Home » インバウンド需要無き新宿はXRで変われるか? 小田急とドコモのプロジェクトに迫る


活用事例 2020.12.06

インバウンド需要無き新宿はXRで変われるか? 小田急とドコモのプロジェクトに迫る

11月5日、NTTドコモと小田急電鉄は協業契約を締結し、XR技術を使った新たな”新宿”の街づくり計画XRシティ SHINJUKUを開始した。11月18日から来年の3月ごろまで、新宿エリア一帯の街角や施設で、AR/VR/MRなどを活用したコンテンツが続々登場するという。

これまでも観光施設とXR技術を組み合わせた取り組みは数多く登場してきたが、長期間かつ広範囲な地域を巻き込んでの施策は珍しい。実際にどのような企画が用意され、新宿の景色をどう変化させるのか。現地を取材した。

小田急百貨店前にARアートが登場 コンテンツの見応えは?

小田急百貨店新宿店本館1階の中央口前に設置されたのはXR Collection & Museumというコンテンツだ。文化ファッション大学院大学と多摩美術大学が協力し、スマホのARアプリ「STYLY」でアート作品を展示。スマホをかざすとアートを楽しめるようになっている。

会場は3つのエリアに分かれ、それぞれで別のコンテンツを楽しめる。取材関係者たちの目を特に引きつけていたのは、文化ファッション大学院大学が提供したARファッションショーだった。レッドカーペットのエリアにスマホのカメラを向けるとショーがはじまり、華やかな衣装を身にまとった3Dアバターが階段前のランウェイを歩く。

「STYLY」のコンテンツダウンロードにかなり時間がかかったものの、階段に水が流れたり、屋上を電子のクジラが遊泳したりと、細部が凝らされており、十分な見応えがあった。



多摩美術大学の学生が作成した展示物をARで鑑賞できるコーナーも。カメラをかざすと、カーペットの上や壁沿いに作品が出現する。登場するポイントが決まっているため、スマホの位置を自由に変え、さまざまな角度で鑑賞できた。展示品の中には制作当初からバーチャルでの展示が意識され、小田急のフロア一帯に作品が現れるというスケールの大きいものも見られた。

関係者は「コロナウイルス感染拡大の影響で、今年は大学生やアーティストの卒業展示の機会が失われた。なかには一年間制作したアートが展示できないままに破棄されてしまうケースもあった。今回の施策で、AR上でもアートを保存し、いつでも公開できるようになるきっかけになれば」と話す。

展示されていたコンテンツ自体は充実しており、ファッションやカルチャーの発信地のひとつである小田急百貨店らしい試みとなっている。ただし取材中アプリのインストールやコンテンツのダウンロードに手間取っている関係者が少なくなかったことは気になってしまった(筆者も、場所によってはダウンロード後のコンテンツ起動がうまくできなかった)。

また新宿駅と直結しているために人の往来が激しく、スマホのカメラを向けた際に一般客の顔が映り込んでしまうのも懸念点だ。趣旨を知らない人たちから不審がられてしまう可能性がある。百貨店という空間も、慌ただしく移動する人が多いため、一箇所に留まってじっくり作品を鑑賞するには向いていないように感じられた。

小田急関係者は今回この場所で実施した理由について「オープンな場所で通行する方々が取り組み自体をより知っていただきたい」と語っていた。たしかに人の目につきやすいスポットではあるが(現実には)何もない空間でじっとダウンロードを待ち、スマホであちこちを鑑賞する余裕が、買い物客にあるだろうか? まだ課題が残る印象だ。

サザンテラスで展開する物語形式のAR体験

もうひとつの催しは新宿南口のサザンテラスで行われた。このXR Wonder Parkでは、curiosity(キュリオシティ)株式会社とNTTドコモが共同開発したARアプリを体験できる。

事前にスマホにアプリをインストールし、起動するとゲームがスタート。会場はサザンテラスの3つのエリアで行われ、用意された「スキャンポイント」をARカメラ機能で捉えると、ストーリーが進行していく。先ほど紹介した「STYLY」はとどまって鑑賞するAR体験だが、こちらは対象エリア一帯を歩き回りながらミッションをクリアしていく形式だ。

スマホのカメラを四方八方に向け、キャラクターやアイテム、物語のヒントなどを探っていく。ときには木の幹や看板、オブジェなどが急にキャラクターとして現れ、こちらに話しかけてくることも。かなり広範囲をスマホを持ったまま移動するため、道行く人と衝突しないように気をつけなければならないが、AR機能を探索や謎解きに活用できるという点はとても新鮮だった。ストーリーに沿った仕掛けも豊富で、満足度は高い。

また、サザンテラスという立地を選んだことも功を奏したように感じた。このエリアは敷地として十分な広さがある上、道を行き交う人達の数も駅周辺の中では比較的穏やか。今後、この場所で暇をつぶしたり、散策したりしている人向けに、今回のようなコンテンツを提供するのは良さそうだ。周囲に喫茶店などの休憩できるスペースも多い。

