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セミナー 2021.12.21

人間の価値観や社会はどう変わるのか?30年後のミライを語ったXR Kaigi 2021基調講演レポート(後編)

国内最大級のVR/AR/MRカンファレンス「XR Kaigi」が今年も開催されました。完全オンラインだった昨年とは異なり、今年の「XR Kaigi 2021」はオンラインカンファレンス「XR Kaigi Online」(11月15日~17日)と、リアル会場での展示・体験会「XR Matsuri」(11月25日・26日)のハイブリッドイベントとしての実施となります。

イベント初日となる11月15日には、基調講演「XR作戦会議~30年後のミライを語る~」が開催。大阪大学大学院教授の石黒浩氏、株式会社アラヤ代表取締役CEOの金井良太氏、慶應義塾大学大学院教授の南澤孝太氏の3氏が「XR普及後の未来に何が起き、また何を起こす必要があるのか」をテーマにトークセッションを行いました。


(左から南澤孝太氏、金井良太氏、石黒浩氏。モデレーターはMogura VR編集長の久保田瞬が務めた)

目次

1. 脱「ひとつの自分」。身体から抜け出せ
2. 加速するパラダイムシフト。ミライを見据えた先行事例も
3. 社会実装に向けた法律・倫理の議論もスタート
4. 意識と肉体。「脳」を所有する自分とは何か?
5. リミッターを外しミライを展望せよ

脱「ひとつの自分」。身体から抜け出せ


(ミライのテクノロジーが日常となる時、人の心はどう変容するのか?へと議論は進む)

前編から続く)

久保田瞬(以下、すんくぼ):

「身体、脳、空間、時間の捉え方」が変わると、人々の価値観はどうなるとお考えでしょうか?

石黒浩氏(以下、石黒):

「生身の制約」からの解放が一番大事になりますね。身体の問題で制約されていた、これまでの価値観がすべて変わるでしょう。つまり、さまざまな差別の問題から解放されるということです。

差別やいじめは、身体や能力、住んでいる場所など、生身の身体に起因することが多いですよね。それらをすべて取り払える世界が来る、というのがアバターの世界。逆に、身体障がいのありなしに関わらず、アバターの能力を発揮できる人が多様に存在してくるわけで。集中的なトレーニングで、むしろ健常者よりも優れたアバターのオペレーターも出てくるでしょう。

すんくぼ:

身体ではない部分が、人の価値を生み出していくと?

石黒:

そうですね。それが何になるかは実際にその世界が到来しないとわからないですが、少なくとも生身の身体に起因するような価値観は薄れるでしょう。そしてその人のクリエイティビティやオリジナリティのような、物理的ではない価値に変わっていく気がします。

すんくぼ:

生身の身体からの解放、ということですね。それでは、同じく生身の身体という分野で研究しておられる南澤先生に伺います。

南澤孝太氏(以下、南澤):

石黒先生のおっしゃったことが、まず大きな変化として訪れると思います。さらに、自分と他者というものが変わり、自分が必ずしも「ひとつの自分」ではなくなるでしょう。

すでに哲学の人たちが「分人」(※)という考え方を議論し始めていますよね。自分の中に存在する「パラレルな人生」をうまく統合することで、経験値が積み上がる世界になると思います。その際に、その人が「どんなパラレルな経験を選ぶのか?」といった、それぞれの違いなど「個人の中でのダイバーシティ」をどう作りあげていくかが大事になると。

※分人:小説家・平野啓一郎氏が自らの著書で提唱した概念。人間を一つの「個人」ではなく、シチュエーションに応じた様々な「分人」の総体として捉える考え方のこと。

また、時間も圧縮できるようになるはずです。例えば職人が3年の修行が必要だったものが3時間でできたり、誰かの1年の経験を1日で体験したり。さまざまな体験や技能の価値も変わるので、そのときに何を選ぶかでその人が構築され、むしろその部分が大事になってくる可能性はあるのかな。

