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業界動向 2022.10.24

Snapchatは単なるSNSや写真アプリではなく、「クリエイティビティを促進するカメラアプリ」だ——Snap日本法人代表・長谷川氏インタビュー

全世界で毎日3億4700万人ものユーザーが利用している、スマートフォン向けアプリ「Snapchat(スナップチャット)」。ユーザー自らがクリエイターとなってARコンテンツやレンズを作れる「Lens Studio」を提供、メガネ型デバイス「Spectacles」の最新型ではARに対応するなど、以前から「リアリティ」方面への進出を加速させている。

折しも2022年3月、Snap日本法人オフィスが設立。日本国内向けの展開を加速することになったが、ではなぜ“今”なのか。今回はSnap日本法人の代表を務める長谷川倫也氏に、日本展開を加速させる理由やSnapchatそのものの思想について訊いた。

長谷川倫也 / Toshiya Hasegawa
Snap日本法人代表。ソニー株式会社でソフトウェアエンジニアとしてキャリアをスタートし、2013年にAmazon Japan入社、日本におけるビデオサービス(現Prime Video)の立ち上げにコンテンツ・オペレーション統括として参画する。その後モバイルショッピングのプロダクトマネージャーを歴任。2017年にFacebook Japan入社、グロース責任者としてFacebookやInstagramの成長を推進。2021年8月より現職。

Snapchatは「SNS疲れに対する処方箋」

——単刀直入な質問ですが、Snapchatは、なぜ、“今”日本における展開を強化することにしたのでしょうか?

長谷川: 
理由はいくつかありますが、日本にはかなりチャンスがあると考えていることが大きいです。グローバルではたくさんのユーザーがいるけれど、日本ではいまひとつなサービスはいくつかありますし、一般的にはSnapchatもそのひとつに含まれます。フランスやアメリカ、インドに比べると、日本におけるSnapchatの浸透率はまだまだ低い。しかしマーケットにフィットしていないから流行っていないのではなく、むしろ日本にすごくマッチしたサービスではないかと思っています。

——「日本にフィットする」という部分について詳しく教えていただけますか?

長谷川:
「なぜ日本にフィットしているのか?」という部分については、「裏アカウント」「鍵アカウント」のような、いわゆる複数アカウントの概念を通すと分かりやすくなるのではないかと思います。日本では自分を出す場所をいくつにも分けたり、あるいは特定の側面を見せたり見せなかったりといった形で、クローズドなコミュニケーションの場を複数作っていくことが多いように思います。特にコロナ禍では、外食中、あるいは外出中の写真をアップロードすると後ろ指をさされるようなこともありましたから、「この人(たち)だけに見せたい」といったようなSNSの使い分けをされていた方も、たくさんいたのではないでしょうか。

この「サブアカウント」において運用されているような、ローカル、あるいはコミュニティ的なものこそSnapchatの世界観です。アカウントを複数作るぐらいなら、Snapchatでパーソナルなコミュニケーションをすればいいんじゃないかと。自分が気の許せる仲間でワイワイ盛り上がる。最初からそのようにデザインされているSnapchatは、日本でもフィットするのではないかと考えています。

——日本では「写真・カメラベースのSNS」と考えると、Instagramが圧倒的なシェアを持っていますよね。それとは大きく違うようにも思えます。

長谷川:
たとえば、Instagramではしばしば「映える写真」が連想されます。週に1度だけ行くような食事、あるいは年に何度か行くイベントの写真。しかし、撮影した人はそれを毎日体験しているわけではありません。Instagramはどちらかというと“非日常”的なものや“特別”なものを、不特定多数の人に向けて投稿する場所だと思います。

それに対して、Snapchatは——もしかしたら毎日食べているかもしれない——カップラーメンやお茶漬け、お味噌汁のようなものを、気軽に、不特定多数ではなく友だちや知り合いに向けてシェアする方が多いです。つまり、他のSNSが不特定多数の人に自分のステータスや非日常を見せるものだとすると、Snapchatはパーソナルな友人同士とする、普段の日常会話のようなものになっています。コンテクストがまったく異なるんですね。

