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開発 2019.09.11

“VRらしさ”と“酔いにくさ”を両立する、「ASTRO BOT」のレベルデザイン【CEDEC 2019】

2019年9月4日から6日にかけて開催された、ゲームを中心とするコンピュータエンターテインメントの開発者カンファレンス・CECEC2019。Mogura VR Newsでは、ソニー・インタラクティブエンタテインメント(SIE)による『ASTRO BOT : RESCUE MISSION』の心地よいキャラクター操作とVRインタラクション」、そして「『ASTRO BOT : RESCUE MSSION』の驚きと心地よさを作るVRレベルデザイン」という2つのセッションに取材。VR空間での「プレイヤー」の存在を感じさせる仕組みと、酔い対策を含めたプレイヤーとキャラクターを心地よく動かすための工夫についてレポートします。

「ASTRO BOT:RESCUE MISSION」とは

ASTRO BOT:RESCUE MISSION」は、ソニー・インタラクティブエンタテインメントより発売されたPlayStation VR(PSVR)専用の3人称視点のアクションゲームです。

PSVRを装着し、コントローラーを持ったプレイヤーがゲーム中の主人公“ASTRO”を操作してステージを進んでいくゲームですが、ポイントはプレイヤーも“ASTRO”と同じVR空間にいるということ。プレイヤーはコントローラーを用いて、VR空間にいる“ASTRO”を三人称視点で操作するだけでなく、プレイヤー自身も一人称視点でVR空間に存在し、“ASTRO”の活躍を一緒に移動しながらアシストしていきます。

VRゲームにおける、プレイヤーとキャラクターの操作について

「『ASTRO BOT : RESCUE MISSION』の心地よいキャラクター操作とVRインタラクション」のセッションで登壇したのは、ソニー・インタラクティブエンタテインメント ワールドワイド・スタジオ JAPANスタジオのプログラマー、吉田匠氏です。


(ソニー・インタラクティブエンタテインメント 吉田匠氏)

VRならではの距離感が掴みやすいジャンプアクションへの工夫

VRの中でのアクションゲームには、「3次元空間のアクションであっても距離感が分かりやすい」という特長があります。従来の3次元空間を使ったゲームではジャンプアクションにおいて、足場と足場の距離感覚が掴みづらくなりがち。しかしVRでは「物体がどれくらいの大きさで、どれくらいの位置にあるか」が分かりやすいので、ジャンプアクションが非常にやりやすいとのこと。

また、VRでアクションゲームを作るにあたっては、「プレイヤーと操作対象との距離」にも注意が必要です。対象が近ければより立体感や距離感が掴みやすいのですが、1m以内にあると眼の水晶体の調節位置と眼球の輻輳角の違いという生体的な理由から(輻輳調節矛盾)、長時間見ていると目が疲れてきます。逆に5m以上離れてしまうと今度は奥行が分かりづらくなってしまう、という問題も。

したがって、1mから5mの間の距離であれば、距離感が掴みやすく、かつ快適なプレイができるということで、VRゲームを作るにおいてはその距離でコアなプレイを作るとよいようです。そして「ASTRO BOT:RESCUE MISSION」の主人公、“ASTRO”の大きさは20cmくらいなのですが、これは上述の快適に距離感を掴む距離にて動かすのに丁度いいサイズ感だとか。

“ASTRO”は1秒間に1m進む速さで動きます。その上で、VR空間でゲームをプレイするプレイヤーは、操作する“ASTRO”との距離が1.1m以上離れると、“ASTRO”の動きに追従して前進します(なお、プレイヤーの移動は正面の方向にのみであり、“ASTRO”が横や後ろに進んでもプレイヤーの移動は発生しません。後述しますが酔い対策です)。

VRゲームでは、プレイヤーのカメラ視点はスティックの操作によるものではなく、VR HMDを被ったプレイヤーの向いた方向がそのまま視点になります。快適に操作できる方法を探った結果、「ASTRO BOT:RESCUE MISSION」では、“ASTRO”はプレイヤーが向いている方向を正面としてます。つまり、コントローラーの左スティックを前に倒すと“ASTRO”はプレイヤーが向いている方向に動きます。

VR酔いしにくいプレイヤーの移動

一方で、VR空間でプレイヤーを移動させると、VR酔いを誘発することになります。
「移動しない」「ワープ」「移動するときは視界を狭める」などの対処法がありますが、
「ASTRO BOT:RESCUE MISSION」では“ASTRO”と一緒に冒険しているというわくわく感を出すためにプレイヤーの移動をさせています。

