「VR大好きなんですが超酔うんですが – VR酔いの研究(1) VR酔いの意外な歴史」~白井博士のVRおもしろ相談室 第3回~

「VRおもしろ相談室」、連載の3回目になりました。
今回は編集部のNoah(のあP)さんからの質問です。

うん?三半規管?もうちょっと詳しく聞きたい。三半規管が弱いとどんな感じなのでしょう?

ということで、さらに のあPさんに話を訊きました。

のあP :三半規管が弱いから酔うっていうのは医者に言われたわけでもないのですが、ゲーム酔いがすごいのは事実です。乗り物酔いとかすごいし、もう今3Dゲームのことを考えるだけでちょっと気持ち悪くなってきますよ。嫌いではないんですが…3DSの神トラ(『神々のトライフォース2』)レベルでも1時間程度が限界で、やっては寝込みながらクリアしました。Nintendo64の『ゴールデンアイ 007』とか子供の頃やった時に友達の家からの帰り道に吐いてましたね…それでもやるんですが。。

白井博士:ふむふむ。主観ではあるけれど、酔いの感覚はある。それを理解したい、そういう事でしょうか?

のあP:そうですね!科学の知見で分解する感じで、お願いします。いい原稿お待ちしておりますね ^_^

白井博士 : はーい(やすうけあい)。

白井博士のVRおもしろ相談

…しかし重大な問題が発生しました。

私自身が「VR酔いがなんだかよくわからない」のです。

正確には「知識としては知っている」のですが、「これがVR酔い!」という状況になかなかならないのです。もともとアーケードゲーマー出身なのもあって、動体視力が無駄に高い上に、40歳過ぎても裸眼視力が両眼で1.5以上あり、さらに立体視が正しく見えない「立体盲」という特性もあります。そもそも「映像ではほとんど酔った記憶が無い」のです…。そもそも酔ってたら開発にならないし。知識だけでなく、無意識と経験で酔いを回避しているのかもしれません。なので「VR酔い」の研究も、論文も、研究者も知ってはいるけど、振り返ってみると、自分の知識と経験はあるのに「酔う人」に向けて「主体的に納得できて役に立つような話」が書けるまでの体験がない。このままでは知識だけ並べた駄文になってしまう!そう、体験していないゲームのレビューを書くようなものだ!!

そんなこんなで悩みに悩んで、
「そもそも”主観の問題”なんだから自分で!吐くまで!実験してみろッーーーー!!!」
って朝焼けの田んぼに叫んだ日もありました。

白井博士のVRおもしろ相談<朝焼けの田園>

あ、でも思い起こせば……。
IVRCで学生さんが作った作品を審査するときは”酔いっぽい不快感”ある……あれがVR酔いなのか??短い時間にたくさん審査しなきゃいけないから酔ってる場合じゃないのだけど……?

再度主体的な興味が沸いてきたので、VRや3D関連の論文だけでなく、乗り物酔いや目眩、動揺病の研究論文、特に生理・心理・医療・薬学関係を新旧あわせて再度読み直しました。(けっこう古くて役に立たないことも多いのですが)すると、どういうことなんでしょう…この手の論文を読むと「なんとなく吐き気をもよおす」ようになってきました。

「たぶん気のせいだろう…。って、これが心因性嘔気症というやつか!」

さらに日常のお仕事として、論文を読んだり、学生さんの論文執筆や実験を指導したりしながら、とある会社の講演準備で徹夜をしてしまいました。その講演は無事盛況に終わり、その後いろいろあって、とある“特別なモーションライド”に乗せて貰ったのですが……。

……そこで、来ました!強烈な嘔気感!

「これかーー!!吐くまでとはいえないけど、マジ吐く!気持ち悪うううう!!」
(※嘔吐ではなく「吐きそう」という感覚は「嘔気症」と呼ばれるそうです)
なんか小さい頃、バスに酔いやすい子供だった事を思い出しました。
炭酸のジュースを飲み過ぎたような胃部への圧迫感。めまい。動悸。ふはふは・・と、浅くなる呼吸。これが交感神経と副交感神経のバランスの崩れによる、自律神経失調の状態か…しかもこれは複合的な現象だ…論文で読んではいたけれども…なんか悔しい…!

