2016年にVRヘッドセットが市販されて以来、その性能向上が進んでいます。特に産業向けでニーズが高まっていることもあり、登場したのが超ハイエンド機種。数十万円と高価な代わりに、一般のVRヘッドセットでは実現できない性能が実現しています。
その代表格とも言えるメーカーがVarjoです。フィンランドの首都ヘルシンキに拠点を構えるスタートアップで、人の目の解像度のVRヘッドセットを開発・製造しています。
2017年頃からその名前が知られるようになりましたが、実際に製品を発表したのは2019年2月のこと。60PPDという人の目が見ているのと同等のレベルの超高解像度を実現するVRヘッドセット「VR-1」を発表、発売を開始しました。
同社は、人間の目が中心窩で高解像度な視覚情報を取得していることに注目。通常のディスプレイとマイクロディスプレイを重ねる「ビオニックディスプレイ」を技術の核とし、中心部分では人の目の解像度である60PPD(1度あたり60ピクセル)を実現。また、アイトラッキングが標準搭載されています。
2019年10月、Varjoはさらに改良型となるVRヘッドセット「VR-2」、「VR-2 Pro」の2機種を電撃発表。2019年内の出荷を開始します。上位機種の「VR-2 Pro」はUltraleap社との提携によりハンドトラッキングが搭載。無印の「VR-2」はハンドトラッキングを搭載しないモデルです。
VR-1ですでに超高解像度は実現していましたが、何が改善されたのか。今回、筆者はヘルシンキのVarjoのオフィスでVR-2 Proのデモを体験してきました。
ポイント1 見え方の劇的な改善
「見え方の改善だけでなく装着感など様々な点を改良した」と語るのはVarjoでCMOを務めるJussi Mäkinen氏。
さっそくフライトシミュレーターのデモを体験。戦闘機の操縦席に座った状態でスタート。正面のキャノピーには、HUDとして緑色で細かい数字が表示されていますが、そこは超高解像度。全て読むことができます。どちらかといえば、案内をしてくれた担当者が見ているモニターは小さく、「いま高度はいくつと表示されてる?」と聞いて確認をしてくるほどでした。
体験してみると、VR-1との違いはひと目で分かるほどに歴然としていました。それは、中心と周辺の境目がかなり分からなくなっていた、ということ。VR−1では双眼鏡のように中心の高解像度の部分と背景の低解像度の境目の部分が気になりました。VR-2では、デモによっては一見気づかないほどに改善していました。
「ハードウェアとソフトウェア両方で工夫をしている」(Mäkinen氏)とのこと。
VR-2のバイオニックディスプレイは「フォーカスディスプレイ」(角解像度60PPD。“人の目レベル”の超高解像度)と、「コンテキストディスプレイ」(角解像度は低いが、視野を87度まで拡大する)を組み合わせたものです。
VR-2の解像度はVR-1(フォーカスディスプレイ1920×1080、コンテキストディスプレイ1440×1600)と同じですが、VR-2では光学コンバイナ(映像表示用の板状の透明なパーツ)、および2種類のディスプレイ間のキャリブレーションを強化することで映像のクオリティを改善しています。
(左がVIVE Pro、右がVR-2のフォーカスディスプレイの映像。スライダーで表示範囲を変更できます)
この境目はVR-1では最も違和感のあったポイントなだけに、VR-2でかなり自然な見え方が実現していることでVR-2の完成度が伺えます。
ポイント2 装着感の改善
VR-1は、装着時に前面がかなり重かった印象があり懸念点の一つでしたが、VR-2 Proでは軽くなったように感じられました。しかし、ヘッドセット部分の重さは同じ。
軽い装着感の秘密はヘッドストラップにあります。VR-2 Proでは後頭部に脱着型の重りがついていました。この重りをつけることで重心を適切にできるとのこと。無印VR-2では重りは付属しないためVR-1と同じ装着感と予想されます。
長時間の使用でも耐えられると思えるほどに装着感が改善していたのは大きなポイントです。
ポイント3 Leap motionで簡単操作
VR-2 Proにはハンドトラッキングが搭載されています。その技術を提供しているのはUltraleap社。UltrahapticsがLeap Motionを買収して誕生した会社で、ベースにはかつてのLeap Motion社が提供していた新型Leap Motion(開発名Dragonfly)が使われています。Leap Motionの技術が組み込まれているため、非常に自然で高精度なハンドトラッキングが搭載されています。
(ヘッドセット前面下部の紫色の光がハンドトラッキング用のセンサー。前面のパネルにうっすらと透けていた)
