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業界動向 2021.02.07

さよなら、Google――彼らは本当にVRから撤退するのか?

2021年に入ってからも、GAFA(Amazonは除く)のVR/ARを巡る情報は休むことなく飛び交っている。FacebookはOculus Quest 2の好調をアピールし、レイバンと提携したうえでのスマートグラス発売に意気込む。AppleにはVRヘッドセットの噂が浮上し、ARグラスへの期待も相変わらず高い。

そんな中、Googleは静かにVR関連の取り組みをクローズさせている。GAFAの一角であり、VR普及にも一役買ったGoogleに何が起きているのか。これまでを振り返りながら考えてみたい。

2014年のCardboardが果たした大きな役割

Googleはまずダンボールの旗を立てた。2014年のGoogle Cardboardの発表だ。Cardboard、すなわちダンボールの名の通り、組み立て型のVRゴーグルでスマートフォンを差し込んで使う(サイズさえ合えば、OSを問わずどんなスマートフォンも使える)。Googleはこの規格をオープンソースで公開した。全世界が、スマートフォンでVRを体験できる手段にアクセスできるようになった。この後、激安の中国製VRゴーグルが市場に溢れたことは言うまでもない。「新しい報道」としてNew York Timesは購読者全員にVRゴーグルを配布したし、日本でも100円ショップにVRゴーグルが並んだ。

しかし、GoogleはなぜCardboardの仕組みを無料公開したのだろうか。それはコンテンツでの回収を見込んでいたからにほかならない。そしてVRゴーグルで体験できるコンテンツといえば、360度動画だ。YouTubeは2015年にいち早く360度動画に対応している。2021年の今でも、最も多くの360度動画が投稿されているプラットフォームはYouTubeだろう。

数が大量にあり、無料で閲覧できるケースが多い――となれば、360度動画はVRのコンテンツの中でもローエンドに位置するコンテンツと言える。個人での撮影や投稿も、360度カメラさえあれば手軽にできる。

2014年はOculusがFacebookに買収され、ソニーが後のPSVR(当時は「Project Morpheus」)を発表。いよいよVRの時代が来るのではないかという期待が高まっていた時期だ。この年に、GoogleはCardboardでローエンドからVRに参入にする意志を明らかにした。

コンテンツへの投資とその”素晴らしい”結果

GoogleはCardboard発表以降、VRコンテンツへの投資も行っている。たとえば社内のR&D;チームでは、3DoF(360度動画のように、移動はできないが見回すことができるタイプ)のコンテンツ制作のために専門のチームを立ち上げ、「Google Spotlight Stories」の名で作品を世に送り出していた。

ではその出来は……というと、怪獣映画をVRで表現した1作目の「Help」(2015)は素晴らしかったし、親子の絆を描いた「Pearl」(2016)は2017年のアカデミー賞にノミネートされ、船乗りの生活を描いた「Age of Sail」(2018)は今でも通用する素晴らしいものだ。彼らは積極的に開発者会議等でノウハウも公開しており、360度動画コンテンツへの貢献度は高い。

さらに「Expeditions」という取組では、教育におけるVR活用を促進するために、VR社会科見学の仕組みを整備。モデル校での実験的な取組も行っていた。

Googleは3DoF以外のコンテンツにも手を伸ばしている。自社製のVRアプリとして質・評価ともに目覚ましかったのが「Google Earth VR」(2016)だ。Google純正で、文字通りGoogle EarthをVRで体験できる。さらに2017年には高評価を得たVRゲーム「Job Simulator」のOwlchemy Labを買収するなど、広範に投資を進めてきた印象だ。

他にもVRペインティングソフトを作るTilt Brushを買収し、2016年にリリース。一躍人気アプリにのし上がった。3Dモデリングが行える「Blocks」を公開し、さらに3Dモデルをアップロードして共有できるサービス「Poly」をスタートさせた。なおPolyはAPIが開放されており、VR/ARのサービスを展開する企業は、APIを組み込むことで簡単に3Dモデルのプールへのアクセスが可能だった。助けられたチームも多いだろう。

こう書くとGoogleはVRへの投資を行い、そのうえで見事な成果を挙げたように見える。しかしほとんどのコンテンツは無料であり、すぐにGoogleが利益を得られるようなものではなかった。質が高くユーザーからも喜ばれる、という素晴らしい結果を出したものの、Googleにとっては喜ばしいと言えなかったのかもしれない。

ミドルレンジへの挑戦と失敗

そんなGoogleが2016年に発表したプラットフォームが「Daydream」だ。高性能なスマートフォン向けのVRプラットフォームで、専用のVRゴーグルも販売。体験できるVRの質はCardboardのそれを上回る。3DoF・6DoFの双方に対応するとし、一時期は非常に期待を集めた。

これは、スマートフォンにおけるAndroidの戦略と似ている。Facebook(Oculus)は3DoFでミドルレンジのデバイス「Gear VR」をSamsungと組んで展開していた。Gear VRとOculusのプラットフォームはSamsungのスマートフォンしか対応していなかったが、Daydreamは対応スマートフォンさえ増えればユーザーが増える。デバイスを一社に限定せず、将来的なユーザー層を広く取っておこうというわけだ。

さてDaydream用のヘッドセットは2017年末に発売。確かに対応スマホであれば、Gear VRと同等の高品質な3DoFのVR体験はできた。その後、一体型VRヘッドセットに注目が集まる2018年初頭、Googleは6DoFのVRヘッドセットであるMirage SoloをLenovoと組んで発表する。Oculusが3DoFのOculus Goを発売したその年に、Googleは6DoFのデバイスを市場投入した。6DoFなのは頭だけで、コントローラーを含めた完全な6DoF体験ではなかったが……。

