8月24日から3日間にわたって開催されたCEDEC2016では、VRに関するさまざまな講演が行われました。
ソニー・インタラクティブエンタテインメント(以下SIE)の大貫善数氏は、PSVRコンテンツ開発者向けのアドバイスを含む、快適なVR体験を実現するための知見を発表しました。
VRコンサルとVR酔い
VR Consultation(以下VRコンサル)とは、ソニーがPSVRコンテンツ開発者に行っている取組のこと。PSVR向けコンテンツの品質およびユーザー体験の向上を目的として、PSVRコンテンツ開発者に「VRにおいてユーザーに不快感を与える可能性がある要因を減らすノウハウ」などを提供しています。
VRの広まりとともに、「VR酔い」という単語が使われるようになっています。正式な定義はありませんが、VR体験から来る不快感、あるいはその不快感のうち、特に”物理身体の動き”と”VR世界での動き”の不整合から来るものを指すことが一般的です。例えば、現実の身体は椅子に座ったままなのに、VRでコントローラーを操作しながら走り回ったりするとその移動を感じていないのに移動しているように感じ、気分が悪くなるなど。
大貫氏はまず、VR体験に伴う不快感とはどのようなものか、というところから説明を始めました。
VR体験が引き起こす不快感には、VR酔いのようなVR世界での“動き”から来るもの以外にも、左右の目にそれぞれ見せる画像の描画に起因するものや、現実を見る場合と焦点が異なることで起こる目への刺激によるもの、あるいはHMDの長時間装着による疲労なども含まれます。
話題は、なぜVR体験の不快感を減らすことに注力する必要があるのか、と続きます。
「VR体験の不快感には“慣れ”があり、初心者ほど不快感を覚えやすい」ものです。特に、今までVRに触れたことがない、酔いに慣れていない“VRビギナー”のユーザーは、最初に見たVRコンテンツでひどい酔いを経験すると「VRは不快な体験だ、もうやりたくない」という感想を持ってしまう可能性があります。VRに興味を持つかもしれなかった人をVRから遠ざけ、VR普及の妨げになる恐れがあります。
なお「この講演で公開されたVR体験がもたらす不快感の対処に関する知見は、あくまでVRコンサルの経験に基づくものであり、医学的な根拠には基づいていないことに注意してほしい」とのこと。VR酔いが引き起こされる真の原因は、現在のところはっきりと特定されておらず、VR酔いの程度には個人差もあります。
VR酔いを測定する
続いて「あるコンテンツがどの程度VR酔いを引き起こすのかをどのように測定するか」という話題へ移ります。
産業技術総合研究所など、VR酔いに対する学術的なアプローチをしている機関もあります。ここでは酔いの原因として、「感覚不一致説」や「感覚再配置説」などが提唱されています。
SIEではVRコンテンツ開発にあたって、「あまりVR酔いに慣れていないフレッシュな被験者に協力してもらい、そのVRコンテンツ体験の前後で不快感についてのアンケートを取る」という方法で測定を行っています。
講演では、ソニーが実際に用いたアンケートの内容も紹介されました。ここで登場するのがSSQ(Simulator Sickness Questionnaire)という値。これは、被験者が抱く一般的な不快感(頭痛や吐き気、めまいなど)や集中力の低下具合、目の疲労や平衡感覚の変化、唾液の増減量などを評価することで得られるものです。指標としては、頭部の違和感、胃の存在感、発汗などを利用する場合が多いとのこと。
これらをアンケートで調査し、「3人中2人以上が不快感を訴えた場合は被験者人数を増やしてさらに検証を重ねるようにしている」のだそう。ただし前述の通り酔いには慣れが存在するので、「被験者は交代制にして間に休みの期間を設けるなどの配慮が必要である」という注意もあります。
不快感要因を分析
ここから講演は、不快感の要因の個別分析・対処法についての解説になります。
本講演では特に、VR酔いを引き起こす原因となる
1.描画遅延(レイテンシー)・フレームレート(Latency)
2.プレイヤーの移動(Control Scheme)
3.カメラ制御(Camera Control)
そして目への刺激になりうる
4.深度違反(Depth Conflict)
の4つが挙げられました。
1.描画の遅延(レイテンシー)
まず一つ目に紹介されたのは描画遅延(レイテンシー)とフレームレートについて。
PSVR向けのコンテンツでは、ソニーがVRコンサルを通じて品質管理も行っています。そこでは、フレームレート(1秒間に表示する画像の枚数)は①初めから120Hzで作られたもの、②60Hzで作ったものをリプロジェクション機能(※)で120Hzにするもの、③90Hzで作られたもの、の3つのみを許可しているとのこと。90Hzの水準は必ず満たすよう設定されているのがわかります。
