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業界動向 2023.02.22

地方創生におけるメタバース活用の現在地とは。「Japan Empowerment Summit 2023」レポート

2月2日、一般社団法人Metaverse Japanは「メタバース」の社会実装に向けた議論を実施するイベントJapan Empowerment Summit 2023 presented by Metaverse Japan(以下Japan Empowerment Summit)」を開催しました。

本イベントでは「地方創生×メタバース」というテーマのもと、官民の有識者、現場で実践に取り組む企業やエンジニアなど、様々な立場のゲストが参加。地方創生におけるメタバース利活用の現在と未来について議論が交わされました。

本記事では、「Japan Empowerment Summit」で実施されたセッションの一部の内容をお伝えします。

メタバースは観光のあり方をどう変える? 有識者が議論

テーマセッション「メタバースが加速する日本の観光」では、以下5名の有識者が登壇。メタバースによって観光がどう変化するか、それぞれで取り組んでいる事例の話も合わせて議論されました。

メタバースが加速する日本の観光 登壇者一覧:

金山淳吾 一般財団法人渋谷区観光協会 代表理事
中平公士 文化庁 文化経済・国際課 課長補佐
黒田玄 文部科学省 Policy Making for Driving MEXT(ポリメク) メタバース検討チーム代表
渡邊信彦 株式会社Psychic VR Lab 取締役 COO
林真史 大阪府・大阪市 万博推進局 事業推進部 出展企画課 担当係長

まずは、都市部から見た「メタバースを用いた観光施策」についての議論が行われました。金山氏は「渋谷には観光資源が少ない。代々木公園もスクランブル交差点も無料で体験できる」「しかし、新しい観光資源を作る土地もない」と、現状の都市における観光資源の問題を指摘。続けてPsychic VR Labが運営するXRコンテンツプラットフォーム「STYLY」での事例を引用し、有料でARコンテンツを体験する「レイヤー(層)」を形成、それをPRする「cluster」のバーチャル空間……といったエコシステムを構築できるのではないか、との構想を語りました。

林氏は「cluster」に展開中の「バーチャル大阪」について、大阪の魅力を発信するために立ち上げたものの、「イベントが開催されないと人が集まらない」という課題を挙げ、この課題をクリアし「バーチャルをきっかけに現実にやってくる」導線を作り上げたいと語りました。

こうした「集客の課題」に対し、金山氏は「(メタバースが)コミュニケーションツールになっていくべき」とコメント。FacebookやInstagramが「人と人がつながる場」として発展したように、メタバースも進化していくのではないか、と話しました。これに対し、プライベートでソーシャルVRをよく遊ぶという黒田氏は、「バーチャル空間=身体性をともなうコミュニケーションの場」であるとした上で、イベント運営を法人で行うとどうしてもコストがかかるとコメント。駅前の路上ライブのようなUGC(ユーザー生成文化)を確保すべく、ユーザーが自発的にコンテンツを確保する導線・動機作りが重要であるとコメントしました。

また金山氏は、UGCが増えることによって「情報の過密化」が起こることで、飽和したコンテンツを案内するコンシェルジュが新しい職業として立ち上がり、「ウォーカブルな街」がAR/XRによって立ち上がっていくのではと予想しました。渡邊氏もこれに対し、「STYLY」を活用したイベントやワークショップを引用し、「誰もがコンテンツを作る」というムーブメントを行政一体となって作ることが、文化形成に必要ではないかと語りました。

観光と文化財に関する議論では、中平氏は「文化財の保存と活用」のうち、これまでの文化財はどちらかというと「保存」に重きを置いていたものの、デジタルツインや3Dプリンターを活用すれば「活用」との両立が可能では、とコメント。この話を受けて黒田氏は、ユーザー側が頼まれるまでもなく、自ら高価な機材を使って観光地のデジタルツインを作り、メタバース上で発信していく流れがあることを紹介。このような「思い出をバーチャルに持ち帰る」といった行為への需要、そしてクリエイターの需要に対し、「バーチャルでの持ち帰り可」「フォトグラメトリOK」といった許諾をきちんと発信することも必要なのでは、と語りました。