——TwitterなどのSNS、ひいてはWebは、時間が経つにつれてインナーサークルやクローズドなものではなく、誰もが使うものへと変化していきました。Snapchatは初期のそれらと同じように、コミュニティやオーガニックな繋がりに焦点を当ててデザインされていると。

長谷川:
そうですね。本当に仲のいい友達、知り合い、同僚、他人といった区分けがあるなかで、SNSは始めからその全てを同一のものとしてカバーするようにデザインされています。その中の、本当に仲のいいインナーサークルだけを対象としてデザインされているのがSnapchatである、と考えていただければと。

——既存のアプリで言うと、LINEが一番Snapchatと近いものであるように思います。日本ではLINEがすっかりデファクトスタンダードとして定着しましたが、その辺りの「差別化」ないし「違い」についてはいかがでしょうか。

長谷川:
よくいただく質問やご意見のひとつです(笑)「日本ではすでにLINEが友達同士のコミュニケーションとして台頭しているけど、どう思いますか」と。私も「今度の土曜の15時に渋谷で待ち合わせね」といったコミュニケーションはLINEでいいと思います。しかし、Snapchatは完全なビジュアルコミュニケーションであるという点で違いがあると思います。

長谷川:
毎日は会えないけど、ときどき写真を撮って生活の一部が出てくる、あるいは目しか映らないようなレンズを使ったりして、ちょっと変な加工をした写真を送り合う。すると、メッセージを直接的に送らなくても、毎日顔を合わせているような気分になってきます。それは「空がきれい」とか「コーヒーがうまい」とか、さっき話していたような「味噌汁」的なコミュニケーションだと思うんです。ビジュアルコミュニケーションで「意味のない会話」「ゆるやかなおしゃべり」をするという点で、テキストメッセージとはかなり違うものになっています。

——テキストメッセージに対する「弱いコミュニケーション」のようなものが成立していると。

長谷川:
我々はしばしば、Snapchatを「SNSに対する処方箋」だと公言しています。近年では「SNS疲れ」といった言葉を耳にする機会が日本でも増えてきましたが、Snapchatは安心して普段の自分を出せる、そんなビジュアルコミュニケーションのメディアだと思っています。10年ほど前のソーシャルメディアは、ブログに記事を一本書くほどではないけれど、「このお店のこれがいい」とか、「こんなことが起きた」といった話をする場です。それと近いのではないでしょうか。

「フィルターアプリ」から「ビジュアルコミュニケーション」へ

長谷川:
一方で、今の日本におけるSnapchatの一般的なイメージは、まだ「フィルターアプリ」「おもしろアプリ」だと思います。ほかのフィルターアプリと同じで、面白い写真を撮ったり加工したりして、LINEやTwitterといったメディアでシェアする。私が就任する前は、特に「ビジュアルコミュニケーション」という文脈ではあまり使われていませんでした。Snapchatの強みは先ほどお話した通りなので、それを日本でも浸透させようと本格的に取り組み始めています。「フィルターアプリ」「おもしろアプリ」から「ビジュアルコミュニケーション」への、イメージの変革を行う必要があります。

一例としては、大学のサークルと協働してSnapchatを広めていく活動が挙げられます。一度Snapchatの気軽さ、あるいは「普段の自分」を見せ合えるツールだということが分かると、サークルのコミュニケーションツールがSnapchatになっていったりする。今は大学の東京を中心にアクティベーションを行っていますが、データを見ても手応えを感じています。

——若い人から広げていくことで、将来的にもその人たちが使い続けることもありますし、誰かに「Snapchatっていうアプリがあって」と教えることもありえますよね。

長谷川:
Snapchat自体も、グローバルでZ世代に受け入れられています。海外では、13歳から24歳の90%が使っているケースもあります。特にアメリカやフランス、オーストラリアなどの主要国では使用率が高い。スマホを使っている人のほとんどがSnapchatを使っている、使ったことがある、ということですね。

