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業界動向 2022.12.05

ARは人々をどのように変えていく/変えているのか——Psychic VR Labの山口征浩とプレティア・テクノロジーズの牛尾湧が語る

現在、最も身近に感じられるXR技術のひとつだと言っても過言ではないAR分野。VRヘッドセットを装着しなくても現実世界とバーチャル空間をスマホなどのデバイス一つで行き来できるAR技術は、多くの企業やクリエイターから注目されています。

今回、Mogura VR Newsは、日本のXRクラウドプラットフォーム開発の先頭をひた走る株式会社Psychic VR Lab 代表取締役CEO山口 征浩氏とプレティア・テクノロジーズ株式会社 代表取締役CEO牛尾 湧氏にオンラインインタビューを行い、ARの未来とその可能性について語っていただきました。


山口征浩 / Masahiro Yamaguchi
株式会社Psychic VR Lab 代表取締役CEO。20代後半に上場企業の経営を経験し、30代前半はMITでエンジニアリングを学ぶ。2014年「全人類の超能力の解放」を目的にPsychic VR Labを立ち上げ、VR元年と言われた2016年5月に法人化。経営全般を担う。2017年XRクリエイティブプラットフォームSTYLYのサービスを開始し、2018年3次元空間の”超体験”をデザインする実験プロジェクトNEWVIEWプロジェクト始動。2021年末リアルメタバース構想を発表。空間を身にまとう時代の創造をめざす。

牛尾湧 / Yu Ushio
プレティア・テクノロジーズ株式会社 代表取締役CEO。兵庫県出身。東京大学在学中より起業を志し、同学内の起業サークルに所属。当初は行政領域で起業し、地方自治体向けの施策の研究・立案などを行う。2014年に起業、2019年にプレティア ・テクノロジーズ株式会社と改称。地域活性化を目指したVR(仮想現実)による観光事業などを模索する中で、AR(拡張現実)の可能性に気づき、現在のARプラットフォーム&エンターテインメント事業へ至る。

世界創造のムーブメントの背後には「つらさ」?

山口征浩 氏(以下、山口):
2021年末以降、「VR」「AR」という言葉以上に、「メタバース」という言葉がすっかり話題になりましたよね。僕はこれを「世界創造のムーブメント」だと考えていますが、牛尾さんはどうですか?

牛尾湧 氏(以下、牛尾):
「新しい世界を創造する技術」が出てきた背景として、人々の中に「現実世界、つらくない?」といった考えがあるんじゃないかと。以前経産省発表の資料が大きく話題になっていましたが、「トップ人材だけが上に行き、格差によって損をしている人たちとの差が開いていく」という現象がずっと起きていますよね。インターネットは情報の民主化を理想としていたと思うのですが、気がついたらインターネットをうまく使いこなせる人が富や名声を集め、一方でこぼれ落ちてしまった人たちが損な目に遭う世の中になっていると感じています。

——コンピュータを使いこなせる人とそうでない人との間に格差が生じている。

牛尾:
今のコンピュータは、人間側のことを分かってくれているとは言えないと思います。何かひとつ検索するためにも自分で仮説を立てる必要があったり、何らかのリテラシーがないと使いこなせない。だからこそ使いこなせる人の仕事には多大な価値が生まれますが、それと同時に格差も生んでいる。「これって、フェアじゃないよね?」という疑問が、僕たちの出発点です。

noteにも書きましたが、ARは3DCGを現実世界に表示するというアウトプットに加え、コンピューターが世界を理解して、人にとって必要な情報や面白いと感じてもらえるコンテンツを推薦するためのインプットが重要だと思っています。基本的にARの役割は、人間の身体的制約あるいは知識の制約、技術や身体能力など様々なものを超えて、できることを増やしたり、今までできなかったようなことを実現していくことです。すると世界をコンピューターに理解させて、その世界の状態に応じたコンテンツ表示を支援できるVPS(Visual Positioning System)は、非常に大きな役割を持っているのではないか。僕はコンピューターを人間の方に寄せていき、その恩恵を今よりも広く分配する力がARやAIにはあると思っています。


(プレティア・テクノロジーズのARクラウド「Pretia」を使ったコンテンツのイメージ。VPSを使ったAR道案内や、マルチプレイのARゲーム等を作成できる)

——格差によって取り残されない社会を作るだけの力があると。

牛尾:
僕は「空間格差をなくす」というキーワードをよく話すのですが、生まれたところや自分がいるところの立地の制約を超えて、役に立つ情報や面白いものへのアクセスを民主化していくことが、AR技術の大きな役割なのだと思っています。これが実現すれば、社会階層での分断が減っていくのではないか。ARを通して相互理解の機会が増えていく、今まで分断されてたコミュニティが繋がっていく。僕たちにとってより良い共生のあり方はこういうものではないか、という思いがあります。

