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活用事例 2021.09.27 sponsored

学びの場をゼロから考え直す。デジタルハリウッド大学が挑む「バーチャルキャンパス」を追え!【第1回: コンセプト編】

「バーチャルキャンパス」と聞いて何を思い浮かべるだろう。今ある学校をそっくりそのままVR空間に移植したデジタルツイン、あるいは空に浮かぶ巨大建築だろうか? 教育における「バーチャル」の活用は遠隔授業や体験学習において進んでいるものの、バーチャルキャンパスという「学生や教員が交流し、学び、出会う場所」を作る取り組みにおいては正解が見えておらず、模索が続いている。

折しも数々のクリエイターを輩出してきたデジタルハリウッド大学では、バーチャルキャンパスの構想とプロトタイピングが進行中だ。本連載ではデジタルハリウッド大学学長の杉山知之氏と、同大学事業部執行役員・池谷和浩氏とともに、このプロトタイピングの思考プロセスを「作戦会議」として公開してゆく。

杉山知之/Tomoyuki Sugiyama
1954年東京都生まれ。デジタルハリウッド大学 学長、工学博士。87年よりMITメディア・ラボ客員研究員として3年間活動。90年国際メディア研究財団・主任研究員、93年 日本大学短期大学部専任講師を経て、94年10月 デジタルハリウッド設立。2004年日本初の株式会社立「デジタルハリウッド大学院」を開学。翌年、「デジタルハリウッド大学」を開学し、現在、同大学・大学院・スクールの学長を務めている。2011年9月、上海音楽学院(中国)との 合作学部「デジタルメディア芸術学院」を設立、同学院の初代学院長に就任。XRコンソーシアムアドバイザー、一般社団法人エンターテインメントXR協会監事、超教育協会評議員を務め、また福岡県Ruby・コンテンツビジネス振興会議会長、内閣官房知的財産戦略本部コンテンツ強化専門調査会委員など多くの委員を歴任。99年度デジタルメディア協会AMDアワード・功労賞受賞。著書は「クール・ジャパン 世界が買いたがる日本」(祥伝社)、「クリエイター・スピリットとは何か?」※最新刊(ちくまプリマー新書)ほか。

池谷和浩/Kazuhiro Iketani
1979年生まれ。デジタルハリウッド株式会社 大学事業部 執行役員、デジタルハリウッド大学 事務局長/産学官連携センター長。筑波大学卒業後、受験予備校、教育系ベンチャーを経て、2007年にデジタルハリウッド入社。法人営業、事業開発等に携わり、2013年より大学事業部に所属。事業統括、学長との教職協働による中長期構想(DHU 2025 VISION)策定、カリキュラム・メイキング、学発プロダクト開発、学発ベンチャーおよびアーティスト支援、テクノロジーカルチャー研究等を推進している。ハリウッドワークスタイルによるライブストリーム「FLOW DHU」を配信中。

「現実の再現」にはこだわらない

――本日はよろしくお願いします。まずは「作戦会議」の前提として、バーチャルキャンパスのプロトタイピング構想がどこから生まれたのか、そしてその内容を明らかにしていきましょう。

杉山知之氏(以下、杉山):

様々な人が言う「バーチャル」的なものも含めて「現実」の一部になってきた昨今で、大学のキャンパスがこれまでの現実空間の中にしか存在しないのは不自然だと思っています。インターネットが普及した今では大学のWebサイトやシステムからシラバスを読み、履修登録を行うことが当たり前になりました。こうした出来事の延長線上として、バーチャルの側にもキャンパスが空間的に広がっている方がごく自然なのではないかと。

池谷和浩氏(以下、池谷):

コロナ禍に対処するだけであれば既存のバーチャル空間サービスを使えば良いのですが、もっと根本的なところから取り組むべきテーマなのではないか、という問題意識はありますね。

杉山:

以前から計画自体はありましたが、コロナ禍で世の中が全体的にこういった「バーチャル」を意識せざるを得なくなりましたよね。一方で「どんな場やキャンパスがいいの?」と問われると意外と分からない。ならば色々試してみよう、というところから構想がスタートしています。

