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メタバース最新動向 2022.06.29

メタバース時代は「偶発性」と「AIエージェント」に注目、ゲームAI研究者の三宅陽一郎氏に聞く

(※本記事は書籍『メタバース未来戦略 現実と仮想世界が融け合うビジネスの羅針盤』の内容を一部、許諾のもと編集・転載したものです)

2021年以降、爆発的な話題となった「メタバース」。産業として拡大し、個々の表現や技術も洗練され続けている「デジタルゲーム」分野との距離は決して遠くない、いやむしろ重なり合っている部分が多い。メタバースにはどのような可能性があるのか、そしてどのような変化を生活にもたらしうるのか。ゲームAI研究の第一人者である三宅陽一郎氏に訊いた。

三宅 陽一郎 / Yoichiro Miyake
ゲームAI研究者・開発者。2004年よりデジタルゲームにおける人工知能の開発・研究に従事。立教大学大学院人工知能科学研究科特任教授、九州大学客員教授、東京大学客員研究員・リサーチフェロー。国際ゲーム開発者協会日本ゲームAI専門部会設立(チェア)、日本デジタルゲーム学会理事、人工知能学会理事・シニア編集委員、情報処理学会ゲーム情報学研究会運営委員。

ハードウェアの進化とUGCの活発化

——ゲーム業界において、AI(人工知能)を中心に長らく研究・開発を続けている三宅さんとしては、メタバースをどのように定義していますか?

三宅陽一郎氏(以下、三宅):
「多人数が同時にログインしている」「空間がある」ことが前提だと考えています。SNSやビデオ会議は、なぜメタバースと呼ばれないのか。それは空間がないからです。

ただ、空間というと3Dをイメージする人が多いかもしれませんが、必ずしも3Dである必要はないと思います。2Dでも、例えば街や大学のキャンパスといったものを再現するなど、場所に「意味」を持たせられれば空間は設定できます。

オンラインゲームとの違いという点で見ると、「目的や物語がなくても成立し得る」ことが、メタバースの特徴でしょう。オンラインゲームの場合は、プレーヤーの役割と世界観があらかじめ決められており、その枠内で遊ぶのが基本。つまりロールプレイングですね。後は、「敵をやっつける」「アイテムを集める」といった目的もはっきりしています。

もちろん目的のあるメタバースもありますが、目的や物語が必須ではないという点が異なると考えられます。役割も物語も世界観もないけれど、反対に「箱庭」であるが故の自由度や強さがあると思います。

——ゲーム業界から見て、目的のない空間に人が集まる現象をどう捉えていますか。

三宅:
空間に目的がなく集まるという動きは、実はオンラインゲームではすでに醸成されつつありました。例えば、セガが運営している「ファンタシースターオンライン」。2000年よりサービスが開始されましたが、当初はゲーム内に入ったらロビーがあり、そこは何をやってもいい空間でした。チームを組んで演劇をやる人もいれば、ただ集まって話しているだけの人もいました。


(初代「ファンタシースターオンライン」。Windowsやドリームキャスト、ゲームキューブ等向けにリリースされた。最大4名でパーティーを組み、探索や戦闘、そしてコミュニケーションを楽しめる。公式Webサイト[現在は閉鎖]より引用。©SEGA)

このようにゲーム世界における“中立地帯”は、他のゲームでもちょこちょこありましたね。米Epic Gamesの「Fortnite」もその象徴的な例で、当初バトルロイヤルゲームだったけど、戦わないユーザーが増え、そういう遊び方にどんどん対応していきました。ゲームがメタバース化していっているとも言えるかもしれません。

実は、今のメタバースのトレンドは、2017年以降の波のことを指していると考えています。前述のフォートナイトも17年にローンチされました。

メタバースブームの第1期は1990年代後半に遡ります。ゲームで言えば、アイスランドのCCP Gamesが開発したMMORPGの「EVE Online」(03年にサービス開始)が一例です。果てしない宇宙があり、資源を輸送してお金を稼いだり、ギルドに入って自身が所属する星系を維持するための活動を分担して行ったりする。空間があり、コミュニティーが生まれました。

第2期が、米Linden Labの「Second Life」がけん引した2005年前後以降。ゲーム業界では、「セカンドライフは何か」という議論が活発に交わされました。ゲームではないけれど、人が集まっているメタバース空間は当時、ゲーム産業から見てたいへん刺激的でした。ゲーム業界でもメタバース的なサービスを開発する動きが続々と出てきました。

ただ、当時はソーシャルゲームがはやる前であるのに加え、少額課金も暗号資産の仕組みもなく、決済面の自由度も低かった。また、当時の携帯端末のスペックでは3Dを動かすのは困難で、一般化するのは難しい状態でした。

その後、SNSが普及し、デジタルでのコミュニケーションが当たり前に。さらに、暗号資産も広がり、パーツがそろってきたことで再びメタバースを構築しようという動きが加速しています。

