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業界動向 2021.03.21

「使いやすいアバターシステムを作る」エストニアのスタートアップが狙うバーチャル世界の“身体”

コロナ禍でバーチャル空間に注目が集まるようになった。バトルロイヤルゲーム「Fortnite」での音楽ライブや「VRChat」「cluster」をはじめとするバーチャルSNSでのイベントなど、国内外を問わずあらゆる催し物の「バーチャル化」が進んでいる。

バーチャル空間にアクセスする際に必ずといっていいほど必要になるのが、バーチャルの世界で自分の分身となる「アバター(avatar)」だ。

そして、バーチャル空間が盛り上がるほど、アバターに関する技術や文化もそれに応じて勢いを見せる。ユーザー側からすればアバター、すなわち自分自身がバーチャル空間に“顕現”する際の姿かたちにこだわるのはごく自然なことだろう。

しかしまともにアバターを作ろうとすると並々ならぬ時間、あるいは費用が発生する可能性もある。さらに複数のバーチャル空間サービスがある状態だと、ユーザーにはサービスごとにアバターを作らなければいけないという手間が生じる。TwitterやLINE、YouTube、TikTok、FacebookといったSNSのアイコンを全て別々に設定する、あの煩わしい手続きを思い出してみてほしい(そして、何倍や何十倍も面倒になった状態を考えてみてほしい)。

こうした状況を受け、3Dアバターの作成を容易にし、さらに複数のサービスで横断的に使えるようにしようとする動きが生まれている。そのひとつがエストニアのスタートアップWolf3Dだ。同社はアバター作成システム「ReadyPlayerMe」を展開している。彼らの大きな特徴はふたつ。たった1枚の写真から3Dアバターを作れること、そして様々なゲームやバーチャル空間サービスに積極的に展開し始めていることだ。

3Dスキャンからアバター作成へのピボット

Wolf3Dは2014年に創業。元々は人体の3Dスキャンにハードウェア開発ともども取り組んでいた。卵型のスキャン装置の中央に座るとグルリと囲んだカメラが撮影を行い、独自のデータベースに基づいたアルゴリズムで処理され、3Dモデルが完成する。

しかし、後に彼らはこのビジネスを断念、顔が写っている写真1枚でアバターが作れるサービスに移行した。CEOのTimmu Tõke氏いわく、「もっとアバターづくりを手軽にすることを目指した」とのこと。3Dスキャンを行っていた背景から、3Dアートとデータサイエンスに強みを持つ彼らが生み出したのが「ReadyPlayerMe」だ。

ReadyPlayerMeでは、ユーザーはまず写真を元にするかどうかを選択する。この段階が日本にも多くあるアバター作成システムと異なるポイントだ。写真をアップロードすると数秒でアバターが表示される。そのまま使っても良いのだが、カスタマイズもできる。現実の自分をアバターにするというよりは、現実の自分をベースにしたアバターが作れる、と言うのが近いだろう。アップルのMemojiなどでもとられているアプローチだ。「個性を出してもらうことは重要だと思っているので写真を使わないこともできる選択肢を設けている」とはTõke氏の談。


(写真から生成されたアバターは似ているような似ていないような見た目なので、カスタマイズをしてリアルな自分らしくすることも、全く別人にしてしまうことも自由にできる)

現実の自分をベースにしたアバター作成に力を入れている理由について、Tõke氏はこう語る。「今は現実の知り合いとゲームやソーシャルVRでアバターで話すことも多い。そういうときはリアルなアバターでいいのではないかと考えてる。逆に、バーチャル空間でリアルでは知らない人と出会うのであれば現実に近いアバターは要らなくなりますね」と。ゆくゆくはもっと非現実なアバターも作成できるようにしたいそうだ。


(Wolf3D社が実写とデフォルメの中間地点を狙っていることを説明している図。Tumuu氏によれば、シンプルすぎず、リアルすぎないちょうどいい塩梅を見つけたと思っている、とのこと)

各種ゲームやサービスとの連携を重視

ReadyPlayerMeで注目したいのは、アウトプット先を重要視している点だ。使い道がなければアバターは作られない。システムを使ってくれるユーザーの数のみならず、使えるゲー
ムやバーチャル空間サービスの数を重視している。

現在、ReadyPlayerMeはMozillaの「Hubs」や直近では「VRChat」にも対応し、現在対応しているサービスは50程度だという。現在も多くの開発企業との連携を進めており、さらに加速度的に増やしていくようだ。提携企業の数は「すぐに数百になるだろう」と自信を見せる。

Wolf3Dは、コンシューマー向けにWebサイトでのアバター作成を提供すると同時に、B2Bで、企業に対してアバター作成システムを提供している。既に彼らのホームページには企業名が並ぶ。

次に狙うのは…?

次にWolf3Dが狙っているプラットフォームを訊いたところ面白い返事が返ってきた。それは「VRM」だ。日本発のアバターフォーマットであるVRMは、日本国内でも「Reality」、「cluster」、「バーチャルキャスト」などのアバター、バーチャル空間サービスが対応している。汎用性の高いアバタープラットフォームを目指すWolf3Dにとっては、一気に複数のサービスに対応できる。

Wolf3Dがアバターにここまで注力するのはなぜだろうか。「若い人たちは(現実世界の)バスケットボールのコートでだべるのと同じように、いまやフォートナイトやマインクラフトなどのゲームの中で自然とアバターを使うようになっている。今後VRやARのデバイスがもっと手軽になって、コンテンツを作るエンジンがより強力になったら、今以上にもっとバーチャル空間に入ってアバターを使うようになるだろう。これは不可欠な流れだと思っている」(Tõke氏)。

「単一のサービス、単一のバーチャル空間が全てになるではなく、複数のサービスにまたがって無数の世界が沢山存在すると思うが、僕は将来の人たちが、それをまとめて一つの大きな存在として捉えるようになるのではないかと思う。それがメタバースであり、今のインターネットのような存在になっていく」未来に向けての話を聴いてみると、Tumuu氏は、日本でVRMの根っこにある思想とも近い考えを持っていた。そして、世界に応じてアバターがどうなっていくのかはずっと考えているようだ。「そういう未来がきても“自分がどう見えるのか”は大きなポイントになるだろう。リアリスティックなアバターだけじゃなくて、アニメ調のアバターもあるだろうし……」

Wolf3Dは、バーチャル空間用の身体を作成し提供することに特化しているが、今後どのような展開を見せるのだろうか。彼らの旅は始まったばかりだ。


Wolf3DのCEO Timmu Tõke氏。アバター姿にて。


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