Home » Metaの次世代デバイス「Project Cambria」は、VRに何をもたらしうるのか?(後編)


業界動向 2022.07.18

Metaの次世代デバイス「Project Cambria」は、VRに何をもたらしうるのか?(後編)

(※本記事は、2022年5月16日に配信されたPodcast「とんでもないデバイスになるかも? 次世代VRヘッドセットProject Cambria徹底解説」を元に執筆・編集したものです)

2021年に発表されたMetaの新たなVRヘッドセット、コードネーム「Project Cambria」。2022年後半発売予定とされており、機能面・デザイン面から、既存の「Meta Quest 2」等とは一線を画すデバイスになることが明らかにされています。今回、Mogura VR News編集長のすんくぼと、副編集長の水原由紀がこの「Project Cambria」について語りました。

本記事の前編は、こちらのリンクから読むことができます。

「Project Cambria」でMetaは何を狙っているのか?

すんくぼ:
面白いことに、マーク・ザッカーバーグはSchell GamesResolution Gamesが「Project Cambria」向けのコンテンツを作っていることを明らかにしているんだけど、どちらもVRゲームのスタジオなんだよね。Schell GamesはVR脱出ゲームの「I Expect You To Die」シリーズが有名。Resolution GameはたくさんVRゲームを作っていて、ちょっと前に「Demeo」でブレイクした。

この2つのVRゲームスタジオは良いものを作ってくれると思うんだけど、それはそれとして「Project Cambriaって業務やビジネス用って言ってなかったっけ?」って(笑)。

水原:
今話していたSchell GamesとResolution Gameは、業界初期からVRゲーム開発に取り組んでいて。でもリリースしているものはことごとくコンシューマー向けですよね。なんだろうこのちぐはぐな感じ。いや、もちろん「VRやARのエンタテインメントを提供している会社こそ、いま一番良い体験やインタラクションを作れるんだ!」と言われたらそうなんでしょうけれど。

すんくぼ:
「『Project Cambria』は業務・ビジネス利用をターゲットにしているよ」というコメントは、もしかしたら株主向けのコメントなのかもね。「商売の観点で見たときに、このデバイスのターゲットは誰なんだ?」という質問に対する答え方のひとつなのかも。

水原:
Magic Leapの「Magic Leap 1」やSnapの「Spectacles」のように、一般向けの販売は強く押し出していない、あるいは全くしていないけれど、開発者やクリエイター向けにプロトタイプやデバイスを配布・貸し出している……というタイプのデバイスと似てる気がするんですよね。

すんくぼ:
いわゆる「開発者向けのデバイス」じゃないか、ってことだね。

水原:
それが一番近いと思うんですよ。彼らは「Horizon Workrooms」をやっていて、価格的にもビジネス向けだと言っているし、ハードウェアに載ってる要素としては納得できないわけではない。すごく実験場っぽいというか、「いろいろできる面白いものを作ったから、クリエイターのみんなに使い方を考えてほしい」みたいな話なんじゃないかと。

すんくぼ:
Metaが見せた「カラーパススルー型や透過型のデバイスでAR/MRコンテンツができる」、かつ「バーチャルペットが床の上を動き回るデモ」っていうのは、実は「Magic Leap 1」のコンテンツにあったんだよね。「スター・ウォーズ」シリーズのルーカス・フィルムとILMが設立したILMxLABが作ってた。

すんくぼ:
いわゆるAR/MRデバイスと呼ばれているものには、カメラを通してヘッドセットの外を見ながらそこに合成する、「ビデオパススルー」タイプと、Magic LeapやHoloLensのような現実がそのまま見えていて、その上に重ねていく「透過」あるいは「シースルー」タイプがある。「Project Cambria」は前者のアプローチだけれど、「ビデオパススルー」路線でコンテンツをクリエイターが作り続けたら、いずれ「透過」「シースルー」のARデバイスが出てきたときに、たぶん移植できるよね。もちろん「簡単! 手軽に!」とはいかないだろうけど。

水原:
その筋はかなりありえそうですね。あくまで伝聞なんですが、iPhoneが出た最初のころに「App Storeとかいうの、コンテンツが全然ないじゃん」と評価する人もいたらしいと。実際のところ数百個アプリはあったらしいんですが、ともかく「Project Cambria」経由でその辺の問題を先回りで解決しようと考えている部分もありそう。

すんくぼ:
さっき出てきたSnapのSpectaclesは透過型ARグラスだけど、視野角がたったの20度しかない。けれど「空間認識機能が入っているから、実験的にいろんなコンテンツづくりができるよ!」というのをプッシュしてSnapchatのクリエイターに配っていて。これも「将来、より汎用的なARグラスを出した直後からコンテンツがある」という状況を狙っているんだと思う。

