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VTuber利活用 2021.03.01

教育現場でVtuberは活用されるか? 小学校の授業から考える

「みんな一人しかいない特別な存在。VTuberには正解などなくて色々試すことができるのが面白いところだね」

小学生12名に向かってそう語りかけたのは、教室のモニターに映し出されたVTuber。生徒たちは彼女の話に真剣に耳を傾けていた……。

2月3日(水)、千葉大学教育学部附属小学校で行われた「地域コミュニティの活性化」をテーマとした公開授業。その内容は、小学生がVTuberを制作し、地元の魅力をPRする動画を発表する企画だった。一体、授業ではどのような取り組みが行われたのか、オンライン発表会の様子を取材した。

小学生はVTuberデビューに成功するのか?

今回の「小学生がVTuber動画で商店街を活性化」というプロジェクトは、グリー株式会社と千葉大学教育学部が共同で実施しているものだ。ゲームを中心としたエンターテインメントの教育的活用を目的として、2013年から継続的に実施。今学期では帰国学級12名(4年生~6年生)が授業に参加している。


(千葉大学教育学部の学生が生徒たちの授業をサポート)

これまでの授業の中で、生徒たちはバーチャルアプリ「REALITY」を利用し、VTuberを自らの手でデザイン。そして地元の商店街「ゆりの木商店街」(JR西千葉駅)を直接取材し、飲食店で働く関係者にお店の魅力を聞き出した。さらに商店街のプロモーション動画に、VTuberとして出演したという。

もちろん千葉大学教育学部の学生たちのサポートがあったというが、上記の内容だけで十分に驚かされた。そもそも授業でVTuberを作成する時点で、ハードルがとても高いからだ。

生徒たちが利用したバーチャルアプリ「REALITY」は、服や髪型などのテンプレートを選択してデザインできるため、VTuberツールの中では直感的に分かりやすいタイプではある。しかし、VTuber知識のない小学生たちが扱うとなると、それぞれの生徒のスマートフォンを確認しながら、つまづきを解消することになり非常に大変である。

しかも、その授業を商店街の調べ学習と関連づけて学ばせるには、最終的にどのようなモノを作ろうとしているのか、お手本になる完成形の動画やイメージが無ければ難しい。小学生自身としてリアルで行った地元商店街の取材と、画面の中のVTuberを作る授業が結び付かず、生徒の動機付けがしにくいという問題もあるだろう。

そのため、こういった授業の場合、学ぶ側が能動的に「やってみたい」と思うような強い動機が必要となるはずだ。取材前、記者は生徒たちが何故この授業に取り組めていたのか、それが気になっていた。

小学生がVTuberに「なりきる」ために必要だったこと


(今回のプロジェクトのためにデビューしたVTuberのゆりたん)

授業がはじまった。教壇の横には大型のスクリーンが設置されていた。開始後まもなく、小学生たちはスクリーンに向かって「ゆりたん!」と呼びかける。すると、画面には緑髪のVTuberが映し出され、生徒たちに向かって挨拶した。この授業には、VTuberの「ゆりたん」がゲストとしてオンライン参加しているのである。

VTuberゆりたんは、これまでの授業の流れを振り返って説明すると、本日の授業で、PR動画の発表会を行うと話し、生徒たちと一緒に完成した動画を見守ることになった。この動画は教育学部の学生が制作。生徒たちはVTuberのセリフ部分を担当したという。

スクリーンに、生徒たちの通学路すぐ側にある「ゆりの木商店街」の風景が映し出された。やがてVTuberゆりたんが商店街を訪ね、さまざまなお店を巡っていくという流れに。中華料理屋や喫茶店など、各スポットごとにVTuberたちが登場して、ゆりたんにお店の魅力を紹介していくという内容になっていた。


(画像のVTuberを黒髪にしたのは、喫茶店のコーヒーの色に合わせたとのこと)

もちろん、登場するVTuberのデザインは生徒たち自らでデザインしたもの。デザイン時には、どんなキャラがお店の雰囲気とマッチするかを考えながら制作したそうだ。

興味深かったのは、生徒たちのVTuberの演じ方である。男子生徒は女性キャラクターの容姿に合わせて、声を高く調整したり、あえておどけた演技を加えたりと、セリフひとつひとつに工夫がなされていた。

実際、生徒たちは動画での工夫点を教師に聞かれ、「VTuberの表情がはっきりとうごくよう、口を大きく開けるようにした」「VTuberの姿に合わせた声にするよう心がけた」と、発表していた。

これも驚くべき点だろう。なぜなら、その工夫に至るまでには「VTuberの表情と自分の表情が同期する」ことを理解し、「女性のVTuberであれば、こんなイメージで話すはずだ」というイメージを持ち、自身の発声で表現するという、ひとつひとつの段階を踏むことが必要だからだ。

つまり、生徒たちはこれまでの授業を通して、各ステップを理解し「VTuberとなって表現すること」ができていたのである。

なぜ、生徒たちにそのようなことが可能だったのだろうか。授業を観察するうちに気づいたのが「ゆりたん」というお手本の存在だ。

正体を明かしてしまうが、ゆりたんは千葉大学教育学部の学生Yさんである。しかし、彼女はあくまで「ゆりたん」として教室に現れ、生徒たちにも「優しく語りかけるお姉さん」として接していた。生徒たちも当然、彼女の裏側に人がいることは分かっている。だからこそ「ゆりたんを演じているようにやればいい」という発想が自然と湧いたと考えられる。


(ゆりたんから与えられたミッションに真剣に取り組む生徒たち)