海外から取材も。バーチャルマーケットと焼津市の事例紹介

ライトニングピッチ「メタバース×ふるさと納税」では、株式会社HIKKYの大河原あゆみ氏と、静岡県焼津市・経済部ふるさと納税課長の青島庸行氏が登壇。2022年に開催された「バーチャルマーケット 2022 Summer」「バーチャルマーケット 2022 Winter」に出展した自治体として、メタバースの可能性について語られました。

青島氏は、メタバースを「音声コミュニケーションとECサイトのいいとこどり」と表現。相互交流できることが最大の利点ととらえ、無人でも成立するとはいえ、ブース前を横切るユーザーも拾い上げたいという思いから、VR接客に挑戦したという出展時のエピソードを紹介しました。

VR接客練習の様子を撮影したツイートはおよそ8万インプレッションに登り、当日はブースの目玉コンテンツ「マグロ解体ショー体験」も相まって、多くのユーザーが来訪。海外のメディアからも「マグロ解体ショー体験」を目当てに取材の申込みがあったほか、海外ユーザーとも接触した結果、「海外の人は東京しか知らない(=他の街について知らない)」という事実を知ったことなど、認知拡大と課題の発掘が最大の収穫だった、と語りました。

また「地域の特産品があまり認知されていない」という課題も、ブース展示の3Dモデルによって無事に認知拡大につながったとのこと。また、アンケートから「そもそもふるさと納税自体になじみのない人も多いことが明らかになった」ため、「バーチャルマーケット 2022 Winter」では「ふるさと納税限度額シミュレーター」を設置。ふるさと納税とはなにかを周知するきっかけを提供していったとのことです。

こうした取り組みによってか、令和4年度の焼津市のふるさと納税額は、年末時点で昨年越えを記録、総額は70億円を超える見込みに。メディアにも多く取り上げられたことで広告効果も高く評価でき、実際にユーザーからも「焼津市のふるさと納税が届いた!」とツイートが寄せられるなど、夏冬の出展に大きな手応えを感じている様子でした。

また、「VRChat」に根付くユーザーやコミュニティへリーチできたことも大きな収穫と語りました。期間中、ユーザーコミュニティ「餃子force」から相談の上、焼津市のブースを用いた「実際に取り寄せて食べてみた」というイベントも実施(参考ツイート)。焼津市側とユーザー間でのコミュニケーションが発生し、強力な情報発信につながったようです。

青島氏は今後のメタバースでの取り組みに「とにかく広がっていく可能性のなかから、焼津市に合うものを選んで取り組んでいきたい」と前向きな姿勢を示していました。大河原氏は、企業・自治体のメタバース展開について「空間は出資すればいくらでも豪華にできるが、集客できるかどうかは別問題」とし、その意味で毎回100万人以上が訪れる「バーチャルマーケット」は、企業・自治体のメタバース進出の大きな足がかりとなり得るかもしれない、と語りました。

自治体がデジタルツインを作る意義とは? 静岡県の構想に迫る

ライトニングピッチ「デジタルツインによるまちづくり『VIRTUAL SHIZUOKA構想』」では、静岡県 交通基盤部の杉本直也氏と、聞き手としてJICベンチャーグロースインベストメンツの小宮昌人氏が登壇。1/1スケールの静岡県を仮想世界に創造するプロジェクト「VIRTUAL SHIZUOKA構想」について語られました。

「VIRTUAL SHIZUOKA」は、静岡県全体をレーザーでスキャンし、3次元点群データ(※)として記録したもの。面積としては静岡県全土の86%、人口カバー率は100%の記録を達成しており、データ総量は30TBにも及ぶ膨大な点群データですが、なんとオープンデータとして無料公開されています。

