2019年9月12日~15日の4日間に渡って開催された「東京ゲームショウ2019」。その2日目となる13日に、「TGSフォーラム2019」の専門セッション「スタンドアローン型HMDはVRマーケットの起爆剤となるか?」が開催されました。
本セッションは2部構成。前半ではOculus コンテンツエコシステム ディレクターのクリス・プルエット氏によって、スタンドアローン型VR HMD「Oculus Quest」についてのプレゼンテーションが行われました。そして後半では、スタンドアローン型HMDによるVRの可能性について、パネルディスカッションが行われました。
本記事は前半のレポートとなります。
「ゲーム機のようなVR端末」を目指して作られたOculus Quest
前述の通り、まずはクリス・プルエット氏によってOculus Questについてのプレゼンテーションが行われました。
プルエット氏がOculusに入社したのは約5年前です。当時のOculusは「DK2」と呼ばれるOculus Riftの開発者用キットを販売しており、一般向けの製品としてはまだ完成していませんでした。そこから5年間の間にOculusは、大きく分けて2種類の製品を発売しています。
一方はOculus Goや、サムスンから発売されたGear VRのように、モバイル端末がベースとなった製品です。そしてもう一方は、Oculus Riftやその後継機種であるOculus Rift Sのように、HMDを有線でPCと接続して、よりクオリティの高いVR体験を得られるシステムです。
プルエット氏によると、この2種類の端末はユーザー層が異なっているそうです。Oculus RiftはすでにハイスペックなPCを持っているユーザーが購入する、ゲーマー向けの商品です。それに対してOculus Goは、新しい技術に別に興味がないような人でも気軽にアクセスしやすいVR端末で、ゲームよりもVRで動画を楽しんだりする層に人気がある、とのこと。
さらにこの2種類では、使用する際のユーザーの行動も異なります。Oculus Riftのユーザーは利用する時間も、ストアで消費する金額も多い反面、その人数は限られています。一方で、Oculus Goのようなモバイル系の端末を使用する層は、Riftのユーザーに比べて利用時間も消費金額も少ない代わりに、全体の人数はRiftのユーザーよりもずっと多くなっています。
「Facebookという会社は、テストをしなければ信頼しない」とプルエット氏。Oculusにとって、この2種類のスタイルの製品を並行して販売したのはある意味、どちらのユーザー層が大事かという実験だと言えるそうです。そして、数年かけてデータを集めた結果、分かったのは「両方必要」とのこと。この時、会場からは笑い声が起こりましたが、プルエット氏は「当たり前の結論かもしれないけれど、Facbookではそれを自分で確認しなければいけない」と強調していました。
Oculusでは、数年をかけてユーザーのデータを集めたことで、他にもいろいろなことが分かったそうです。なかでも興味深いのは「3DoFよりも6DoFのほうが、プレイ時間も消費金額も多くなる」という点です。プルエット氏はこれについて、6DoFのほうがプレイ感覚がより快適だからではないかと分析しており、将来的にはすべてのVR端末が6DoFでないといけないのではないか、と語っていました。
さらに、北米を中心に多数のユーザーに話を聞いたところ、現時点でのVRの使い道は「ゲーム」であるとの意見がもっとも多かったそうです。挙げられるゲームの種類自体は、アクションからストーリー性の強いものまでいろいろですが、とにかくよく挙がるのがゲームなのだとか。
その次に多い意見は「VRで旅をしたい」というもの。ですが、これについてもOculus側の想定と、ユーザーの声は微妙に食い違っていたそうです。Oculusとしては海外旅行のようなものを考えていたそうですが、実際にユーザーから返ってきた答えは「宇宙に行きたい」「火山に行きたい」「ホグワーツに行きたい」といった、現実には絶対に行けない場所を訪れたいという声が多かったとのこと。プルエット氏は「これもある意味、旅行ではなくゲームなのでは」と分析していました。
さらに興味深いのは、ゲーマーの所有ハードに関する分析です。プルエット氏によると、PCゲーマーの多くは、PCだけでなくコンシューマゲーム機も所有しており、PCだけしか持っていないというのは少数です。その一方で、コンシューマゲーム機を持っている人の多くは、ゲームがプレイできるようなハイスペックなPCを所有していないそうです。
こうした情報を集めた結果、「ゲーム機のようなVR端末を作れば、ほとんどの人がお客さんになるのではないか」とプルエット氏。そこから生まれたのが、Oculus Questだそうです。
Oculus Questのオンラインストアは、誰もが安心して購入できる場所にしたい
上記の分析から生まれたOculus Questは、以下のような特徴を持っています。
1. スタンドアローンで動作する端末であり、PCに有線接続する必要はまったくない
2. 6DoFに対応している