山口:
多くのキーワードが出ましたが、まず「現実世界」なるものの捉え方が企業や人によってそれぞれ違っているのかな、と。僕たちは、現実世界がテクノロジーですごく良くなったと思っているんです。テクノロジーによって人や企業の発想もより豊かになって、新しい価値を生み出すことができるようになってきた。

僕は「現実」が結構好きで、その現実をさらに拡張して良くしていくことを伝えたい、と考えていますが、そもそも「現実」なるものの捉え方も変わってきている気がしています。かつては物理的に存在するものだけが現実で、それ以外はバーチャルである、という考え方だったのが、今は情報化された現実もある。文字情報ベースのSNS等も含めて「現実」の定義が拡張されたんじゃないかと思っています。

——山口さんのおっしゃるような、拡張された新しい「現実」をもとにして、どのようなことが可能になるのでしょう?

山口:
いくつかの側面がありますが、Psychic VR Labでは、その人の持ってる想像力、そして何かを新しく生み出す力を解放していきたいと思っています。今の僕たちは、いろんな制約に縛られながら物事を作っていますよね。物理的な法則であったり金銭的な制限であったり。それを技術によって取り除く、少なくとも多少簡単にすることで、新しい世界を作れるんじゃないかと。本当にクリエイティブなことに向き合ってるけども、テクノロジーの一時的なハードルがあることで力を発揮できてない方々に、そのXR参入へのハードルを下げるために技術を提供しているつもりです。


(Psychic VR Labによるクリエイティブプロジェクト&コミュニティ「NEWVIEW」)

牛尾:
「創造性」という話でいくと、僕は「人間は本当に創造的で、自由で、いろんな才能に溢れてるものだ」と思っているんです。けれども現実世界でいろんな制約のもと大人になっていくに従って、どんどん自分の中にバリアを張っていく。例えば「自分の体はもうこの体しかない。これで戦うしかない」といった世界観になっていく。

そうやって自分の能力の限界やバリアを張らずに、インターネットやXR、メタバースといった技術に触れると「自分には無限の可能性があるんじゃないか」といった楽観的な態度を持ったまま大人になれる余地が生まれるかもしれない。人間が元来生まれた時に持っていたポテンシャルを殺さずに、そのままのびのびと生きていくことがゴールとしてあって、そのためにXRも含めてできることの可能性を伸ばしたい、バリアを取っ払いたいという気持ちがあります。

山口:
XRは拡張された現実において、人類に新たな知覚を提供していると理解しています。それによって空間的、肉体的、精神的、物理的、様々な制約を取り除き、人々の内に秘めたクリエイティビティを解放することができるのではないか、人や企業、組織が何かを創造する力を回復していけるのではないか、と。ちょっと壮大な話になってしまいましたが(笑)、時間軸的には、新しく始まった歴史の中で文化産業を作っていくことに貢献できたらな、とも考えています。

ARで快適なゾーニングと繋がる遊びのバランスを取る

山口:
そういえば、昨今「コミュニティ」という言葉が強調される機会が増えましたよね。多くの世界や文化圏が並行で存在し、みんなが少しずつそれぞれの世界に所属するようになってきていると思うんです。インターネットによって「世界がひとつになる」あるいは「世界がつながる」と言われてきましたが、今の世界は分散している。

僕はこの流れがさらに進んでいくと考えています。現代は、物理的に食べ物を食べたり、税金を払ったり、生活するために、特定の価値感に対してすべてを変換しないといけない世の中です。しかし何らかの方法でこの前提が変化すると、ある特定のコミュニティにおける価値自体を純粋に追い求めるような世界観がこれから広がるんじゃないかな、と。今は何かしらの価値観を持っていたとしても、結局はそれを何らかの形で法定通貨に変えて、生存のために通貨を使うことが必要とされています。しかし、今後は別の形に変換し、コミュニティの価値観に向き合っていくことができるんじゃないか。そう思っています。

また、ARやMRの技術が進むことで、現実自体のレイヤーが多層化する、それが視覚的に可能になってくるというのは大きいと思います。同じ場所に集まっているけれど、各人の世界に合わせて現実世界自体が変わっていく。さらに多層化されたレイヤーのうち、自分に適したものを見るだけに限らずに、コンピュータービジョンとテクノロジーを使って、物理的な実空間自体を自分が心地いい世界に書きかえることが、これから当たり前になってくるんじゃないかなと思っています。

牛尾:
一方で、AR、見方によってはVRもですが、自分の見たコンテンツによってレコメンドが続けられた結果、どこかに「強く寄っちゃう」ような危うさは、現代においても避けられないですよね。自分にとって快適にゾーニングされた世の中が実現されることには、一定のメリットがあるとは思いますが、そのうえで社会が分断されないようなバランスを取りたい時に、遊びや芸術の力はすごく強く作用するのではないかと考えています。

