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業界動向 2024.02.03

【発売直前】Apple Vision Proの発売に期待したいこと、期待しすぎないこと

米国時間2024年2月2日にアップルのヘッドセットApple Vision Proが発売される。ティム・クック肝いりのこの「空間コンピュータ」は、日本円にして税込で60万円を超える高額な製品でもあるにも関わらず大きな注目を集めている。

まずは米国で発売されるが、発売日を発表したときのティム・クックのXの投稿は非常にテンションが高いものだった。ニューヨークの旗艦店のApple StoreはVision Pro発売に向けた特別な装いになっている。



事前レビューができた欧米の各メディアは一斉にレビュー記事を投稿したり、動画を公開したりしている。


(米紙Wall Street Journalの「Apple Vision Proをつけて24 時間過ごしてみた」動画)

Apple Vision Proは、アップル自身は認めないし一線を画したいという意向は感じられるが、いわゆるビデオパススルー型のMRヘッドセットであり、アップルだけが唯一のプレイヤーではない。キヤノン、レノボ、Varjo、HTC、Meta……先行しているプレイヤーも多い領域だ。

後発でもApple Vision Proが特別に注目を集めている理由は、Mogura VRではすでにいくつかの記事で展開してきた。

米国でしか購入できないこのデバイスを日本での発売を待たずに手に入れようとする動きもある。筆者もいままさにロサンゼルスのApple StoreでApple Vision Proを受け取るためにロサンゼルスに向かう機内でこの原稿を書いていた。

世界はすぐには変わらない

Apple Vision Proについて、誤解してはいけないことがある。それは、「Apple Vision Proの発売で世界はすぐには変わらない」という点だ。XRデバイスの普及には時間がかかる。Metaが10年の年月をかけて道を作ったVRはまだしも、MRデバイスはまだ市場のニーズをとらえて広がったデバイスが存在しない、人間社会にとって未踏の領域だ。

あえてMRやXRではなくAppleにしたがって空間コンピューティングという言葉を使おう。空間コンピューティングはサービスやコンテンツではない。装着して体験するデバイスありきのものだ。Appleはこれまで展開してきたスマートフォン向けのARを空間コンピューティングとは呼んでいない。PCやスマートフォンから使えるWebサービスである「Tiktok」や「ChatGPT」が急激な勢いで広がったようにはいかない。空間コンピューティングは既存のハードウェアでは実現されず、まずはハードウェアを購入するところから始まる。それゆえ、普及速度には一定のブレーキがかかる。

出荷台数は限られることがまことしやかに囁かれている。Apple Vision Proの発売時点の出荷台数は、数万台とも10万台とも言われているが、すでに予約は完売だ。米国以外では2024年内の発売を目指しているが、最初は各国で発売時に激しい争奪戦になるだろう。

そもそも最小構成で3,499ドル(約51万円)という価格は決して気軽に買える金額ではない。同じコンピューティングデバイスであるPCやスマートフォンと比べても、スマートフォンの最上位機種であるiPhone 15 Pro Maxの約3倍、PCだとノートPCで最上位の16インチMacBook Pro(M3 Max)と同じ価格だ。


(Apple Vision Proはストレージによって価格が変わる。最大ストレージの1TB版は3,899ドルだ)

中古で売ったり、1台を家族で共有するような使い方が現実的なのかもまだわからない。買っても顔へのフィットや視力に合わせた矯正レンズの装着など、個人向けにパーソナライズを行わないと良い体験にはならないようだ。

発売以降、体験した人たちは高く評価するかもしれないし、その声はさらなる期待となる。しかし、記事執筆時点では、残りの在庫もなければ、気軽に買える金額でもない。「ほしくても買えない」状態になる。

まず変わるのは個人

XRのデバイスでまず変わるのは世界全体ではない。変わるかもしれないのは個人だ。Apple Vision Proの体験は日々の生活や仕事のあり方を変えるかもしれない。それは個人の集合体としての組織や社会を変えていくかもしれないが、最初は種を植えるように個人個人に影響していく。個人が「空間コンピューティングを日常的に使うようになったり、やめたり」繰り返しながら、もしかしたら社会全体のオセロで盤面の色が変わっているかもしれない。

個人が変わり、世界が変わるには時間がかかる。そして最も大事なのは、VRやメタバースでも同じことが起きたが、「個人は変わっていく」ということだ。

この空間コンピュータという新しいジャンルのデバイスを最初に普及させるのはAppleではないかもしれない、という可能性もある。すでにこの領域には透過型を含めれば、MetaやMicrosoftのようなテックジャイアントもいれば、Magic LeapやVarjoのような有力なスタートアップもいる。Googleとサムスンはデバイスを開発中だし、モバイル時代のインテルとも言えるクアルコムはMRデバイス向けのチップセットを作りながら、ハードウェアを爆発的に作れるようにOS相当のソフトウェアも提供している。各社がどのようにMRを普及させるか戦略を描き、企業によってはすでに第2世代とも第3世代とも言えるハードウェアを市場投入する中で、Appleが入ってきた。

超プレミアムなポジションから普及しやすい価格帯のデバイスに降りてくる……いくらAppleといえどこれには数年という時間がかかるだろう。これまでの考察や分析を見るに、Apple Vision Proはただのハードウェアでなく、OSやUIUX、開発者エコシステムなどアップルが総力を上げて作り上げたコンピュータだ。これまで他のどのXRデバイスを展開してきた企業もできなかったことをしようとしているが、いずれ追随される。その時にどんな競争が起こるだろうか。

ここまでApple Vision Proの期待を上げすぎないような話ばかり書いてきた。一方、筆者が発売前の段階で間違いないと思っているのは、XR業界にとっては台風の目になることだ。Apple Vision Proはどこまでこの業界を刺激するだろうか。そしてこの領域を切り開いてきたのはクリエイターや開発者だ。「作り手」への広がりは、いわゆる消費者市場とは全く異なっていて、Apple Vision Proを体験したその日から変わっていく。

2023年8月以降、発売を前に世界各地で開発者向けのApple Vision Pro体験プログラムが開催された。このラボには、Apple Vision Proに向けたアプリを作る可能性のある開発者が続々と体験し、レクチャーを受けたとされている。東京にもラボが設けられ、XRの業界企業が次々と体験していたようだ。その内容や開発者の口からApple Vision Proのデバイスの感想が語られることは禁じられていた。それでも、体験した業界関係者が体験後にソワソワしている様子は共通していた。

ティム・クックによれば、Apple Vision Pro向けには発売時点ですでに600以上のVision Pro用の専用アプリがストアにリリースされている。この600という数字はスマートフォンのアプリストアやSteamなどのコンテンツストアに並ぶ数字と比べれば桁がいくつも違うくらい小さく見えるかもしれない。しかし、移植されたものもあるとはいえ、発売時からここまで専用アプリが多かったXRデバイスは存在しない。既存のVRヘッドセットから移植された作品が多かった初代Meta Quest(発売時はOculus Quest)は、2019年の発売時のタイトルは50だった。その一年後に発売されたQuest 2の発売時タイトルは200程度だった。開発者の期待値は十分高い。

奇しくも2024年はアップルの原点であるMacの生誕40周年にあたる。MacからiPhoneへと2次元のコンピューティングデバイスで世界を牽引してきた巨人はついに3次元のコンピューティングデバイスへと歩みを進める。

まずはその第一歩がどのようなものか確かめたい。

Mogura VRでは、現地からレビュー等をお送りする予定だ。


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