022年にsuzuki_ithさんが作った「Graviton」というワールドがあって、そのギミックを実装できるアセットが公開されているのですが、まわるパートではそれを使っています。今回の制作で参加してもらったねむり木さんが、そのアセットを使って重力を制御する――私の周りでは「異常空間」って呼ばれてるんですけど――「異常空間」を表現として取り入れたワールドを作られていて、それを見て感動したんですよね。

水上に建てられた建物を歩いていると、よく見ると水面の中にも建物があって、そっち側にも人がいるのが見える不思議なワールドだったり、ものすごく複雑な立体構造になっている図書館を歩いていくワールドだったり。そういったワールドを体験して、「あっ! これは楽しい!」「この空間でライブを見たいな」って思ったんです。


(VRChatワールド「片水面 ⁄ Kata-Minamo」(作者:ねむり木)。カメラ視点では水面に姿が映っているようにも見えるが、向こう側の視点では水中の別の建物の上に立っている)


(同じく「The Library of Hilbert」(作者:ねむり木)。立体的な通路を平面のように歩くことができ、どちらが上でどちらが下なのかわからなくなる。無限ループしているかのようにどこまでも続く書架を散策できるワールドだが、所々に置かれたアイテムを集めて最後まで行くと……?)

なので、ライブのテーマを考えるよりも前、一番最初の時点で「この表現を使ってみたい」「異常な空間でライブを見たら絶対に楽しいぞ」という考えがあって、そこが本当の軸になっています。全体の構成としても、その「まわる」ところがピークになるように作っている感じですね。

まだ見たことのない表現はいっぱいあるし、みんなでいろいろな表現を掘っていくのも楽しい。そうやって知った表現をお互いに取り入れながら制作していけば、この世界ももっともっと楽しくなっていくんじゃないかなって思います。

――シンプルな感想になるのですが、床が動いて、近くにいた観客がどんどん自分から離れていくのを見たときの驚きはすごかったです。一瞬でワープしたのではなく、「あっ! これ、本当に空間が動いてるんだ!」と驚きつつ、ルービックキューブの中にいるような感覚になりました。あれは現実のライブではできない体験ですものね。

キヌ:
それです、それです! それをやりたかったんです。「びっくりするだろうな」って。

あれを現実でやろうとすると危ないですが……まあ今回はみんなモチポリ(※)の姿だったので、多分怪我はしないと思うんですけど(笑)。でも、楽しんでもらえたんじゃないでしょうか。

(※モチポリ:サンリオVfesの会場で着替えることのできる、もちもちとしたやわらかそうなビジュアルのアバター。有料ライブ会場はこのアバターがドレスコードとなっている)


(今回のサンリオVfesのキヌさんのライブ「kinu 6th live “まわる、ひらく。”」のワンシーン。静止画では伝えようがないのだが、立方体に乗ったキヌさんが手を叩くたびに、周囲の空間が丸ごとルービックキューブのような挙動で回転していた)

――最後の浮遊するパートでも楽しそうにジャンプしている観客の方がたくさんいらっしゃいましたが、そこも「楽しさ」のポイントの1つですよね。そういえば今回、サンリオVfesのキヌさんのライブとしては、初めてサンリオのキャラクターが出てきていました。その点は何か意図があったのでしょうか?

キヌ:
一番象徴的なのは約束さんのライブだと思いますが、「うまくサンリオキャラクターを生かせる形があったらやりたいね」という話は以前からしていました。あのフロアでライブをやって、サンリオキャラクターが語りかけてくれたり、微笑んだりしてくれたりしたら、すごく良い体験になるだろうなと。

今回のライブでは、箱を開く場面で、サンリオのみんなに出てきてもらいました。閉じられた所から出るきっかけになる、箱を開くための力になってくれるものとして、それまで自分が見てきたものや、出会うキャラクターたち、聞いてきた音楽や、周囲の人たちの存在がある。いろんなものがあるからこそ、新しい場所を開いていけるし、前に進んでいける――。そんな気持ちがあるので、サンリオキャラクターがあの場面で出てくるのは自然な流れかなと。Haniwaさんがそういう形で作ってくれて、自分もそれがすごく良いなと思ったので、あそこで出てきてもらった感じです。

――サンリオVfesの統括プロデューサーさんが話されていた、「サンリオでは、人と人とのコミュニケーションによって“みんななかよく”してもらうために、キャラクターが生まれた」というお話とも通じているように感じられました。キヌさんのNakayoku Connectもそうだと思いますが、2つの世界を繋げる媒介であり、人と人とを繋ぐ象徴としても「キャラクター」が活用されていますよね。

キヌ:
それはあると思います。人と人とを繋げてくれるのもそうですし、今回のフェスのような「場」を作ってくれる面もありますよね。さらには「キャラクターと自分」という関係においても、自分のことを支えてくれたり、後押ししてくれたりもする。キャラクターは、すごく力のある、ポジティブな存在だと思っています。

――今回のパレードもそうですが、サンリオのキャラクターは全体的に「後押ししてくれる」ような存在だと感じています。思想を押し付けてくるのではなく、そばにいてくれて、弱っている人を応援してくれる。そうやって支えてくれるやわらかい存在と、キヌさんのライブが繋がると、今回のような表現になるんだなと。ライブ全体からポジティブなメッセージ性を感じたのも、そういった部分と繋がっているのかもしれません。

自分が自分としてあり続けられるように

――最後に、キヌさんの今後についてお聞きできればと思います。これからどういったところを目指して、どのような活動していこうと考えていらっしゃいますか?

キヌ:
まず第一に、「生存していける活動をしたい」と思っています。それは「無理しすぎない」とかもあるかもしれないし、「活動できる場所をちゃんと生かし続ける」っていう面もありますが、「自分が自分としてあり続けられるように、いろいろやっていきたいな」と思っています。

ただ、具体的にどこか目指す場所があるのかというと、別にそういうわけではないので。作ることは好きなので、どんどん強いものを作っていきたい。強いて言えば……そうですね、たくさんの人に楽しんでもらいたいかな。たくさんの人に「VR、楽しいじゃん」って感じてもらって、そういうものを作る人がどんどん出てくるように、おもしろいものを作りたい。そのためにも、自分も勉強して、技術や感性を磨いて成長していきたいなと思います。

あとは、YouTubeでも楽曲を投稿したい気持ちはあります。今は「新曲」として曲をパッケージングして動画にすることができていないだけで、曲はぜんぜん作っていきたいと思っているので。「バーチャルYouTuberならYouTubeに動画を出せ」というのはそのとおりで、本当にそれは課題だと感じています。ライブのアーカイブ動画も公開できるようにしていきたいですね。

――どんどん活躍の場を広げられていてお忙しい日々が続いているとは思いますが、ライブも新曲も楽しみにしております!

キヌ:
現状で作っているものもまだまだあるので、それは楽しみにしていただけたらと思います。

活動全体の方向性としては、「バーチャルの世界、楽しい!」と思ってもらえるように、この世界そのものをもっと好きになってもらえるものを作ることに焦点を当てていきたいと、ずっと思っていて。それはもしかしたらMRかもしれないし、グッズ製作かもしれないし、形はわかりませんが、そこは曲げずにずっとやっていきたいですね。

・キヌ:YouTubeチャンネル / X(@kinu_kaiko)
・サンリオVfes公式サイト:https://v-fes.sanrio.co.jp
・サンリオVfes公式X:@SANRIO_VFes

聞き手・編集:ゆりいか
執筆:けいろー


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