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業界動向 2022.04.27 sponsored

学びの場をゼロから考え直す。デジタルハリウッド大学が挑む「バーチャルキャンパス」を追え!【第3回】

「バーチャルキャンパス」と聞いて何を思い浮かべるだろう。今ある学校をそっくりそのままVR空間に移植したデジタルツイン、あるいは空に浮かぶ巨大建築だろうか? 教育における「バーチャル」の活用は遠隔授業や体験学習において進んでいるものの、バーチャルキャンパスという「学生や教員が交流し、学び、出会う場所」を作る取り組みにおいては模索が続いている。

折しも、これまでに数々のクリエイターを輩出してきたデジタルハリウッド大学では、バーチャルキャンパスの構想とプロトタイピングが進行中だ。本記事ではデジタルハリウッド大学学長の杉山知之氏と、東京大学教授・稲見昌彦氏のセッションの様子をお送りしよう。


杉山知之 / Tomoyuki Sugiyama
1954年東京都生まれ。デジタルハリウッド大学 学長、工学博士。954年東京都生まれ。87年よりMITメディア・ラボ客員研究員として3年間活動。90年国際メディア研究財団・主任研究員、93年 日本大学短期大学部専任講師を経て、94年10月 デジタルハリウッド設立。2004年日本初の株式会社立「デジタルハリウッド大学院」を開学。翌年、「デジタルハリウッド大学」を開学し、現在、同大学・大学院・スクールの学長を務めている。2011年9月、上海音楽学院(中国)との 合作学部「デジタルメディア芸術学院」を設立、同学院の初代学院長に就任。XRコンソーシアムアドバイザー、一般社団法人Metaverse Japan理事、超教育協会評議員を務め、また福岡県Ruby・コンテンツビジネス振興会議会長、内閣官房知的財産戦略本部コンテンツ強化専門調査会委員など多くの委員を歴任。99年度デジタルメディア協会AMDアワード・功労賞受賞。著書に「クール・ジャパン 世界が買いたがる日本」(祥伝社)、「クリエイター・スピリットとは何か?」(電子書籍/ちくまプリマー新書)、『デジタル・ストリーム ―未来のリ・デザイニング』新装版(電子書籍/‎デジタルハリウッド・パブリッシャーズ)※2022年3月発刊 ほか。

稲見昌彦 / Masahiko Inami
東京大学 総長特任補佐・先端科学技術研究センター 身体情報学分野教授。博士(工学)。
JST ERATO稲見自在化身体プロジェクト 研究総括。自在化技術、人間拡張工学、エンタテインメント工学に興味を持つ。米TIME誌Coolest Invention of the Year、文部科学大臣表彰若手科学者賞などを受賞。超人スポーツ協会代表理事、日本バーチャルリアリティ学会理事、日本学術会議連携会員等を兼務。著書に『スーパーヒューマン誕生!人間はSFを超える』(NHK出版新書)、『自在化身体論』(NTS出版)他。


なお、第一回となる杉山氏とデジタルハリウッド大学事業部執行役員・池谷和浩氏のセッション記事はこちらのページで、第二回となる杉山氏と建築家・豊田啓介氏のセッションはこちらのページで読むことができる。

やっぱり「身体がある場所」は必要?

――本日はよろしくお願いします。これまでにもMogura VRでは「バーチャルキャンパスとは何か、そしてそれはどうなるのか?」ということについてセッションを重ねてきました。前回は建築家の豊田啓介さんを招いての「建築/空間」というテーマでしたが、稲見さんの主要テーマである「身体」や「アバター」という見地からではいかがでしょうか。

稲見:
すぐ思い浮かぶものとしては、VRでアインシュタインのアバターを使うとテストの成績や記憶力が上がる傾向にあるという話があります。再現性等はまだまだ不明な点もありますし、被験者がアインシュタインを知らないと効果はないとは思いますが、アバターによって学びを加速しうる可能性を示唆している研究は以前から存在しています。

また「分身」的な受講スタイルは既に出現しています。学生たちからは「ハーマイオニー受講」と呼ばれているのですが、異なるデバイスから別々の講義に出席して、興味がある箇所を集中的に聞いていくスタイルの学生がいるんですね。これは『ハリー・ポッター』シリーズの登場人物が時間を操作し、複数の講義を同時に受講していることに由来しています。こういった「学ぶ際、自分の置き場所が変わる」事例もあります。