他にもAppleやGoogleはスマートフォン向けのAR環境を整えているけれど、これも似たような話だよね。クリエイターが面白いと思うことを試せる環境を作り、クリエイターが集まってきて、エコシステムを生み出し、みんながアプリやコンテンツを作ったところで、ARグラスのプロトタイプを配りはじめたりして。つまり、「ARグラス向けのアプリを、リリース初日から大量に出していく準備をしている」という気配が明らかにある。

仮にこれらの話がその通りだったとして、どの企業にせよ共通することは「ビデオパススルーにせよスマホにせよ、透過型のARグラスとは体験の性質がまったく違うという点をどうするのか?」という課題が残ることだと思う。さっき「移植できる」とは言ったけど、そもそもハードウェアのスペック以外にも色々な制約や差異があるから、最初から「すんなり移植できました」とはならないと思うし。

水原:
コンテンツ自体を移植するというよりも、ここで開発者や企業やチームがノウハウをためて、今後何かを作るときの開発ガイドラインのようなものを見ておきたい、作ってもらいたい、というのはあると思うんですよね。

すんくぼ:
そうだね。ここで「Project Cambria」向けにコンテンツを作っていたら、ARグラスのときに報われるのかもな、という気はする。その頃には求められるものが全然違う形になっているかもしれないけれど。まずはARのクリエイターというか、コンテンツをづくりという行為そのものの土地を耕して種を蒔く。Meta自身「Spark AR」をスマホ向けに、Instagramを通して展開しているけれど、「どうせヘッドセット作ってるし」ということで、そっちに振り切る可能性もありえる。

すんくぼ:
「じゃあなんで最初から透過型でやらないの?」ということについて一応話しておくと、それはまだそういうデバイスが大量生産できる状況ではないとか、あるいはそもそもまだ作れないからだよね。だから「高解像度で視野角を広く」「排熱が少ない」「充電しなくても1日くらいはそのまま使える」「高精度の位置合わせやハンドトラッキングができる」……といったような要件が積み重なっていくと、今だと「Magic Leap 2」のような外部コンピューティングユニットを使うか、「HoloLens 2」みたいなサイズ感になる。しかも、ここで挙げたデバイスも要件を満たせているわけじゃないし。

水原:
Connect 2021でARグラス「Project Nazare(※コードネーム)」の話がチラッと出てきましたが、本当に一瞬で、デバイスの外観は一切見せずに「こういうことができるよ」というイメージがちょっと出ただけでしたよね。開発は間違いなくどこもやっているんでしょうけど、今はまだ「一般販売を想定した商品です」と言える状態ではない。これは別の回でも話しましたが、表示やバッテリーも含めて「ザ・ARグラス」までの道のりは長いですね。

それは「予言」だった? 2018年のエイブラッシュの講演をプレイバック

すんくぼ:
今回「Project Cambria」について話そうと思って、Mogura VR Newsの昔の記事を色々と調べ直していたんだけれど、衝撃を受けたことがひとつあって。Mogura VR Newsでは2018年11月、Oculus Connect 5を取材した「4年以内にVRは次の展開へ VR研究開発の最前線からの見通しという記事を出した。これはMetaのReality Labsのチーフサイエンティスト、マイケル・エイブラッシュの講演のレポートなんだけど、この記事が2018年、タイトルで「4年以内」と言っているのは、つまり2022年、今だよね。

すんくぼ:
ここで「VRは次の展開へ」と書いているけれど、2018年から4年経ってまだMetaは「次」の段階に行くデバイスを出していなかった。でもついに出すんだよ。「Project Cambria」って名前で!

水原:
私もいま記事を読んでいて気づいたんですけど、この講演の後半でエイブラッシュが話してることってほとんど「Project Cambria」じゃないですか!

すんくぼ:
Quest 2はなんだかんだ言ってもう2年前、2020年のデバイスで。だから次の段階の新しい体験や、新しい次元となると、大幅に異なった機能や飛躍した表現ができるもの、というのがずっとエイブラッシュが言ってきたことなんだけど。

エイブラッシュは講演で要素技術をひとつひとつ分解して、「ディスプレイがどうなっていくのか」「レンズがどうなっていくのか」といった話をねっとり1時間くらいしゃべってたんですね。で、さっき水原さんが言ってくれたみたいに「Project Cambria」の説明に近い話がボコボコ出てる。

水原:
この頃のMeta、もといFacebookは、VRヘッドセットについてはPC接続型と一体型を並行して作っていた時期なんですよね。参考までに「Oculius Rift S」が2019年3月発表と。この後一体型主軸になったこともあって、エイブラッシュの話のうち、ディスプレイ解像度や視野角のところは「一般販売されている製品」としては、Metaはあまり実現していない。一方でパンケーキレンズやアイトラッキングの部分は「Project Cambria」に搭載されてますよね。

