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活用事例 2022.12.16

Meta日本法人が盛岡・神戸の福祉施設で「VR旅行」体験会、東大研究員が協力

12月15日、Meta日本法人のFacebook Japan株式会社(以下「Facebook Japan」)が、「福祉領域におけるVRの可能性を発信する新プロジェクト発表会」を開催。「VR旅行」提唱者や自治体と連携した取り組みを行うと発表しました。


(提供:Meta)

発表会では先端科学技術研究センター(以下「先端研」)特任研究員の登嶋健太氏と、東京大学高齢社会総合研究機構(以下「IOG」)機構長の飯島勝矢氏が登壇したほか、新プロジェクトで活用予定の「VR旅行」体験会も開かれました。

2市の福祉施設で「VR旅行」ワークショップを通じた実証実験

発表会の冒頭にはFacebook Japan代表取締役の味澤将宏氏(以下「味澤氏」)が登壇。2018年から自治体と連携協定を結び、地域活性化に取り組んできたことを踏まえ、2023年1月から盛岡市・神戸市との共同で「VR旅行」のワークショップを行うと発表しました。

福祉施設で参加者自身が「VR旅行」を撮影・編集・体験し、完成した映像をもとにFacebookやHorizon Workroomで交流。地域・世代を超えた「身近な会話」を増やすことが狙いです。2017年から手がける高齢者向けSNS活用セミナーの支援経験も活かします。


(撮影:Mogura VR編集部)

味澤氏は、Metaにとって「メタバースはソーシャルテクノロジーの次なる進化」であり、「物理的距離や(個人)属性、身体性に囚われないところが大きな特徴」だと前置きして、「現在はゲーム、エンターテインメント分野での活用が中心ですが、今後は生活全般、働き方、教育・福祉にも事業コアが広がると考えています」と語りました。

発表後の質疑応答でも、今回の取り組みは収益化が目的ではないとしたうえで、「障害者雇用や教育分野などにも活かせる知見を幅広く得られる期待がある」と答えました。

また、メタバース構築には複数社の「相互運用性」が重要だとして、METAVERSE EXPO JAPAN開催や「Immersive Learning Academy」(連携:角川ドワンゴ学園N/S高等学校)を例に、研究者や開発者、関係省庁との「共創」に取り組みたいとの抱負を述べました。

発表会のなかでも、岩手県盛岡市長の谷藤弘明氏による挨拶文と、兵庫県神戸市企画調整局政策課スマートシティ担当係長の竹村健氏によるビデオメッセージが紹介されました。

外出できないお年寄りも、360度映像で「旅行気分」を楽しめる

新プロジェクトには、「VR旅行」の考案・実践者であり、一般社団法人デジタルステッキ代表理事も務める登嶋健太氏(以下「登嶋氏」)が全面協力します。

登嶋氏は福祉職員として身体機能の維持・回復を主としたリハビリテーションに携わりながら、2014年頃から「VR旅行」の前身となる取り組みを始めています。


(撮影:Mogura VR編集部)

当初はスマホ・タブレットでお年寄りの「思い出の場所」で撮影を行ったり、ハコスコで「心に残る風景」のVR体験会を開いていました。触覚デバイスの採用を早くから試みるなど、臨床現場でさまざまなVR活用を行ってきました。

自力で外出できない要介護者に旅先の360度映像を届けるだけでなく、地元の名所や文化財の取材・編集チームを組織し、ITスキルや撮影ノウハウを伝えるなど、健康で勉強熱心な「元気高齢者」(65〜85歳のアクティブシニア)に働く機会を提供しています。


(撮影:Mogura VR編集部)

2018年からは先端研の特任研究員になり、自治体の市民向けVR体験会(例:千葉県浦安市)をサポートするなど、地域・世代を超えたコミュニティ形成や、VR体験の医学的効果の実証にも関心を向けています。

