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セミナー 2021.12.27

【XR Kaigi 2021】集英社が語る XR進出の経緯と狙い

国内最大級のVR/AR/MRカンファレンス「XR Kaigi」が今年も開催されました。今年の「XR Kaigi 2021」はオンラインカンファレンス「XR Kaigi Online」(11月15日~17日)と、リアル会場での展示・体験会「XR Matsuri」(11月25日・26日)のハイブリッドで実施。XR Kaigi Onlineでは、3日間の期間中に50以上のセッションが行われました。

今回はその中から、11月16日に行われたNianticのセッション「集英社XRとTHINK AND SENSEによるARDKを活用した新しいメディア創造とビジネス展開」をレポートします。登壇者は集英社 新規事業開発部 XR事業開発課 課長・稲生晋之氏と、ティーアンドエス 取締役 THINK AND SENSE部 部長・松山周平氏の二人。セッションでは、集英社がどのようなXR事業を展開するのか、THINK AND SENSEやティーアンドエスと協力してどのような未来を作っていくのかが語られました。

近年のXR業界をどのように考えているか

2021年、集英社では『鬼滅の刃』や『呪術廻戦』のアニメーションがヒットしたほか、メイン事業である出版事業が電子書籍を含めて好調だったと稲生氏は言います。一方で、活字離れや雑誌離れなど、出版業界の先行きへの不安感や課題感もあるため、今後さらに進化していかなければならない、新しい挑戦をしていかなければならないと感じているとのこと。

一方の松山氏は、ここ一年に関してはXR業界はさほど変化していないのではないかと言います。XRコミュニティの成長やXRコンテンツの増加は見られるものの、一般の人に手に取ってもらえるような、「世界を席巻するクリティカルなコンテンツ」は出てきていないと説明。これはクリエイターだけの問題ではなく、多くの人に届くところまでスケールするようなビジネスができていないことが課題であり、それを認識しつつも解決できなかった一年だったのでないかと述べました。


(ティーアンドエスの松山周平氏(左) と集英社の稲生晋之氏(右)。モデレーターはティーアンドエス代表取締役社長、THINK AND SENSEプロデューサーの稲葉繁樹氏(左下)が務めた)

Niantic Lightship ARDKに対する期待感

2021年11月上旬にグローバルリリースされたNianticのAR開発プラットフォームNiantic Lightshipに関して、集英社とティーアンドエスはともにNianticのパートナー企業に名を連ねています。

そのNiantic Lightshipについて、松山氏は「マルチプラットフォームで利用できることがまず大きな強みではないか」と言います。

また、そう遠くないうちにスマートフォンだけでなく、それ以外のデバイスでも利用できるマルチプラットフォームのARが出てくるだろうとの見解を述べ、そうした状況に対応できて使いやすいと感じられるプラットフォームとして、Niantic Lightshipはかなりの強みを持っているだろうと語りました。

さらに、利用者からのフィードバックに対するNiantic Lightship開発チームのレスポンスの早さにも言及。常に更新されている感じがあり、それもまた将来性を期待させてくれるとのことです。

稲生氏はNiantic Lightshipに関して、社内では「(XRという)先端技術を使って集英社は何ができるのか」という議論があったと言います。Niantic Lightshipとティーアンドエスの協力で、やれることは無限にありそうだが、逆に「無限にありすぎて何をやればいいのか」という悩みもあるとのこと。

稲生氏は続けて、集英社は開発者視点だけでなく、ユーザー視点から何ができるのかを考えてきた会社であると説明。最初にどのようなコンテンツを出すのかについては、むしろ慎重に考えていきたいとしました。

さらに、集英社は一世紀以上出版物だけを作り続けてきたため、限られた企業としか交流できてこなかったと述懐。XRという分野への進出に際し、さまざまな企業との交流を通じて知見が広がっていくことへの期待を語りました。

新しい体験を作る Radical Reality

XR技術を活用して新しい体験を作ることを常に目指してきたという松山氏。最終的にはマインドセットやライフスタイルにも影響を与えるようなコンテンツを作りたいと言います。一方で、ただ純粋に新しいXR体験だけではコンテンツは成立しない可能性が高いため、既存のエンタテインメントコンテンツと地続きにすることで、より多くの人の日常に入り込んでいくものを生み出すことが非常に重要だとしました。