インタラクションの箇所もそうで、エイブラッシュは「(物質的なコントローラーを介さずに)自分の手を直接インタラクションに使える未来は、向こう5年では難しいかもしれないが、そう遠くない内に実現するだろう」と語っている。コントローラーじゃなくて、手を直接使う=ハンドトラッキングといった話はまさしく「Project Cambria」でやろうとしている。すでに関連する個別の要素が2018年時点でめちゃめちゃ出てるんですね。

すんくぼ:
極めつけはこのデバイスのコンセプト画像。



水原:
ああ、ありましたね……。これ、ヘッドセットの前面、レンズ部分が一枚の巨大な板のようになっている、という違いはありますが、コレってほとんど「Project Cambria」ですね。

すんくぼ:
そうなんだよ! シルバー・ホワイト系の色だったり、Project Cambriaはここまで小さくなかったり、と色々差異はあるけれど、似てる。



すんくぼ:
エイブラッシュって「答え合わせ」が好きなんだよね。何年か前に言ったことが今どうなっているか、見てみようと。2018年にもそれをやったんだよね。で、今になって4年前の「4年後はこうなるんじゃないか」というエイブラッシュの講演を見ると、部分的にはかなり答え合わせになっている。「Project Cambria」は少なくともそう。

進化するVR「Augmented Virtuality」で次の展開へ

すんくぼ:
OculusがFacebookのカラーに染まる前から、エイブラッシュだけが毎年いっていた概念っていうのもある。もちろんVRの話はするんだけど、エイブラッシュはさらに新しい概念の話を常にしていた。彼は「Augmented Virtuality」と言っていた。

水原:
無理矢理訳すと、拡張……実質、なんでしょうかね。「拡張実質」。

すんくぼ:
しばしば「拡張VR」とか、あるいはそのまま「オーグメンテッド・バーチャリティ」って言われていたりするらしい。ここでエイブラッシュが言っていた「Augmented Virtuality」は、バーチャルなものに、現実の要素を足していくという考え方だけど……例えば、彼が昔出していたデモにはこういうのがあって。まず、自分がいる部屋をカメラやセンサーで3Dスキャンする。

すんくぼ:
次に、3DスキャンされたデータをVRヘッドセットで表示する。ここでは、「自分の部屋にはソファがあって机があって……」という状態がVRでも見えている。

すんくぼ:
で、ボタンを押すと、次の瞬間にオブジェクトのテクスチャが全然違うものに切り変わる。

すんくぼ:
これを応用していけば、いままで自分がいた部屋が、構造は同じだけど突然宇宙船の中みたいなデザインに変わる……といった見せ方ができると。これが「Augmented Virtuality」のひとつだとエイブラッシュは言っていた。現実の物体の配置や形状はそのままだけど、視覚的に得られる体験が変わる。

水原:
たしかに、「Project Cambria」のデモでザッカーバーグが見せていた「天井を青空に変える」とかの延長線上にある技術ですね。あれはまだ椅子や机を正確に認識しているわけではないように見えますが、物体をスキャンしてバーチャル側に持ってきた上で、いろいろ切り替えるというか貼り替えて、リコンストラクションしていく。

すんくぼ:
今までのMetaって「Oculus Rift」に始まって「Oculus Go」「Oculus Quest」「Meta Quest 2」と来たVRの系譜がまずひとつ。それからスマートフォン向けの「Spark AR」や「Project Aria」「Project Nazare」のARの系譜がひとつ。そして、それらを融合させた「Augmented Virtuality」という軸が「Project Cambria」によって生まれるんじゃないか。

この「Augmented Virtuality」を本格的に実現できて、かつ幅広い人に届けられる可能性があるコンテンツはこれまで存在しえなかったと思う。Varjoの「XR-3」と超ハイエンドなゲーミングPCがどこにでもあればいいんだけれど(笑)

さておき「Project Cambria」ではこの「Augmented Virtuality」が実現するんじゃないかって考えると、「4年と」いうエイブラッシュの予言と、要素技術がきれいにハマっていく。そうすると「Project Cambria」はザッカーバーグやカーマックよりもエイブラッシュの悲願なんじゃないかなと思っていて。

水原:
エイブラッシュがずっとやりたかったことであり、ずっとやり続けてきたことだと。「Project Cambria」のフェイストラッキングでアバターの表情や視線の反映ができるようになる、といった話もそうですね。2016年のエイブラッシュは「バーチャル空間に人間を完全に再現することは、5年以内(=2021年まで)には無理だろう」と話していますが、ここも進歩が続いているんですよね。



