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テック 2018.12.21

ディズニー初のVRアニメ「Cycles」制作者が語るその舞台裏 SIGGRAPH Asia 2018 講演レポ

2018年12月4~7日に東京国際フォーラムで行われた、CGとインタラクティブ技術を扱う世界最大のイベントSIGGRAPH Asia 2018。今回もVR/AR関連の話題・展示が数多く登場しました。

ゲームエンジン「Unity」を開発するユニティ・テクノロジーズ・ジャパン社は開発者らを招待し、Unityで制作された作品の舞台裏などを語る講演会を開催しています。ひとつめの講演では、ウォルト・ディズニー・アニメーション・スタジオが初めて直接手がけたVRアニメーション「Cycles」の制作者も登壇しました。本記事ではCyclesの制作秘話を中心に、講演会の内容をレポートします。


(Unity Exhibitor Talks Part1の登壇者。Cycles開発チームのメンバーは後列右から2番目と前列最右)

VRアニメーションとディズニー

主にVRヘッドセットでの視聴を意識して作られたストーリーテリング作品を「VRアニメーション」「VR映画」etcと呼びます。

近年ではこうしたVR作品の中からエミー賞を受賞する作品20172018)も出てきている他、2016年制作のGoogleのVRアニメ「Pearl」は、VRアニメとしては世界初のアカデミー賞ノミネートも果たしています。世界的に有名なサンダンス映画祭でも、近年VRに関する話題・作品の展示が増えてきておりストーリーテリングにおけるVR技術の注目の高さが伺えます。

ディズニー全体で見ると、傘下のピクサーが手掛けた「リメンバー・ミー(原題:Coco)」のVR体験である「Coco VR」(関連記事体験レポート)や、スターウォーズをテーマにしたアトラクション「Star Wars: Secrets of the Empire」(関連記事)などでVRに関連する作品の展開が進んでいます。

(ディスニー傘下のピクサーが制作した、映画「リメンバー・ミー」の世界に入り込める「Coco VR」)

しかし、同社のアニメーション部門が直々にVR作品を制作するのは、「Cycles」が初となります。講演の中で、「Cycles」がどのような流れで制作されたのか、物語の着想はどこから得たのか等、作品と制作に一歩踏み込んだ話を聞くことができました。

メイキングオブCyclesの登壇者


・ジェフ・ギプソン(写真左、公式サイト):Cyclesのディレクター。「アナと雪の女王」や「ズートピア」など、様々なディズニー・アニメーション作品でライティングアーティストを務めた。
ホセ・ルイス・ゴメス・ディアス(写真右):ソフトウェアエンジニア、CyclesのVR技術リーダー。

Cyclesとは

Cyclesは、ある人物が長年住んだ家を去るという設定のもと、その家にまつわる家族の思い出を走馬灯のように鑑賞する体験です。2018年の8月にバンクーバーで行われたSIGGRAPHにて初めてお披露目されて以来、イベント展示において体験機会が設けられています。

(※本記事は、以下の体験レポートで作品のあらすじを理解した上で読むことをお勧めします。なお、これまでのところ、CyclesのPVやスクリーンショットは公式が公開しているもの以外存在せず、体験レポートもテキストのみとなっていることをご了承ください)

モデルは祖母、実生活から生まれた物語

「ストーリーをきちんと伝えるのは難しい。テクノロジーだけに捕われたりせず、きちんと感動を生み出すストーリーテリングをすることに気をつけた」ギブソン氏はそう言って講演を始めました。

Cyclesは、本作ディレクターのギブソン氏の体験、および彼の祖父母からインスピレーションを受けた作品です。ギブソン氏は「祖母の家に行って祖父母が恋に落ちた時の写真を見るのが好きだった」と語りました。

祖父が先に亡くなり、ギブソン氏の祖母は未亡人となりました。一人暮らしの苦労を考え、ギブソン氏らは祖母が老人ホームに行くことを決めましたが、彼女は思い出の詰まった家を手放すことに抵抗を示しました。家を売りに出す前、最後に彼女は家の隅々を見て回ったのでした。自分の名前が刻まれた棚を眺めて、懐かしげに思い出を振り返っていたそうです。

(Cyclesに出てくる夫婦のキスシーンの元になった祖父母のキスが、ギブソン氏のInstagramに投稿されている)

そう、Cyclesに登場する夫婦は、ギブソン氏の祖父母がモデルだったのです。

なぜVRなのか?