――違う場所にいるという意味では、そもそも「リモートで受講する」こと自体も身体拡張的だと言えそうですね。

稲見:
だと思いますね。移動時間が必要ないので、本郷キャンパスの講義に駒場キャンパスから1コマだけ出るようなことをしている学生もいます。

杉山:
今の時代は、学びたいことがハッキリしている人にとって素晴らしい環境ですよね。遠隔講義にしても、じゅうぶん一般化した技術で実現可能ですし。

稲見:
杉山先生のおっしゃる通りだと思います。一方で、先ほど私が挙げたものは、いずれも“学ぶ意欲がある人のための話”で。自由に選択できるという状態は、不得意な分野や苦手な分野を学ぶ上ではあまり向いていない。似たような話では、続けるか否かが完全に各個人に委ねられているMOOC(※)の脱落率が非常に高いことが知られています。一緒に学ぶ仲間がいるから自分も頑張れるという、集団の力に引っ張られていく場所というのは必要かもしれません。それがNPCなのか実際の人なのかというのは別の話としても。

(※MOOC……Massive Open Online Course、「大規模公開講座」の略称。概ね無料で、誰でも受けられるオンライン授業・講座のことを指す)

杉山:
教授や院生の先輩と研究室にいる間に学ぶことも非常に多いですよね。暗黙知的な形というか。

稲見:
現状、研究における美学やコツは驚くほど言語化されていないですからね。「場所」の作り方に依存するので一概には言えませんが、何らかの形で、座学だけではインストールできないもの、単なるリモート講義では閾値を超えられないものが伝わる可能性は十分ありえると思います。

また、いわゆる「座学」が教室に最適化されすぎているきらいはあります。活字と座学で伝えられる内容をスケールさせるために今の教育システムが出来上がったわけですが、身体感覚をはじめとする部分はその上にない。もし「座学以外」の体験をより多くの学生に伝えることができるのであれば、教育どころか世界のあり方自体が変わるかもしれません。

「教室に合わせたカリキュラム」から「カリキュラムに合わせた空間」へ

――今回はもともと「身体/アバター」をテーマの予定でしたが、思いのほか「そもそもバーチャル・フィジカル含めた教育はどうあるべきなのか」という話にスライドしてきましたね。そもそもの話として、これらは切り離せないのかもしれませんが。

杉山:
私たちは「バーチャルキャンパス」として新しい学びの環境やあり方を探っている最中ですが、当然そこでやらなくていいこともたくさんあります。これらについて突き詰めて考えることは、そもそも私たちが伝えたいスキルや知識とは何なのかを考え直すことにならざるを得ないですし、様々な分野に話が広がっていくと思います。

稲見:
先ほど話したような場、あるいはフィジカルという部分はそれはそれで大切ですし、そこへの働きかけには大きな役割があります。デジタルハリウッド大学であれば、どのような要素をフィジカルの方に持っていく方が良いと考えていらっしゃいますか?

杉山:
例えばデッサンはリアルなものを見ながらが良いと思っています。CGを使ってそれらしくすることもできますが、現実の複雑な光のあり方の中にオブジェクトを置いて、自分の目や身体で見る、という方が効果が高いのではないか。描く方はタブレットでも紙でも良く、見る上ではリアルでの光や視点の揺れ、ズレのようなものが大事なんじゃないかと。

稲見:
デッサンの勘所が煮詰まったバーチャル空間として、あえてライティングが刻々と変わってゆくような場所はありえそうですね。デッサン対象となるオブジェクトの向きを、主観的な位置が全員同じになるようにする、といった手法もありえるかもしれません。

杉山:
CGであれば、全員の視点が同じ位置にある、アバターが重なっているような状況も手軽に作れますよね。このように科目や取り組みをひとつずつ挙げて「これだったらこうだよね」と検討することで、新たな学びの場所がそれぞれできていくというか。つまり、バーチャルなものであれば学習環境を講座ごとに作れるのではないかと考えています。今日では教室で実現可能な内容が教育カリキュラムを形作っていますが、逆に教育カリキュラムに合わせて変動する教室を設計できる。カリキュラムごとに新たな空間がそれぞれ生成されていくようなイメージですね。ただ、まずはその空間のカスタマイズや実装を難なくこなせる人が集まらないと難しい、という問題は残ります。