しかも、ヘビーユーザーではなく平均的なユーザーが1日に30回もSnapchatを開いているというデータがあります。ただの「フィルターアプリ」なら1日に30回も立ち上げることはありません。ビジュアルコミュニケーションとして、普段会話をするような感覚でSnapchatが使われています。日本のZ世代においても、十分にポテンシャルはあると思っています。

ありがたいことに、いわゆる「to B」向けのファッション関連やパートナーシップなどのご相談もいただいていますが、それも「目的」ではなく「手段」として、エンゲージメントやグロースに貢献するのであれば嬉しい、と考えています。特にエンタメ系やファッションといったパートナーシップに関しては、大いにあるかもしれません。しかし、現在の目的はあくまで「Snapchatをしっかりと理解してもらうこと」だと思っています。

インタフェースでも「クリエイティビティ」第一

——先ほどの「SNSに対する処方箋」として、Snapchatは一貫した思想で作られ、維持されている感があります。アプリを開くとまずカメラが起動し、タイムラインがありません。Twitter等では開いたときにタイムラインが表示されるのがデフォルトですよね。インタフェースひとつとっても、サービスの根幹から違いがあります。

長谷川:
これは完全にアプリやサービスによって思想が異なりますが、例えばLINEもWhatsAppも、あるいはほかのソーシャルメディアも、基本的には相手、つまり「誰に送るか」を先に選んでいます。LINEなら最初に送信する相手を選びますし、InstagramやTwitterでも、公開アカウントなので全部の人が見ている、あるいは裏垢や鍵垢だから数名が見ているといった感じで、どうしても「オーディエンス」が先にある。自然とオーディエンスを意識したコミュニケーションになりがちです。

それに対して、Snapchatはアプリを起動するとまずカメラが立ち上がるんです。オーディエンスより先にコンテンツや日常があり、素の状態で感情をまず乗せて、その後に送る・シェアする相手を選ぶ。オーディエンスは「後から」になっています。「自分の気持ちを0.1秒で表現するツール」で、それは自分のライブラリに保存してもいいし、誰かにシェアすることもできます。単純に空やコーヒーを映すだけでもいいのですが、ARレンズによって自分の気持ちや感じたことを、そこに乗せることができます。だからこそ、「Lens Studio」で、自分だけのレンズを作っていただくというイメージです。

私には「人間という生き物は、息を吸うようにクリエイティビティが発揮できるのであれば、みんなそうする」という信念があり、それを促進したいと考えています。だからこそ我々Snapは「ソーシャルメディアの会社」「コミュニケーションアプリの会社」というよりも「カメラカンパニー」であると公言しています。

——カメラによってクリエイティビティを促進することが第一目的の会社や組織、アプリであるということでしょうか。

長谷川:
そうです。自分の承認欲求やオーディエンスを満たすためのメディアではなく、まずクリエイティビティがあります。そしてカメラを通してクリエイティビティが促進されたなら、あの人に見せたい、この人にシェアしたい、と思ってもらう。これはちょっとした違いかもしれませんが、他にはあまりない特徴だと思っています。オーディエンスファーストのメディアやSNSが多いなかで、コンテンツファーストにかなりこだわっているんです。

なので、Snapchatは「いいね!」機能もなければコメントをつける機能もないんです。クリエイターをフォローする機能こそありますが、基本的には「いいね!」のような、承認欲求を満たすための「装置」は実装としてすべて外しています。まずはクリエイティビティを発揮していただき、その後でオーディエンスを選びます。それがウケるかどうかではなく、自分のクリエイティビティを他の人にシェアしたいというものが先に来るようにしています。

僕らもヘビーユーザーにリサーチを行ったり、コミュニティ内でミートアップを行ったりしているのですが、Snapchatのユーザーはみな「『既読スルー』がまったくプレッシャーにならない」と言っています。自分がクリエイティビティを発揮してシェアすること。その段階で、自分の欲求が満たされているからです。

