2016年以降、毎年新たなVRヘッドセットが登場している。徐々に性能は向上し、使い勝手も改善してきた。企業やブランドによって方向性の違いこそあれど、解像度の向上は間違いない進化の方向性だ。人間の目の解像度は片目8Kとも、あるいは16Kとも言われているが、2021年4月現在のVRヘッドセットの多くは片目2K(=両目4K)前後。理想の解像度にはまだ遠い。
フィンランドのハードウェアメーカーVarjo(ヴァルヨ)が挑もうとしているのは、“人の目レベルの解像度”を実現し、さらにヘッドセットのフロントカメラを通してARさえも実現する、究極のMRヘッドセットだ。Varjoは超高解像度VRヘッドセット「VRシリーズ」を2018年に発売し、2019年からはAR機能を備えている上位モデル「XRシリーズ」を展開。2020年末に、それぞれ最新機種となる「VR-3」と「XR-3」を発表した。
(「Varjo XR-3」。なお、Varjoの「XR-1」の次はすぐ「XR-3」で、「XR-2」は存在しない幻のナンバーとなった)
今回、筆者は日本国内の代理店であるエルザジャパンのオフィスで「XR-3」を体験することができた。本記事では、そのレポートをお伝えする。
よりスリムに、より軽く
Varjoのデバイスは高い性能を有しているが、他方で他社のVRヘッドセットよりもかなり重たくなっている。前世代機であるXR-1はヘッドセット本体だけで約1kg(1065g)。しかし、今回のXR-3は594gと劇的な軽量化を遂げた。「Oculus Quest 2」ほどではないものの、十分小さく軽くなっており、装着前の「大きいな……」という心理的抵抗はかなり減った。
もちろん、これでもまだ「軽い」とは言えないのだが、1,2年でここまで改善できるのであれば今後の軽量化にも期待できる。
頭に固定するヘッドバンドにも軽量化が施されている。頭に固定するダイヤルは後頭部と側頭部、前頭部の3箇所にあり、装着時には少し時間がかかる反面フィット感は抜群に。頭を傾けたり、激しく動かしても負担がかかりにくく、ずれにくい設計となった。
(Varjo製のヘッドセットは前面にメタリックなパネルを使用している)
増えた「目」とハンドトラッキングモジュール
XR-3で大きく変更が加えられたのは、重量や装着感だけではない。ヘッドセットの前面に並ぶ、「目」とも言うべきカメラもそのひとつだ。これまでは左右の目に相当する2基のカメラが並んでいたが、さらにLiDARセンサーとRGBカメラが加わり、大きな目の中に3つの小さな目が光る。さらに、左右の目の間には“第3の目”とも言うべきカメラとセンサーが搭載されている。これはUltraleap社のハンドトラッキングモジュールであり、体験者の手の動きを認識する。
(左がXR-3、右がXR-1。前面の比較。サイズが一回り小さくなり、“目”が増えた)
(左がXR-3、右がXR-1。上から比較。側頭部のヘッドバンドが簡易式になり、額に当たる前頭部の固定ダイヤルが追加されている)
なお上から見ると分かるのだが、小型化の課題でもある排熱のための機構が備わっている。そのファンの音は率直に言ってかなり大きく、体験時に使用していたPCに搭載されているファンと変わらないほどだった。
さらに改善された「人の目レベル」の解像度
Varjoのデバイスは「人の目レベル」を謳っているだけあり、非常に美麗な見え方が実現している。そのカラクリは中心部に超高精細なマイクロディスプレイ「Bionic Display」を配置し、その奥には通常のVRヘッドセットでも使用されているディスプレイを配置することで、視界の中心の解像度だけを人の目レベルで実現してしまうというもの。筆者は初めてVarjoのデバイスを体験したときにその解像度の高さに度肝を抜かれ、デモの体験中、興奮が抑えられなかったことを今でも覚えている。
さてXR-3では、さらに進化した体験が待ち構えていた。以前XR-1やVR-1で見たことのあるデモを再度見たが、どのシーンもより美しく、そして何よりくっきりと見える。特にUnityの操作画面などの小さな文字が容易に読めるのは、まるでVRではなく現実のディスプレイを見ているのと同じ。「人の目レベル」を実現している証拠とも言える。