「“そもそも主観の問題!!”とか言って悪かった!ゴメン!!今なら解説できそう!」

そんなわけで今回はVR酔いの科学について、研究者視点ではなく体験者視点で色々分解して解説したいと思います。

VR酔いの基礎知識

まず「VR酔い」とは実は最近発見されたものではありません。英語では virtual reality sickness もしくは cyber sickness と呼ばれており、2000年にはcyber sicknessの論文がACM SIGCHIで報告されています。最も一般的な症状は、不快感、頭痛、胃部の違和感、吐き気(nausea)、嘔吐、顔面蒼白、発汗、倦怠感、眠気、方向感覚障害(disorientation)および無気力無関心(apathy)があるとされています。

姿勢不安定や吐き気といえば、乗り物酔いとも共通していますが、視覚的刺激によって引き起こされるため、乗り物酔いとは異なる現象とされています。ちなみに最古の乗り物酔いの記録は思いのほか古く、西洋でヒポクラテスの時代(紀元前370年ごろ)、日本では平安時代の書物の中で、牛車で乗り物酔いを起こす貴族の姿が描かれているそうです。なおsimulator sicknessについては1985年に「A review of motion sickness with special reference to simulator sickness(乗り物酔い、特にシミュレーターにおける特筆すべき事項)」として報告されています。

日本の研究者にもVR酔いに関連した研究者はいらっしゃいます。ちょうどこの原稿が公開される数日前、毎日新聞に日本の国立研究所である「産業技術総合研究所(産総研)」の感覚知覚情報デザイン研究グループ長の氏家弘裕(うじけ・ひろやす)工学博士の記事が大きく掲載されておりますので紹介させていただきます。

▼VR酔い 不快感が起こる仕組みと対処法とは(毎日新聞・2016年6月21日)
http://mainichi.jp/articles/20160621/k00/00m/040/089000c

意義深く面白いのですが、新聞記事なのでどうしても突っ込んだデータが書かれておりません。一言で「酔う人」がどうしたらいいか?という理解としては「休め!」以外に良い方法がないようにも見えます。氏家先生の論文はCiNii等で検索すれば沢山存在しますが、映像酔いの生態影響軽減のためのガイドラインとして、研究成果のスライドが公開されており、こちらにはより広範にデータがありますので、以下、専門用語をやわらかくしながら、[対策]として筆者が考えた具体的な対策も加えて解説してみました(間違ってたらごめんなさい)。

▼映像酔いの生態影響軽減のためのガイドライン作成を目指して
http://home.jeita.or.jp/device/lirec/symposium/fpd_2015/pdf/4b_ujiie.pdf

過去の映像酔いの研究から言われてきたことではありますが、映像酔いの原因として有力な仮説は「感覚不一致説」が有力です。つまり「人間の体が感じる感覚」と、「映像で受ける刺激」が不一致であることが原因。この差が大きすぎると、様々な不快感が起きるという説です。

[対策] できるだけ「体験と体感を一致させる」ことが理想。

このガイドライン案では以下のような要素について実験が報告されています。
・視野サイズ: 視野に占める映像の大きさ
・動き: 映像中の視覚的な動き(特に一人称的視点)
・明るさ: 映像自体や周囲環境の明るさ
・時間ずれ: 特にHMD等の場合、頭部の動きに対する映像の切り替えの遅れ
・個人特性: 視聴時の構え、さまざまな個人属性
実験としては様々な映像を見せて、不快感の強さを被験者に報告してもらいます。アンケートだけでなく、生理計測も行います。
まず視野の実験の解説。大画面映像を使い、映像の見かけのサイズと不快感の関係をグラフにすると、 視野角にして「34 x 26 度以上で影響は強く出る」と報告されています。