場所や身体に囚われる必要がなくなる代わりに何が重要になるのかという点で、視聴者コメントでもたくさん「仕事をしなくて済むんじゃないか?」とありましたが、そのとおりだと思います。

逆に、今8時間やっている仕事をアバターに任せることで自分は1時間働くだけで済む、となったときに、じゃあ自分は今までの10倍働く、というのではあまり幸せにならないので。仕事が10分の1の時間で終わり、より自由な時間が増えて「自分は何をするか」となったときに価値観は変わるのかなと。

すんくぼ:

時間の使い方も変わってくると。

南澤:

人生経験の中での時間配分が変わる気がします。


(慶應義塾大学大学院メディアデザイン研究科(KMD)教授の南澤孝太氏。セッションでは個人の中でのダイバーシティや、分人としての人間のあり方を問うた)

すんくぼ:

身体、時間というところでお話しいただきました。次は金井先生、お願いします。

金井良太氏(以下、金井):

まずこれからは身体のような生まれつきの格差、例えば見た目のいい人が得をするようなことが減るだろうと。メタバースが普及するにつれ、技術的にも補える部分が増えるので、生まれつきの身体や能力的な格差も減るはずです。

その一方で、いま話題になっているメタバースやNFTなどが新たな経済格差を生み出す感じがして。さまざまなデジタルな技術がどんどん安価になり、結果的に人は豊かになってきましたが、それを逆流させることも起きるのではないかと思っています。

先ほどクオリアという言葉を出しましたが、これから人はもっと、自分の感じていることを大事にすることが必要になるんじゃないかな。例えば他人よりお金を持っているとかいい立場にいるとか、そういうことで優越感を得る価値観から、自分が幸せかどうかといった、主観的な感覚と向き合うようになるだろうと。

そういう価値観を持つことが今後大事になると思っていますが、人間が実際にそうなれるのかが難しいところです。今後「生きるために働く」から抜け出して、自分の幸せと向き合うような転換が起きるべきだと思っているけれど、難しさもあるだろうなと

すんくぼ:

経済的な格差が広がる可能性について指摘されましたが、実際にバーチャル空間での自分の姿として、アバターを作る人が増えています。

その中で、アバターにかけた金額やアバター制作技術など、オリジナルでこだわったアバターの人と汎用的なアバターの人の経済的・技術的な格差が現時点でも生じています。新しい身体になったがゆえに出てくる差は、まだまだあるかなと思うのですが。

金井:

本来はみんながなんでも自由に持てる世の中に近づくはずだと思うのですが、根本的に人間が他人との比較から自由になるのは難しそうですね。ただ、クリエイティブなことをやっている人に経済的なインセンティブが働く仕組みは重要だと思います。

すんくぼ:

まさに人しだいということですね。

加速するパラダイムシフト。ミライを見据えた先行事例も


(3DCGやXR技術を用いたスタジアム型のバーチャル会場に登壇者と観客の反応をインタラクティブ返すアバターが集う。新しいイベントの形を提示したXR Kaigi 2021)

すんくぼ:

さて、変化は突然起きるものではなく、最初は数人、数十万人から始まり、そこがマジョリティになり、徐々に移行していきます。パソコン、インターネット、スマートフォンが現れ、一時期はデジタル・ディバイドなど、取り残される人が生まれました。今後も変化できる人・できない人といった、格差が生じる期間が長く続くと思いますが、実際に変化する過程はどのように推移するとお考えでしょうか?