同じ「人の目レベル」のはずなのに、何が進化したのか? 実体験に加えて以下のスペック表から紐解いてみよう。
XR-1 |
XR-3 |
|
中心視野 |
1920×1080 マイクロ有機LED |
1920 × 1920 マイクロ有機LED |
周辺視野 |
1440×1600 OLED |
2880 × 2720 LCD |
このスペック表から分かるのは、中心ディスプレイが縦方向に2倍近く広くなっていること。そして、周辺のディスプレイの解像度が格段に向上していることだ。後述するように、視野角が広がっているので単純な掛け算で言うことは憚られるが、ピクセルの数という意味で解像度は3倍以上に改善している。視野角も前世代機の87度から大幅改善、115度に。描画頻度を示すリフレッシュレートは60Hzと90Hzのフリッカーフリーから、常時90Hzになった。
解像度と視野角が向上した結果、カメラ越しに現実空間が現れる「ARモード」はさらに自然な体験が実現している。ビデオパススルーの精度はさらに向上し、遅延は20ミリ秒以下。さらに、XR-3ではフォービエイデッド・レンダリングが実装されており、PCの処理負荷を抑えながら高解像度での描画が実現している。このフォービエイデッド・レンダリングはアイトラッキングを使用することで、「人が見ている視野の中心部分だけを高解像度で見せる」技術だ。さすがにBionic Displayが動くわけではないが……。200Hzという高い頻度で眼球の動きを認識しているので、体験中も気づきにくい。稀にだが、XR-3を体験中に眼球を動かすと、自分が目を向けている場所の解像度が高くなることが分かる。
アイトラッキングはこのフォービエイデッド・レンダリング以外でも活躍している。快適な体験に必須なIPD(瞳孔間距離)調整は一瞬で終わるし、ユーザーがどこを見ているかという視線データを取得することもできる。
新たに搭載されたセンサー群が生み出す「全く新しい体験」
これまで筆者はVarjoのデバイスに毎回驚かされてきた。2018年にVR-1でその超高解像度なVR体験に驚き、2019年にXR-1で超高解像度+自然なビデオパススルーで実現したAR体験にふたたび驚き、そして2021年、みたび驚かされることになったのである。
ここまでXR-3の「解像度」や「見え方」にフォーカスしてきたが、これはXR-3の“半分”にすぎない。筆者が驚かされたのは、今回搭載されたLiDAR、そしてRGBカメラが生み出す“もう半分”だ。
これらのセンサーは、点群や空間の深度(奥行き)測定のために使われる。リアルタイムで点群を取得、現実にあるものの構造を認識し、表示するために搭載されている。そしてヘッドセットの装着者は、そのマッピングされた点群データをリアルタイムに見ることができるし、共有もできる。VRモードでは点群だけで構成された空間が、ARモードでは点群と現実を合成された空間が実現する。
筆者は今回、初めて「リアルタイムで生成される点群空間にいる」という体験をした。この体験は、現実空間の3Dコピーが再構築されていくのをリアルタイム体験できるということだ。
VRモードで点群を生成して見ている様子、人も構造として取得する。動くと数秒のラグを伴って点群が変化する)
(ARモードでの様子。人が動くと一時的に過去の像が残り、まるで分身が残ったような状態に)
従来の点群データは専用の計器で測定し、その膨大なデータを別途処理して使うものだが、XR-3では点群データを測定し、その場で見ることができてしまう。それもVRやARなどのウェアラブルデバイスで。描画の関係で同時に表示できる点の数は数千に限られるし、現実の動きに対しての遅延もあることから、まだ実験的な機能のようにも感じられる。だが、これまでできなかったことができるようになったという確かな感触がある。
なお、前面中央にあるハンドトラッキングセンサーはかつてLeap Motionで知られたUltraleapの最新のセンサーが使われている。マイクロソフトのHoloLens 2のように、手の平をかざしてメニューを表示する、ボタンを指で突っついて押す……といった直感的な操作が高精度で実現している。
価格は下ったようで、実は……?