――「バーチャルキャンパス」のアプローチとしてはミラーワールド、あるいはデジタルツインのように、現実のキャンパスをバーチャル上に再現するプロジェクトが散見されますが、デジタルハリウッドではどのような形態を取るのでしょうか。

杉山:

自分たちは違う手法を取ろうと思っています。例えば関東の大きな私立大学であればデジタルツインの手法を取るのも良いと思いますが、デジタルハリウッド大学は地域や場所、物理的なキャンパスに強く根ざしてはいないので、工夫する必要がありますね。北海道から沖縄まで、加えて海外からも学生が来ていますし、社会人向けのスクールはサテライトキャンパスが全国にあります。

――特定の場所やキャンパスの再現にはこだわらない。

杉山:

そうですね。今回の「バーチャルキャンパス」も特権的な場所として扱うのではなく、数あるキャンパスのひとつとして加えていこうと思っています。


(デジタルハリウッドの「スクール」の一例。デジタルハリウッド大学のキャンパスそのものは御茶ノ水にあるが、専門スクールであるデジタルハリウッドのサテライトキャンパスは全国各地に存在する)

キーワードは「インクルーシブ」

杉山:

僕たちがやろうとしていることのキーワードとして、「インクルーシブ(Inclusive)」という考え方があります。これは「多様な人がその場にいる」だけでなく、「多様な人々が自分の個性を活かしながら、他の人とコミュニケーション等のやり取りを行うことでコミュニティや集団の目的が成り立つ」流れや運動そのもののことを指すんですね。ついつい僕らも「いろんな人がいるから多様性があります」と言いがちですが、本当は「いる」だけではなく「個々人の性質を発揮しながら様々な運動がある」という姿を作らないといけない。そしてインクルーシブな状態を作るためにはバーチャルキャンパスが適していると思っています。

池谷:

物理的な距離や年齢、スキルといった違いを個々人が保持しつつ、そのうえで個性を活かしながらプロジェクトに取り組める、アクセスしやすい場としてのバーチャルキャンパスということですね。

杉山:

あくまで一例ですが、スクールに通っている社会人受講生と、御茶ノ水のキャンパスに通っている学生がオンラインでコンタクトを取り、一緒にプロジェクトを進めるようなケースが既にたくさんあります。バーチャルキャンパスであればこうした取り組みをより促進できるのではないかと。

――個々人の個性という観点では、バーチャルキャンパスでのアバターはどのような形になるのでしょうか。

杉山:

まず、アバターは「一人一体」では収まらないと思っています。みんな自分のやりたいことや表現したいことはあるでしょうし。バーチャルキャンパスは初対面の人たちが何かを一緒に始める場であると同時に、既に顔見知りになっている人たちがさらに仲良くなれる場でもあるので、アバター自体は状況に応じてシフト可能にすべきでしょう。また同じ空間を共有する都合上、共同作業の際は大きさ等をある程度の範囲に収める必要があります。ゴジラと一寸法師が一緒に作業するのは困難でしょうから。

池谷:

共同作業を行う際、各人の視線の高さやサイズ感があまりに違いすぎると困るケースはありえそうです。こういった場では機能的な差異が大きくなりすぎないよう、最少のアバターと最大のアバターの差はおよそ倍、最少が身長1メートルなら最大は2メートルくらいに留めたいですね。

杉山:

一方で服等は自由にし、自己表現したい人は自己表現できるし、没個性にしたい人は没個性にできるようにしたいです。このあたりは今後、プロトタイピングを進めていくなかでもっと掘り下げるつもりです。

「学校建築以前」に立ち返る

――バーチャルキャンパスの空間設計についてはいかがでしょうか。例えばすでに存在するリアルな路線に寄せていくのか、あるいは完全にゼロから作るのか、など。

杉山:

「どこにいる気がするか」は人の心理状態に多大な影響を与えます。僕はリアルで既に存在するものに近いほうがその気にさせる力が強いのではないか、と思うところもあります。

――リアルに近い方が「その気にさせる」可能性があるのであれば、教室や講義室のモチーフをそのまま採用することになるのでしょうか?

