NianticのVPS(Visual Positioning System)である「Lightship VPS」について、米国本社の開発キーパーソンが来日した。記者を集めてのラウンドテーブル取材では、VPSの現状や今後のARグラスの可能性など、様々なディスカッションが行われている。本記事では、その様子をお伝えしよう。
技術部門トップとLightship・シニアディレクターが来日
まず、今回来日したお二人の紹介から始めたい。NianticのBrian McClendon氏とKjell Bronder氏だ。
(左:Brian McClendon氏、右:Kjell Bronder氏)
まずはBrian McClendon氏。Niantic・エンジニアリング部門のシニアバイスプレジデント(VP)で、技術部門の実質的なトップを務めている。UberやGoogleのGeoビジネスユニットのVPを歴任した「デジタルマップ業界」の大物中の大物で、Niantic創業者のジョン・ハンケ氏とともに、GoogleマップやGoogle Earthの元になったKeyholeを設立した人物でもある。
次にKjell Bronder氏。Niantic・プロダクトマネジメント部門でシニアディレクターを務める。昨年5月には、MoguraVR Newsでインタビューも掲載している。
お二人は3月初旬に開催された「Lightship VPS」のハッカソンに参加するために来日しており、慌ただしい中ながら、質問の機会を用意していただいた次第だ。
現状のLightship VPSはどうなっているのか
最初に、現状の「Lightship VPS」について説明しよう。VPSという技術については、別途本誌に解説記事を掲載しているので、そちらもご参照いただきたい。
AR(拡張現実)では、自分が見ている視界の中に、CGを正確に配置する必要がある。室内のような狭い空間であれば、マーカーやセンサーで対応できる。しかし、広い街中で自由にARを使うには、現実世界のどこにCGを置くのか、という「アンカー(錨)」になる情報が必要になる。一般的にはGPSが使われるが、GPSは正確な自分の向きを認識できないし、精度が低い。センチメートル単位の精度を持ち、しかも「自分がどちらを向いているのか」を正確に把握する技術が必要になる。
そこで登場するのがVPSだ。シンプルに言えば、VPSとは「スマートフォンなどに搭載されたカメラとGPS情報を合わせて使うことで、『自分がどの場所にいて、どの方向を向いているのか』を認識する技術」である。サービス側にはさまざまな地域の地形・建物などの特徴点情報があり、GPSからのおおまかな場所情報を得て、さらに特徴点情報で「どこにいてどの方向を向いているか」を認識する。
同様の技術はAppleやGoogleなど、複数のプラットフォーマーが開発中だ。その中でもNianticが提供しているのが「Lightship VPS」ということになる。昨年の5月に正式発表された。
Nianticは「ポケモンGO」をはじめとする、多数のゲームで共通の技術基盤を使っており、その1つがLightship、ということになるだろう。
(Nianticが関わるゲーム群ではLightshipが使われている)
5月9日には、NianticによるLightshipを活用した新しいゲーム「Peridot」のローンチも予定されている。「Peridot」はARで表示されるペットとともに暮らすことを楽しむゲームだ。街中にペットが現れ、風景や周囲の人々と溶け込みながら、より自然な表示の中で楽しめる。
Hi, friends! We’re so excited to announce that Peridot will be available May 9. Pre-register now on iOS and Android! #PlayPeridot
🥳 https://t.co/kcxVb7kqol pic.twitter.com/ej78SU3jrU
— Peridot (@playperidot) March 7, 2023
また、昨年3月、NianticはWebAR技術を手掛ける8th Wallを傘下に収め、8th Wallの技術とLightshipを統合、Webブラウザから街中でARを活用できるようになった。
ただし、8th Wallでできることと、ゲームなどのネイティブアプリでできることは「イコールではない」(Bronder氏)。ネイティブアプリのほうが当然精緻なことが実現できるのだが、「広告やマーケティングキャンペーンに使う場合であれば、8th Wallでも十分が効果は見込める」(Bronder氏)という。
すなわち、ゲームを含めた高度なものはアプリ開発(主にUnityベース)とし、気軽さが重要なマーケティングキャンペーン向けなどは、アプリではなくブラウザベースの8th Wallで……という2段構えになっている、という形だ。
(現在のNianticは、アプリ向けの環境とWeb向けの環境の2段構えだ)
なお、すでに展開は終わっているが、日本でも、先日スターバックスが、8th Wallの技術を使ったAR体験をマーケティング展開に利用している。「SAKURA」テーマのフラペチーノやドリンクをテーマにした「さくらAR」は、8th Wallを使ったものだった。
(スターバックスのWebサイトより引用。先日まで展開されていた「さくらAR」では、8th Wallが使われていた)
他社のVPSとLightshipはどこが違うのか
ここで気になる点が1つ。VPSはNianticだけが手掛けているわけではなく、AppleやGoogleなども開発している。特にビッグテックのものは、地図サービスでの利用を前提としており、すでに広い範囲が対象地域となっていたりする。
NianticのLightshipと他社の技術では、同じVPSでもどこが違うのだろうか?