さらに、この複雑な授業を成立させているのも「ゆりたん」の存在が大きいように思えた。彼女が「これは、何かな?」「〇〇をやってみよう」と、細かなミッションを投げかけると、生徒たちは前のめり気味で返答していたからだ。

おそらく、教師でもなければ保護者でもない、VTuber「ゆりたん」そのものに興味を引かれたからこそ「彼女の話を聞きたい」「もっと学んでみたい」と、前向きに取り組んだのではないだろうか。

事実、授業をサポートした教育学部の学生たちに話を聞いてみると、VTuber関連の授業プログラムに対する生徒の関心度は非常に高く「ゆりたんからお願いするというかたちで授業を進行するとスムーズに授業が進んだ」そうだ。


(授業で上映された動画はSNSにも投稿された。生徒たちが帰国学級であることから、中国語や英語などのバージョンも公開されている)

授業自体はその後もつつがなく進行。動画をYouTubeに投稿する過程やSNSでの告知方法について学び、無事に授業は終わるかに見えた。

しかし、最後に予想しなかった出来事が起きた。VTuberゆりたんがリアルでの姿、つまりYさんの姿をスクリーンで披露したのである。Yさんの姿を見て、生徒たちは驚くというよりは、深く納得したかのような表情を浮かべていた。Yさんが「ゆりたんになれば、顔出しの恥ずかしさが消えるのも、(VTuberの)良いところですね」と話し、生徒たちがそれにうなずいていたのが印象的だった。

最後の顔出しの意図について、Yさんに尋ねてみたところ、生徒側から「ゆりたんの中の人が見たい」「最後は現実の顔を見せて欲しい」といった音声メッセージや手紙が多数届いたため、そのリクエストに応えたのだそうだ。

現状のVTuber文化では、現実の素顔を表に見せるパフォーマンスは、あまり一般的ではない。ともすれば、炎上にも繋がる行為になることもある。しかし教育現場では、生徒側に現実での姿とバーチャルでの姿の印象の違いについて学ぶきっかけに繋がるという効果がある。

もちろん「知りたくなかった」という生徒の意見も出てくることは考えられるので、今回の対応が正しかったかどうかは判断が難しいところだ。しかし、そうした賛否を含め生徒ひとりひとりが考え、議論できるのであれば、授業と成功していると言えるだろう。

VTuberは教育現場で活躍できるのか?

授業終了後、ひとりの生徒に感想を聞いてみたところ「アバターづくりは(教室の)チームで一緒にできて、すごく楽しかった。友達とも話しあいながら色んな工夫できて、全部楽しかったです」と回答した。VTuberを今後もやってみたいかも聞いてみると「プライベートでもやってみたいけど、ちょっと緊張してしまうかも。ゆりたんがやってるような、人と話すような動画を制作してみたい」とのこと。今回のプログラムは生徒たちにとって非常に好印象であることが分かった。

一方、授業をサポートしていた教育学部の学生サイドでも、授業への手応えは十分に感じられたそうだ。「小学校まで電車で通学している子が多く、地元の商店街にどんな店があるのかを知らないという声が多かったので、この授業で興味を持ってもらえたのは嬉しかった」と、学生の1人が話していた。

VTuberゆりたんを担当したYさんも「今後のオンライン授業の幅が広がったように思います。VTuberから生徒に色んなミッションを出して、子どもたちに考えさせるきっかけを与えるような授業を展開してみたい」と、今後の活用にも意欲を見せた。

手応えはあった分、苦労も非常に多かったという。何より動画制作に時間がかかり、生徒たちの授業に対する要望にも十分に応えられかったという反省が見られた。「(VTuber関連の授業の用意は)教員にとっては大きな負担でした。ツールの扱いや動画制作に慣れていなかったのも問題だったと思います」といった意見もあった。

確かに教育現場にVTuberを導入するには、まだまだ超えるべきハードルがいくつもあるように感じられた。今回対象となったクラスは少人数かつ、落ち着いた雰囲気だったが、全ての学校がこのような構成であるわけではない。複数人のサポートは必須であり、十分な機材の用意も必要だ(リモート授業の影響で、PCやタブレット端末が普及しつつあるというニュースも発信されているが、まだまだ学校ごとに格差があるのが現状だろう)。またインターネット上で表現活動を行うのであれば、セキュリティやプライバシーへの理解も当然重要となるため、教育現場の教師陣が指導できるのかも鍵となってくる。


そういったことを乗り越えた上で、VTuberが教育現場で活用されることになれば、生徒たちの授業へのモチベーションは向上するだろう。実際、にじさんじ所属のVTuber郡道美玲氏の歴史授業やグウェル・オス・ガール氏の微分積分授業などは、視聴者から高い評価を得ており「勉強に対するやる気が上がった」「はじめて数学を面白いと思った」といったコメントが散見される。ネットリテラシーへの理解も深まり、ネットでのクリエイティブな表現活動に興味を持つ生徒も出てくるはずだ。そういった点で、VTuberの教育現場でのポジティブな効果があるといえるだろう。

千葉大学教育学部副学部長・藤川氏によれば、今後のVTuber関連の授業プログラムは一旦ゼロベースに戻した上で、グリーとともに考えていくとのこと。「VTuberは媒介だと思っています。今回は、教師と生徒だけでなく地元商店街の人々をつなぎ、豊かなコミュニケーションを築きあげました。今後も社会情勢の変化を踏まえつつ教育プログラムを構築していきます」と話していた。

今回のようなプログラムがどのように発展し、生徒たちにどのような効果をもたらすようになるのか、引き続きVTuberの教育現場への進出動向に注目していきたい。

執筆:ゆりいか


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