2016年にOculus RiftやPlayStation VRなどが発売されて以来、VRという言葉を目にすることが多くなりました。VRの一般化とも言える今回の流れの発端となったのは遡ること5年、2012年のことです。
2012年8月、Oculus VR社(現Oculus社)は、PC向けのVRヘッドマウントディスプレイOculus Riftのクラウドファンディングを開始しました。このクラウドファンディングをきっかけに世界中の開発者がOculus Riftの存在を知り、その後20万台以上の開発者キットを使って世界中でVRコンテンツが作られるようになりました。
Oculus Riftの発案者であり、Oculus VR社の共同創業者であるパルマー・ラッキー氏(以下、パルマー氏)は当時19歳でした。2014年にOculus社はフェイスブックに20億ドル(当時のレートでは約2,000億円)で買収され、パルマー・ラッキー氏は一躍、億万長者に。
海外メディアでは「神童」とも表現されてきた同氏ですが、日本と日本のアニメ、そして日本のVRコンテンツのことが大好きで、一般の開発者との交流も欠かさないとても気さくな性格です。そんなパルマー氏は、この5月上旬に来日し、5月5日から3日間徳島市内で開催されたアニメイベント「マチ アソビ」を楽しんでいました。
筆者は今回、マチ アソビを楽しむパルマー氏に同行。SNSでも話題になった半裸に近いコスプレ姿で彼がイベントを楽しみ、開発者や業界関係者と交流する様子を見聞きしてきました。
パルマー氏は左から2人目。日本のVR開発の草分けであるGOROman氏(一番左)、高橋健滋氏(一番右)と。
全3回に分けておおくりするパルマー氏への本インタビューはマチ アソビの際に行ったものになります。等身大のパルマー氏の様子が窺い知れる、そして今後のVRに関するヒントの詰まったインタビューとなりました。
前編では、マチ アソビの感想と日本のVRシーンへの期待について語っています。
「自分が楽しみ、人を楽しませるため」
ーーマチ アソビでのコスプレお疲れ様でした。まずは、日本でコスプレをした感想から。
- パルマー・ラッキー:
- 楽しかったです。アメリカでは数々のコスプレ(※)をしてきましたが、日本では初めてでした。これまで、僕がコスプレをしてもこんなに注目を集めたのは初めてのことです。いつも誰も見てこないんですよ。今回は、日本だからウケたのかはわからないですが、“ユニーク”なコスプレだったことは大きかったと思います(笑)とにかく楽しかった。
(※)パルマー氏のコスプレ:『キルラキル』の纒流子、『オーバーウォッチ』のトレーサーなど数々のコスプレ好き。衣装を自分で作ることも。初めてのコスプレは『遊☆戯☆王』の海馬瀬人。
ーー今回、マチ アソビ期間中は同行させてもらいましたが、マチ アソビ自体とても楽しんでいらっしゃいましたね。
- パルマー:
- イベントを開催しているロケーションが本当に素晴らしいと思いました。大規模なアニメのイベントをするのに街全体を使うのは、いいアイデアですね。ビジネス向けに作られた狭苦しい小さなコンベンションセンター(会議場)でアニメのイベントをすると来場者で混んでしまいます。
そして、徳島の町もとても美しかったです。緑が多くて、川もあって……。舟の上からアニメの絵を見る「橋の下美術館」(※)も素晴らしかったですね。川沿いのコスプレエリアでも、水場のそばでコスプレをしてみなさんが写真を撮っている光景が印象的でした。
(※)橋の下美術館:マチ アソビの企画の1つ。徳島市を囲む新町川・助任川などを遊覧しながら、橋梁の真下に描かれたアニメの絵を鑑賞していく。
ーー実際、マチ アソビはまちおこしのイベントなんですよ。
- パルマー:
- 観光施策だったんですね。
ーー今回のコスプレもそうですが、パルマーさんの振る舞いはときにとても自由に映ります。こういった振る舞いには何か自分に対するルールなどあるのでしょうか。
- パルマー:
- 僕は仕事をするときは非常に自制しています。しばらくの間、僕は自分の時間をとにかく仕事に捧げてきました。しかし、仕事外のことになると話は別です。人にどう見えるか、どう思われるかを気にする必要はありません。何をしたら自分が楽しいかだけを考えればいい。そうすうればできる限り早く仕事に戻るためにも、気持ちをリフレッシュして、エネルギーを蓄えることができます。
僕は本当にコスプレが、そして人々を楽しませることが大好きです。今回クワイエットのコスプレをしたのは、コスプレが好きでもありつつも、僕のコスプレを他の人たちも気にいってくれるのではないか、と思ったからです。
――現在は退職をされてエンジニアをされていますが、フェイスブックで働いていたときはまさに仕事漬けだったということでしょうか。