Mogura VR編集部は2017年から2018年にかけて取材・執筆依頼を行ったことがあります。

長らく介護職員としてVR機器を扱った経験から、デバイスの消毒や装着方法といった細かな工夫に加え、「動画投稿をただ見るだけでは会話が盛り上がらない」「360度映像なら興味を持った風景を見渡してくれる」「映像を見たくて、つい足腰を動かす方もいる」といった実践知も紹介。

発表後の質疑応答でも、VR機器は「(撮影者が)見せたい映像を見せられる一方で、不慣れな方がVR酔いすることはあります。不慣れな方が撮影すると、カメラを振り回すなどして、映像素材が使えないことも。酔いにくい映像づくりのノウハウがあるので、ワークショップの編集作業で伝えていきたいです」と語りました。

巧みな映像演出とツアーガイドで「楽しい会話」を

会見中には、VR視聴の様子を紹介するために、「元気高齢者」の取材・撮影チームからSさんが出演しました。


(撮影:Mogura VR編集部)

花柄ワンピースで登場したSさん。眼鏡を外して椅子に座り、Meta Quest 2を装着すると、登嶋氏のツアーガイドに沿って、小石川植物園とゆず農家(熊本県小林市須木)の風景を体験しました。

【ツアーガイド中の会話(抜粋)】
登嶋氏(以下「T」):熊本県小林市のゆず農家にご協力いただいた映像です。85歳になったいまでも高枝切りばさみで農作業をされています。隣にいるのは市役所の方。左を向いていただくと、柚子を刈り取る姿が見えます。
S:丁寧な仕事ですね。
T:ある程度、果実をとったら……(場面転換)屋内にゆずを集めて、ひとつずつ機械洗浄します。
S:うわぁ、すごい。(機械で)ぜんぶ洗うんですね。大きさはいろいろ?
T:いろいろです。テニスボールくらいですね。(場面転換)(ベルトコンベアを)ゆずが流れていって、その先で待ち構える職員さんが次の加工作業を行います。


「VR旅行」映像の会場投影(撮影:Mogura VR編集部)

登嶋氏は、現地旅行となると移動距離や付き添いの有無を不安に感じてしまう高齢者も『旅行気分になれる』うえ『昔の写真といまの風景を比べると、当時の思い出を話してくれる』と、VR視聴を通じた心理的ケアの実効性を語りました。

VR体験を活用したこれからの福祉

発表後半には、登嶋氏とIOG機構長の飯島勝矢氏(以下:飯島氏)のトークセッションが行われました。司会進行はFacebook Japan公共政策本部ポリシープログラムマネージャー栗原さあや氏(以下「栗原氏」)が務めました。


(提供:Meta)

飯島氏は2014年から「フレイル(虚弱)」という概念を提唱しています。加齢による肉体の衰えは可逆的ですが、避けがたく、タンパク質の摂取不足や運動不足も原因です。そして問題は、より上流の「社会とのつながり」を失うことから始まると飯島氏はいいます。


(出所:東京大学・未来ビジョン研究センター/高齢社会総合研究機構『フレイル予防を軸とする住民主体活動推進マニュアル』)

「コロナ禍でも筋力の衰えが少なかった高齢者は、感染予防を徹底しながら、地域交流を続けた方でした。悪いニュースばかりの3年間でしたが、唯一良かったのは、高齢者の世界にもデジタルが浸透し、つながりを維持できたこと。ここ数年で飛躍的に進んだとみています。私も全国の高齢者のみなさんとオンラインミーティングをしています」(飯島氏)

参考:飯島勝也「COVID-19流行の影響と対策:「コロナフレイル」への警鐘」(日本老年医学会雑誌, 2021)

登嶋氏と一緒に取材・撮影チームで働く高齢者も、コロナ禍で平均歩行数が約30%低下したとのこと。「高齢者が日常で『からだをひねる』場面は多くありません。VR映像を『見渡す』動きは、リハビリテーションの観点からも興味深いですね」(登嶋氏)

「人」との「つながり」

栗原氏から「福祉領域におけるVR・ARの活用の可能性」を質問された2人は、「人」との「つながり」を感じられる技術への期待を語りました。


(撮影:Mogura VR編集部)