[対策] 酔いやすい人が大画面を観るとき、「前で見るか、後ろで見るか」を選べるならば、後ろに座った方が画像の視野が狭くなり、酔いづらい。

「映像の動き」については、船や飛行機と同じくpitch(上下), yaw(左右), roll(進行方向軸回転)にそれぞれ異なる速度で回転させた映像を見せて、不快感を主観で報告してもらっています。結果としては、「回転速度で秒速30~70度」において、強い酔いやヴェクション (Vection;視覚誘導性自己運動感覚)が発生するとのことです。専門用語を補足しておきますが、ヴェクション、つまり「映像につられて自分が動いているような感覚」を得たり、重心動揺(Body Sway)のように実際に体が勝手に動いてしまう現象が起きるようです。重要なポイントは「表示している角度よりも、速度が支配的」で、軸としては roll軸の回転が強い影響があるとされています。

[対策] HMDでは首を左右を傾げる方向に振らない。酔いやすい速度で見回さない。プラネタリウムで「これから陽が沈みます…」というシーンは、いっそ目を閉じましょう。

そのほか、このガイドライン案では以下のような対策も読み取れます。
[対策] 体験開始から10分程度で酔いが始まり、その後は急激に増加し、減少しない。つまり「10分程度で違和感を感じたら」やめて休むがよい。全く変わらない人もいる。
[対策] 酔いやすい人は、周囲の明るさは、暗いよりも明るくした方がよいようです。
[対策] 2Dよりも3Dのほうが酔いやすい。Nintendo3DSの3D機能OFFは理にかなっている。
[対策] フレームレートは高い方がよい。高スペックのPCとセンサを使いましょう。
などなど。なお筆者の発見した古い論文では「都市部の男子の方が酔いやすい人が多い」という説もありましたが、実験によると性別の差はないそうです。

氏家先生の研究には今後も期待です。興味のある人は映像情報メディア学会、情報処理学会、ヒューマインインターフェース学会、日本VR学会などの論文をしっかり読んで下さい。CiNiiからアクセスできる論文の多くは、大学図書館からアクセスすると無料で入手できることもありますので、うまく活用することをおすすめします。

知っているとカッコイイ?VR酔いの専門用語と研究者たち

ここで質問者の のあP さんよりコメントがありました。

のあP : 「べくしょん」のような「知っているとカッコイイ専門用語」を教えて下さい。

なるほど。まずは、論文を読んだ方が良いですね。そして読むときには、

Vection;視覚誘導性自己運動感覚
Body Sway:重心動揺

のように、よく使われる用語について、英語と日本語の対訳を覚えておくと、海外の論文を読むときに役に立ちます。

※今回の筆者のようにカタカナで”ヴェクション”と書くことに利益はありません、なんとなくカッコイイだけです:-)

ちなみにヴェクションについては、視野領域や人間の生理現象について、多くの研究者が長年研究に取り組んでいます。

上記で紹介したとおり、多くはCiNiiで検索することができますが、大学図書館等を利用できない読者のためにも、いくつかWeb上で読める記事を準備されている先生方がいらっしゃいますので紹介させていただきます。

▼視野領域と視覚誘導性自己運動感覚 (Vection) について(小西晃広先生, Reality Media Lab, 立命館大学)
http://www.rm.is.ritsumei.ac.jp/~konishi/VectionHTML/AboutVection.html

▼これまでの研究の概要(妹尾武治先生, 実験心理学者, 九州大学)
http://senotake.jp/research.html

特に周辺視野との影響はおもしろく、筆者の大学時代に視覚工学を教えてくれた畑田豊彦先生などは、ジェットコースターに搭載した魚眼レンズで撮影した映像を使って、重心動揺を計測するような実験を1980年代から行っていました。

白井博士のVRおもしろ相談

▼「視覚効果による人工現実感」畑田豊彦(1991)より
https://www.jstage.jst.go.jp/article/jjspe1986/57/8/57_8_1330/_pdf

研究室に実験機材も安置されていましたよ!
また博士時代には、同じ研究室の先輩がPC-GWSを24台並列にした分散マルチプロジェクションディスプレイ「D-vision」を使ってこんな実験をやっていました。

白井博士のVRおもしろ相談

▼「没入型ディスプレイの映像提示領域による没入感への影響」(柳・橋本・佐藤, 2005)より
https://www.jstage.jst.go.jp/article/itej1997/59/7/59_7_1051/_pdf

