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業界動向 2018.01.29

VR映像プロデューサー・待場勝利の「VR映画の夜明け前」第2回

今から約120年前にリュミエール兄弟が撮影・映写の複合機シネマトグラフを発明し、映画が誕生したと言われています。当時初めてスクリーンに映像が投影された時、観客は皆、呆然としたそうです。馬車や車、通行人が自分に向かって進んでくる映像を大きなスクリーンで生まれて初めて見るのですから、当時の驚きは相当だったのではないかと思います。

それから長い時間をかけて映画が大きな産業になっていくわけですが、映画が誕生した時期と今のVRの状況はどこか似ていると思いませんか?

VR映像プラットフォームのVRSE(現Within)の創業者クリス・ミルクは以前からミュージックビデオやアート映像作品を作る中で、感情移入のできる映像表現を目指していました。彼はVRと出会い、VRが究極の感情移入装置になると語り、多くの革新的なVR映像を作り続けています。そんなクリス・ミルクがTED2016でこのような話をしています。

「VRは無限の可能性を秘めていますが、今どこまで進化しているのでしょう?映画技術の初期と同じ時点です。リュミエール兄弟の映画を初めて見た観客は映像の中の汽車に轢かれると錯覚し、あわてて逃げ出したそうです。この媒体の初期に起きた事と同じようにVRも単なる娯楽という枠を超え、ストーリーを伝える媒体へと進化するべきです。映像という媒体でも、映画という形が物語を語るために、最も有効な言語なのだと悟るまで長い年月を要しました。今のVRでは言語を書いているどころか、まだ文法を勉強しているようなものです。」(TED2016より)

この講演からもう2年経っていますが、状況はまだそんなに大きく変わっていない印象です。VR映像作品は発展途上で、ストーリーを伝えるための媒体への進化はまだまだ時間がかかりそうです。それは作品の作り手の進化という意味でもありますし、体験者がVR映像に対するリテラシーをまだ持っていないという意味でもあります。

今回は、ストーリーを伝える媒体へとVRを進化させようとしている映像作品を紹介したいと思います。

VR映像の現在から未来を表現した作品『Evolution Of Verse』

VR映像ポータルサイト“Within”がまだ”VRSE”だった時の初期の作品『Evolution Of Verse』は創業者のクリス・ミルク自らが製作したコンテンツです。クリス・ミルクがVRという媒体をどのように考えて、VRを使って何を表現したいか?を描いた作品ではないかと思います。

映像は目覚めのようにゆったりとしたフェードインから始まります。360度見渡すと自分が湖のど真ん中に立っていることに気づきます。まだ夜明け前の、薄暗い湖の真ん中に立っているという不思議な体験です。ゆっくりと周辺が明るくなってきて、夜明けを迎えます。夜明けと共にトンボのような生き物が自分の周りを遊んでいるように飛び回ります。そんなトンボの様子を見ていると遠くの方で、汽笛が聞こえてきます。

汽笛のする方向を見てみると煙を上げて汽車が走って来るのが見えます。ここから驚かされるのですが、その汽車が湖の水面を、水しぶきを上げながら自分に向かって走って来ます。その迫力の映像は思わず逃げ出してしまうぐらいの没入感です。きっと初めてスクリーンで汽車の映像を見た観客たちは同じ気持ちになったんだろうと思います。汽車が自分にぶつかると思った瞬間、無数の鳥に変わって飛んで行ってしまいます。

無数の鳥たちは自分の頭上をグルグル旋回しています。まるで何かを描くように飛んでいます。鳥たちの動きを追いかけていると、空からたくさんの色とりどりの紙テープのようなものが降ってきます。多くの紙テープが降り注ぐ中、自分の体が湖の上からゆっくりと中に浮いていることに気づきます。空を見上げてみるとバラバラだった紙テープが段々まとまっていき、紙テープのトンネルのような物が作られていきます。何かに導かれるかのように、自分がそのトンネルの中に吸い込まれていきます。

トンネルを抜けると宇宙空間のような場所にワープしたような感覚になります。目の前には地球と太陽のようなものが見えています。地球のような球体の裏側にゆっくりと回り込んで行くと、それは地球ではなく、眠っている胎児の頭だということに気づきます。その映像の雰囲気がスタンリー・キューブリック監督の『2001年 宇宙の旅』を彷彿とさせます。胎児は自分の存在に気づき、笑いかけ、こちらに手を差し伸べます。最後に、自分は胎児の手の中に包まれて作品は終わります。

全くセリフは無い作品ですが、クリス・ミルクの伝えたいことが360度全方位に散りばめられています。クリス・ミルクが影響を受けた映画作品をオマージュしながら、VR映画の現状と未来を描いたVR映画です。きっと色々な人が体験すると、それぞれ感じることが違うのではないかなと思います。

ニューヨークの大規模デモ行進を取り上げた作品『Vice News VR: Millions March NYC 12.13.14』

次の作品はクリス・ミルクと『マルコビッチの穴』や『her/世界で一つの彼女』などの映画を監督したことで有名なスパイク・ジョーンズが製作している『Vice News VR』を紹介したいと思います。これは2014年12月13日に黒人男性を死亡させた警察官が相次いで不起訴となったことに抗議する大規模なデモ取り上げた作品です。