その最大の目的は防災です。静岡県全域のデジタルツインを作ることで、災害発生時のシミュレーションや被害規模を算出し、災害復旧の高速化が最大の狙いとのことです。17億円という費用も、防災による経済損失や人的被害の軽減を鑑みれば、すぐに回収できるだろうという判断のもと、制作に踏み切りました。実際に、2021年に熱海で起きた土石流災害でも、点群データの比較によって地形の差分を抽出し、土石流の総量を計測するといった活用がなされています。

このデータの用途は、防災だけにとどまりません。オープンデータとして公開されたことで、様々な活用が進められています。一例として挙げられたのは、自動車の自動運転技術。本来民間では大きな工数とコストのかかる地図情報(ダイナミックマップ)作成ですが、「VIRTUAL SHIZUOKA」のデータを用いて一気にクリアし、自動運転の実装を加速させられるのではとのことです。

またエンタメ方面でも活用が進んでいるとのこと。富士山周辺の点群データを「VRChat」や「cluster」からアクセスできる仮想空間として公開した事例や、「Minecraft」のブロックに変換して富士山をマップに再現した事例、さらにレースゲームのマップとして活用した事例など、ユーザーによるエンタメ活用はかなり幅広いとのことです。

このような様々な事例から、「VIRTUAL SHIZUOKA」を「メタバース(※ここでは「アバターを介して相互交流することが可能な仮想空間」と定義)」と捉える人も多いそうですが、杉本氏によればこれは「デジタルツイン」であり、「仮想空間のシミュレーションを、現実へフィードバックすること」を最大の目的としているとのことです。

一方で、聞き手の小宮氏は「VIRTUAL SHIZUOKA」のような都市のデータも、ゲームエンジンを介することでエンタメ領域へ融合できると指摘。「いずれデジタルツインとメタバースの垣根もなくなるのでは」とコメントしました。

また、国交省主導の3D都市モデル「Project PLATEAU」との連携も進めているとのことです。点群データから3Dモデルへと変換する技術「Scan to BIM」が発達していることを受けて、「VIRTUAL SHIZUOKA」を3Dモデルへと変換し、一点ずつしか情報を持たせられない点群データのデメリットを克服し、建物に加えインフラの情報も持たせたデジタルツインを作ろうとしていると、杉本氏は語りました。

防災を出発点としつつも、様々な人が使えるようにオープンデータとして公開するなど、「VIRTUAL SHIZUOKA」は地方自治体の取り組みとして非常に先進的です。その中心となっているのは若手メンバーとのこと。3Dネイティブな若手は、ゲームエンジンの勉強会など新規技術の取得に積極的であり、杉本氏は「我々”おっさん世代”が口出しするよりも、若手に自由にやらせてみるのがよいです」と語り、デジタルツイン事業に取り組む人材の育成方針を示してくれました。

なお、「VIRTUAL SHIZUOKA」のような取り組みは今後東京都も取り組むとのことで、杉本氏は「静岡県だけでなく全ての都市でデジタルツイン化を進めるべき」と語りました。そして、自治体が取り組む上では「失敗をしてもいい、60点でもいいので一歩進めることが大事」とした上で、もし合意形成にひと押しほしい場合は、静岡県からも声掛けさせていただく、と背中を押すコメントをしました。

群馬県と広島市・立命館で進む、メタバースの教育分野での利活用

ライトニングピッチ「立命館大学協力の元行った広島市不登校支援事例と群馬県の取り組み」では、群馬県および、立命館大学と広島県が取り組んだ、教育方面でのメタバース利活用例について紹介されました。

まず群馬県では、2月下旬オープン予定のメタバース空間「tsukurun meta」が紹介されました。「tsukurun meta」は、群馬県の若年層向けデジタルクリエイティブ人材育成拠点「tsukurun」の利用者の作品を展示するための空間になるとのことです。

3D・2DCG、VR、デジタル映像制作、ゲームプログラミングなど、様々なデジタル技術を学べる全国初の育成拠点である「tsukurun」。その主な利用者である群馬県の小中高校が作品を展示し、将来は作品を通じたコミュニケーションを行える場にしていくとのこと。ゲームワールドの作成も進んでおり、将来的には「tsukurun」の利用者が作ってもらうようなロードマップも計画されているとのことです。