「要介護認定を受けた高齢者が、訪問介護に入って友人とのつながりをなくすと、急に気持ちがシュリンクして(縮こまって)しまいます。VRを活用することで、『気持ち』がつながり続けられる社会を実現してほしいですね。オンライン診療がさらに普及する将来、医師と患者のハートフルな距離感を保つことにも期待しています」(飯島氏)

「要介護者認定を受けた方は、未経験の土地よりも『ふるさとが見たい』とおっしゃいます。『懐かしさ』は主観的なものですが、VRは(視聴者が)主体的に動ける技術。そこに大きな可能性があると思います。また、先ほどのSさんのように、VR機器に使い慣れた方は『人』に興味が移ります。テレビの旅番組で、タレントさんの旅行先が気になるように。映像に撮影者が映ったり、自分自身や昔の友達が映ることも面白がってくださいます」(登嶋氏)

人生経験の豊富な高齢者は、いわばベテランのコンテンツ消費者。彼/彼女たちに愛される映像作品づくりを通じて、若者向けのエンターテイメント分野にも応用できる、新しい示唆が得られるかもしれません。

発表会終了後の「VR旅行」体験会でも、ありきたりのスリルや興奮ではなく、極私的で静かな時間が楽しめるよう、映像づくりに多くの工夫が施されていると分かりました。


「旅先」でまったりする様子。(撮影:Mogura VR編集部)

安心・安全のデータポータビリティを実現できるか

医療・福祉業界のIT活用には多くの課題が知られています。職員のITスキル習得や機材準備などのコスト、施設側のリスク管理に加え、産学官のセキュリティポリシー調整、システム間の相互運用性の確保、データポータビリティ権の保障など、ひと筋縄では行かないものばかりです。

これらはFacebook Japanの経営陣・現場ともに認識しているようで、味澤氏・栗原氏は質疑応答で次のように述べました。

「データの取扱いはもっとも重視し、もっとも丁寧に行うべきものだと考えています。(自社サービスを)安心・安全に使っていただくために、データの利用方法を透明性ある形で開示し、ユーザ自身が共有方法をコントロールできることが重要です。そのための仕組みを開発しています」(味澤氏)

「コスト・リスク面でもどのような対応が必要か、丁寧な検討をしていく必要があると考えています。自治体様からは、この取り組みを通じて多世代交流を進めたいとのご意向もいただいています。まずはシニア世代の方に体験していただいて、10~20代の方にもワークショップにご参加いただき、世代間交流を深めていただきたいです」(栗原氏)

他国に先んじて超高齢化社会となった日本。Facebookは、国内主要SNSのなかでも40〜60代のMAU(月間平均アクティブユーザー数)が高いとされます(ガイアックス調べ)。

今回の新プロジェクトは、世代間のITリテラシー格差を是正することにも寄与しそうです。飯島氏からもベテラン医師としての期待が語られました。

「デジタル全般の活用が、これからの日本には絶対に必要です。国民感情として『個人情報を吸い上げられる』と悲観せず、『私自身や地域全体の健康づくりにデータが反映されるんだ』と前向きに思える風土になってほしいですし、私もそう考えていきたい」「VRに期待するのは、データの循環だけでなく、コミュニケーションが『つながる』感覚の『演出』ですね。50歳で亡くなるにせよ、100歳まで生きるにせよ、人生は『思い出づくり』です。いつでも『思い出』を抱えてあの世に『旅立つ』ことができる。それを実現できるのもデジタルの強みではないでしょうか」(飯島氏)

今月12日にMeta本社が公表した「2023年の4つの予測」(top four predictions for 2023)では、MicrosoftやAccentureとのパートナーシップを通じた企業向けVRの普及にも取り組むとしました。

省庁主導の「情報銀行」構想が行き詰まり感を報じられるなか(参考:日経新聞)、Facebook Japanの取り組みが、実用的なベンダー関係管理(VRM:vender relationship management)システムを社会実装する可能性に「つながる」かもしれません。

参考:プレスリリース


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