3. 「Oculus Insight」と呼ばれるトラッキング機能によって、かなり広い環境を自由に歩き回ることができ、さらにVR内で自分の手が表示される
そしてOculus Questでは、ユーザーから聞いた意見でもう1つ重視している点があります。それは「ストアを開いてもどのソフトを買えばいいのかわからない」というものです。
Oculus Questのローンチ時に代表的な作品として、北米の広告などでもアピールされた「Beat Saber」や「Moss」は、いずれもVR専用に開発されたゲームであり、初めてVRを遊ぶ人にとっては聞いたことのないタイトルです。そのためユーザーとしてはどれを買えばいいのか分からず、なかにはそのことに対して恐怖を覚える人もいる、とプルエット氏。
そこでOculus Questでは、Oculusが審査してクオリティが高いと認めたタイトルしか、ストアに掲載しないというポリシーを新たに適用しているとのこと。この意図についてプルエット氏は「聞いたことのないタイトルでも安心して購入できるストアにしたい」と語りました。その人の興味には合っていないものはあるかもしれないが、上手く作られていないコンテンツはないようにすることで、お客さんの恐怖がなくなって、消費金額が上がるのではないかとのこと。
ただし、Oculusに入社する以前はゲーム業界のプログラマーだったというプルエット氏は、「すでに完成したソフトをストアに載せようとして断られるのは、けっこう厳しいこと」とも語っています。そこでプルエット氏としては、ゲームの開発を開始する前に、自分たちの作りたいものを3ページぐらいの企画書にまとめて、Oculusに送ってほしいと語っていました。そうすれば、Oculus Questのユーザーに向いていないものは、開発資金を投じる前にフィードバックできるそうです。また企画書を審査した結果、Oculus Questのユーザーにとって有り難いタイトルであれば、Oculusによる技術サポートや、マーケティングのサポートも提供できるとのこと。
さらに、Oculus Questでソフトを発売する際には、8週間程度の本格的なQA(品質保証)が行われますが、このQAのコストもOculusが負担するそうです。これも「お客さんが後悔しないストアにしたい」からだと、プルエット氏は語っていました。
Oculusの戦略にとって日本は「無視してはいけない国」である
2019年5月に発売されたOculus Questは、発売からまだ数カ月しか経っていませんが、プルエット氏によると「作っているスピードで売り切れている」とのこと。しかも「お客さんのウケがすごく良い」そうです。現在のコンテンツは、もともとOculus Rift用に開発されたものをQuestにも対応させたものが多いのですが、2020年にはOculus Quest専用に開発されたゲームが登場するため、タイトルのクオリティはさらに向上するとのこと。
Oculus Questが発売されたことで、現在のOculusの製品ラインナップは以前の2種類から、3種類に変化しています。まず、誰でも最初の端末として動画などを楽しめるOculus Go、次に最高のクオリティの経験を楽しみたい超PCゲーマー向けのOculus Rift S、そして一般的なゲーマーが自分の好きなゲームを遊ぶことのできるOculus Questです。
さて、ここまでは主にアメリカの状況についてですが、日本では現在、オンラインストアでOculus Questを購入することができるものの、日本の小売店ではまだ販売が行われていません。プルエット氏によるとその理由としては、基本的なインターフェースこそ一応、日本語になってはいるものの、日本語入力の機能がまだないなど、日本で正式に販売するにはまだ物足りないところがあるからだそうです。
「にもかかわらず、Oculus Questは日本での売り上げがすごく良い」とプルエット氏。ちなみにこれは、同じスタンドアローンVR端末であるOculus Goでも同様です。この売れ行きを見たOculusでは、同社の戦略にとって「日本は無視してはいけない国だ」と考えられているそうです。
そこで今後、Oculus Questを日本に本格的に登場させるのであれば、まず最初のステップとして、日本の開発者がより簡単にOculus Questのソフトを制作できる環境が必要だ、とプルエット氏。「私たちの開発ドキュメンテーションは今は英語ですが、これを2019年内に全部、日本語に翻訳したい」と、プルエット氏は語りました。また、9月25~26日にサンノゼで開催されるOculus Connectの様子は、インターネットでライブ中継されるだけでなく、後でYouTubeにアップされて、その際には日本語字幕も用意されるとのことです。
「日本で開発されたゲームは世界中で売れる」とプルエット氏。日本でしか実現できないようなゲームがたくさん存在しているので、Oculusでは日本の開発者を広く募集しているそうです。「まずは3ページのドキュメントでソフトの基本情報を送ってもらえると有り難い」というプルエット氏は、「すべてのコンセプトが通るとは限らないが、Oculus Questに日本人のソフトが増えればすごく嬉しい」と語って、プレゼンテーションを締めくくりました。