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活用事例 2019.05.14

VRで相互理解を促進 LGBTを“体験”し、考え、想像する

4月28日から29日にかけて、アジア最大級のLGBT関連イベント「東京レインボープライド2019」が開催されました。

本イベントには高齢者施設の運営や、ダイバーシティ促進のためのVRコンテンツ制作を手掛ける株式会社シルバーウッドがブースを出展。LGBTについて「自分ごと」として考え、家族の視点を疑似体験できるVRコンテンツを展示し、2日間でおよそ420人の来場者が体験しました。

Mogura VR News編集部ではこのVRコンテンツや、当日のブースの様子などをレポートします。


(代々木公園に設けられたメインゲート)

VRでLGBTを「自分ごと」に

「東京レインボープライド2019」は、LGBTをはじめとするセクシュアル・マイノリティの存在を社会に広め、性の多様なあり方への理解を促すイベントです。

昨年のイベントにて、シルバーウッドはVRコンテンツ「LGBT×VR 〜レズビアンオフィス編〜」を展示。自身がレズビアンであることを職場の人たちに隠している主人公「鈴」と、カミングアウトしている「紗希」との生活を疑似体験するという、およそ10分のVR体験です。本コンテンツは600人以上の来場者が体験、大きな反響が寄せられたとのこと。

新たなVRコンテンツ「告白の日」体験レポート

シルバーウッド社は今年、新たなVRコンテンツとして「告白の日」をひっさげ、レインボープライドに再び参加しました。このコンテンツは企業研修などに使われており、一般の人に公開されるのは今回が初。「LGBT×VR 〜レズビアンオフィス編〜」はレズビアンの当事者の女性の視点からの物語でしたが、「告白の日」で体験するのは当事者ではなく、ゲイの男性の父親の視点です。また昨年のコンテンツは10分ほどでしたが、今回は15分ほどとやや長めです。


(シルバーウッド社のブース)

「私」(VR体験者)には、25歳の社会人の息子祐介がいます(つまりVR体験者=私=祐介の父親、という形で話が進みます)。祐介と同居している「私」はある日、ふとしたきっかけで、息子の部屋で、祐介が同年代の男性と二人で写っているツーショット写真を偶然見てしまいます。写真の二人は頬を寄せ合い、とても仲睦まじい雰囲気でした。そこには「5周年」というメッセージ入りのケーキも写っており、彼らが親友ではなく恋人同士であることを示唆しています。写真を見られた祐介は、「私」に「大事な話がある。今夜時間をとってほしい」と言って仕事に出かけていきます。

夜。帰宅した祐介からの真剣な告白を受けたとき、「私」は何を思い、何を感じるのか。

15分ほどのショートムービーですが、父と息子の心の機微の描写が豊かで、見終わったあとは思わず「うーむ……」とうなってしまいました。ネタバレ防止のため詳細は書けないのですが、父と息子の会話で、大変心に突き刺さったシーンがありました。それは父親が息子にかける言葉としてはごくあたりまえの、そして幸せな未来への期待を込めたことばでした。もちろん悪意は微塵もありません。ですが、ゲイである祐介には、自分は父のその期待にこたえることができません。静かに微笑むことしかできない祐介の背後には、うっすらと悲しみや寂しさが漂っていました。

この親子は、日頃の何気ない会話からもお互いを大切に思い合っているのがよく伝わってくるような、とても良好な関係を築いていました。それでもなお、いやだからこそ、祐介は父になかなかカミングアウトできなかったのだろうな、ということが想像できるほどに。近しい間柄であればあるほど、期待に応えたいという思いや、本当のことを告白して拒絶されたらどうしよう、という恐れは増すものなのかもしれません。


(用意されたGear VRとヘッドフォンを身につけ「告白の日」を体験する来場者)

コンテンツを体験した来場者からも、さまざまな感想が寄せられました。

「父が息子にかけていた言葉は、ふだん自分の周りでもよく聞かれる言葉。日本は特に『こうあらねば』という固定観念が強い社会なので、セクシュアルマイノリティの人たちにとってはすごく生きづらい社会なのだろうなとあらためて感じました」(10代・女性)

「自分はゲイなのだが、残念ながら親には受け入れてもらうことができなかった。こういうコンテンツに触れることで、悲しい想いをする親子が減ると嬉しい」(40代・男性)

「父に向かって息子が『こんな自分でごめんね』と謝っているシーンがとても辛かった。悪いことをしているわけではないのに、ありのままの自分を否定したり謝ったりしなくてはならない社会が問題なんだと思った」(30代・女性)

「当事者の家族」の視点からLGBT理解を促す理由

「告白の日」はシルバーウッド社が、LGBTへの理解を促すための企業研修用VRコンテンツとして、太田尚樹氏に監督・脚本を依頼して制作しました。太田氏は「世の中とLGBTのグッとくる接点をもっと」というコンセプトで活動するクリエイティブチーム「やる気あり美」の編集長です。(「やる気あり美」、太田氏プロフィールはこちら

なぜ本作ではLGBTの当事者ではなく、そしてたとえば「友人」や「母親」でもなく、あえて「父親」の視点から描いたのでしょうか? 太田氏はその理由を、中年以上の男性により身近に感じてもらうため、と説明します。

私は『他者への想像力の欠如』こそが、ダイバーシティ推進の壁だと思っています。そしてその『他者への想像力』を一番持ちづらいのが、中年以上の男性なのではないかと思っています。もちろん全ての方がそうではありませんが、 年齢の高い方ほど、そして女性よりは男性の方が、同性愛に対する寛容度が低いというデータがあります。(出典:LGBTに関する職場の意識調査、リンク先PDF)多様性よりも協調性をよしとされた社会を生き抜いてきた中年男性にもしっかり届くものにしたい。その思いから、今回のVRコンテンツでは、視点を『一番気持ちを想像しづらい遠い他者』であるLGBT当事者に設定するのではなく、その一歩手前の『当事者の家族』にすることにしました」(太田氏)

VRは「偏見を想像力に変える」

シルバーウッド社は2000年に設立され、おもに高齢者施設の運営に携わってきました。同社がVRコンテンツの開発に乗り出したのは2016年のこと。代表取締役の下河原忠道氏が「VR元年」と呼ばれた同年に技術系展示会などでさまざまなVRコンテンツを体験して興味を持ち、「これからは情報ではなく体験の時代。VRでなにか面白いものが作れないだろうか」と、自社のビジネスへの導入を検討し始めたのがきっかけでした。

2017年、試行錯誤の末に同社が発表したのが、認知症の理解促進用VRコンテンツでした。このVRコンテンツは行政や教育機関、医療・介護事業者での研修などで利用され、高い反響を得ています。

その後、同社はワーキングマザーや発達障害がある人への理解を促す企業向けダイバーシティ促進コンテンツを制作するようになりました。なお同社がこれまで制作して来たVRコンテンツの一覧はこちらでチェックできます。

シルバーウッド社のVRコンテンツは現在、主に企業向けのダイバーシティ研修などで披露されていますが、将来的には同社は「子どもたちへの教育として学校などで披露する機会が持てれば」と意欲を見せています。感性の柔らかい若いうちにこうしたVRコンテンツに触れることで、さまざまな立場の人の心に寄り添えるやさしい大人が増えれば、誰もが生きやすい社会になっていくかもしれません。

 
 

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