講演終了後のインタビューで、「なぜVRヘッドセット向けのコンテンツを作ることになったのか?」という質問に対し、ギブソン氏は次のように答えました。

日常の中で起きている(思い出の中の)身の回りの出来事を、オーディエンスに「感じて」もらうために、VRが生み出す全天周の没入体験がふさわしいと考えた。生活の中の幸せな瞬間、悲しい瞬間を感情と共に体験することができる」

これに加えて「VRはユニークな体験だ。キャラクターと体験者との繋がりを従来の映画よりも「近く」することができるし、感情を掻き立てることもできる」とも述べています。

また、初めてのVRアニメーションを制作するにあたり、他のVRストーリーテリング作品を研究しましたか?という質問に対しては、「出来るだけ数多く研究したが、自分の中でやりたいアイデアがもともとあったので、影響を受けすぎないように気をつけた」と回答しました。ただ、VR技術リーダーであるディアス氏の進言を渋々受け入れる場面もあったことを笑いながら付け加えました。

インタビューの中でギブソン氏は、これまでのディズニー・アニメーション作品などを手がけた他のベテランの監督達に「VRを使ったストーリーテリングが本当に上手くいくのか?」と、よく疑問を投げかけられたと語ります。しかし、できあがったものを彼らに見せた時、そういった疑念はたちまち晴れたそうです。

キャラクターのデザイン


Cyclesに登場するキャラクターであるバート(夫)、レイ(妻)、レイチェル(子供)。
バートとレイは、ギブソン氏の祖父母の名前がそのまま使われています。ギブソン氏は「まさかの祖父母がディズニーのキャラになるとは思わなかった」と笑って語りました。

キャラクターは色で簡単に区別がつくようにデザインされています。物語の中で一貫して、バートはブルー、レイは赤、レイチェルはピンクです。

(ギブソン氏のInstagramの投稿から、レイチェルは十数年前に自殺してしまった親友の名前であることが分かります)

色使いの重要性


(デザイナーのダン・クーパーによるコンセプトアート)

作品の舞台となる家の構造や外観は、ディレクターのギブソン氏の体験に基づいています。ギブソン氏はBMX(自転車競技)のフリースタイルライダーとして、これまで南カリフォルニアで様々な場所を見てきました(Instagram)。そこではプールを有した家は珍しくなかったのだとか(冬にはスケートリンクとして、またプールが空の時は自転車のフリースタイル競技に使うなど)。

色使いによって家が時間と共に老朽化していく様子をどのように表現するか、体験者が包まれる環境(家)を使ってどのように感情や時間の経過を表現するか。ギブソン氏らはそうしたことを入念に検討していきました。

従来の2D映画の時代から、「カラースクリプト」と呼ばれる作業があります。これはいわば「色の台本」です。作品の様々な場面のイラストを描いていき、ストーリーと合わせて色使いを決めていきます。Cyclesでもカラースクリプトを作り、色という観点からストーリーを考える作業を行なったとのこと。

プロトタイピング

デザイナーが舞台となる家の様子を生き生きと描き出した後、次はそれを3Dに起こしていき、ストーリーのそれぞれの瞬間を確認したそうです。これに際してVR技術リーダーのディアス氏は、3Dモデルで作った舞台をVRヘッドセットで確認できるように、オリジナルのツールを開発しました。


