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業界動向 2023.10.11

Appleの新製品発表会から読む、「Vision Pro」がこれまでのVR/ARヘッドセットと根本的に違う理由

2023年9月12日、Appleは新製品発表会を開催した。筆者もリアルタイムで見ていたが、今回は新型となる「iPhone 15」シリーズがメインであり、予想通りXR(VR/AR/MR)関連の大きな発表はなかった。6月に発表された「Vision Pro」については、冒頭で「予定通り、2024年に北米で販売をスタートさせる」とコメントしたのみで、特筆すべきアップデートはない。

しかし、筆者はこの発表会を通して、AppleがXRに本格的に参入してくることの意味を、ひしひしと感じていた。少なくともAppleは「Vision Pro」に対して本気だ。ただ、そのXRへのアプローチはMetaやソニー、マイクロソフトといった、XRに参入を果たした企業とは根本的に異なっている。そしてそれゆえに、「Vision Pro」は、これまでのVR/ARデバイスとは大きく異なるものになるだろう。

いたるところに「Vision Pro」の影あり

製品としての新情報はなかったものの、Vison Proに関する言及、もしくはVision Proにつながる話は、幾度となく顔をのぞかせた。

iPhone 15 Proで対応する「空間ビデオ」撮影機能

発表会で、Vision Proの名前が登場したのはiPhone、それもハイエンドクラスである「iPhone 15 Pro」のカメラのパートだ。「これまでにないくらい高性能」といういつものプレゼンの後、「空間ビデオ(Spatial Video)」という新たな種類の動画を撮影できること、この空間ビデオはVision Proで再生するためのもであることこれまでにない没入感で出来事を記録することができること、が矢継ぎ早に語られた。6月にVision Proが発表された際にも「Vision Pro自体をカメラとして3Dビデオが撮影できる」旨は説明されており、同じ機能がiPhone15 Proにも搭載されることになるわけだ。

つまり、iPhone15 Proを使えば、Vision Pro向けのパーソナルなコンテンツがいくらでも生成できることを意味する。かつても360度カメラや180度カメラなど、VRヘッドセット用の動画撮影を行うデバイスは登場したが、「そのためだけ買う」ものが多く、主流になることはなかった。iPhoneシリーズへの搭載とVision Proは、そこに風穴を開けるかもしれない。

第2世代「AirPods Pro」USB-C版はVision Proとロスレス接続

もうひとつ、Vision Proが関連する発表が(密かに)テックメディアをざわつかせた。それは発表会ではなく、後に公開されたプレスリリースの中にあった。

今回、iPhoneはLightning端子からUSB-C端子に変更となった。「AirPods Pro(第2世代)」もUSB-Cに変更されるのだが、プレスリリースには端子の変更だけでなく、とある文言が記載されていたのだ。

MagSafe充電ケース(USB-C)付きAirPods Pro(第2世代)は、極めて低いレイテンシでのロスレスオーディオを可能にし、Apple Vision Proとともに完璧な真のワイヤレスソリューションを提供します。最新のAirPods ProとApple Vision Proに搭載されたH2チップと、画期的なワイヤレスオーディオプロトコルを組み合わせ、オーディオのレイテンシを大幅に削減したパワフルな20ビット、48kHzのロスレスオーディオを可能にします。

来年初旬に米国でApple Vision Proが発売されると、お客様は並はずれたエンターテインメント、ゲーム、FaceTime通話などで、業界で最も先進的なワイヤレスオーディオ体験を新しいAirPods Proで楽しめるようになります。

(引用元:Apple ニュースリリース

ロスレスとは「劣化しない音質」のことだ。これまでXRデバイスとワイヤレスイヤホンの組み合わせは、基本的には有線の方が品質が高いとされてきた。この課題を、Vision ProはAirPods Proと組み合わせることで解決しにかかっている。

Apple Watchの新たな操作方法「ダブルタップ」

最後に紹介するのは、発表会では最初に発表された新型Apple Watchのパート。「Apple Watch Series 9」と「Apple Watch Ultra 2」のお披露目とともに登場した「ダブルタップ」だ。

ダブルタップは、物理ボタンやディスプレイに触れずに簡単な操作を実現する。やり方はApple Watchを装着している指でジェスチャーするだけだ。

毎日のあらゆる場面で、Apple Watchの操作を一段と簡単にするのがジェスチャーです。手がふさがっている時は特に便利。電話に出るのも、通知を開くのも、音楽を再生したり一時停止するのもトントン。人差し指と親指をダブルタップするだけです。