VR-2は産業向けの利用を想定しています。ハンドトラッキングの搭載により、コントローラーの使い方をわざわざ説明する必要がなくなるため、より簡便に使うことができます。
価格は実質低下、SteamVRにも対応
「VR-2 Pro」は、現行世代のVRヘッドセットとしては、間違いなく最高品質です。VR-2はVR-1の不満点が解決され、さらにProに至ってはハンドトラッキングの搭載なども行われています。価格もVR-2は4,995ドル、VR-2 ProがVR-1と同じ約5,995ドルと、同性能のデバイス同士を比較すれば値下がってます。
またSteamVRに正式対応し、ベースステーション(1.0、2.0両対応)でのトラッキングが行われます。
小型軽量化や広視野角などまだ欲を言えばきりはないところです。前世代機であるVR-1を発表してからまだ1年も経っていません。その改善スピードは驚くべきものです。
ヘッドセット並に素晴らしかった「デモ」その正体
今回Varjo本社での体験で特筆すべきはVR-2のヘッドセットとしての性能だけではありませんでした。
デモで体験したフライトシミュレーターは実は各国の軍隊に軍事トレーニング用シミュレーターを納品しているBohemia Interactiveの本物のフライトシミュレーターでした。
体験時には専用の筐体に座り、操縦席さながらに左右の手に操縦桿を握って操縦します。
VR-2の高解像度で見ると、HUDも含め戦闘機のコクピットが現実と全く同じに感じられます。そこに「ぼやけて見にくい」などの視覚的な不自由さはもはやありませんでした。
左にあるレバーで速度を調整し、操縦桿で上下左右に機体を制御しますHUDの数字を見ながら、教官役の指示に従って角度を調整していきます。フライト系の操作におぼつかない筆者は最初は慣れない手付きでなんとか危なっかしく通常飛行。
「次は着陸してみよう」と言われてパニックになりました。なぜなら、エースコンバットなどのゲームでも、2D画面のフライトシミュレーターでもまともに飛べたことがありません。
「無理でしょ…」。
操縦桿を握る手に汗がにじみます。
教官から引き続き「もう少し右」、「いま高度いくつ?●●まできたら少し左」など指示を受けながら操縦していきます。
超高解像度の現実さながらなVRでは墜落の恐怖もひとしお。
しかし、滑走路に着陸できなかったので100点とは言えないまでも、基地の草むらに無事に着陸しました。「失敗する場合もある」とのことで筆者は無事に成功できたようです。
教官役の案内があったとはいえ、全くの初心者である筆者が本番と同じ環境で自ら操縦して着陸できたことに驚きを隠せませんでした。
さらにMRデバイス「XR-1」も進化
VarjoはVR-1、VR-2のVRヘッドセットの他に、XR-1と呼ばれるMRデバイスも開発しています。こちらは、VRヘッドセットの前面にステレオカメラを搭載し、ビデオシースルーでカメラ越しに現実を見ることができるようになっているもの。水平面の認識や人の認識が搭載されています。
Varjo本社ではXR-1も体験することができました。そして驚いたことに、なんと2019年5月の発表直後よりも見え方が良くなっています。
その理由としては、VRヘッドセット側を「VR-1から変更してVR-2を使用している」からとのこと。VR-1からVR-2への見え方などの改善の結果は全てXR-1に引き継がれており、その体験の質は一気に上がっています。また、ハンドトラッキングも搭載することになります。
XR-1は、まだ安定性の関係でVarjo本社以外でのデモを行っていないとのこと。VR-2は日本国内でも体験機会がありますが、XR-1の体験はこれもまた衝撃的な体験なだけに日本での体験機会に期待したいところです。
産業向けのニーズとマッチして着実な進化
VarjoのVRヘッドセットは、産業用へのユースケースが増えたことで、高額ながら妥協しない性能を実現しています。MRの実現に向けてXR-1でステレオカメラ、VR-2 Proでハンドトラッキングと着実に機能も増えています。
VR-1、XR-1、VR-2全て2019年に入ってから発表されています。半端ないスピードで製品を展開するVarjoは現在130名。週1人ペースでメンバーが増えているとのこと。ヘルシンキ中心地のさながら秘密基地な雰囲気のオフィスには4ヶ月前に越してきてさらに増床予定だとか。
産業向けからVRヘッドセットメーカーとしてのポジションを確立することに成功できるだけのポテンシャルを秘めているVarjo。あとは量産体制やサポートなどがどこまでできるかにも注目したいところです。
ヘッドセットの国内発売と同じくらいVarjoの今後が非常に楽しみです。