他方、このゲームは立体音響を採用しているため、スマホの「マナーモードOFF」が推奨されている。仮にイヤホン無しだと、スマホからキャラクターのセリフや音楽がダダ漏れになり、どこかでマナー違反しているような気分になってしまう。音対策にも何かしら良いアイデアが欲しいところだ。

メインの体験とは別に個人的に興味深かったのは、空中にメッセージを書いて、SNSのように投稿できる「空間メッセージ機能」だ。スマホをかざすと、何もない空間に誰かが残していったメッセージを読むことができる。1人でプレイするゲームでありながら、誰かと一緒に経験したかのような不思議な一体感があった。将来、新宿の街中にこうしたメッセージが多く残されるようになれば面白いかもしれない。

「新たな街づくり」を目指して

今回の小田急とドコモの取り組みにはどのような狙いがあるのか? 小田急の担当者に話を聞いたところ、見えてきたのは「新宿の新たな街づくり」という目的だ。

「これまでの新宿の街づくりは、個々の企業が取り組みを進めれば自然と発展していくという発想でしたが、今後は自社やグループの中だけで完結するような事業では限界があると考えています。他企業とも協力し、それぞれの得意分野を掛け合わせていくことが重要であり、今回ドコモと協力したのは、テクノロジー分野の力をかけ合わせ、より魅力的な街づくりができないかと考えたからです。リアルの場においても(XRのような)デジタル技術をかけ合わせれば、より新宿が面白い場所として認知が広がり、人々の活動を高めていけるのではと期待しています。この取組自体を街全体に発展させていき、『XRシティ』としてブランディング化されることを目指していきたい」(小田急担当者)

その根底には今の新宿を仕事や買い物の中継地としてだけでなく、街自体を面白がってもらいたいという思いがあるという。一方のドコモ側は、より多くのユーザーに実際にXRコンテンツを体験してもらい、サービスを検証することが今回の狙いだ。

「今回5G対応でなくとも楽しめるコンテンツにしたのは、お客様により広く使ってもらいたいからという理由でした。XR技術のコンテンツは実際に体験してもらわなければその魅力がなかなか伝わりづらいものなので、小田急百貨店のような魅力的な施設で、コンテンツを楽しんでいただき、認知を広げるのが重要だと思っています」(ドコモ担当者)

インバウンド需要が見込めない新宿の行く末は?

今回の取材で気になった点は、両企業(特に小田急側)が構想する新宿の街づくりという狙いの部分だ。著者はライター業の傍ら、新宿ゴールデン街のバーにも勤めている。新型コロナウイルス感染症拡大以降の新宿は、以前の活気をすっかり失っている印象だ。

その原因のひとつは、海外観光客の著しい減少であることは間違いない。2019年秋、ラグビーワールドカップが開催された頃の新宿はどの施設も海外観光客でにぎわい、一帯はお祭り騒ぎとなっていた。そのあまりの盛り上がりから、飲食店では英語の注意書きが出され、警察の巡回も強化されていたことを記憶している。

それは新宿という街が「人同士がより近い距離でコミュニケーションを楽しめる場所」として世界的に認知され、ラグビーというビッグイベントを契機に急速に広まったからだ、と筆者は考えている。それ故に、新宿のサービス業従事者は、東京オリンピックでさらなる客足の増加を(トラブル増発の不安とともに)予感していた。あるいは期待していた。

しかしオリンピックが中止になって以降、歌舞伎町周辺は「夜の街」として感染拡大の要因になるとの見解が生まれ、街全体のイメージはマイナスに傾いた。歓楽街の施設や老舗の飲食店が閉店・縮小し、「より近い距離を楽しむ」タイプの娯楽は忌避されるようになった。2020年現在、新宿は電車移動での中継地としては利用されているものの、長く滞在するような場所としての価値が下がりつつあるように思う。

今回のXR技術を取り入れたコンテンツは、人同士の距離が離れていても体験できる上、作品を通して誰かとの繋がりを感じられるという点で非常に魅力的だ。特に「空間メッセージ機能」のような試みは、「距離が近くなくとも繋がりを感じられる」新たなコミュニケーションの方法のひとつとして、大きな可能性があると感じる。インバウンド需要の見込めない現在の新宿で、こうした可能性をひとつひとつ探っていくことは重要なはずだ。

一方でXR技術と都市を組み合わせた事例としては、先んじて渋谷が積極的であることは見逃せない。clusterの「バーチャル渋谷」や渋谷PARCOのデジタルアートイベントなど、エンターテイメント系のプロジェクトが数多く、新宿はブランドイメージをどう差別化するのかも課題となるだろう。

12月26日(土)からは、MRデバイス「Magic Leap 1」を利用した謎解きイベント「code name : WIZARD」が小田急百貨店で実施される。これを機に、新宿はより「面白い」場所として進化していくのか注目していきたい。

執筆:ゆりいか


VR/AR/VTuber専門メディア「Mogura」が今注目するキーワード