XR・メタバースやコンテンツ、ファッションに関する知財・法務を中心に扱っている弁護士の関 真也(せきまさや)です。
メタバース上の知的財産を保護するため、経済産業省が模倣品の販売等を禁止する法律の改正案を通常国会に提出するとの報道があり、話題となっています。
デジタル空間における経済取引が活発化していくと、デジタル経済圏でも人気商品の模倣が頻発するおそれがあります。苦労してその商品を開発・商品化した先行者の利益が損なわれ、新たな商品開発を行う意欲が失われかねません。これはわが国の産業全体にとって不利益です。デジタル経済圏にも模倣禁止の規制を及ぼすことは歓迎すべき側面があるでしょう。
他方で、メタバースでの一定の行為が新たに禁止される以上、法改正が成立した場合に、メタバースに関わるプラットフォーマー、各種サービス提供者、クリエイターやユーザーに対してどのような影響が生じるのかは気になるところだと思います。
そこで、現在検討されている法改正案の内容と課題、影響等について解説します。
不正競争防止法2条1項3号(商品形態模倣行為の禁止)とは?
経済産業省が改正を検討しているのは、不正競争防止法2条1項3号という条文です。
これは、要するに、他人の商品と形態(デザイン)が実質的に同一の商品を作り出し、それを譲渡等する行為(商品形態模倣行為)を禁止する制度です。
現行法をもとにその主な内容をまとめると、以下のとおりです。
観点 |
ポイント |
禁止されている行為 |
1.他人の商品の形態を |
「商品の形態」とは? |
需要者が通常の用法に従った使用に際して知覚によって認識することができる商品の外部及び内部の形状並びにその形状に結合した模様、色彩、光沢及び質感 |
「模倣」とは? |
他人の商品の形態に依拠して、これと実質的に同一の形態の商品を作り出すこと(依拠性+実質的同一性) |
保護期間 |
日本国内において最初に販売された日から起算して3年を経過するまで |
違反すると |
1.差止請求 |
(不正競争防止法2条1項3号に関する制度の概要(作成:関真也))
法改正の内容は?
現在検討されている法改正の内容は、この不正競争防止法2条1項3号で禁止される行為に、「電気通信回線を通じて提供」する行為を追加するというものです。
現行法では、有体物である商品の譲渡等だけが禁止の対象であるという考え方がありました。そのため、その商品といくら見た目が似ていても、画像・映像等のデジタルデータ(無体物)を提供する行為は禁止の対象外であると判断される可能性がありました。
しかし、この法改正が成立した場合、例えば、フィジカルな商品(有体物)の形態を3DCG モデル(無体物)として忠実に再現し、ネットワーク(電気通信回線)を通じて送信して、ユーザーの端末画面上に画像又は映像として表示させる行為も、不正競争防止法2条1項3号に違反することになると考えられます。
他の知的財産法による保護と比べても、デジタル経済圏に不正競争防止法2条1項3号の規律を導入することは合理的な面があります。
例えば、従来の裁判例では、実用的な商品の形態は著作権法による保護を受けにくい傾向にあります。他方で、不正競争防止法2条1項3号は実用的な商品の形態も保護対象とし、登録手続も必要とせず直ちに保護を受けることができます。このことから、実用的な商品の形態を真似たデジタルコピーを取り締まりやすいのです。他者に先んじて開発・商品化を行った先行者にとってメリットがあります。
また、商標法等とは異なり、権利保護の対象を区分登録する必要もありません。商標法においては、商品・役務のカテゴリーによっては、フィジカルな商品とそれを模したデジタルな商品につき、それぞれ別の区分の商品・役務を指定して商標登録をしないと権利が及ばない場合があると考えられています。
さらに、不正競争防止法2条1項3号による保護を求めるために、その商品が有名である必要もありません。これに対して、同法2条1項1号及び2号による保護を受けるには、その商品の形態を見れば誰が作った商品であるかが分かるほど有名である必要があると考えられています。
クリエイターの創作活動との関係でいえば、著作権法と同様に「依拠性」が要件となっている点が重要です。つまり、他人の作品のことを知らずに創作をしたのであれば、結果として偶然同じような形態になってしまったとしても、禁止の対象とはなりません。偶然似てしまった場合でも侵害が成立する意匠法等とは異なり、クリエイターの自由な創作環境が確保されやすいといえます。
「実質的に同一」の形態であるといえるのはどういう場合か?
もっとも、このような改正がされたとしても、フィジカルな商品とデジタルな画像等の形態が「実質的に同一」であると認められない限り、ネットワークを通じてその画像等を提供する行為は禁止されません。
そもそも、フィジカルな商品とデジタルな画像等とでは存在形式からして異なります。前者が三次元的な有体物であるのに対し、後者は二次元的な画面に表示される無体物です。機能・効用等も異なり、市場で互いに競合しない場合もあるでしょう。これを重視すると、実は、両者の形態が「実質的に同一」であると評価するのは原則として難しいというのが議論の出発点になるという見方もあり得るところです。
例えば、近時話題になったMetaBirkins事件のように、エルメス社のバーキンバッグを模して作成されたデジタルな画像は、フィジカルな商品(有体物)と「実質的に同一」の形態であるといえるでしょうか?