この点についてMcClendon氏は次のように話す。
他社との違いは精度と地点情報。我々の技術は、街中でプレイヤーと協力して収集した情報から、より多くの像とビデオから製作しているデータなので、より解像度が高い。結果として正確に位置を把握できる。(McClendon氏)
ここで考慮すべき点がさらに2つある。
1つは、どうやってデータを収集しているのか、という点だ。
他社はストリートビューのため、自動車からの視点でデータを収集している。そのため角度のバリエーションが非常に少なく、精度はあまり高くならないだろう。それに対し、我々のデータは歩いて取得した、視点に近いデータになる。携帯電話やヘッドセットから使うのであれば、弊社のほうが質は高いのではないか。(Bronder氏)
これはあまり考えたことがなかったが、確かに重要な指摘だろう。
そしてもう一つが「解像度」の点だ。McClendon氏が指摘したことだが、これは、VPSを使う上でとても大切な話を含んでいる。
現状、VPSを使っているサービス、Googleマップの「ライブビュー」にしろAppleの「AR Walking」にしろ、始める時にはある種の“儀式”がある。場所を認識するために、周囲の建物をスキャンする行為だ。スマホを抱えて周囲を見回すようにカメラを動かす。これはVPSにとって必須の行為で、改善できないものなのだろうか?
McClendon氏にたずねると「必須ではない」という。
VPSでは、カメラから映像を取得し、そこから位置を把握する。VPS側にある情報が十分に高解像度であれば、スマホを動かすような動作は不要で、瞬時に認識は終了する。(McClendon氏)
現状、Lightship VPSも「見回さず瞬時に」とはなっていない。しかし、言われてみれば認識は早い気がする。すなわち「サービス上でいかに精度の高い地点情報を収集し、利用者の目線に合わせて提供できるのか」という点が重要であり、彼らの主張は「Lightshipは他と違うデータの収集方法を使っているので、有利な部分がある」ということなのだろう。
ARグラスの準備も万端
もう1つ、この先に重要な話がある。
Nianticの手掛けるARは、現状スマートフォンの中で動いている。スマホを前にかざして使うのは手軽だが、やはりある部分が不自然であり、使いにくいところもある。
ということは、今後大きな可能性があるのは、グラス型のARデバイス……という話になってくる。時期はまだ先であり、他社の動向も絡んでくる話ではあるものの、今回取材したMcClendon氏とBronder氏は、「遠くない将来にARグラスの時代がやってくる」という部分についてはかなり強く信じており、確度の高い予想も組み立てているようだ。取材ではタイムスケジュールを含めた予想も語られたのだが、「あくまで社内での予想」とのことなので、表に出すのは控えておく。
「多くの人が視力矯正のためにメガネをかけている。だからその延長線上として、ARグラスが受け入れられる素地はある」と、McClendon氏は楽観的な見方を示す。
Nianticもすでにクアルコムとパートナーシップを組み、ARグラスの開発に着手している。
http://moguravr.com/niantic-qualcomm-linked-xr-platform/これらでもLightshipによるVPSを利用すべく、開発が進められているという。
問題は、ARグラスの性能やバッテリー用件の中で、VPSを動作させられるのか、という点だ。スマホと連動し、処理はスマホで行う形ならできそうだが、スタンドアローン型のARグラスで可能なのだろうか?
この点について、2人はともに「イエス」と答えた。
VPSの処理はそこまで重いものではなく、ARグラスの限定された能力でも十分に処理可能だ。クアルコムとの協業の中でもそこは問題にはなっていない。(McClendon氏)
クアルコムのSnapdragon XRシリーズで問題なく動作しており、搭載に問題はない。(Bronder氏)
すなわち、Nianticとクアルコムが協業して作っているARグラスでは、「LightshipのVPSによって位置を把握した上で、視界の中にARで物体が重なる形のものになっていく」と考えて良さそうだ。