なお、現行のOculus RiftやHTC ViveといったハイエンドVRHMDのリフレッシュレートは90Hzです。
※リプロジェクション機能・・・頭の動きから次に描画するべき画像を予測して、疑似的に(もともと描画されないはずだった)フレームを補完する機能
(リプロジェクションのミスも、映像のカクツキなどとして表れてしまうので注意が必要。)
※補足:描画遅延は、VR酔いを引き起こす大きな要因の一つであり、「フレームレートは画質を犠牲にしてでも絶対に確保するべき」というのは、Oculus Riftのベストプラクティスガイドでも記されるなどVR業界ではほぼ定説になりつつあります。
ここで大貫氏は動画を用いて、ハイスピードカメラでレイテンシーを確認する手法を紹介しました。
ハイスピードカメラを二台用意できる場合、一台は外の景色、もう一台はファンチルターの上に乗ったPSVRのディスプレイを映し、その差分を計測することで現実の首の動きとVR世界での視界の変化がどの程度ずれているかを計測できます。簡易版として、ハイスピードカメラ一台を手で持ち、カメラの半分はPSVRのディスプレイ、カメラのもう半分は机などの外界を映す、というやり方でも同様の検証ができると紹介しました。
2.移動方法(Control Scheme)
VRコンテンツでのプレイヤーの移動方法を分類し、それぞれに具体的なアドバイスが示されました。
連続移動型
FPSなどのゲームである、歩く・走るなどの移動方法のことです。この移動方法をコンテンツに採用する場合、まずは「比較的ゆっくりとした移動を推奨する」とのこと。高速の移動は不意に行うと酔いを誘発するので「早い移動をさせるとすれば、ユーザー選択的に(自分のコントローラー操作などで)可能にする方が良い」とのこと。
また視点の向き変更は、連続的にぐるぐると動かすと不快感につながるため、一度の操作で90度ずつなど一定角度ずれるスナップターンを推奨しました。
テレポート型
直接的な歩行をせずに指定した場所に瞬間で移動するテレポート式の移動は、VR酔いを軽減し、さらに限られた物理スペースの中でもプレイできる方法として、さまざまな作品で取り入れられています。
大貫氏は、「テレポートでの移動については、スティックで行うタイプ、頭の向きで行うタイプ、コントローラーの向きで行うタイプなど、さまざまな制御方法が存在している」とし、「ケースに応じた対応が必要だ」と述べました。
また個別的に「三人称視点コンテンツではプレイヤーは前しか見ることができない(キャラが後ろを向いてもプレイヤーの視界は前向きのまま)ため、快適なプレイのためにはプレイヤーの視点を変える方法も搭載すべき」という注意点にも触れられました。
ここまでの連続移動型とテレポート型がいわゆる「探索系」のゲームの解説です。
ロボット走行系
ガンダムのようなロボットに乗り込んで移動する場合の想定した移動方法。
注意点としては「歩くときに起こる上下運動は抑えるべき」ということ。人間の歩行でもそうですが、リアリティを追求するあまり、歩行に伴う頭の高さの微妙な変化をVRでも反映してしまうと、VR酔いに繋がってしまいます。
また、ジャンプなど「強制的に視点が移動する動作」もVR酔いを誘発するので注意して行わなければいけません。一度ジャンプ動作を入力してしまうと、ユーザーの意思に関わらずジャンプ終了までは視点移動動作が続きます。この対処方法としては、「視点が強制的に変化するであろうシーンだけは一人称視点をやめて第三者視点に切り替える」など、視点の変化自体をなくしてしまうやり方が挙げられます。
車走行系
一人称視点のレースゲーム(実際に車に乗り込む系)などでも、先のロボット系で触れた「強制視点移動」に注意する必要があります。レースではスピンやクラッシュが該当します。対処方法はロボット系と同様、視点が急激に変わり得るシーンだけは第三者視点にするなどがあり得ます。
戦闘機系
飛行機に乗って空中戦闘を行うものなど。「飛行機の旋回による不快感に関しては、残念ながら今のところ効果的な解決策が提案できない」とのこと。
ただ、「戦闘機操作にコントローラーの向きや頭の向きを利用することで、操縦を簡単にすることができ、より快適なプレイを実現できる可能性がある」と添えています。
コンサート系
「一見酔わないコンテンツに見えるが、今後「ジャンプをし続ける」「踊る」などの動作をするコンテンツが登場してくる可能性もあり、それらは酔いにつながる可能性がある」と大貫氏。こちらも「第三者視点を上手く利用するなどして回避すると良いだろう」とのこと。
3.カメラ制御(Camera Control)