稲見:
この「空間」「身体」「カリキュラム」から改めて学びを見つめ直していくというのは、新しい三位一体かもしれないですね。

いまふたたび、「建学する」精神

杉山:
このコロナ禍を経て、大学がどう変わるのかは気になるところです。色々な大学が「以前に戻る」ケースが散見されますが、経験が活かされずにもとに戻るだけでは寂しいですね。

稲見:
その点では、ハイブリッド形式の講義が増えつつあるのは嬉しいことです。既に大講堂の後ろの方の学生って、私やスライドを写すスクリーンじゃなくて、講義を同時配信しているZoomを見てるんですよ。そっちの方が見やすいし、どこでも音が聴き取れるから(笑)これは学生に一本取られたなと。戻る、と言っても前と同じではなく、ちょっと前に進んだ感じはしますね。

杉山:
大講義室自体が効率的なのかは置いておくとしても、多くの人がいっぺんに学んでいるだけで興奮するところはあるので、この感覚はバーチャルキャンパスでも残したいです。

稲見:
コンサートの舞台のような趣がありますよね。学生側の熱気によって講義の質が上がるという経験は私にもあります。

杉山:
例えばハーバード大学のマイケル・サンデル教授の講義は人数がすごいですよね。何千人も大講堂にいて講義として成り立つのか、という驚きがあります。

稲見:
あの人数のレポート採点ってどうしてるんでしょうね(笑)

杉山:
私も「レポートの採点が大変そうだな」って思いました(笑) とはいえ、あのエンターテインメント性というのは見習わないといけないと思います。学生の口コミで「面白いぞ」と思わぬ講義が人気になり、それで新しい世界や知識を得る人もたくさんいますから。

稲見:
私はときどき学生に話しているのですが、大学の授業は「おまかせ寿司屋」だと思うんです。自分で選べると好きなものしか食べないけれども、まだ知らない面白いものがあるかもしれない。クオリティは私たちが保証するから、今食べたくなくても未来に好きになるかもしれないようなこともセットで出す、だからとりあえず試してみてくれ、と言っています。必修科目のカリキュラムって基本的にそうですよね。そもそも、僕もコンピューターグラフィックスがひとつの学問になるだなんて高校生のときは全然分かっていませんでしたし。

杉山:
そうですよね。人気がある研究室に行けなかったから行かざるを得なかった研究室から羽ばたいて大教授になる、みたいな話はけっこう聞きます。

稲見:
むしろそっちの方が多いくらいだと思っています。それに「今まさに人気の分野」はもしかするともうピークを過ぎている分野かもしれないですし、何より工学系は新しい分野を作っていく必要があります。追いかけるものではないというか。

杉山:
分野は自ら作るものですよね。

――最後に、これからの「新たな教育」を考えるためのプロトタイプを作っていく中で、さしあたり私たちが「バーチャルキャンパス」と呼んでいるこの概念についての、稲見先生の総括的なご意見を伺いたいです。

稲見:
共通認識であるとは思いますが、単なるデジタルに載せるだけ、バーチャルに載せるだけの「デジタル化」で終わらないようにしないといけないと思います。カリキュラムや教育の精神、根っこから考え直さなければ、往々にして従来のフィジカルの方が良いという話になってしまいます。学生たちが未来の社会で活躍するために、いま何を学んでほしいのか、何を身に着けてほしいのかを議論して、新たな教育の身体・場・仕組みを考えていく。難しい話ですが、杉山先生が最初にデジハリを作られたときも同じことを考えていたのではないかと思いますし、そういう意味で「もう一度建学する」必要があるのかなと。2022年の、バーチャルならではの建学の精神というか。

杉山:
まさしくその通りだと思います。私たち自身もフィロソフィーを背負って、再び「学び」を考え直す、捉え直すことを続けていきたいと思います。

(第四回: 教育のソフトウェア編に続く)

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