(またCyclesチームのデザイナーであるダン(Instagram)は、Oculusがリリースしている空間に絵を描けるツール「Quill」を使って、場面にキャラクターを描き込んだ。いわば3Dのストーリーボードが制作された形である)

VRヘッドセットでの見え方とカラースクリプトを比べ、バーチャル空間におけるライティングなども調節していく作業も行います。2Dと3Dの両方のストーリーボードをうまく併用して、物語を詰めていきます。

Cyclesはプリプロに1ヶ月、その後の制作に3ヶ月、合計4ヶ月で仕上げたプロジェクトとのこと。チームはコアメンバーが10人程度、関わった全ての人を数えても50人程度と、従来のディズニー・アニメーション作品より少なかったそうです。

Cyclesにおける様々な技術、演出について

アニメーション

キャラクターのアニメーション制作では、先に述べたQuillの他に、モーションキャプチャシステムによる「下書き」も使用されました。

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(例:映画「レディ・プレイヤー1」におけるモーションキャプチャの様子。実環境の人間の動きが、CGのキャラクターの動きに反映されている。)

Cycles制作チームは、ウォルト・ディズニー・アニメーション・スタジオがこれまでの制作で使用してきたスタジオをそのまま使い、人間の動きのデータを記録しました。記録したデータはバーチャル空間のステージで再生して確認をしたのち、細かな部分を手作業で丁寧に直していったそうです。

ウォルト・ディズニー・アニメーション・スタジオは「PoseVR」というツールを制作しています。これはVRヘッドセットを装着したまま、バーチャル空間でキャラクターアニメーションの編集が(三次元空間的に・直感的に)できるツールです。本作Cyclesの制作にも使われています。

(「PoseVR」のPV。動画の最初に登場するのがCycles・VR技術リーダーのディアス氏)

また人間の骨格の動きだけでなく、服などの付随物の動きも丁寧につけていきます。ディズニー・アニメーションの多くでは、キャラクター歩くときの服の揺れなどを(必ずしも物理法則に従うわけではなく)手作業でアレンジしているのだそう。見栄えや表現の都合で、例えば大げさに揺れたり、物理的にはあり得ない動きをしたりすることもあります。Cyclesでも、バートやレイの服の布の挙動などは、アニメチックに(作者の意図を以って)アレンジされています。

こうした布の動きのシミュレーションはMayaなどの別ソフトで行い、ジオメトリキャッシュを用いてUnityに簡単にインポートできたと言います。具体的なプラグイン名は紹介されていませんが、恐らくこちらのAlembicインポーターだと思われます。

キャラクター

続いてはキャラクターの制作について。前述の通り、本格的にキャラクター制作に充てられる時間は3ヶ月しかありません。そこでCyclesでは、VRだからと言って新しいキャラクターの制作パイプラインを作るのではなく、従来のディズニー・アニメーションと同じパイプラインに則って作業を進めることにしたそうです。またアニメーターも、これまでのディズニー・アニメーションの制作で使われていた、慣れ親しんだものを選んだと言います。

ディズニー・アニメーションでは、アニメの中で動かすキャラクターには共通の規格が存在しています。しかし、これに従ってキャラクターを作ったところ、合計25000ポリゴンにまで上り、VRヘッドセットの体験に対して処理が重すぎるという事態になってしまったそう。最終的にポリゴンを5000程度まで削り、キャラクターを仕上げました。

ここから先は、物が布を貫通しているなど、描画の上で気になる細々とした修正を重ねていく段階です。ここでもAlembic形式でUnity・その他ソフト間をやり取りすることで、スムーズに作業ができたと言います。

ライティング

Unity 2017以降、「タイムライン」という時間軸上でアニメーションやオブジェクトを制御することを支援する機能が登場しました。しかし、Cyclesの制作はタイムライン機能の登場前。場面ごとのライトの切り替えが綺麗にならずに苦労したそうです。