だからこそ、地域の観光資源やみんなが遊べるイオンモールのような場所がなくても、ポンとARゲームが目の前で立ち上がり、そこで地域の子供たちや大人が一緒に遊べるのが大事なのではないでしょうか。一緒に遊んでいれば、「ところでどこから来たの?」「僕、もともと生まれは海外で」みたいな会話があってもなんてことはない、みたいなことが生まれると思っています。

どこで生まれ育って、何を食べてきたか、何を信じてるかどうかは関係なく、一緒に遊ぶことで理解し合えるのではないか。それは同じ芸術に感動するとか、同じ映画を見て楽しいと感じるのと同じです。基本的にゾーニングされて快適な社会がある中で、共通の経験とか遊びを通して交わって分かり合える、そのバランスを突き詰めていくのがARとしての役割なのかな、というようにも考えています。ゾーニングしすぎてもいけないし、かといって、人々がぶつかりすぎてもいけない。その辺はコンピューターやソフトウェアの力を活かしながら、バランスを見出していくのかな、と。

XRやメタバースが当たり前になった社会には何が起こるか?

——牛尾さんや山口さんが話されてきた世界観、あるいはいま実現しようとしているものがが「当たり前」となった状態では、何が起こりうると考えますか。

山口:
僕はPsychic VR Labで「人類の超能力を解放しよう」を謳ってますけども、心理的、肉体的に人間への影響力が強いデバイスを四六時中身に付けることがインフラとして整備されると、人類を進化させる方向にそのインフラが使われていくと思っているんですよね。

その状況になった時に、クリエイティビティのレベルでの能力の解放にとどまらずに、レイヤーの低い部分での人間の能力、例えば肉体的な能力自体を拡張、覚醒させていくところに技術が使われていったら面白いですね。

今は、テクノロジーを使って人間の能力を拡張している。それとは別に、テクノロジーがもっと根本的に、人間の操作能力を上げる方向で進化する可能性を感じています。オリンピックの記録がもっと伸びたり、人間の記憶力や物事を感じる力が強くなったり、潜在的な力を開発できるのではないかと思っています。機械が拡張していくのではなくて、人間のリミッターを外してそもそもの能力が向上することがあるのかもしれません。

——牛尾さんはいかがですか。

牛尾:
「こうなっていくだろう」と「こうあってほしい」の両方なんですけれども……僕は、もっとみんなが分かり合える世界になっていくと思っています。

ひとつはテクノロジーによって人間の力が拡張される、あるいは新しい人間の能力そのものが伸長していくという観点も相まって、恵まれた教育環境を享受した人だけが将来的にも金銭的に社会名誉的にも成功していく世界観が少しずつ終わっていく。すべての人の能力が底上げされて競争の条件がフラットになっていくのではないか、と。

理解し合えない原因になっている貧富の差も、XR等のテクノロジーが人間の能力を拡張することで減っていくし、さらにXR、メタバースの技術のおかげで繋がる機会も増えていく。この2つの観点から、もっと若い世代が「そんな世の中みんな悪い人たちばっかじゃないよね」とか「一緒に遊んだあいつらと、これからも生きていく」とか、ポジティブな考え方を持って生きていけるんじゃないか、と予想しています。

山口:
また現在から将来の状態という観点では、ARには次に2つくらい大きなステップがあるんじゃないかと思っていて。まず、Metaや他のデバイスメーカーも含め、ビデオシースルー型でフィジカルとバーチャルが重なるデバイスが続々と出てくる。最初は日常的に使うよりも、特定の場所で特定の目的に応じて使う、そんな状況だと思います。その後に、人々のライフスタイルを変えていくレベルで、日々パーソナルなデバイスとして使っていくステップがあるのかなと考えています。


(2022年にクアルコムが発表したAR用SoC「Snapdragon AR2 Gen1」。スマートフォンと無線で接続するARグラスに用いられる予定)

山口:
この2ステップのうち、前者に関して言うと、大きくビジネスの仕方が変わるかなと思っています。今のARは飛び道具的な使われ方がどうしても多くなってしまう。企業からも、広告宣伝費のような「コスト」として扱われることが多い状況です。しかしARを事業投資として行っても回収できるようなフェーズ、あるいはマーケットがようやく存在しうる状況になってくると思っています。そうすれば費用対効果やスケールはまったく別物になるでしょう。

その後のフェーズ、日常的に人々がデバイスを使うようになってくると、スクリーンタイムで言うと何兆時間という時間が世界中で費やされる可能性があります。そうなれば、さらに飛躍した、今の延長線上にない非連続的なマーケットが生まれてくる。ここがとても面白いんじゃないかと思っています。

牛尾:
僕も、今までの投資額では想像もつかないようなビジネスが一気に立ち上がって、そのまわりでさらに新しいシステムが生まれる……といったことが起こりうると思いますね。

(了)


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