従来の裁判例によれば、不正競争防止法2条1項3号における「商品の形態」とは、商品全体の形態をいい、一部の形態だけが共通していても、直ちに実質的同一性が認められるわけではないと考えられています。そうすると、バッグの形態を一方向のみから捉えた二次元的な画像は、三次元的な有体物である商品全体の形態を再現しているとはいえず、不正競争防止法2条1項3号による禁止の対象にはならないという考え方があり得ます。
(MetaBirkins NFTsの画像:Hermès International v. Rothschild事件の訴状より引用)
では、スマートフォンに搭載された3Dスキャナを用いて、商品(有体物)の3DCGモデル(無体物)を作成し、これを販売する場合はどうでしょうか。
この場合は、実質的同一性が認められやすいように思われます。誰でも入手できる一般的な機器等を使って商品(有体物)の形態を忠実に再現できる場合、その3DCGモデルの作成には新たな資金・労力の投下を伴いません。よって、先にその形態を開発・商品化した先行者の利益を優先的に保護し、新商品開発のインセンティブを保障した方が、不正競争防止法2条1項3号の趣旨に適うからです。
これに対し、精密なモデリング、プログラミング等の過程を経て、相応の資金・労力を投下して3DCGモデル(無体物)を作成した場合には、その3DCGモデルの開発・商品化の成果を尊重し、禁止の対象とするべきでないという考え方があるかもしれません。
ただ、その場合でも、先行商品の形態を忠実に再現することのみに向けられた資金・労力等の投下を尊重する必要はないと考えられます。よって、その3DCGモデルに先行商品(有体物)とは異なる形態的特徴があり、その特徴の実現に対して資金・労力等が投下された場合に、不正競争防止法2条1項3号による禁止の対象外とすることが合理的なように思います。
このように、デジタルデータ化の対象、方法等に応じて、不正競争防止法2条1項3号が適用されるかどうかが変わってくると思われます。経済産業省では、今回の改正とは別に、不正競争防止法の逐条解説等によって、どのような場合に「模倣」に該当するかを明確化することが検討されています。メタバースに関わる事業者、クリエイターやユーザーは、その動向に注意しながら対応していくのがよいでしょう。
「商品」を「電気通信回線を通じて提供」する行為とは?
前述のとおり、法改正によって不正競争防止法2条1項3号の適用対象になると見込まれている行為は、「商品」を「電気通信回線を通じて提供」する行為です。
この点、知的財産法では、「商品」と「役務」ないし「営業」とを区別して使い分けることがあります。例えば、商標法では、ダウンロード可能であるため転々流通することが想定される画像等は、第9類の「商品」区分に属するものとして取り扱われています。これに対して、ダウンロードができない画像等は第41類等の「役務」区分に属します。不正競争防止法でも、「商品」と「営業」とを使い分けた上で、「商品」とは市場における流通の対象となるものをいうと考えられています。
そうすると、仮に、「商品」を「電気通信回線を通じて提供」する行為が不正競争防止法2条1項3号の適用対象となったとして、ダウンロード形式で提供する行為は禁止の対象となるのに対し、ストリーミング形式で提供する行為は禁止されないことになるのでしょうか。
この点も、今後の法改正に関する議論で明確化されることが望ましいでしょう。
デジタルツインや都市連動型メタバースへの影響は?
デジタルツインや都市連動型メタバースでは、建築物等の物理的環境を3DCGモデル等として忠実に再現することがあります。こうした取組みも、法改正が成立した後は、電気通信回線を通じて実質的に同一の形態の商品を提供する行為として禁止の対象となるのでしょうか?
裁判例や学説によれば、建築物も、場合によっては不正競争防止法上の「商品」に該当すると考えられています。そうだとすれば、特定の1つの建築物のみを3DCGモデル化したデータを作成し、ネットワークを通じてこれを提供した場合、改正後は不正競争防止法2条1項3号に違反する場合があるかもしれません。
これに対し、多数の建築物等をまとめて3DCGモデル化した場合は、特定の建築物を再現したデータを独立して流通の対象としているわけではありません。よって、独立した「商品」を提供する行為ではないと評価する余地があるかもしれません。そうすると、この場合は不正競争防止法2条1項3号に違反しないと考えることもできそうです。
おわりに
以上解説してきたように、今般見込まれている法改正の内容やその解釈・運用次第では、XR・メタバースやデジタルツインに関わるビジネスモデル等に多大な影響を及ぼす可能性があります。
これに関わる事業者やユーザーの方々にとっても、今後の法改正に関する議論に注目する必要がありそうです。