Home » フューチャーショップがKPI度外視で提示する、「未来のリテール」としてのメタバース


メタバース最新動向 2023.12.29

フューチャーショップがKPI度外視で提示する、「未来のリテール」としてのメタバース

様々な業界で「メタバース」の活用が模索されている中、EC業界で興味深い事例が登場しました。ECサイト構築プラットフォームを提供する株式会社フューチャーショップによるバーチャルワールドFUTURE 20th SQUAREです。

ヨーロッパのクリスマスマーケットをテーマに、ソーシャルVR「VRChat」にオープンしたこのワールドは、れっきとした企業によるメタバース進出事例です。しかし、このワールドには収益を直接生み出す導線はなく、代表取締役も「KPIは気にせず取り組んでいる」と語るなど、少し不思議な特徴を有しています。

商売っ気のない姿勢で作り出された、このクリスマスマーケットが売り出したいものとはなにか——。今回、Mogura VR Newsは本ワールドの完成披露会に参加。その様子とねらいをレポートします。

クリスマスマーケットで“体験”を売る

株式会社フューチャーショップは、SaaS型ECサイト構築プラットフォーム「futureshop」を提供する企業です。2003年にショッピングカートASPサービス「futureshop」をリリースし、現在の形へと変遷しつつ、2023年にサービスリリース20周年を迎えました。

これを記念して、ソーシャルVR「VRChat」上にオープンしたワールド(仮想空間)が、「FUTURE 20th SQUARE」です。一般向けにも公開されており、入場は無料です。

ヨーロッパのクリスマスマーケットをイメージした空間には、「futureshop」を利用している「伊藤久右衛門」「格之進」「京橋千疋屋」「治一郎」「北海道 北釧水産」「モロゾフ」の、6つの飲食店が出店。また、「Amazon Pay」をはじめとした決済サービス系が8社協賛するなど、関わる企業の数は比較的多めです。

屋台を模した各店舗のコーナーには、取り扱う商品の3Dモデルと、その商品にまつわるちょっとしたアトラクションが用意されています。「北海道 北釧水産」のカニしゃぶはカニをさばくところから調理でき、「治一郎」のバームクーヘン一本まるごと焼く工程を体験できる、などなど。商品のPR映像も用意されているので、3Dモデルで体験しつつ、現物を映像からより知ることができます。

ワールドの制作を指揮したのは、日産自動車やモスバーガーなどの「VRChat」進出も手掛ける株式会社往来です。コミュニティのクリエイターを積極採用し、現役の「VRChat」ユーザーにも強くアプローチするスタイルが特徴で、今回もワールド公開に合わせ、メディア関係者や業界関係者、コミュニティのインフルエンサーを招いた完成披露会を開催しています。本イベントのYouTube配信や、イベント後の出席者の口コミも功を奏したのか、公開直後は一定の来場者が見られた印象です。

その一方で、各店舗の商品の販売リンクなどは設置されておらず、購買行動は完全にユーザーに委ねられます。つまり、この空間は直接収益を生み出すものではありません。「VRChat」システム的には可能と思われるので、あえて外部リンクを設置していないと推測されます。

同業者にもぜひ見てほしい――「Second Life」住人だった代表取締役が示す、未来のリテール

「Eコマースのメタバース事業」ともいえる施策ながら、収益を狙う構造となっていないのはなぜか。株式会社フューチャーショップ 代表取締役・星野裕子氏の言葉を借りるならば、その理由は「記念事業だから」だと思われます。

星野氏によれば、「FUTURE 20th SQUARE」は20周年記念事業ゆえにKPIも度外視で、「未来のリテール」の提示のために取り組んだものなのだそう。従来のeコマースが「ものを買って終わり」になりがちで、「思い出が作れない」という点にフォーカスし、「ショッピングを楽しむ思い出を作る場」としてこうしたワールドを作ろうと思い至ったとのことです。

ワールドが「クリエイターマーケット」であるのも、「恋人同士でショッピングを楽しんだ思い出」の追体験がテーマだからなのだとか。そのテーマはPVにもあらわれています。

実際、ただ3Dモデルを並べるだけより、「実際に自分で作ってみる」体験をはさむほうが、商品への理解・関心は高くなるでしょう。VR機器を使ってログインすれば、一連のアトラクションは”自分の手”で行なうため、体験としてより強く印象に残るはずです。複数人で談笑しつつ体験すれば、「思い出」になるでしょう。

こうした「未来のリテール」の姿を、一般層だけでなくeコマースの同業者にも見てほしいと語る星野氏は、かつて「Second Life」のヘビーユーザーだった経歴を持つ人物です。「一時期は”住んでいた”といえる」ほど「Second Life」に熱中していた星野氏は、「クリエイティブこそ人の心を動かす」という持論を有しており、今回の施策が「VRChat」で実施されたのは、この持論が大きな決め手となったようです。

そうした熱意を感じ取ったのか、今回出店した6店舗は、フューチャーショップ側の「FUTURE 20th SQUARE」出店打診を快諾したとのこと。「伊藤久右衛門」に至っては即答したらしく、その勢いのあらわれか、完成披露会には担当者が自らVRで赴いていました。「未来のリテール」というビジョンに、企業側も少なからぬ関心を寄せている、と見て取れるかもしれません。

コンセプトカーのように、リテールやEコマースが未来はどのようになるのかを示すモデルケースとして、業界関係者も一度は体験してみてほしいワールドではあります。VRヘッドセットをかぶって、気の合う人とともにめぐってみると、なおよいでしょう。

「FUTURE 20th SQUARE」公式サイトはこちらから。


VR/AR/VTuber専門メディア「Mogura」が今注目するキーワード