VR空間でのプレイヤーの移動がVR酔いを起こす原因と対応策として、以下のようなものがあげられます。

・移動している映像による知覚と三半規管による知覚のずれ
三半規管が検知する、加速・減速・回転運動について、大きさや頻度、生じる時間を減らす。また、周辺視野の動き(ベクション)を減らす。

・脳が予測する動きと実際の動きのずれ
きちんと脳が動きを予測できるようにする。予測できないような動きを減らす。

上記を踏まえ、「ASTRO BOT:RESCUE MISSION」ではVR酔いを減らすために以下のような工夫をしています。

・普段動かない方向への移動は酔いやすいため、プレイヤーの移動は基本前方向のみ。多少酔いづらい上下移動はあるが、左右や後ろへの移動はない。またプレイヤー自体の回転運動もさせない。

・加速や減速のスピードの調整。加速時は急でもじんわりでも酔いが発生しやすいが、減速については急に止まっても意外に酔いづらい。

・プレイヤーの入力でプレイヤーが動くようにする。自動移動はしない(例:自分で車を運転するときは酔いづらい)。どれくらいの入力でどれくらいの移動があるかが予測できると酔いづらい。

・特殊な移動の例1。動くカーペットによる“ASTRO”の移動、それにともなうプレイヤーの移動が発生するシーンにおいては、カーペットにより視野の下部を覆ってベクションを減らしたり、ガイドによって進行方向を分かりやすくする。

・特殊な移動の例2。トロッコでの移動のシーンにおいて、加速・減速時は広い空間にしてベクションを減らす。また、“ASTRO”はレールのコースに応じてスピードや動く方向が変化するが、プレイヤーの移動はすぐに最高速にして等速運動をさせ、また方向は前進のみである。

VRの世界により入るためのインタラクション

VRを使ったゲームでは「ゲームの世界に入る」という表現がされることが多いですが、プレイヤーがよりゲームの世界に「存在する」と感じさせるために、「ASTRO BOT:RESCUE MISSION」では、以下のような工夫でプレイヤーとゲームの世界のインタラクションを強化しています。

・キャラクターからのアイコンタクト。操作している“ASTRO”や、ステージにあるオブジェクトがプレイヤーに視線を向けてくる。

・プレイヤー自身の影が地面に映るようなライティングや鏡となるモニターにより、VR空間でのプレイヤーの存在を分かるようにする。

・視界を覆う墨など、プレイヤーに対し直接攻撃する敵。

・HMDについているマイクに息を吹きかけると花の綿毛が散ったり、水中で息をすると泡がでる。

・プレイヤーの動きによるステージへの介入。HMDを被ったプレイヤーが頭を動かすことで、VR空間上の障害物やボールをヘッドバットで動かすことができる。

・コントローラーガジェット。PS4のコントローラーのパッド部分を操作することで、VR空間でも同じ位置にあるコントローラーから、ロープや手裏剣などが出てきて、“ASTRO”の進行を手助けする。

VRゲームにおける、レベルデザインとは

「『ASTRO BOT : RESCUE MSSION』の驚きと心地よさを作るVRレベルデザイン」セッションに登壇したのはソニー・インタラクティブエンタテインメント ワールドワイド・スタジオ JAPANスタジオのゲームデザイナー、森田玄人氏です。


ソニー・インタラクティブエンタテインメント 森田玄人氏

「ASTRO BOT : RESCUE MSSION」では、プレイヤーと主人公キャラクター“ASTRO”とが独立した存在としてVR空間に存在し、“ASTRO”を三人称視点で操作しながら、プレイヤーも一人称視点で“ASTRO”と一緒にステージを進んでいきます。本セッションでは、VRらしさの表現とVR酔いの低減に対し、レベルデザインがどう関わっているかについて発表が行われました。

VRらしいレベルデザイン

森田氏は最初に、本ゲームでのレベルデザインが目指すゴールについて、「VR-NESS(VRである理由)を使って“ASTRO”との協力プレイを作る!」と述べました。そして、レベルデザインをする上で、VR-NESSである地形の特徴として、以下の5つを上げました。

・パースペクティブ
VR空間に広がるステージのあちこちを見たくなるような地形。
コインや敵の配置を工夫することで、プレイヤーの意識を物陰に向けるといった工夫もされている。

・ヴァーティカリティー
垂直性。つまりプレイヤーが下にいる“ASTRO”を見下ろしたり、プレイヤーの頭上にある床にいる“ASTRO”を見上げたりできる、VRならではの地形。

見上げる時は、“ASTRO”が立っている床をガラスや葉っぱのような透けるものにしたり、崖にして“ASTRO”の一部分でも見られるようにするなど、“ASTRO”を見失わないような工夫が必要。