次に、立命館大学と広島県が取り組んだ事例「メタバース不登校学生居場所支援プログラム」が、一般社団法人ゆずタウンの水瀬ゆず(岡村謙一)氏より紹介されました。本プログラムは、広島県からVRヘッドセットを不登校の学生に支給し、ソーシャルVR「VRChat」で不登校学生の「居場所作り」に取り組んだものです。

「Z世代型の不登校支援」と位置づけた本プログラムは、限定5名の実証実験として実施され、景色の良いワールド巡りや、クリエイターや元不登校学生との交流を経て、「人と話し、体験を共有する」という経験を不登校学生にもたらしたとのこと。本プログラムは実施後、大きな好評を得たとのことで、2023年8月に第2回の開催が決定。期間は2ヶ月となり、全国展開も予定されていると発表しました。

最後に、学校法人立命館の酒井克也氏から、立命館におけるメタバース利活用について紹介されました。酒井氏は、学生や先生の起業・事業化を支援する「立命館起業・事業化推進室」に所属しており、現在立命館大学の大学院生でもある水瀬氏もここから大学側と縁ができたとのことです。

起業・事業化推進室以外にも、「学習コンテンツ・教材」「環境・シミュレーション」「学習成果・評価」「コミュニティ・学習行動」「学生・生徒の活動」など、幅広い分野でメタバース活用が始まりつつあることも紹介。前述の「メタバース不登校学生居場所支援プログラム」も学生活動の一つですが、直近では立命館守山高等学校の生徒がメタバースキャンパス「メタモリ」を作成するという事例も起きているとのことです。

日本では初公開。シャープの試作VRHMDに触れる

「Japan Empowerment Summit 2023」会場の一角には、協賛企業によるメタバース関連コンテンツなどの体験コーナーも設けられていました。その中に、「CES 2023」にて発表されたシャープの試作VR HMDも展示されていました。担当者の方によれば、国内での展示・体験の場はこの日が初とのことです。

筆者も体験してみましたが、見た目に違わずとてもコンパクト。重さと大きさも「スキー用ゴーグルと大差ない」と感じるくらいでした。解像度については及第点といったところで、装着感もまだまだブラッシュアップの余地がありそう、というのが筆者のファーストインプレッションでした。

とはいえ、このデバイスはプロトタイプの段階。展示品はスマートフォンに接続して使う方式ですが、このあたりも製品仕様として確定したものではありません。ここまで小型にできる、という技術的な土壌を武器に、どのような完成形へ至るかどうか期待できる一台ではありました。

メタバースは「構想」から「実践」へ

今回取材した各セッションのテーマは比較的バラけていましたが、いずれも「実践」の領域での話が展開していたことが印象に残りました。とりわけライトニングピッチでは、各自治体による、“泥臭い”、言い方を変えれば“実直な”取り組みの積み重ねが多く紹介されており、試行錯誤から得られた「地に足付いた知見」を得ることができました。

また、「メタバース」はいまや極めて広い意味を指し得ることも、各セッションを通して得られた感触のひとつです。「VIRTUAL SHIZUOKA」のライトニングピッチでも、「メタバース」と「デジタルツイン」の見分けは当事者でなければ判別しにくいことが触れられており、すっかりバズワードとして普及したことの余波を感じさせました。

一方で、双方の垣根も容易に超えていくかもしれないという言及から、その「広さ」こそが可能性の源なのかもしれないと、同時に感じられました。こうした気づきも、実践があるからこそ見えてくるものと言えるでしょう。

旧フェイスブックがMetaに社名を変更し、「メタバース」という言葉が急速に広まってから1年以上が経ちました。2022年前半までは各所が「構想」止まりだったメタバースも、いまや「実践」へ移している企業や自治体が着実に増えていることを、今回の「Japan Empowerment Summit 2023」は示していたのかもしれません。半年後、1年後の景色がどうなるのか楽しみであり、ポジティブな期待を持てる場だった、というのが、筆者の率直な意見です。

(了)


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