水原:
あと、エイブラッシュの「理想的なVRデバイスが登場したら、例えあなたが物理的にどんな場所にいようとも、自分の好きな環境で働けます」という講演の最後のコメントが面白いですね。バーチャル空間内で没入して体験できる、というか机や椅子、物体をしっかりバーチャル空間内に反映させることで、先程の「Augmented Virtuality」的なものが実現する、という話としても読めます。自分の手とマグカップが、バーチャルな空間と境目なく混ざり合っているようなデモ動画もある。さっきの話を踏まえてると本当に「予言」というか「その通りになっている」ように見えてきて。もはや怖くなってきましたね。どっちかって言うと「その通りになるようにやっている」か。アラン・ケイですね。

すんくぼ:
「Project Cambria」は新しい領域に開発者を誘っていくデバイスになるのかもしれない、と思う。「4年以内にVRは次の段階へ」という意味では、「Project Cambria」がその第一陣なんだよね。いま私と水原さんはリモートでPodcastを録音していますが、2人とも別の部屋でProject Cambriaをつけて「Augmented Virtuality」のコンテンツをスタートとさせる、とかできると楽しそう。

Project Cambriaは「VRの『眼』」を生み出すのか

水原:
話は変わりますが、Metaのハードウェアのコードネームって、だいたいカリフォルニア州にある場所の名前なんですよね。「Crescent Bay」に「Crystal Cove」、それから初代Oculus Questは「Santa Cruz」ってコードネームでした。今回の「Project Cambria」もカリフォルニアに「Cambria」という地名があります。

で、歴史的には「カンブリア爆発」というものもありまして。今から5億年くらい前なんですが、生き物の多様性が爆発的に増加した時期があるらしいんですよ。それをカンブリア爆発と呼ぶと。ここをきっかけに「Augmented Virtuality」のカンブリア爆発みたいものが起きて、ソフトウェアでもハードウェアでも出てくると面白いですよね。

すんくぼ:
今までは地名で統一されていたんで「あんまり意味とかないんだろうな」と思っていたんだけど、あえて「Cambria」を付けてきたと。

水原:
私はこれ、ダブルミーニングだと思ってます。ある古生物学者は「カンブリア爆発において、はじめて眼を持った生物が生まれた」という説を唱えているんですが、それを踏まえると「あれ、『Project Cambria』のRGBカメラによるビデオパススルー機能って、もしかしてVRに与えられた『眼』のことなんじゃないか?」って思えてきたりもします。

そうすると、「Project Cambria」はQuest 2みたいに「何千万台も売れました!」とか「VRコンテンツの売上や市場を非常に大きくしました!」といったデバイスではなく、新しいジャンルやカテゴリを切り開いて広げ、開発者/クリエイターに提示するデバイスになるんじゃないか、と。「Oculus Rift DK1」や「DK2」が出てきたときのような……とまでは言いませんが、近い位置付けのデバイスになるのかもしれません。

すんくぼ:
ありえると思う。「VRとかARとかMRって、こういうやつでしょ?」と言われていたのに対して、「世の中がまったく考えていなかった“概念”」とか、「こんなことができちゃうの!?」的なものを、また世の中に送り出そうとしているのは純粋に楽しみですね。

水原:
Project Cambriaは「それをきっかけに、すごくおもしろい、何かに向かっていく一歩」になるのかな、と。実際は「向かっていく」みたいな目的性はなくて、果てしないランダムウォークだと思うんですけど(笑)

すんくぼ:
またMetaはここで「Project Cambria」が大量に売れなくても痛くも痒くもないというか。

水原:
投資家向けのEarnings Callでザッカーバーグは「私たちは2030年代の未来に向けて準備しているのかもしれない」みたいなことを言っていたので、そういう世界観で戦っているものだと思っています。

すんくぼ:
結果は5年先だよ、みたいな。

水原:
「あとは勝手に歴史が証明してくれるから、やることやればいいんです」と。達観しているというか、ちょっと世界観が違いすぎる。あの会社のWebプロダクトは問題山積どころじゃないわけですが、それはそれとしても。

すんくぼ:
今回は「Project Cambria」の期待値を上げすぎた感はあるけれど、シンプルに楽しみだよね。

水原:
実際出てきてしょっぱかったらどうすんだって話はあるんですが、少なくとも私たちはすごくワクワクしています。デバイスそのものでなく、もちろんこれが何を生み出すのか、どんなふうに変えていくのか、生み出せるのか、変えられるのかも楽しみですし。

正直なことを言うと、今すぐ気絶して、気がついたら今年の下半期になっていてほしい(笑)

すんくぼ:
(笑)

(了)


VR/AR/VTuber専門メディア「Mogura」が今注目するキーワード