それに対し、集英社ではスマートフォンの登場がかなり大きな出来事だったと稲生氏。スマートフォンというプラットフォーム上に既存の出版物を載せることはできたものの、それによってゲームやアニメ、SNSといったリッチコンテンツと同じ土俵に立つことになってしまった危機感があると言います。

現状では従来の形態でも集英社のコンテンツを楽しんでもらえているので、その間に今までのコンテンツに何かをプラスした、新しい形態の出版物をユーザーに届けれらるようにしたいとの見解を述べました。

集英社XRの体験デモアプリについて

集英社は2021年11月9日、自社のクリエイティブチーム「集英社XR」の発足を発表。同日に開催されたNianticのLightship発表会では、THINK AND SENSEと共同開発したデモアプリ映像も公開しています。

アプリ開発で重視したのは「コミュニケーション」だと松山氏。技術的なデモンストレーションではなく、ユーザーが漫画の世界観やキャラクターとどのようにコミュニケーションができるかに重きを置いて開発したと説明しました。

一方の稲生氏は、技術ではなくキャラクターを作ってきた集英社としては、「今までは2次元だったキャラクターたちが、3次元空間上でいきいきと動き出したらどのような体験を提供できるのか」に興味があると言います。

ARを活用して日常的にキャラクターと共に生活しコミュニケーションできるようになれば、キャラクターが親友や家族のような存在になるかもしれないとし、集英社が最初に手がけるのはこうしたコンテンツになる可能性もあると語りました。

また、漫画以外にもさまざまなメディアを持っている集英社としては、キャラクターを使ったARコンテンツの他にも、ユーザーのライフスタイルやストーリーを豊かにできるようなXRコンテンツやサービスも提供できる可能性があるのではないかとの考えを示しました。

XRの手軽で強烈なインパクト

XRコンテンツにおいては、コンテンツに触れていないときでもコンテンツの存在自体は感じられ、実際に触れるときにはインパクトのある体験が楽しめるようなものがよいのではないかという松山氏。現状のスマートフォンを使ったAR体験は、毎日2~3時間行うことはまだ現実的でないと考えているため、従来の技術で実現する途切れのないコミュニケーション体験と、時間は短いけれどもインパクトの大きいAR体験を組み合わせたコンテンツを作ることができたらいいのではないかとの考えを述べました。

一方で稲生氏は、ひとつのコンテンツのために3Dモデルなどを制作するのは非常にコストがかかるため、キャラクターなどの3DCGデータを集英社側で制作しアセットのような形でパートナー企業に提供することで、コストを削減しながら多様なコンテンツ・サービスを作れるのではないかと語りました。

XRにおける“濃い”体験とは

XRコンテンツにおいては、洗練されたモーションや3DCGの精密さではなく「ユーザーがその体験を通じてどのように感じるか」「作り手が何を伝えられるのか」ということが重要なのではないかと松山氏は言います。そのために「プロトタイプを作って試す」ということをすぐにやれるのがティーアンドエスの強みであり、また、開発・検証・改善をスピーディーに繰り返す開発スタイルをNiantic Lightshipが支えてくれるのではないかと述べました。

それに対し稲生氏は、XRで重要なのは「どれだけ使ってもらえるのか」だと考えていると言います。出版における「どれだけ読んでもらえるか」、キャラクターにおける「どれだけ愛してもらえるか」に相当する部分が「どれだけ使ってもらえるのか」であり、体験の“濃さ”に繋がるものだろうとのこと。そしてそれを実現するために、今後さまざまな企業や開発者とのコラボレーションをしていきたいと述べました。

集英社XRの体制と今後について

XRの分野が従来に比べ広範であることから、集英社XRは全社で取り組むべきプロジェクトだと考えられていると稲生氏は言います。そのため集英社XRは、週刊少年ジャンプ、ライツ事業部、女性誌、文芸誌、広告、宣伝、販売など、社内の全部署から集まったメンバーで構成されているそうです。

それに対し松山氏は、XRであるかどうかに関わらず、非常に深いところまでこだわってコンテンツを制作している集英社の姿勢に感銘を受けているとコメント。集英社とともにプロジェクトを推進・成長させていきたいと語りました。

最後は稲生氏が「集英社には週刊少年ジャンプをはじめとしたさまざまなコンテンツがあります。またそれだけではなく、ライフスタイルに寄り添ったメディアなどもあります。Niantic Lightshipをさまざま方向に活用して、さまざまなソフトやサービスを構築していこうと思っています。ぜひ皆さん一緒にやりましょう」と呼びかけ、セッションは終了となりました。


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