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業界動向 2023.09.20

VRゲームスタジオの新規事業とは? 日本のMyDearestが挑む「パブリッシング」

2023年6月、日本のVRゲーム会社であるMyDearestが新たに「パブリッシング事業」を開始した。MyDearestは2015年に創業、「東京クロノス」や「ALTDEUS: Beyond Chronos」、「DYSCHRONIA: Chronos Alternate」などのVRゲームを世に送り出してきた。ゲーム関連の数々のアワードを受賞しているほか、Meta Quest 2のローンチタイトルに選ばれるなど、コンテンツ力に定評があるスタジオとして、その地位を固めつつある。

では、VRゲームスタジオであるMyDearestは、なぜ「パブリッシング」をスタートしたのか? 本記事では、VRゲームのパブリッシングについて、MyDearestでパブリッシング事業を担当するユナ・マチュー氏の話を交えながら紹介する。

「パブリッシング」とは何か?

ゲーム業界における「パブリッシング」とは、他の企業や個人開発者が制作したゲームを広く流通させ、消費者の手元に届ける役割を指す。もちろんパブリッシャーが担うのはパッケージ版の流通だけではなく、PCやモバイル機向けプラットフォーム、Nintendo SwitchやPlayStation 5等のコンソール機向けプラットフォームへの配信手続きも行う。

プラットフォーム企業との交渉や販売、プロモーションやインフルエンサーの手配、ローカライズなど、「ゲームをプレイヤーに届けるために必要なこと」は非常に多岐にわたっている。これら流通に関わる仕事を引き受けるのがパブリッシャーだ。

世界にはゲームのパブリッシングを手掛けている企業が多々あり、そのどれもが個性的だ。インディーゲームであればDevolver DigitalやAnnapurna Interactive(あの猫のゲーム「Stray」のパブリッシャーだ)がある。日本国内であればスクウェア・エニックスやスパイク・チュンソフトなど、有名なタイトルを制作している企業もパブリッシングを行っている。


(インディーゲームのパブリッシャーとして広く知られているDevolver Digital。「Hotline Miami」のヒットを契機に拡大し、直近では「Cult of the Lamb」「Inscryption」「Terra Nil」などを世に送り出している)

パブリッシャーという仕事は、ゲーム市場が拡大するにつれて、必然的に重要性が増していく。特にインディーゲームは個人開発、もしくは小規模チームであるケースが大半を占めており、ゲームを作るだけで精一杯なことも多い。交渉や広報、宣伝まで手が回らないことがほとんどで、これをあの手この手で助けるのがパブリッシャー、というわけだ。特に、大量のゲームが毎日のようにリリースされる各種プラットフォームにおいて「どう流通させていくか」「どう注目を集めるか」は大きな課題となっており、開発者は常にこの問題に頭を悩ませている。

黎明期の「VRゲーム市場」でパブリッシャーが担う役割

パブリッシャーの必要性は、プラットフォームの状況によって大きく異なる。個人開発者でも開発者登録への門戸が開かれている「App Store(iOS)」や「Google Play(Android)」等は、圧倒的に配信がしやすい。

その一方で、コンソール機向けのストアでの配信はハードルが高く、開発者からすると「交渉の窓口すら見つけられない」ということも。いざ交渉が始まる段階になっても、一向に議論が進まなかったり、配信までの段取りが見通せなかったりと、道のりが不透明になりやすい。ここで、コンソール機を含む各種プラットフォームでの配信経験を多く有し、ネットワークを築いているパブリッシャーの出番となる。

では、VRゲーム市場はどうか。正直なところ、概ねコンソール機向けのプラットフォームに近い状況だ。2023年時点でVRゲームにおける最大のプラットフォームはMetaの運営するQuest向けの「Meta Store」だ。

しかしMeta Storeは品質審査が厳しく、その他のハードルも高い。VRゲームに参入したばかりのスタジオがMeta Storeで配信を行うことは、原則としてほぼ不可能だ。代わりにサブストアとして「App Lab」があるものの、こちらにも審査基準が存在しており、無事リリースするために多少のコツがいる。