しばしば欧米メディアが揶揄しているように、Daydream(白昼夢)はその通り白昼夢に終わった。Daydream向けのVRコンテンツは集まらず、Mirage Solo以降、Daydreamの6DoFデバイスが発売されることはなかった。一方のFacebookは2019年に完全に6DoFな体験ができるOculus Questを発売し、VRヘッドセット市場を席巻しつつある。

静かに始まったクロージング

Mirage Solo以降はVRで大きなアップデートのなかったGoogleだが、2019年の自社スマホPixel 4がDaydreamに対応しないことが明らかに。Daydream Viewも販売を終了、CardboardはSDKがオープンソース化され、Googleの管理下を離れた。続く2020年には最新のAndroid 11でDaydreamのサポートが終了されるとの情報がもたらされる。そして2021年に入り、立て続けにPolyのサービス終了、Tilt Brushのもともとの制作者の離脱とオープンソース化が明らかになった。

Googleは2019年から2021年にかけて、静かにVRの取組をクローズさせている。買収されたOwlchemy Labsは引き続きVRゲームの制作を宣言しているが、Googleとしての動きは明らかに鈍くなっており、実質撤退と見ることができる。

ではなぜGoogleのVRへの取組は失敗したのか。確かに彼らから出されたVRコンテンツの質はいずれも高かったし、Daydreamも悪くはなかった。Mirage Soloも癖は強かったが良いデバイスだ。

局所的に見ると、Googleの取り組みはある種AppleのiOSに対するAndroidの展開と似ている。VRではその相手はFacebookだったのだろう。

Googleのコンセプトは良かったが、スピード感と先読みの精度が甘かった。スマートフォンと違い、VRヘッドセットは常にハードウェアの機能が凄まじい速度で進化し続けている。

Facebookは3DoFと6DoFを並行で展開した。3DoFはスマホ接続型のGear VR(2015)から一体型のOculus Go(2018)へ。6DoFはPC向けのOculus Rift(2016,2019)を。そして、最終的には6DoF一体型であるOculus Quest(2019、2020)に収斂させた。一体型にVRの未来があると確信を持っていたからである。

Googleは年刻みでデバイスを急速に進化させるFacebookに追いつけなかった、と言えるのかもしれない。少なくともMirage Soloは完全な6DoFのデバイスを目指すべきだったはずだ。

そして、過渡期的な3DoFのVRコンテンツが市場を熱狂させることはなかった。VR向けの動画コンテンツは視聴形態の制約やコンテンツの面白さの伝達に難があった。プロ向けに高品質な360度作品を作るための「JUMP」という規格を提供したり、Mirage Soloと同時期に360度動画の制作難度を考慮し、180度動画を撮れる「VR180」規格を出し、Mirage Cemeraというステレオカメラを発売したが、すでにVRのメインストリームはより没入感のある体験が得られる6DoFに移ろうとしていた。例えば、Gear VRは1年少々で500万台を出荷するなど華々しい数字をあげていたが、VR開発者の多くはそれがスマホ購入時のオプションで無料配布されたものであり、初回起動以降のアクティブ率が低いことを知っていた。

Facebookは莫大な資金をコンテンツ投資に回し、良質なVRゲームを作るスタジオを支援し続けているほか、開発者向けの様々なフォローを行っている。既にその規模はGoogleの投資とは比べ物にならないほど巨大化している。

Googleの一体型VRヘッドセットへの取り組みは、Mirage Soloで潰えてしまった。一方のFacebookはOculus Questの販売を順調に伸ばしている。Oculus Questのように完全な6DoFのデバイスが、Daydreamのブランドの下、各メーカーから展開されるような未来が来ていたら、今の風景はもう少し違っていたのかもしれない。
 

Googleはまた夢を見せてくれるのか?

ここから先、GoogleのVRへの取り組みが終わってしまうのか、それとも再び夢の世界に誘ってくれるのかは分からない。ことARに関して言えば、GoogleはTangoという高性能なスマートフォン向けARのプロジェクトを長いこと研究開発し、2016年には商用化したが、対応デバイスの少なさから1年で終了している。

しかし、その流れは2017年末のARCoreに引き継がれ今に至る。ARに関しては専用デバイスを使うものよりも、より多くのスマートフォンで利用できるプラットフォームで展開を進めている。Tangoの仕組みはARCore(そしてMirage Solo)にも活かされており、その「血の繋がり」とでも言うべきものは確認できる。

VRに関しても、Daydream以外の何らかの規格やシステムが登場する可能性はなくはない。特にスマートフォンを有線接続するタイプの軽量VRデバイスは各メーカーが取り組み始めており、日本ではパナソニックが開発を進めている。そしてその緩やかな連合をQualcommが主導していることから、スマートフォンのOSを握るGoogleが関与する可能性もある。

Googleの優れたVRコンテンツは、「Google Earth VR」を筆頭に今でも体験することができる。配信は続くと思われるが、もし体験したことがない人は早めに体験しておくといいかもしれない。夢が覚めないうちに……。

<Googleが提供するVRコンテンツ>
・Google Earth VR(SteamOculus Store
・Tilt Brush(SteamOculus StorePS Store
・Help(YouTubeiOSAndroid
・Pearl(SteamYouTubeiOSAndroid
・Age of Sail(SteamYouTubeiOSAndroid


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