論文、是非読んでみて下さい。今でも役に立つ情報は沢山あると思います。

……おっと、ここから先は「映像酔い以外のVR酔い」や「開発者が何をすべきか?」についてお話ししようと思ったのですが、すでに書いた原稿が1万5千字を超えています…!読んでいる方も大変だと思うので、一旦まとめましょう。

体験者の心得「これはバグ」と思って楽しんでみて

まとめに入る前に、まずは「そもそもVR酔いは危険な病気なのか?」という点を考察しておきましょう。

VR酔いは確かに「不快な感覚」ではあるけれど、嘔吐ではなく嘔気にとどまります。実際に嘔吐したという例は本当に少ないようです。もちろん吐瀉物が喉に詰まってお年寄りが亡くなる可能性は全くないとは言えませんが、現状は、お正月に餅が喉に詰まって死亡事故する例よりはVR酔いによる死亡事故の可能性は少ないでしょう。

しかし主観で「気持ち悪い」という現象は、3DやVRのさらなる普及の足かせになることはあり得ると思います。

一方、VRによる体験自体がそのような cyber sickness を改善するトレーニングになるかもしれない可能性は、「感覚統合の可塑性」によって説明できます。

神経系は外界の刺激などによって常に機能的、構造的な変化を起こしており、この性質は一般に“可塑性”と呼ばれています。神経の可塑性には大きく3つあり、1つ目は「脳が発生していく時や発達していく段階」、つまり成長期にみられる可塑性。2つ目は老化や障害を受けた時など「神経の機能単位が失われた時」、「失われた神経が補填・回復されていく時」。3つ目が「記憶や学習」で、高次の神経機能が営まれるための基盤、シナプスの可塑性(synaptic plasticity)で、近年徐々に明らかにされています。記憶には、「短期記憶」と「長期記憶」があり、短期記憶は主にシナプスでの伝達効率の変化により説明され、長期記憶はシナプス結合の「数や形態の変化」により成立していると言われています(知恵蔵2015より引用)。詳しくは次回にまた解説していきたいと思いますが、長期的に変化させて戻らなくさせることができるということです。

特にのあP さんのように「VR好きなんですが超酔うんですが」という人は、まずは酔いを感じたときは、体験を中止する方向に持って行きつつ「これは自分の体に起きたバグ」だと思って、上記に列挙したような改善のための実験や、ゲームプレイの中で改善できる方法を試してみると、このバグを楽しむことができ、結果として長期でVR酔いを克服できるのかもしれません。

では のあP さん、これからはご自身の身体にあるバグを楽しみながら、ナイスなVRライフをお過ごしください!

(後編に続く!)

※編集部より。「白井博士に質問したい!」という方は、Mogura VRのTwitterアカウント(@MoguraVR)宛に 「#白井博士のVRおもしろ相談室」というタグをつけてリプライで質問をお願いします。VRに関する質問に白井博士が面白く、真面目に答えてくれると思います!

文・絵/白井博士(しらいはかせ)

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この記事を書いた人

  • 20160604_190011

    白井博士(しらいはかせ)

    1996年 東京工芸大学工学部写真工学科卒、1998年 東京工芸大学大学院工学研究科画像工学専攻修士課程修了。キヤノングループが開発した産業用ゲームエンジン「RenderWare」の日本事務所立ち上げを経て、2001年 東京工業大学大学院総合理工学研究科知能システム科学専攻博士後期課程に復学。2003年博士 (工学)の学位を取得。2003〜2004年に財団法人NHKエンジニアリングサービス・次世代コンテント研究室、2004年末にフランスに渡り、国立工芸大学(ENSAM/ParisTech)客員研究員。VRによる地域振興、国際VR作品公募展Laval Virtual ReVolutionを2006年より主催。2007年より帰国し、日本科学未来館科学コミュニケーターを経て、現在、神奈川県の大学でVRエンタテイメントシステムの開発者を育成しながらVR作家として活動。

    <著書等>
    「白井博士の未来のゲームデザイン -エンターテインメントシステムの科学」(単著)、「WiiRemoteプログラミング」(共著),日本科学未来館企画展 GameOn公式図録「ゲームってなんでおもしろい?」(インタビュー),「ゲームクリエイターが知るべき97のこと 2」(執筆協力)など。
    blog: http://aki.shirai.as/ Twitter: @o_ob

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