南澤:

よくも悪くもコロナ禍で5年早まった感はありますね。これがなかったら、この変化はまだ10年先の話だったかなと。強制的な変化が全世界的に起きたことを、もはやポジティブに捉えるしかなくて。デジタルなコミュニケーションやインタラクションがあり、その中で仕事をするのが普通になった中で、そこに対してどういう価値を提供できるか、ここから5年が勝負かなと思います。

先行事例はもうあって、例えば僕らが一緒にやってるOry Lab(オリィ研究所)分身ロボットカフェでは、重度の障がいを持っていたり寝たきりの方々が、アバターロボットとして毎日普通にカフェで仕事をしています。

その方々は外部とのコミュニケーションを100%アバターで取っていますが、その中で自分の新しい一面や意識の変化といった、人との社会的なインタラクションの変化が起きているんですね。また、高齢者の方がVRを使うというのも始まっていて、体が不自由で、外に出るのがおっくうだからこそVRを活用したり。

あとはVRChatcluster(クラスター)など、アバター世界の先行事例をきちんと体系化していきたいですし、それらがどう広がりうるのか考えていけたらいいですね。


(大阪大学大学院基礎工学研究科システム創成専攻 教授の石黒浩氏。肉体から切り離したアバターで新しい人類の創造を目指す)

石黒:

コロナ禍で加速したのは間違いないです。2010年ごろ、テレビ会議システムと移動台車を組み合わせたアバターの会社が世界的に30から50ほどできましたが、コロナ禍前までにほとんどの会社が事業をやめていました。リモートで働くことが社会の中で受け入れられず、働き方改革ができなかったんです。でも今はリモートで働くことが完全に受け入れられ、その点はクリアできました。

もうひとつ、これからは「実際の本人とは違う見た目で働く」ということをクリアしなければならないんですね。この点がこれからどうなるかが勝負ですね。

メタバースのような世界でみんながアバターを使い始めて、違う見た目でもきちんと経済活動を営めるとなると、今度はアバター認証機構も必要になると思います。それももう時間の問題で何とかなるんじゃないかな。少なくとも、もっとも大きなハードルである「リモートで働く」がクリアできたことは企業にとって大きな変革でした。

また、インターネットという大きなプラットフォームができあがったので、いろんなコミュニティがそれぞれの価値観で運営されていくと思うんですね。だからそのコミュニティが嫌だったら違うコミュニティに行けばいいし、非常に高級なアバターで運営されるコミュニティもあれば、もっと安くて誰でも参加できるコミュニティもあったり。

そういうのは多様化していくので、ひとつの価値観だけでおしなべていいとか悪いとか言われる時代は、もうなくなるんじゃないかなという気がしてますね。変化はローカルにどんどん起こりながら、いつの間にかそういう世界になっていると。全体が一緒に変化することはないと感じます。

社会実装に向けた法律・倫理の議論もスタート


(価値観のアップデート。新たなテクノロジーの社会実装を前に考えておくべきことは?)

すんくぼ:

SNSで複数のアカウントを持ち、まったく違うコミュニティを使い分けることがすでに当たり前なので、それがアバターという身体性を伴ってさらに加速するのでしょうね。

次に、2050年を目指す動きの中で、社会システムとしての受け入れ体制や、倫理面からの議論も併せて考える必要があるというお話がありました。これまでの取り組みも含め、将来的な検討事項や、今後議論すべき点を伺います。

石黒:

「倫理や道徳とは何か?」という問題ですよね。

そもそも人間の価値観の中で「正しい倫理」といった定義や答えはないんです。倫理は時代やその時々の価値観でまったく変わってしまうわけですよね。だから今の価値観で倫理を議論しても、未来の技術の倫理の議論にはならないと。

そういう意味では、今の倫理や価値観の中で新しい技術をみんなが無理なく取り込むためにはどう支援すればいいか、という議論になるのが正しいのかなと。

一方で、倫理の問題が取り上げられるのは僕はすごく重要だと捉えています。絵空事であれば倫理の問題さえも議論が起こらないわけで。アバターに関しては本格的に倫理の議論も始まっていて、本気で準備が必要だと感じているシグナルだと思っています。

すんくぼ:

実際に社会実装されるからこその議論ですね。

南澤:

すでにVR界でもアバターへのセクハラなど、新しい価値観に移ろうとしているのに、古い価値観を引きずることでさまざまな問題が起きています。

ロボットアバターが今後シェアバイクのように社会に溶け込み、いろんな場所にアバターが存在するようになったとして、アバターというのは現状では「器物」扱いなんですよね。人が入ってアバターとして活動しているのに、物理的には機械というモノ扱いで。じゃあ「アバターが殴られたらそれはどう捉えるのか」という話です。

身体に対する価値観が大きく変わる中で倫理をどうするのか、という問題が起きていて。今後、法律が研究的にも面白いフィールドだと僕は感じています。

今までの法律学では、過去に起きた犯罪や裁判を分析して先行事例としてきましたが、それがないわけです。だから先に「こんな未来になるだろう」というストーリーを作って、そのストーリーに沿ってどういった法律を整備する必要があるのか検討しなければならないでしょう。

法律をデザインすることも含め、社会でどういう人が使うかを描きながら研究に取り組む必要がある点が面白くもあり難しくもあるのですが、そうすることで社会を変えることにつなげていけると思っています。

すんくぼ:

今年はメタバースが大きな流れになりましたが、手法としてはSFプロトタイピングも話題になり始めているので、法律もそうした手法を使いながら考えていくこともできるかもしれないですね。

南澤:

そうですね。僕らのチームにはSFプロトタイピングをやっているメンバーもいて、一緒に議論を始めていますが、もはやサイエンスフィクションではないんですよね。ニアフューチャーではないですが、別の意味でのSFになりつつあって。

石黒:

法律ってすごく面白いと思ってて。法律って「人間」の定義がないのに人間をコントロールするという、非常に難しい分野なんです。だから、過去の事例ベースでしか法律は成り立たないんですよ。

実は、未来のことを考えて法律は作れないんです。僕らのプロジェクトに法律家の先生にも入ってもらっていますが、「未来のことは考えられない」って言うんです。ものすごい想像力でシミュレーションするしかないと。人間の定義の下に法が決められるのが理想だけれど、それができない。なぜなら人間の定義は変わるからで、変わっていく中で法の議論をどうやってやればいいのかと。

でも、僕はそろそろやり始めなければという気がしてならないんですよね。すべてが起こってから後追いで法律の問題をやるのでは、技術の普及を妨げることになりますし。そう考えると、インターネットは法律がないところでゲリラ的によくやったなと。

これから本格的に先読みするような法律の研究が出てくるのはすごく面白いですね。でもそれは人間の定義から考える、ものすごく根本的な難しい問題ですよね。

南澤:

人がたくさん集まった企業の人格を「法人」と呼ぶように、アバターはもっとフルイド(fluid、流動的)なものになると思います。人間がアバターにつながり、だんだんとそのアバターを切り離して独立し、独立したアバターがまた別々に活動するといったときに「どこまでが自分なのか?」という。

日本の面白いところは、さまざまなアニメでSFが描かれ、多くの方が実感を持ってること。だからこその強みも出てくるかもしれません。


株式会社アラヤ 代表取締役CEOの金井良太氏。社会基盤へ及ぼす影響について提言)

金井:

我々のチームも法律家の先生に入ってもらっていて、法律って決まったことをやるのかと思いきや、未来に関する思考実験みたいな要素があって。「もしこういう技術ができたらどうなるか?」といった観点など、意外とクリエイティブなやり方もあるなと。

それに法律って科学的にわかってないことについて、あたかも存在するかのように決めて進めているのが面白くて。例えば「意図」といった存在は脳科学の観点からはわからないけれども、それがあたかも当然存在してるかのようにね。

石黒:

意識というのは法律的にはわりと明確なんですよ。裁判でも「意識はありましたか?」って聞かれますよね。でも「意識はまだ科学的に存在が証明されていません」って言ったら、たぶん怒られるんですよ(笑)。

金井:

あと、既存の国家は地理的に決まったものですが、みんなが心の中でメタバースをイメージしたときに、国家から独立したレイヤーのものが立ち上がることを思い描いてる気がするんですよね。