- パルマー:
- Oculusのオフィスは広いフェイスブックの敷地の中にありました。確かに楽しい労働環境でした。でもやっぱり自制しなければいけないんですよね。フェイスブックでの仕事中にコスプレはできなかったので(笑)
――だからこそ当時パルマーさんは自分のことを「うまるちゃん」(※)と言ってたわけですね。
- パルマー:
- そうですね(笑)うまるちゃんは秘密を抱えています。彼女はオタクですが、外でそれを見せることはありません。僕も何年かそういう状態だったわけです。退職して独立して良かったのは、家でも外でもうまるちゃんとして居られるということなんです。
(※)ギャグ漫画原作のアニメ『干物妹!うまるちゃん』の主人公・土間 埋(どま うまる)のこと。外では才色兼備な女子高生だが、家では外見も変わり、グータラなオタク生活を送る
日本のインディVRコンテンツはクオリティが高い
――マチ アソビでは日本のVR作品を体験されてましたね。2年前、Unite2015に来たときにも色々なコンテンツを体験されましたが、今の日本のVRコンテンツについてはどうお考えでしょうか。
- パルマー:
- 感じていることは2、3年前と変わっていません。日本のVRコンテンツはかなりクオリティが高いと思っています。特に日本のインディのVR開発者コミュニティは、平均して見ると非常にクオリティの高いVR作品を作っています。また、アメリカやヨーロッパや世界の他の国は、ヘッドセットを持っているVRユーザーがたくさんいますが、作り手の数は非常に少ない状態です。日本ではVRコンテンツの開発者が多いと思っています。日本では、ヘッドセットを持っているだけのユーザーだった人がVRコンテンツを作り始めることもありますよね。(※編集注:欧米では、作り手とユーザーが分離している状況と対比している)
編集注:今回のマチ アソビでは徳島VR映画祭と題して、日本のVRコンテンツが展示されました。初音ミクとVR空間を活かしたUIでPC上のことができる『Mikulus』、ジャンプ漫画の世界をVRで楽しむ『ジャンプVR美術館』、VRアイドルのライブを楽しむ『Hop Step Sing』などが展示。パルマー氏はその全てを体験しました。
――クオリティが高いという部分ですが、日本のVRコンテンツの具体的にどういった部分に強みがあると感じましたか?
- パルマー:
- 全てのコンテンツを見たわけではないので、いくつかのコンテンツをやらせていただいた感想になります。日本では、多くの開発者がキャラクターに配慮していました。キャラクターのアニメーション、表情や声の雰囲気などに気を配っています。そういった点が日本のVRコンテンツを際立たせています。一方、欧米では、グラフィックのクオリティやエフェクトを重視した開発が行われています。キャラクターに対する配慮はなされず、アニメーションも声もどれもクオリティの低いものが多いです。
それから、日本の開発者は新しいデバイスへの期待が高いですね。たとえば、匂いのデバイスやハプティックデバイス、HoloLensなど、日本人開発者は新しい技術を(世界でも)最も早く試そうとしている人たちだと思います。一般消費者市場では受け入れられないものすら使っていることがありますよね。DK1(※)の初期(2013年)にあったデバイスで、Razer Hydraという手に持って動かせるコントローラーがありました。Razer HydraとDK1を組み合わせたコンテンツで最高の出来のものは日本で作られたものでした。また、Novient Falconというフィードバックデバイスを使ったコンテンツも日本でしか作られませんでした。欧米では誰も使わないデバイスでしたが、日本ではいくつもコンテンツが作られていました。
(※)DK1:Oculus Riftの開発者キット第一弾のこと。
Novient Falconを使った『Miku Miku Akushu』(2013年、開発:GOROman氏)
長期的に成功例がない中、生き抜くために
――ストアでの配信という意味で日本のVRコンテンツは欧米に遅れをとっているという声もあるのですが、どう思いますか。
- パルマー:
- 商業的なVRコンテンツ制作は現在非常に難しい局面を迎えています。成功しているように言われている開発チームでも長期的には成功しているとは言えません。たとえば、『Raw Data』を作ったSurviouは、うまくやっているように見えます。数億円を売り上げたと発表していますが、同時に50億円以上の投資を受けています。彼らは狭く見れば、成功していると言えるかもしれません。もっと長いスパンで見ると彼らは、良いコンテンツを作るためにまだ投資家から資金を得ている状況です。バランスシート的にはまだ成功したとは言えません。