Cyclesでは結局、全てを1つのシーンに統合するという手法を取ったそうです。こうすることで、シーン遷移が無いのでライティングの設定を全て事前に読み込んでおくことができます。ライトのベイクは少なく済みますが、シーンを変えずに開発を進めるのは、プロジェクトが複雑になるのでデメリットもあったと言います。

Cyclesにおける日中と夜それぞれのライティングは、ディレクショナルライトを補完する等のアプローチをし、シームレスに切り替わるようになっています。

音と視線誘導

Cyclesの体験の中で取り分け印象的なのは、その視線誘導の仕方です。これは「物語の進行に関係ない部分を見ると、景色全体が色彩が薄れて灰色になる」というもの。制作側のメッセージとしては、色付いて見えるところは覚えているところ(記憶・思い出)であり、灰色の部分は忘れていく記憶をイメージしているのだとか。

ユーザの見ている方向、物語に深く関係するイベントの起きている方向を取得し、角度を計算して視界の色彩が変わります。この効果は、制作者であるディアス氏の名前を取って「ディアス・エフェクト」と呼ばれているそうです。

なお、体験を通じて聞こえてくるテーマソング、アコースティックギターのどこか懐かしいメロディは、ディレクターであるギブソン氏の母親(ミュージシャン)に書いてもらった曲なのだとか。

質疑応答

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全講演が終わった後、登壇者全員が集まって記者会見が行われました。ここでは最後に、いくつかの質疑を紹介します。

Q. VRという新しい技術・メディアによって、ストーリーテリングは将来どのように変化していくと思いますか?

ギブソン氏:将来がどうなるかは「エキサイティング」という他なく、VRが与える影響を正確に予想をすることはまるでできない。VRという新しい技術を使ってどんなことができるのか、我々は真剣に考えていくべきでしょう。

VRのストーリーテリングについて語る時、必ずと言っていいほど言及されるのが「VRが映画(アニメーション)体験をどう変えるのか?」という話題です。ギブソン氏をはじめCyclesチームも、まだまだこの技術の特性に関して模索しているようです。

ギブソン氏とディアス氏は、VRコンテンツ制作に関して苦労した点について次のようにも語っています。「どれも苦労したよ。VRコンテンツの開発はやったことなくて知識がなかったからね。全く知らない箱を開けてしまったような気持ちだった」

VRストーリーテリングにおける様々な手法は、次の記事にも詳しいです。

Q. Unityによるプラットフォームで行う開発に関して、良かった点はどこですか?

これに関しては、SONDERチーム(Cyclesの前に講演)、Cyclesチーム、ベイマックスチームの全員が同じ意見を持ったようでした。それはまとめると「プロジェクトの全要素が同時に並行して作業ができるので、全体を見ながら素早い意思決定ができた」ということです。Unityを使った開発では、全体を順次統合しながら制作ができるため、Aが出来ないとBは作業を始めることもできない……などという問題が比較的少なくなります。

(Baymax DreamsのPV。Cyclesの後の講演では、Unityのタイムライン・シネマシーンなどの機能を使い、上のPVシーンをその場で編集して、全く別のシーンを簡単に作ってしまうデモが披露された)

またCyclesチームはこの利点に加えて、「2Dムービー、AR、VRと3種類の体験を全て、共通の3Dアセットから作ることができる」という強みも指摘しました。

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(プレス向けに開催された体験会では、新作のARコンテンツも披露された。平面を検出して、タブレットを通じてバートとレイが踊っている様子を見ることができる。踊っているバートとレイは、VRモードで見たものと同じアセットだと思われる)

記者会見終了後、「来年のUnite(日本で行われているUnityの開発者向けカンファレンス)でCyclesを展示しませんか?」と何気なく話しかけると、ギブソン氏は「いいね!」と笑顔で返答。Cyclesの配信や今後の展開は未定ですが、Cyclesチームの今後の活躍に大いに期待したいところです。


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