前世代機と比べても圧倒的に改善したXR-3だが、価格体系が変更されている。これが話を聴くとなかなか厄介で、使い勝手にも影響するため注意が必要だ。
発表されたときの価格は、5,495ドル(約57万円)プラス年1,500ドルのサブスクリプション。これをもう少し紐解くと、導入時コストは「本体価格(5,495ドル)」と「ソフトウェアライセンスのサブスク」である。サブスクは最低1~3年となっており、1年契約が1,495ドル、2年が2,795ドル、3年で3,795ドルとなる。当然だが1年のサブスクを購入して2年目以降も使うためにはライセンスの更新が必要だ。
上記を総合すると、導入コストは最低でも6,990ドルから。その後も15万円以上のランニングコストがかかる。3年ライセンスにした場合は、導入コストは9,290ドルと前世代機XR-1(=9,995ドル)と近い。
本体価格だけを見ると半額に下がったようだが、イニシャルでも3分の2程度、数年使えばトータルコストはあまり変わらない、というのが実際のところのようだ。
さらにVarjoは1つのライセンスにつき、1台のデバイスが使用可能となる。そのため、同時に複数台のXR-3を動かす場合は、ライセンスも複数必要ということを意味する。このライセンス管理はVarjoのWebサイト「Varjo Portal」で行なわれる。つまりライセンス認証を行うためにはインターネット接続が必要。インターネット環境のないところで使うための買い切りライセンス「Varjo XR-3 Unlock Key」が用意されているが、こちらの価格も3年サブスク並の価格とのことで、トータルコストは変わらないようだ。そして、買い切りライセンスの場合は個別のデバイスに紐付いたものになってしまう。
サブスクションモデルに移行したことをどう捉えるかは難しい。イニシャルコストの高さがサブスクで若干軽減したため、Varjoのデバイスの導入を想定している企業での購入がしやすくなることを狙っているとも考えられる。価格体系が複雑になったことで管理がしづらくなった感は否めないが……。
なお、ヘッドセットの性能は現実をセンシングするカメラやセンサー類がないだけで、VR-3も同じだ。価格等は異なるがサブスクリプションは相変わらず存在する。
環境を整えるにも相応のコストが必要となる。今回、XR-3を体験したPCは、ワークステーション向けのGPUの中では最高峰のNVIDIA RTX A6000を搭載したデスクトップPCだった。コンシューマー向けのGPUではRTX 3090とCUDAコアの数は変わらず、メモリは48GBと2倍だ。確かに点群を含めた全てのデモで90fpsで動作しており、体験は快適そのもの。代理店を務めるエルザジャパンの担当者によると、今後動作確認したPCも合わせて販売するとのことだ。
コンテンツの粗が気になるほどの超高解像度
価格や使い回しの部分では懸念があるものの、デバイスの体験自体は非常に良く、正統進化、いやLiDARの搭載を含めると大幅な進化を遂げているとも言える。
デバイスが非常に良くなった一方で、気になるのはコンテンツの出来だ。現実と同じだけ高精細にVRを体験できるということは、それに耐えうる3DCGを作らなければいけないことを意味する。今回体験したデモの中には、Unityで作られた3DCGの家を見て回るバーチャルモデルルーム的なコンテンツがあり、グラフィッククオリティがかなり高かったが、それでも光の加減や降っている雨の雨粒の表現などが気になってしまった。逆に、屋内の様子をフォトグラメトリーで再現した実写コンテンツではまさにその実写のテクスチャがあますところなく見えたため、極めて高い没入感を得ることができた。作り込まなければならない3DCGのコンテンツは、いかに違和感を感じさせないかがポイントになるだろう。
XR-3はまだまだ産業用のデバイスではあるが、ライゾマティクスによる「Border 2021」で前世代機XR-1が使用されるなど、エンターテイメントの用途でも少しずつ使われ始めている。今後の展開が楽しみなデバイスだ。