(Meta Store。配信するにはクオリティの高さや他プラットフォームでの人気、VR酔いへの配慮など、様々な要素が問われる)

Meta Storeに次ぐプラットフォームとしては、PlayStation VR2に対応している「PlayStation Store(PS Store)」がある。そしてPS StoreはPlayStation向けコンテンツのプラットフォームそのものであり、開発機の手配を含め、簡単に申請・配信できるものではない。

PCVR向けのゲームが多く配信されているPCゲームプラットフォーム「Steam」は比較的審査が緩く、小規模な開発者でも配信はしやすい。その反面、配信されているVRゲームの数も多く、「いかに目に留まるか」のプロモーションなどが重要となる。

このように、現在のVRゲーム市場は小規模スタジオからすると、いささか新規参入しにくい状況となりつつある。そこで「VRゲーム専門のパブリッシャー」が登場することは当然の流れとも言える。

VRゲームのパブリッシャーは、VRゲームスタジオから生まれる

MyDearestは、これまでMeta Store、PS Store、そしてSteamと、各種プラットフォームでのVRゲーム配信を手掛けてきた。また日本国内のみならず北米やヨーロッパなど、各種ゲーム市場で自社のゲームを売り出してきた。この配信からPRまでのノウハウを、パブリッシャーとして後続の企業に提供していこうというわけだ。

同社のパブリッシング事業を担当するユナ・マチュー氏はフランス出身。ロンドンでゲームのローカライズに携わった後に、日本のゲーム会社であるKlabでローカライズなどを経て、続いてFacebook Japanで「Facebook Gaming」のパートナーマネージャーを担当。プラットフォーマーも開発会社も、そして日本市場も海外市場も知る「ゲーム業界の橋渡し役」と言えるだろう。


(ユナ・マチュー氏。なお「人生最高のゲームはスーパーファミコン版の『ファイナルファンタジーⅥ』」とのこと。2012年から2020年まで、グリーやKLabなどのゲーム企業で海外展開を担当。2020年から2022年までFacebookのFacebook Gamingチームに所属し、日本のゲーム企業のパートナーマネージャーとして活動。2023年1月にMyDearestに入社、パブリッシング部門を立ち上げた)

2023年3月にサンフランシスコで開催されたGDC(Game Developer Conference)では、世界中のVRゲーム開発者とミーティングを重ねたというマチュー氏。「今のVRゲームの市場では、マーケティング的にうまくいくかどうかよりも、開発者の情熱やコンテンツの面白さ、個性的な体験を大事にしたい」と語る。モバイルゲームの世界に長くいたマチュー氏にとって、VRゲームは「リテンションや数字ではなく、ゲーム体験の面白さ自体が非常に重要な分野」だと語る。今回、MyDearestが初めてパブリッシングしたVRゲーム「Squingle」も、イギリス在住の個人開発の手による非常にユニークなタイトルだ。


(VRパズルゲーム「Squingle」。立体的な迷路の中を進みステージクリアを目指す。サイケデリックなビジュアルやサウンド、そして何より“手ざわり”が非常に個性的)

マチュー氏は「様々なチームの橋渡し役をしたい」と語る。プラットフォームでの配信だけでなく、海外タイトルの日本市場の展開支援や、国内タイトルの海外展開の支援なども広い意味でのパブリッシングとして考えている。マチュー氏の「日本で成功したがるゲームスタジオは多い」との言葉には筆者も同意だ。かの任天堂を有し、ソニーがPlayStationを産み、数々のゲームを世に送り出してきた。海外でゲームに携わる人は、日本に特別な想いを持っていることも少なくない。

VRゲーム市場で自社タイトルを配信してきた経験を活かし、パブリッシング事業に展開するのはMyDearestだけではない。海外ではオランダのVRゲームスタジオであるVertigo Games、イギリスのnDreamsなどが数年前からパブリッシング事業を手がけている。

これらのスタジオと比べ、日本にベースを置いているという点はMyDearestの大きな特徴だ。マチュー氏いわく、「国内からもすでに多くの引き合いをいただいている」とのこと。自社タイトルに加え、他のスタジオとの二人三脚で進んでいくMyDearestから、今後どのようなタイトルが登場するのか楽しみだ。


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