(引用元:Apple Watch Series 9 公式サイト

Vision Proで採用されている操作方法は、「膝の上などで手や指を動かしたら、ヘッドセットから下方向についているカメラ等で動きを把握し、それを入力として取り扱う」というものだ。要するに腕を上に上げる必要がなく、座ったまま自然に操作できる。

この操作方法は、「Vision Proのカメラや手・指を遮ってはいけない」という制約が発生する。例えば、iPhoneのディスプレイの上にあるセンサーを手で覆えば、FaceIDは使えないのと同じことだ。ひょっとするとVision ProとApple Watchの「ダブルタップ」を連携させて、カメラや手・指が遮られていても操作できるようにするのかもしれない……と思わせる発表だった。

なお、この「ダブルタップ」は、指を動かす際の筋肉の動きをチェックしていると思われる。Metaは2021年、ARグラスの将来的な操作方法として「リストバンド型コントローラー」を研究中であると明らかにしていたが、これとよく似ている(参考記事)。将来的にはVision Proとセットで使うための、もっと安価なリストバンド型コントローラーが登場するかもしれない。

重要なのは「随所にVision Proが出てきたこと」

話をまとめよう。今回の新製品発表会はiPhone15 ProとAirPods Pro、そして場合によってはApple Watchといったデバイスが、今後Vision Proと大きく関わっていくことを示唆するものだった。

ここから分かるのは、Appleが「Vision Proに向けて、これまで構築してきたエコシステムを総動員する」可能性だ。それも“空間コンピューティング”向けにアップデートして。

では、Appleが有する“エコシステム”とは何か。ここでは「エコシステム」の意味を広く解釈して考えてみたい。

まずはハードウェア。Appleは現時点で日常的に使われている様々なハードウェア(スマートフォン、オーディオ、スマートウォッチ、タブレットPC、ラップトップ、デスクトップPC、スマートスピーカー、スマートホームデバイスなど)を展開し、なおかつその心臓である半導体も自社開発を進めている。

次はソフトウェア。同社のOSは、これらのハードウェアを強固かつシームレスに繋ぐ。製品ごとにカスタマイズされたOSが展開されているものの、その連動性は年々深まっている。そして、iCloudは全てのApple製品向けにストレージを提供している。

さらにApp Storeをはじめとする、各種アプリケーション/コンテンツの配信チャネルに加え、開発者やクリエイターとの関係性もそのひとつだ。Appleはその求心力を保ち続けるために、情報発信やWWDCといった場の創出も惜しみなく行っている。

これらのエコシステムが、ハードウェアをまたいで連動するユーザー体験を支えている。AirPods Proのシームレスな接続先変更には驚かされたものだし、今やApple IDが共通ならWi-Fiへの接続は1台だけで良い。おまけにiPhoneでコピーした情報はMacでペーストできる。

Vision Proという新しいコンピューティングデバイスを世に送り出すにあたり、Appleはこれまで構築したハードウェア・ソフトウェアを総合的に連動させてくるだろう。シームレスかつストレスの少ないユーザー体験を、様々な製品との連携を通して提供してくるはずだ。これまでのApple製品がそうであったように。

総合力で仕掛けるAppleは、XRの“台風の目”になる

これまでにもVR/ARデバイスは数多く登場しているが、Appleほどハードウェア同士を連動することに長けたメーカーはいなかった。

MetaはSNSと技術の企業であり、ハードウェア「Meta Quest」シリーズや、各種アプリを含むコンテンツはほぼゼロからの構築を試みている。Googleはスマートフォン「Pixel」シリーズを中心に自社のエコシステムを形成し、Appleに追いつこうとしているが、その差はまだ大きい(「Google Play」はもちろん巨大だが)。マイクロソフトはOSレベルでは強いが、Windows Phoneの失敗を経てハードウェアがPC向けに偏っているし、ユーザー体験をデザインする力は強いとは言えない。

今回の発表会ではわずかな“予兆”が見えただけだったが、今後さらにAppleのエコシステムを総動員するための準備が進んでいくと思われる。Vision Proはデバイス単体の評価も高い。そこにAppleの総合力が組み合わさることで、他の追随を許さないデバイスになる可能性がある。そしてこれが業界の台風の目になることは間違いなく、ちょっとした動向からも目が離せないのだ。

2023/10/11 23:40 ロスレスに関して言葉の定義に誤りがあったため修正しています。


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