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業界動向 2019.03.05

圧倒的な超高解像度VR、ライバルは“意外な巨人”? Varjo体験レポ&CEOインタビュー

フィンランドのVRスタートアップ・Varjo(ヴァルヨ/ワルヨ)は、2019年2月にPC接続型のVRヘッドセットVR-1を発売しました。VR-1は同社の独自技術を用いており、従来のVRヘッドセット(HTC VIVE ProやOculus Rift等)の約20倍の解像度を実現、人間の目と同等レベルの解像度でVRを体験できるヘッドセットです。

Mogura VR Newsは2月末にバルセロナで開催されたMWC(Mobile World Congress)にて、このVR-1による“人の目レベル”のVRを体験。同時に、Varjo社CEOであるニコ・エイデン(Niko Eiden)氏に話をうかがいました。


(Varjo社のVR-1。VRヘッドセット単体での販売となっており、HTC VIVEやVIVE Proのコントローラー、ベースステーションを組み合わせて使用する)

生まれて初めて体験する“人の目レベル”VRの衝撃

VR-1は通常のVRヘッドセットと異なり、2種類のOLED(有機EL)ディスプレイを使用しています。視野のちょうど中心にあたる場所に超高解像度のマイクロディスプレイを、周辺には1440×1600の低解像度(VIVE Pro相当のディスプレイ)のディスプレイを配置。マイクロディスプレイにより、視界の中心約30度程度が超高解像度で見える仕組みです。

重量の公称値はヘッドバンド抜きで605gと、VRヘッドセットの中では重め。手で持たせてもらったところ、ディスプレイ部分に仕掛けがあるからか、特に前方部分はずっしりと重い感覚がありました。


(他のVRヘッドセットと同じように、後頭部のトグルを回転させて固定するタイプだ)

筆者が体験したデモは4つのシーンに分かれていました。CGのシーンは2つです。

1つ目は、航空管制室から空港の様子を眺めるデモでした。眼の前の操作盤に映る細かな文字がくっきりと見えるほか、滑走路に向かって移動している遠くの航空機に顔を向けると、その情報がVR上に表示されます。これはVR-1に搭載されているアイトラッキング(視線追跡)機能を使っており、眼の動きに合わせて情報が表示されていきます。アイトラッキングは操作と、体験者の行動分析に使用されているとのこと。

2つ目は、フライトシミュレーターのように航空機のコックピットを体験するデモ。計器の一つ一つに顔を向けると、それぞれの形状がリアルに見えます。

いずれも中心の高解像度の部分は非常にくっきりと表示され、これまで体験したどのVRヘッドセットよりも綺麗に・細部まで見えるものでした。


(参考画像:Varjoの公式サイトより。左がVIVE Pro、右がVR-1のイメージ図)

実写のデモは同じく2つのシーンが用意されていましたが、筆者はCGデモ以上の衝撃を受けました。

1つ目は、書斎のような散らかった家の中を体験するもの。遠くにある本棚に入った本の背表紙が文字まではっきりと見えるほか、天井から吊り下げられている電灯の金属の紋様も非常によく見えます。

2つ目は、工具が沢山置いてある車の修理工場のシーンでした。こちらも、重なり合っている工具の一つ一つ、置いてある自転車の錆の浮き具合まで見えるほど。

なぜ、筆者はCGよりも実写に衝撃を受けたのか。それは高解像度で見ている部分があまりに“現実”そのものの見え方だったからです。この実写デモは、多数の写真を撮影することで現実さながらの3DCG空間を再現する、「フォトグラメトリー」という手法を使って構築・制作されています。もしCGでフォトグラメトリーと同じレベルのリアルな見え方を実現するのであれば、リアルタイムでレンダリング(描画)されるCGのクオリティを実写レベルまで作り込まなければいけません。したがって、CGを用いたデモはCGのクオリティを限界まで高めてそれを見せるのではなく、「情報を表示する」「細かいものの細部を見せる」ことに特化していました。ゆえに実写デモを体験した際、「ディスプレイを通して見る世界が、あまりに現実そのものである」ことに衝撃を受けたのです。

「窓枠」のように見える、2つのディスプレイの境界線

標榜する通りの超高解像度は素晴らしいものでした。一方でVR-1は2つのディスプレイの境界線、つまり視野角30度程度の箇所が、まるで覗き窓のように見える点が気になってしまいます。中心部と周辺部だけで20倍の解像度の差があるため、境界はある程度馴染むように2枚のディスプレイが組み合わせられていますが、どうしても「落差がある」ように感じられてしまうのです。


(見え方のイメージ図。撮影した写真を、赤枠で囲った場所は解像度そのまま、それ以外は低解像度に加工したもの。どうしても赤枠の内外で大きな違いが生まれてしまう)

それゆえ、超高解像度それ自体は素晴らしいものの、虫眼鏡を使っているような感覚に陥ることもしばしばありました。高解像度部分の面積をさらに広げることはVarjoの次の課題であり、同社CEO、ニコ・エイデン氏も「高解像度部分の面積拡大については、まさにこれから取り組まなければいけないことだ」としています。

Varjoが見据えている未来は“VRではない”?