作品は映像の無い黒味の状態で、多くの怒りの声が聞こえてくるところから始まります。ゆっくり映像が広がるとそこはニューヨーク市のワシントンスクエアパークで、大勢のデモ参加者の中にいます。360度どこを眺めてもデモ参加者がいて、すごい数の人たちが集まっていることがわかります。次のシーンは黒人男性2人が目の前で、大勢のデモ参加者を前に今回の事件について抗議しています。自分も他の参加者たちと同じように、その様子を傍観することになります。

その後、Vice Newsのリポーターが加わり、状況をリポートしながらデモを見ることになります。後方を見るとクリス・ミルクが色々とリポーターやカメラマンに指示をしている様子が見られます。クライマックスでは、道路の真ん中で大勢の人たちが仰向けになって抗議をしている中に入って行きます。その中の一人の女性にリポーターがインタビューをすると、女性はリポーターと自分に向かって怒りをぶつけて来ます。あまりの迫力とリアルな衝動に体験している自分はその場に居づらい気持ちになります。最後に、作品は大勢のデモ参加者と一緒にNYの夜の街を歩くシーンで終わります。

画質やスティッチの品質は良くはないです。しかし、この映像には人に訴えかける力があります。この作品は単純に目の前にあった出来事を知らせるだけの映像ではなく、アメリカが抱えている大きな問題を考えさせながら、NY市民の怒りのど真ん中に居させる作品だと思います。

ミュージックビデオを体験する『Kids』

最後の作品は、アメリカのロックバンドOneRepublicの曲『Kids』のミュージックビデオをVRで製作した作品です。

この作品の見所は全編ワンショット長回しで作られていることです。スクリーン映画の歴史の中でも記憶に残る長回しの作品が多数あります。アルフレッド・ヒッチコック監督の『ロープ』、ブライアン・デ・パルマ監督の『スネーク・アイズ』、アルフォンソ・キュアロン監督の『ゼロ・グラビティ』が有名かと思います。カット無しの長回しの撮影は監督やカメラマンの腕を試される、驚きの撮影方法と呼ばれて来ました。この作品は、ワンショット長回しで撮影するだけでなく、全編をこの手法だけで完成させています。さらに驚く点は、これを360度でやっているところです。長回しはカットせずにカメラを回し続けるため、出演者のミスがあれば、全てゼロから撮り直しとなってしまいます。出演者だけでなく、カメラマンや撮影スタッフも一瞬たりとも気が抜けません。通常の撮影と比べて、非常に緊張感のある撮影となります。スクリーン映画の長回しはフレームの中の絵づくりを考えて撮影を行いますが、360度になるとその空間全体のセット、人の動き、カメラの動き等を計算して撮影しなければなりません。まさに逃げ場のない中での撮影になるかと思います。そんな中でこの作品はボーイミーツガールをテーマにした素晴らしい作品に仕上げています。

作品は最初、男の子の部屋から始まります。体を鍛える男の子の部屋を、道路を挟んだ向かいの部屋の女の子が覗いています。その視線に気づいて部屋の隅に隠れる男の子。好きな女の子の顔も見られないドキドキした感じが伝わって来ます。そんな様子を見ていると、カメラがゆっくりと男の子の2階の部屋の窓から出て、女の子の部屋の方に移動していていきます。隠れる男の子と裏腹に、まるですぐにでも女の子のもとに飛んでいきたい男の子の心を表現していると思えるようなシーンです。

女の子の部屋に移動するとOneRepublicの音楽に合わせて踊りながら服を選んでいる女の子の様子があります。ふっと女の子が男の子の部屋に目をやるとまたカメラは動き出し、女の子の部屋の窓を出て、男の子の部屋に移動していきます。そんな10代の男女の幼い思いのやり取りや揺れる切ない想いがすれ違いながら、何度も何度も2人の部屋を行き来することで感じ取られます。そんな2人の部屋の間の広場で、OneRepublicが2人の気持ちを代弁するかのように歌っています。
すれ違いながらも少しずつ距離を縮めていく2人をワンショットと思えないような演出で見せていきます。最後は広場に100人以上の出演者が音楽に合わせて踊る中、2人がやっと出会って作品は終わります。本当に可愛らしいVR映画作品になっています。

Withinの創設者クリス・ミルクがVRにかける思い

今回、ご紹介した作品はクリス・ミルクが設立したVR動画プラットフォーム『Within』(旧VRSE)で見られる作品です。クリス・ミルクはメディアの特徴を深く考え、様々な表現を模索しています。VRに関しても今までの映像の表現方法を上手に生かしながら、彼なりの表現を形にしています。彼はVRに関してTED2015でこのようなことを言っています。

「これはゲームの周辺機器ではありません。VRは既存のメディアとは比べものにならない位深く人間同士を結びつけます。そして双方の見方を変えることができます。だからVRは本当の意味で世界を変える力を持っているのです。」

VR映像作品はまだまだ発展途上です。でもクリス・ミルクのようなクリエイターがVRを使った作品をたくさん作ることで、VR映画の夜明けが来るのもそんなに遠くは無いかもしれません。今後の彼の作品が楽しみです。

今回ご紹介させていただいた作品はiOS, Andorid, Samsung Gear VR, HTC Vive, Oculus Rift, PlayStation VRで体験することができます。

またコンテンツの詳細は下記の公式HPをご覧ください。

『Evolution Of VERSE』
https://with.in/watch/evolution-of-verse/

『Vice News VR』
https://with.in/watch/vice-news-vr-millions-march-nyc-12-13-14/

『OneRepublic – Kids』
https://with.in/watch/one-republic-kids/

※本記事の内容はあくまで私見に基づくものです。ご了承ください。


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