もう一つ、今回のトレンドで重要な視点があります。「ユーザーが自由に何かを作れること」、すなわちUGC(ユーザー生成コンテンツ)です。例えば、スウェーデンのMojang Studiosが2011年にリリースした「Minecraft」。とにかく何でも作れて壊せるのが特徴です。ゲーム業界は、いかにグラフィックを高めるか、動きをリアルにするかを突き詰めてきました。対してMinecraftは、グラフィックはとてもシンプルです。でも、人があれだけ集まっていることはまさに衝撃でした。


(日本では「マイクラ」としてすっかりお馴染みになった「Minecraft」。ジャンルとしての「サンドボックスゲーム」の代表であり、教育等でも活用されている。©Microsoft)

そんな中、ゲーム業界はマインクラフトをどのようにして超えるのかを考え始めました。ユーザーが作ったものを公式に売買できたり、暗号資産を組み合わせて“現金化”できるようにしたり、マインクラフトにはない仕組みを模索するようになったのです。The Sandboxが12年にサービスを開始した「The Sandbox」はまさに、ユーザーが自由にゲームや空間、アイテムなどを作れ、そして17年に暗号資産の仕組みを導入後、稼げるサービスとして成長を遂げています。

前述のように、端末の進化、暗号資産・ブロックチェーン技術の普及、そしてユーザーが自由に作れるUGCという流れがベースにあり、オンラインゲームが培ってきたノウハウが融合してメタバースの構築が加速しています。

メタバースそのものが好きな人は、アーリーアダプターとしてそんなに儲からなくても面白い、自分のエリアを作れることが面白い、といった文脈でも楽しんでいます。しかし、何も興味なかった人がこれほど反応してドライブしているのは、「経済という物語」が加わっているからだと思います。簡単にいうと、現実をもう一つ作ったという文脈。そうしてそこに人が集まり始めれば、リアルな新宿に店舗を置こうが、メタバース空間に置こうが同じことなので、企業も参入してくるわけです。

メタバース時代には「AIエージェント」がユーザーを助ける

——専門領域であるゲームAIと、メタバースの関係性はどう見ていますか。

三宅:
ゲームAIはメタバースとの相性がいいと考えています。現実空間においてAIで人間の相手をしようとすると、とても大変なのです。表情や声色、身ぶりなど、人間同士では自然に読み取り、判断できますが、AIにとっては極めて難しい作業です。

対してメタバース時代には、人間が体を“捨てて”デジタル空間に来てくれるわけですからAIにとっては願ってもない環境です。人間の行動や状態のログが一人ひとりすべて取れますし、経済活動や行動履歴、誰と話したのかといったことも全部AIによる追跡が可能になる。それを駆使してAIを作れるし、人間をより助けやすくなると考えています。

——AIがより進化し、生活の中に入ってくるということですか。

三宅:
その通りです。メタバース時代が広がった先には、AIがエージェント(代理人)となって人間とAIが一緒に仕事や生活をする未来が来ると考えています。
今後、注目したいキーワードが「エージェント指向」です。ソフトウェアが能動的・自律的に判断を下し、対応する考え方を指します。エージェント指向は、AIの世界では1990年代終わりから2000年代初頭にトレンドになりました。例えば、マイクロソフトの「Microsoft Office」で実装されていた「オフィスアシスタント」と呼ばれるイルカを覚えている人も多いかと思います。後は、97年にソニーネットワークコミュニケーションズが提供を始めたメールツール「PostPet」で“手紙”を届ける役目を持ったピンクのクマも、その一例です。こういったキャラクターは、オフィスツール空間では居場所を追われましたが、メタバース空間では再び活躍する場所が与えられます。

当時に比べてマシンスペックは大幅に上がり、自然言語処理も高度化しました。そこでもう一度、エージェント指向に注目が集まっているのです。メタバース空間は、前述のように人間のデータがより精緻に取れ、AIはより対応しやすくなります。エージェント指向が再び、大きな動きになるのではないかと期待しています。

また将来的には、1人のユーザーにいろんなAIエージェントが、“使い魔”のように付くと想像しています。例えば、SNSに対応するのはこのエージェントといったように、ある特定の機能を持ったエージェントをいくつも持つイメージです。SNSにおいて、面倒臭ければエージェントに受け答えを丸投げしておくといったことも可能になるかもしれません。

今、SNS上ではギスギスしたコミュニケーションも目立ちますが、AIエージェントを介在させれば円滑になる可能性があります。人間同士のコミュニケーションは、過熱する方向に向きやすい。SNSの普及で、以前なら会えない・会わない規模の人と触れ合えるようになりました。その結果、物理学の“衝突断面積”とでも言いましょうか、人と衝突する〝量〞が圧倒的に増えているのです。