今回発売されたVR-1は、視野角でおよそ30度程度の部分を超高解像度化しています。エイデン氏はVR-1について、「最初のモデルであり、始まりにすぎない」と語りました。

実は、Varjoの最終目標は「人の目レベルのVR」とは異なるところにあります。

かつてエイデン氏らは、フィンランドに拠点をおく通信企業・ノキアの研究開発チームに所属していました。ノキアでは2006年から2007年にかけてMR(複合現実/Mixed Reality)に関する研究開発を行っていた、とエイデン氏。2008年の北京五輪に向けてデバイス開発を進めていたそうです。(MRについての参考記事:これで分かる!VR、AR、MRの違いとは?)しかし、ノキアでは結局ユースケースを見いだせず、アプリケーションが作られることもありませんでした。

なお、ノキアのMR技術は、2013年に同社がマイクロソフトに買収された後、MRデバイス「HoloLens」として陽の目を見ることになります。エイデン氏いわく、「2009年にマイクロソフトのアレックス・キップマン氏(※)にもこの技術を見せたところ。とても興味を持っていた。これがHoloLensに繋がった」とのこと。

(※アレックス・キップマン……「HoloLensの生みの親」として知られる、マイクロソフトのテクニカルフェロー)


(2016年に発売されたMRデバイス・HoloLens。MWCでは次世代機HoloLens 2も発表された)

その後エイデン氏はビデオシースルー型のARヘッドセットに可能性を見出し、自分たちでMRの実現に取り組みはじめました。これが2016年夏に立ち上げられたVarjoの始まりであり、彼らのゴールは最高のMRの実現にあるのです。

Varjoの考えるMRはHoloLensのように透過型のヘッドセットで実現するものではありません。VRヘッドセットに搭載したカメラやセンサーを使い、現実をVRヘッドセットの中で映し出して見る、ビデオシースルー型の機構でMRを実現するとしています。エイデン氏は「透過型では光の表現に限界があり、暗くすることができない。ビデオシースルーならば視界全てをコントロールすることができる」と語りました。

 

HoloLens(マイクロソフト)

VR-1(Varjo)

目指すデバイス

透過型

ビデオシースルー型

MRの実現方法

現実に情報を重ねる

現実“の映像”に情報を重ねる

完璧なビデオシースルーを実現するための「人の目レベル」

ビデオシースルー型のMRを追求する過程で、彼らがまず求めたのは「壁にかかった4Kのテレビを見ることすら見ることができる、人の目レベルの解像度」のVRを実現すること。VIVE ProなどのVRヘッドセットでも、ビデオシースルーで外界の様子を見ることはできますが、どうしても解像度は大きく落ちるうえ、少なくない表示の遅延があります。

Varjoが取り組んでいるのは完璧なビデオシースルーの実現。現実そのままの解像度で外界を見ることができ、遅延を極限まで減らす技術を目指しています。

2017年夏には2枚のディスプレイの組み合わせが確立し、当初は視線に合わせて高解像度の箇所を動かすことも考えていたものの、「現在の方式(Fixed Foveated Rendering)でも評価が得られたため、製品化を優先した」と語るエイデン氏。やがてVR-1のプロジェクトが開始され、ヘッドセットのプロトタイプを3Dプリンターで100以上制作、スクラップ・アンド・ビルドを延々と繰り返したとのこと。「私たちはVR-1で妥協をしたくありませんでした。ケーブルは他のVRヘッドセットの2倍近い10mあります」。

その記念すべき第1弾が「人の目レベル」を実現したVR-1であり、今後2019年末までに発売するとしている「MRモジュール」です。MRモジュールはVarjoが日本企業のソシオネクストと提携して開発を進めています(合わせて読みたい:超解像度VRのVarjo、日本企業と提携 AR/VR両対応デバイスの開発へ)。

そこで解消したいのは遅延。「遅延は現在、50ms(ミリ秒)まで減らした。MRモジュールが出たら、とても面白いことになる」とエイデン氏は語ります。


(VarjoのCEOであるニコ・エイデン氏。MWC2019にて)

話をVR-1の視野角に戻しましょう。現在のマイクロディスプレイの視野角は30度程度。「HoloLens(初代)と同じ程度の視野角」とエイデン氏が語るように、VarjoのVR-1はMRデバイスであることを前提に、まずはその競合機となるHoloLensの視野角を意識していたようです。

一方のマイクロソフトはMWCで「HoloLens 2」を発表し、視野角を広げました。また、同様に透過型のMRを目指すMagic Leap社の「Magic Leap One」も、HoloLens 2と同程度の視野角を実現しています。「さらに広がることは間違いない。VR-1はまだ最初の製品だ」と語るエイデン氏。Varjoが超高解像度の領域をさらに広げることを計画しているのは、当然のことと言えるでしょう。

「私たちは巨人に立ち向かわなければならない」

Varjoのチームにはビジネス寄りのメンバーと技術者、デザインチームがバランスよく存在しています。圧倒的な高性能を追求し、「人の目レベル」というキャッチフレーズなどを使いながら効果的なブランド構築ができていると語るエイデン氏。「宣伝には(効果の割に)費用はかけていない。多くの人がVarjoを知ってくれている」と、認知度の広がりにはかなり満足している様子です。

次のステップについて尋ねてみたところ「産業において、VRヘッドセットは事前確認やレビューに使われている。今後はソフトウェアとの統合を進め、机の上に常にVRヘッドセットを置き、日常的に装着して使われるようにしたい。より装着感も改善しなければいけない。そこにディスプレイの改善も含まれます」と語ります。実際にVarjoはCADソフトを提供する企業・Autodesk等との提携を進めています。

VR-1は現在6,000ドルと法人向けにのみ提供されています。コンシューマー版の可能性については、「数量が出るようになれば下がっていくが、まだその段階ではない」と話します。

Varjoには現在110名の従業員が在籍しており、エイデン氏は「さらにチームを大きくしていく」と語ります。「私たちの競合は、ハードウェア開発に取り組む巨人ばかりです。彼らに対抗しなければいけない。しかし、ハイクオリティなVRとARを同時に一つのデバイスで実現できるのはVarjoのデバイスだけだ」。複数の巨大企業が名を連ねる、MRデバイス開発競争へ果敢に挑むエイデン氏。その双眸は、VRのさらに遠くを見つめているようです。

(参考)Varjo


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