そうなると、法律を作るのも国じゃなくなるとか、選挙で国会議員を選んで法律を作ること自体が古くさい仕組みになって、そのへんを密かにアルゴリズムで置き換えたりとか。そういった野心的なことが徐々に起き、いつか革命を起こして国家と対立するなんてことが発生するんじゃないかなと。

倫理なのかわからないけれど、「そのルールを決めるのは誰か?」といったことが本質的に争いのきっかけにもなるし、議論の目的にもなる可能性があるんじゃないかなと感じています。

石黒:

社会主義や資本主義も仮説ですよね。そういう社会システムまで含めて考えていかないとダメなんでしょう。バーチャルの世界での何々主義って、どういうものが健全なのかはさまざまな仮説があって。多様なものが仮想世界でできると面白いと思います。

意識と肉体。「脳」を所有する自分とは何か?


(個人としての意識は細かく分かれ「分人」へと進化。そして最後の縛り「肉体をどう捉えるか?」へ)

南澤:

今まで意識は肉体に宿っていたからこそ、意識を肉体のある場所で区切って国境線も引いていましたが、もはやそれが妥当ではなくなると思うんです。そうすると意識のレイヤーで国境線を引くのか、という話が出てきて。

それに近いことが起きているのが、SNSの中の見たい情報しか見えなくなる「フィルターバブル」の話ですよね。アメリカ国内でも、国境はないのに明らかに赤(共和党)と青(民主党)にハッキリと分かれてしまったり。

ローカルに小さなコミュティがたくさん立ち上がって、場所や空間を気にせず、ローカルルールの下で同じような価値観を持ってる人が集うことはできる。でもそれが下手に先鋭化すると、リアルで幸せじゃないことが起きるっていうのも、僕らはすでに経験してしまったと。

石黒:

でもね、いろんな仮想世界ができたら、その日のモードによって価値観が変わるようになると思うんですよ。

南澤:

完全にアメーバ的になっていけばいいんだと。

石黒:

南澤君が分人の話をしたのがまさにそうで。それぞれの中に違う価値観を持って生きる、価値観の集合体でいい気がするんだけどね。

南澤:

例えば、自分の中で0.3人格、0.2人格、0.5人格と別れて存在し、それが集合したものが自分である、みたいな新しい定義はありうると。そうすると選挙も一人1票ではなく、「こっち側にこのぐらい投票したい」みたいな概念が出てくるかも。

石黒:

世界を広げることが、僕らの楽しみだったり、差別をなくすことだったりと、人間の可能性を広げると思うんで、無理やり実世界に縛られる必要はないし、仮想世界もたくさんあればいいんじゃないかな。

南澤:

そういう意味では、最後の実世界の縛りである「肉体をどう捉えるか」がもうひとつの課題で。今の国家が残るなら、肉体保全というか、肉体のウェルビーイング(幸福・健康)をどうマネジメントするかという。

石黒:

早く肉体から解放されたほうがいいんだよ(笑)。

南澤:

僕は肉体もウェルビーイング派で、石黒先生は肉体から切り離した新しい人類を生み出そうとしていて。金井さんはどうなんですか?

金井:

メタバースではまだ物を食べたりできませんよね。結局、現在の技術だとなにかしらフィジカルなものが必要です。国家の話でも、住む場所で税金を取られることから自由になるのは難しいんじゃないかな。

脳と脳をつなぐ観点では、脳をつなぐことができれば、記憶のアップローディングもできると思うので、自分自身のコピーをたくさん作ったり、体から自由になる可能性はあると思ってます。ただ、それはすごく時間のかかることだから、50年くらいでは起きないのかな。

石黒:

一番エクストリームなことをやってる金井君が一番慎重な意見(笑)。

金井:

いや、時間がかかるなと(笑)。技術的にできる可能性はあるし、人間がいつかそこにたどり着くのも間違いないですが、ただ、今ある技術で脳をアップローディングするのはなかなか難しいだろうと感じますね。

石黒:

でも本気でやろうとしたら、脳と脳をつなぐのは原理的には難しくないわけじゃない。

金井:

ある程度はできると思います。

石黒:

そうなるといろんな体を共有したり、経験を多重化できたりと、人間の体の制約を超えて進化した形が見えるんじゃないかなと。

金井:

最初は線虫とか、シンプルな生き物のアップロードができるかとか。それぐらいは目指せるかな。

よく「脳と脳をつなぐってどういうイメージか」って聞かれるんですけど、実は我々の脳の中も、右脳と左脳がつながって一人の人間になっているわけですよね。それと同じで、自分の脳と他の人の脳がつながったら一人の人間になれて、全員で一人みたいになっていく可能性もあるかなと。

石黒:

今のネットの世界もその様相があって、メールやZoomなどいろんな形でずっとつながり、コロナ禍でさらに密結合してる気がします。

金井:

人間一人ひとり処理できる量が限られている、そこが根本的に拡張するとかなり変わるんじゃないかなと。Twitterを見ていても、言語ベースだと処理できないほどたくさんの情報があるじゃないですか。

石黒:

南澤君と僕は「身体所有感」に取り組んでいますが、「脳所有感」もあるような気がしていて。脳がつながると、どの範囲を自分の脳と思っているのかとか。

南澤:

それがないと、エヴァンゲリオンのL.C.Lの海に溶けちゃうことになっちゃうので(笑)。でも人類補完計画のようにならず、みんなでつながりを持ちながら、うまく脳の所有感をキープできるとL.C.Lの海に溶けずに済むと。

すんくぼ:

アニメ「PSYCHO-PASS サイコパス」でも、同じように脳がひとつにつながっていくという未来があります。フィクションで描かれてきたことが社会実装として見えたとき、フィクションの世界で起きていることをリアルなものとして考える必要がありますね。VRに取り組む我々からしてもまだ先に感じる話ですが、脳を扱う金井先生たちからすると、実際にもう考えるフェーズに入ってきているんですね。

リミッターを外しミライを展望せよ


(ミライのために、いま準備すべき視点や能力とは?)

すんくぼ:

今回のお話も含めて、XRに興味がある視聴者のみなさんに、30年後に向けて養うべき視点や能力は何か、一言ずつお願いします。

南澤:

今までの価値観から、大きく変わろうとしてます。自分の中の制約を取り払って、新しい世界が生まれることを想像しながら何かを作っていくことですね。

ビジネスで受け入れられるためには、現実世界と地続きに作る必要がありますが、そこに縛られすぎるとミライに飛べないので。そういった制約を一度取り払って、新しいルールや価値観の下で世界を考えることを一緒にやっていければと思います。

すんくぼ:

VRやARのさらにもっと先を考えることが大事なんでしょうね。

金井:

XR業界には、SFにインスパイアされて、それを実現しようといった心意気の人がけっこういるんじゃないかなと。

現代の技術では難しいことだったり、「そんなことやって意味あるの?」とか「現実とSFやフィクションの区別がついてない」などと言われて、自分自身でもそう感じてしまうことがあったとしても、そこは無邪気に「できちゃうんじゃないかな?」と真剣に信じてやることが大事だと思います。それで失敗しても、人生は楽しいと思うので。ちょっと変なことを信じて、突き通してやってくれると世の中面白くなっていくと思います。

すんくぼ:

面白さというところにフォーカスしてコメントいただきました。では最後に石黒先生、お願いします。

石黒:

ミライの価値観を想像するのは難しいですが、今の価値観でミライは作れません。今の価値観を持つ人々が我々の提案を判断できないときに、そのギャップをどうやって埋めていくか考える必要があります。人々をミライのテクノロジーにガイドするような方策が今後は重要になるので、そういった点をみんなで議論し、協力できるといいですね。

すんくぼ:

みなさま、あらためて本当にありがとうございました。

★XR Kaigi 2021 基調講演「XR作戦会議~30年後のミライを語る~」の動画はこちら。


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