・NEAR プレイ
プレイヤーの近く、目の前にまで“ASTRO”を移動させる地形。VR空間にいるプレイヤーに“ASTRO”が近づくと当然大きく見えますが、同時に“ASTRO”がプレイヤーがいる方向を見てアイコンタクトをさせることで、より存在感を増すことができる。

・FAR プレイ
NEAR プレイとは反対に、プレイヤーの遠くに“ASTRO”を移動させる地形。
2Dゲームの操作感のようなゲームプレイをさせることができる。
また、近くにいた“ASTRO”が遠くにいることで、心配したくなるような心細さをプレイヤーにもたせるなど、プレイヤーと“ASTRO”の関係性を変化させる役割も。

・360 プレイ
“ASTRO”がプレイヤーの周りを動くことで、プレイヤーに360度を見渡すことを誘導するような地形。ただし(有線接続である)PSVRでは、プレイヤーをぐるぐる回転させることはできないので、実際に360度をフルに使った地形はゲーム中に1箇所のみであるとのこと。

さらに“ASTRO”の動きの誘導だけでなく、プレイヤー自身もVRの世界に存在していることを感じさせる、VR-NESSな一人称を体験させるギミックや地形の配置も工夫されています。ただし、ゲームのメインはVRジャンプアクションであり、ゲームプレイのバランスとして、VRジャンプアクションを8割、一人称のVR-NESSを2割という割合にしていたそうです。

VR-NESSなゲームになっているかを確認する上で、テストプレイ中はゲーム画面だけでなく、プレイヤーの動きも観察し、目標が実現できていたかをチェックしたそうです。

酔わないようにするレベルデザイン

プレイヤーが移動していく上でVR酔いを低減させるような工夫は、移動方法の工夫だけでなく、レベルデザインの方からもなされています。

・進行方向がわかるレベルデザイン
どちらに進んでいるかが分からない状態だとプレイヤーが酔いやすいので、進行方向が見える形でレベルデザインを行う。ひとつの方策として、スタート地点からステージが見渡せるようなレベルがあげられる。
また、進行方向とはステージの中心線であり、柱などをシンメトリーに配置することも意識されている。その上で、いかに中心線を破壊せずにアストロの行動のバリエーションを増やすかという工夫もされている。

このような「ASTRO BOT : RESCUE MSSION」のレベルデザインは朝顔と支柱との関係に例えられます。支柱に寄り添うように上に伸びていく朝顔と同じように、進行方向を見失わないように中心線に沿ってレベルが伸びていくわけです。

・プレイヤーの動き出しを自然に感じさせるレベルデザイン
プレイヤーの移動は、VR空間にいるプレイヤーと“ASTRO”との距離が1.1m以上離れた際、“ASTRO”が前方に動くときのみ発生する(前述)。

プレイヤーが意図しないタイミングでの移動はVR酔いの誘因になる。
逆に言えばプレイヤーが動きたいと思ったタイミングで動けば酔いは抑えられるので、プレイヤーが動きたいという気持ちをレベルデザインでもコントロールする。

下の写真の例では、“ASTRO”が橋を動き始める時にプレイヤーの移動が発生するように、橋の位置がデザインされている。他にも、ジャンプで上がる必要があるような段差をつくり、明確に前に進む意思を持たせることで、プレイヤーの動き出しをアシストしているケースも。

こちらの行き止まりに見える地形は、プレイヤーの動きを止める(プレイヤーに進行を一休みさせたいと思わせる)「ストッパー」と言われるもの。ここで、“ASTRO”に広い空間を使ったアクションをさせる。

・移動する方向を見るようにするレベルデザイン
VR酔い対策として、移動する方向を見るようにする事があげられる。「ASTRO BOT:RESCUE MISSION」では、移動の起点は“ASTRO”であり、それを注視してプレイすれば酔いづらい。

“ASTRO”が下の方にいればプレイヤーも下方を向く。そのため、プレイヤーが移動する所ではプレイヤーの首の角度が酔いづらい角度になるようレベルをデザインをする。

トロッコのシーンでは、“ASTRO”はトロッコのレールに従い左右も含めて動くが、プレイヤーは前方にのみ一定速度で動く。その際、“ASTRO”が乗ったトロッコのスピードを調節することでプレイヤーと“ASTRO”の相対距離を変え、酔いにくい首の角度になるようにしている。これにより、派手な動きと酔いにくさを両立させている。

(参考)ASTRO BOT:RESCUE MISSION 公式Webサイト


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