プレイヤーの視点をつかさどるカメラ。カメラワークは酔いに大きな影響を与える要素です。
視点の強制的な「並進移動」に関しては、「コンサルチームとしては推奨はしません」と述べられました。
一方で、視線の強制的な回転移動は「止めることを強く推奨する」とのこと。回転運動にはたとえば先の「車のスピン」や飛行機の旋回などが含まれます。
最後に「非現実的な動き」について。これは錯覚の世界や不思議な体験など、VR特有の表現のことです。「現実では不可能な体験ができるので面白く、VRならではの新しい体験として素晴らしくもあるが、長時間の体験継続は不快感につながる可能性がある」と注意を促しています。
(PSVR向け『Rush of Blood』のプレイ動画。線路が現実では不可能なほど斜めに曲がっている。)
4.深度違反(Depth Conflict)
深度違反とは、VR内で深度情報を無視して描かれたオブジェクトが、別のオブジェクトに重なって目に入った時、プレイヤーはピントを合わせることが難しく眼精疲労を引き起こすという問題です。特にいわゆる”メニュー”などのUIや字幕で問題起こりやすいもの。
※編集注:深度違反の説明では、三つの座標系の話が出てきます。「ワールド座標系」、「ヘッド座標系」、「コントローラー座標系」。「ワールド座標系」は通常の世界空間の中での絶対的な配置で、ユーザーが動いても物体はそこに静止したまま存在します。たとえば木というのはプレイヤーの位置に限らずもともとの場所にあり続けます。UIでは、オブジェクトの説明などは通常ワールド座標系で表示します。(プレイヤーが離れても説明がついて来たら不便)。「ヘッド座標系」とはプレイヤーの頭にくっついて動き回る座標系のこと。「コントローラー座標系」も同様、コントローラーにくっついて動き回る座標系のこと。
大貫氏によると、ワールド座標系でUIなどを置く場合(通常のオブジェクトと同じように配置することになる)は「プレイヤーから少し離れた場所に置くことを推奨する」とのこと。さらに「可能ならば全てのUIはワールド座標系で表示することが望ましい」そうです。
しかし、現実にはそういったゲームを作るのはなかなか難しく、メニューなどはプレイヤーの頭の移動に合わせて移動する「ヘッド座標系」に従うタイプが多いのが実情です。ヘッド座標系でUIを作るときの注意点は、「横に長いテキストが表示されると端が見えない」ため「横幅を短く制限する必要」があります。
コントローラーの操作方法などは「コントローラー座標系」で表示する場合が多いです。この座標系でも、幅のあるテキストが表示されると手を動かしてずらさないと文章が読めなくなるため、表示幅には注意が必要です。
模範的なUIとしてPlayStation VR向けタイトル『サマーレッスン』の動画を紹介。
https://www.youtube.com/watch?v=hdPlCet_EkY
PlayStation VR向けFPS『MortalBritz VR』。かなり多くの文字UIが表示されるが、うるさくなり過ぎない綺麗なデザインにまとまっている。
その他のTips
講演の最後には上で述べられた知見以外に、快適なVR体験のためのヒントが落穂拾い的に紹介されました。
操作を簡単に
ビギナー向けのサポートとして、コントローラーやヘッドセットの向きを「上手く」利用することで、プレイヤー操作の難易度や複雑さの緩和を図るべきとのこと。
コックピット効果
コックピット効果は、あたかもコックピットに座っているかのように、プレイヤーの視界に枠的なオブジェクトを見せることで酔いを軽減できる手法のこと。「ただし必要以上に視野を狭めることは目の刺激にもなってしまう。深度違反にも注意するべき」と大貫氏は言います。
ウロウロさせない
「VRコンテンツは導入が肝心であり、何をすればいいのか、どこに行けばいいのか、プレイヤーに対して一本道に示してやる方が良い。自由に動き回れる場合、逆に何をすればいいのか分からず戸惑ってしまう」のだそう。そのため、ヒントを設置して誘導するなど、しばらくはプレイヤーに道を示してやる設計が求められます。そして「コンテンツの全体像が掴めた頃に行動制限を開放するのが良い」のだとか。
チュートリアルの重要性
チュートリアルを通して操作などに慣れてもらい、安心してもらうため。
講演では、未公開映像としてPSVR向けタイトル『RIGS』のチュートリアルシーンが紹介されました。女性キャラの親身な口調で「ここに視線を合わせてね!」などの音声案内とともに、丁寧で違和感のない操作練習の時間が設けられています。
VR酔いの原理から対策に至るまで、SIEの知見が詰まった講演となりました。今後、快適なVR体験が増えることに期待したいですね。