そこにエージェントが入ることで冷却できる。つまり、「人間⇔エージェント⇔エージェント⇔人間」といった交流によって、衝突を回避するわけです。一見ドライに思えるかもしれませんが、エージェントを介することで過剰な熱量や強すぎる思いは一旦落ち着いて、関係性は円滑化すると考えられます。

仕事もエージェントと一緒に行うことで効率化が進みます。例えば、待ち合わせやアポの日程調整はエージェントに任せればいい。足りない情報をエージェント自らが集め、調整する。メタバース時代であれば情報は集めやすくなりますから。

人を助けるAIは、ゲーム会社も今までのノウハウを生かせますし、AIベンチャーも力を発揮できます。既存のIP(知的財産)やキャラクターを組み合わせることもできるでしょう。機能重視のものから、娯楽向きのものまで、多様に生まれてくると思います。それをユーザーは、適材適所、自由に組み合わせて使う。ポケモンカードで「俺のデッキはどうだ!」と自慢し合うのと同じ現象も生まれるかもしれません(笑)。こうしたマルチエージェントの状態が自然になるのではないかと思います。

「偶発性」と「リアルタイムなデジタルツイン」に注目

——エージェント指向の他に、メタバース化で生活にはどんな変化があると考えていますか。

三宅:
1つは、「偶発性」に再び注目が集まるという期待があります。

インターネットは、究極的に効率化の点で貢献してきました。それはある意味、人間から空間を奪ってきたとも言えます。基本のコミュニケーションが数字や文字に置き換わってきたわけですから。そんな中、インターネット上に空間が生まれるメタバースは、「空間を取り戻す」という意味があると考えています。インターネットが普及する以前のように、約20年ぶりに空間が人の手に戻ってくる。小さいことに聞こえるかもしれませんが、これはかなり大事な要素だと思います。

空間があることで何が生まれるか。それが、偶発的な出会いです。この偶発性の重要さは、新型コロナウイルス禍で在宅勤務になり、オンライン化が進んだことで再認識されたと思います。

私はよく講演や聴講でカンファレンスなどに行くのですが、以前は現地に行って会場や廊下ですれ違った人と会話が生まれ、仲良くなることも少なくありませんでした。そういった情報の伝達以外の余剰が物理的なカンファレンスの「うまみ」でもあったわけです。ですが、それがオンライン会議ベースになると偶然の出会いが極端に減ります。メタバース化で空間が生まれれば、再び偶発性を生み出せる。さらには、偶発性を一定程度、コントロールすることも可能になります。

例えば、たくさんの人が自由に参加できる懇親会のスペースを用意したり、特定の事項に興味のある人だけが入れるスペースを設定したり、招待状がある人だけが来られるようにしたスペースを準備したり。最近、2頭身のアバターで空間を自由に動き回って交流できる「Gather」を使った国際学会に参加しましたが、話が終わると懇親会が始まり、参加者同士が自由に話せるという体験をしました。非常に小さなメタバース空間ですが、その場でうろうろしていると誰かが話しかけてくるという、偶発性が生まれていました。空間があることの重要性を改めて感じました。


(2Dの空間でコミュニケーションが取れる「Gather」。ユーザーがオブジェクトを配置することで空間を自由にカスタマイズでき、企業の「バーチャルオフィス」として、あるいは学会等で利用されている。©Gather Presence, Inc.)

あと、第3期となる今回のトレンドで面白いと考えているのが、自然の現象とメタバースをつなげることです。例えば、奈良の鹿に全部GPSを付けて、メタバース空間にいるバーチャルの鹿を連動させるといったイメージ。メタバース上に行くと、奈良に行かなくても鹿のリアルタイムの動きが見えるわけです。また、森や川の様子などを計測してメタバース空間でそのまま流したり、街の様子もセンシングして再現したりするのも面白いですね。渋谷といった都市の“ガワ”を構築するだけでなく、リアルな渋谷の状態をメタバース内の渋谷のデジタルツインに反映させます。

そうすると、例えば海外から渋谷に遊びにくる前に、先にメタバースで体験するといった使い方もできます。SNSの使い方とも近いですが、メタバースで先に現地の人と知り合ってから、「今度本当にリアルに行きます!」といった流れもあり得ます。国や地域が違えば、ベースとなる知識や慣習は違います。メタバース時代には、現地に行かずに相互理解がしやすくなり、メタバースが「コモングラウンド(共通理解基盤)」となるとも期待できます。

(聞き手:久保田瞬、石村尚也 写真:古立康三)

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2021年10月、旧フェイスブックが社名を「Meta Platforms」に変更し、メタバース関連分野へ年間100億ドル(約1兆1400億円)もの投資を行うことを公言したことで号砲が鳴った「メタバース狂騒曲」。NFTやWeb3、デジタルツインなど、関連するバズワードが入り乱れる中、その「本質」と「真価」を見通すのは容易ではありません。

結局、メタバースとは何なのか。仮想世界ではどのようなビジネスチャンスが生まれるのか。今からどうやって取り組んでいけばいいのでしょうか――。
 
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