杉山:

アメリカの大きな大学のキャンパスのように、カフェテリアがあり、大講堂があり、小さな実験室もある、という状態を想像してもらえれば分かりやすいのではないかと思います。バーチャルキャンパスにもいろいろな場所があり、教室や講義室のモチーフをそのまま使う授業もあれば、月面や青空の下で話を聞いたり、砂漠で講義を受けたりといったケースもあるでしょうね。

池谷:

広大なキャンパスのイメージでいくと、既存のVRサービスにある「ワールド」や「インスタンス」のように、空間を切り離すのかつなげるのか、多重化するのか単一化するのかという点についても議論の余地がありそうです。

杉山:

おそらく、受ける印象や得られる体験は大きく異なるでしょう。ひとつアイディアがあるとすれば、以前「セカンドライフ」が流行った頃に「スプリューム」という日本発のよく似たサービスのことを思い出しますね。スプリュームではユーザーが作ったバーチャル空間が見える形でつながっている。別の人が作っているワールドと自分のワールドがスッと地続きになっていたんです。

池谷:

バーチャル空間をインスタンスで分割すると「つながっている」感は薄れますよね。同じ部屋だけど別の位相にいるというか。ロードのための扉や門、ワープポイントなど、空間的な切断が入ってくる場合も受け手の印象が変わりますよね。

杉山:

このあたりは僕たちもまだ分かっていない部分が多いので、いろいろな意見を聞きたいですね。「空間」でもそれが部屋なのか、建築物なのか、町のようなキャンパスなのか……といったレイヤーでそれぞれ違うわけですから。

池谷:

「学校」とか「教室」ってなんなんだろう、という根本的な話に立ち返っていく必要がありそうです。思想家のイヴァン・イリイチが「脱学校の社会」で書いていますが、受動的な学習や「教育を受ける」といったスタンス自体を解除して、自発的な学びを誘発できるような空間を作っていく必要がありますよね。ちょっと話が壮大になりますが。

杉山:

そもそも、現代的な学校の様式が生まれる以前にも人々が学ぶ場はたくさんありました。学校建築以前に戻り、「学ぶ場所とはなにか?」「学びとは何か?」をゼロから考え直すことになると思います。校舎や教室のメタファーに頼りすぎないようにしつつ考えていくことになりそうですね。

池谷:

杉山学長の言うように、古代ギリシャの“大学”は賢人と都市や道を歩きながら学びを深めていたわけですし、ある種「教室が移動している」状態だとも言えますよね。例えば教員ごとに、ポータブルな「あなたの教室」を作ってもらうことになるかもしれません。

杉山:

今日の素晴らしい建築家は「その場所に行くと、そうなってしまう」領域にまで来ていると思うんですよね。きれいな砂浜にいる少年が元気になって勝手に走り出してしまうような。建築という観点から見ていくのも非常に参考になると思います。

池谷:

生理的なものと文化的なものの双方から、そこにいる人が影響を受けるような建築や空間を作り上げていくのは道筋のひとつとしてありえそうですね。常に水を探さなくてはいけない砂漠で生きてきた人々と、水や木は周りにある一方で毒のある植物に囲まれている森で生きてきた人々が、それぞれ持つ文化的な背景は大きく異なるので、ひとつの空間や建築の方式で「すべて」に対応することは難しいかもしれませんが。

――ここまでお話を伺ってきて、このプロトタイピングは今後「空間/建築」「アバター/身体」そしてその上で走る「自発的な学びを促すシステム/教育のソフトウェア面」の三要素でそれぞれ深めていく必要がありそうです。

池谷:

「バーチャルキャンパス」プロトタイピングのための作戦会議や対談はまだまだ続くので、本質を見分けつつ、今できる範囲でプロトタイピングを行うつもりです。ダメなのであればどこがダメなのか、なぜダメなのかを分析して、“よりよく失敗する”ことを繰り返していきたいですね。

杉山:

遅かれ早かれ、どの学校も同じことを考えると思うんです。その時に事例のひとつとして役立てば嬉しいです。これからどんなプロトタイピングになるのか、自分たちでもワクワクしています。

(第二回: 空間/建築編に続く)

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(執筆・インタビュアー:水原由紀)


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