——ここまでのお話を聞いていると、世界が優しくなりそうだな、という気持ちになりました(笑)。

長谷川:
ありがとうございます(笑)グローバルの調査では、「Snapchatは人をハッピーにする」という問いに対して、90パーセントのユーザーが「Yes」と回答しています。ほかのソーシャルメディアと比べても「Snapchatは自分をハッピーにしてくれる」という結果をいただきました。アプリの性質や思想の違いを、ユーザーのみなさんも知らず知らずのうちに感じてくれているのかもしれません。

——「投稿したら残る言葉や写真」が優先されてきたところで、「投稿しても消えてしまう言葉や写真」の重要性をアプリの設計や世界観で実装しようとしているように思えます。書き言葉ではなく話し言葉の空間というか。

長谷川:
ちょっとした雑談をするような世界観ですよね。Snapchatでは気軽な雑談ツールとして、友達同士で学校帰りにしゃべるような、あるいは行きつけのお店で友人とばったり出会った時のような、一期一会のちょっとした会話を、アプリ上で実現しています。そのイメージで「すべてのものが消えていく」設計になっています。いいねがない、コメントが付かない、カメラから立ち上がる、そして消えていく。これら全てが「コミュニケーションを気軽にしてもらう」ために作られたデザインになっていますし、それが今求められていることなのではないかと考えています。だからこそ、特にZ世代の皆さんに受け入れられているのかな、と。

友達とばったりどこかで出会ったとしましょう。そのときに生まれた「あっ、元気?」「最近こういうことがあったよ」といったような会話をわざわざ録音して、それから家に帰ってから聞き返す……なんてことはしませんよね。ちょっとした会話を含めて履歴が全て残っていくような、チャットツールやSNSのほうが、こういった種類のコミュニケーションの実態をうまく表せていないのかもしれません。

——この「ちょっとした雑談をするような世界観」は、最初にSnapchatのアイデアを思いついたエヴァン・シュピーゲル氏とボビー・マーフィー氏の考え方から来ているのでしょうか?

長谷川:
そうです。元々ふたりの創業者が仲のいい友達同士なんです。「こういう世界観だとうれしいよね」というところからスタートし、今年で11年目になりますが、その思想をずっと貫いています。最近力を入れているARについても同様で、これらの思考や実装を押し進めるテクノロジーのひとつとして照準を定めています。

ARグラスは「目を上げる」ための一歩

——ARの話が出てきたところで、Snapが開発・提供している「Lens Studio」について聞かせてください。これはSnapchat向けのARコンテンツを作れるクリエイティブツールですが、現時点ではすべて英語です。日本への本格展開に伴って、今後日本語化する予定はありますか?

長谷川:
Lens Studio自体のローカライズとドキュメントの日本語への翻訳については、鋭意作業中です。具体的なタイムラインについてはお伝えできないのですが、我々も重要な部分だと考えています。また、Snapの日本法人で制作したYouTubeの解説動画などは、今後増やしていこうと考えているところです。

——ARデバイスとなった「Spectacles」についても。以前は「カメラつきウェアラブルデバイス」であること、つまり自己表現やクリエイティビティを「自分の目」の位置から発揮することが重視されていたように思います。現行世代のSpectaclesは、いわゆるARグラス的なものになってきていますが、これはどのような位置づけなのでしょうか?

長谷川:
スマートフォンが普及したことで、今の人類は、地図を見るにせよ何かを調べるにせよ、膨大な人がいつも「下を向いている」時代ですよね。これは人類の歴史の中でも極めて珍しいことだと思っています。ARグラスはそれを変えて、いずれ人類が「前を見る」ための一歩なのかな、と。カメラも「特別な時に撮るもの」から「気軽に使える」「毎日使える」「いつでも撮れる」に変化していったように、自己表現やクリエイティブの発揮も「いつでもできる」ようになる。その第一歩だと考えています。

(執筆:高島おしゃむ / 編集、聞き手:水原由紀、久保田瞬)


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