先ほど日本のインディのVR開発者コミュニティが強いという話をしました。一方で日本から商業的に配信するコンテンツ開発会社はまだ非常に数が少なくなっています。日本にはソニーやコロプラ、バンダイナムコなど早い時期からVRに取り組んでいる企業があります。カプコンの『バイオハザード7』には本当に参りました(※編集注:パルマー氏はホラーが大の苦手)。一方で、数で比べると欧米の方が商業的なコンテンツを作っている企業は圧倒的に多いです。
――日本でも、インディの開発者でスタートアップを立ち上げたり、マネタイズにつなげていきたい人も多い、という状況です。成功するためにはどうしたらいいでしょうか。
- パルマー:
- 完璧な回答を言えるのいいのですが、かなり難しいですね。1つの問題として、日本で作られるVRコンテンツは日本人にとって魅力的でも、欧米のユーザーにはそこまで魅力的に映らないことが多いという点があります。日本のユーザー向けに作ってしまうと、ただでさえまだ非常に少ないVRユーザーの中でも大半を占める欧米のユーザーは購入しないかもしれません。
それでも助言できることは4つほどあります。1点目は「開発をするときは現実的に考える」ことです。億単位の売上を期待してはいけません。VR市場はまだ始まったばかりです。お金を得るために何ができるかは現実的に考えましょう。
2点目は「儲ける以外のことを考えているパートナーを見つける」ことです。たとえばプロモーションをするためにVRを使おうとしている企業はアニメ、映画など多くあります。彼らはマーケティングなどのための予算を確保しています。彼らは直接的にその予算で儲けようとは考えていません。こういった企業と組んでいくという方法は1つの道になります。レッドブルから開発支援を受けている開発者はレッドブルのロゴを使ってプロモーションに貢献している。
3点目は「この早い時期にどこでコンテンツを配信するかをよく考えなければいけない」ことです。PSVRやOculusのプラットフォームでコンテンツを配信することは決して敷居が低いとはいえませんよね。Steamですら日本語のみのコンテンツだと難しいかもしれません。プラットフォームが悪いとは思いません。彼らはビジネスとして、その市場を気にする必要はないという決定をしています。新しいプラットフォームを作るのは1つの解決策かもしれません。答えは持ち合わせていないのですが、プラットフォームの問題は難しいですね。
4点目に、「VRの将来はモバイルにあることを念頭におく」ことです。モバイルというのはGear VRのようなスマートフォン装着型のデバイスのことではありません。一体型でCPUとGPUが内蔵されているヘッドセットのことです。PSVRやPCベースのVR(Oculus Rift、HTC Vive)がどれほど人気になろうと、数億人規模の市場にリーチするデバイスにはならないと考えています。コンテンツを作る際には、内蔵されるモバイルデバイスのCPU、GPUで動くものを作る必要があります。最終的に非常に広いユーザーにリーチして、売上を立てる最善の方法です。特に日本ではPCゲームが欧米ほど人気ではありません。PCを持っている人たちだけをターゲットにすると非常に小さくなってしまいます。
VRの未来は一体型にあり
――パルマーさんは一体型が主流になると考えているのですね。
- パルマー:
- 長い目で見ると、未来のVRデバイスは一体型になります。10年から20年と息の長い話になりますが、VRユーザーの90%は一体型を使うようになるでしょう。数億人、数十億人がVRを使うほど普及するのは一体型だけだと思っています。一体型はGear VRのようにスマートフォンを使うものよりもずっといい体験が可能になります。PCベースのVRほどは良くないかもしれませんが、十分なパフォーマンスを発揮します。今後10年もあれば、一体型のVRヘッドセットは現在のPCベースのVRよりも良いものになるでしょう。アプリを使うには申し分のない体験が可能になります。
もしこれからVRで起業をして将来何を目指すのかを考えるのであれば、最終的に一体型を見据えておくといいと思います。
ーーOculusでは「Santa Cruz」という一体型のプロトタイプを開発していますね(2016年10月発表)。あの何世代か後のデバイスが普及するということでしょうか。
- パルマー:
- そう考えています。今はSanta Cruzよりもさらに良いものができていますよ。技術は常に進歩しますからね(笑)先ほど10から20年と言いましたが、今後数年という範囲でも一体型がVR市場の主流になると考えています。
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