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メタバース最新動向 2022.07.14

通信事業者からみた「メタバース」とは? KDDIが考える現在と未来

(※本記事は書籍『メタバース未来戦略 現実と仮想世界が融け合うビジネスの羅針盤』の内容を一部、許諾のもと編集・転載したものです)

KDDIらにより、新型コロナウイルス禍の2020年5月からバーチャル空間サービス「cluster」で始まった「バーチャル渋谷」。2022年2月からは「バーチャル大阪」の本格展開を始めるなど、同社はXRやメタバースの取り組みで先行している。2022年4月にはバーチャルシティコンソーシアムを通じて、「都市連動型メタバース」を想定した「バーチャルシティガイドライン ver.1」も公開した。通信事業者が描くメタバースの現在と未来について、KDDIの中馬和彦氏に訊いた。


中馬 和彦 / Kazuhiko Chuman
KDDI 事業創造本部 副本部長。スタートアップ投資をはじめとしたオープンイノベーション活動、地方自治体や大企業とのアライアンス戦略、および全社横断の新規事業を統括。経済産業省 J-Startup推薦委員、経団連スタートアップエコシステム改革TF委員、東京大学大学院工学系研究科非常勤講師、バーチャルシティコンソーシアム代表幹事、一般社団法人Metaverse Japan理事、クラスター 社外取締役、Okage社外取締役。

「バーチャル渋谷」の成功は偶然だった!?

――KDDIはVRまで含めると、もう何年もメタバース関連の事業に取り組んでいます。改めて、これまでの歩みについて教えてください。

中馬和彦氏(以下、中馬):
ARとVRを含めたXR領域に関しては、いわゆる「次世代のインターネット」と相性が非常にいいということで、2016年ごろから投資をしています。デバイスからプラットフォームまで幅広いジャンルへ、当社のCVC(コーポレートベンチャーキャピタル)も含めると10件以上の実績があります。その過程でclusterにも出資していて、私が社外取締役に就いています。

いわゆるメタバースへの取り組みとしては、「バーチャル渋谷」が皮切り。もともとKDDIは、2019年から渋谷未来デザイン、渋谷区観光協会と一緒に「渋谷5Gエンターテイメントプロジェクト」(開始当初は渋谷エンタメテック推進プロジェクト)という都市体験を拡張するプロジェクトを続けています。当初は、現実の渋谷の街にデジタルレイヤーを作ってデジタルアートを出現させたり、デジタルなインタラクションを渋谷の街中で行ったりと、コンテンツのほとんどがARでした。

そんな中、KDDIと業務提携しているNetflixから、「2020年4月から配信スタートする『攻殻機動隊 SAC‐2045』で渋谷をジャックしたい」という話がありました。ところが、新型コロナ禍の影響でARも含めてリアルの渋谷で実施する企画がすべてとん挫して、急きょ舞台をリアルからバーチャルに移し替えることに。そうして生まれたのが、clusterを活用した「バーチャル渋谷」の初期バージョンでした。

このイベントの評判が非常に良くて、渋谷区に「我々もバーチャル渋谷で何かやりたい」という問い合わせが殺到。これを受けて、もともと期間限定だったのを恒常的に運用することになりました。

というわけで、最初から「デジタルツインを作るぞ」「メタバースを作るぞ」というものではなく、ある種、偶然トレンドと合致した形です。実際、我々も途中まで「メタバース」という表現は使っていなかったですし(笑)。

――バーチャル渋谷では、その後も「ハロウィーンフェス」で2020年はのべ40万人、2021年はのべ55万人と、僅か2年で100万人弱を動員するなど好調です。その要因はどこにあるのでしょうか。

中馬:
バーチャル渋谷が一定の市民権を得られたのは、会場であるclusterがスマートフォン対応をしたことが大きい。clusterは当初、VR専用プラットフォームでした。2020年に同社が資金調達する際、私は社外取締役を引き受けたのですが、そのときに「VRデバイスの普及にはもう少し時間がかかる。だからスマホ版も作ろう」と提案しました。

そうして、スマホ版は2020年3月にリリースされました。バーチャル渋谷が始まったのは2020年5月なので、たまたまタイミングがうまく重なり、より多くのユーザーがアクセスできる環境がつくれましたね。


(バーチャル渋谷 au5G ハロウィーンフェス2021。画像提供: KDDI)

――スマホ対応が結果的にピッタリはまったのですね。

中馬:
デジタルツインの構想自体は、渋谷5Gエンターテイメントプロジェクトのロードマップの中にもともとありました。当初の想定ではスタート時期を2022年に設定していたのですが、それがコロナ禍で早まった形です。

バーチャル渋谷も、想定より2年早かったことでVR端末の普及が進んでおらず、サービスローンチ時はiPhone 8を端末性能の目安として制作しました。なので、表示ポリゴン数や同時接続ユーザー数、同時表示ユーザー数などは相当制限があり、PCVRで体験するclusterと比べたら、それこそ100分の1以下の表現能力だったのです。2021年のハロウィーンフェスでは端末性能の基準をiPhone Xまで引き上げたので、やれることはかなり増えましたね。

とはいえ、我々がメタバースでイメージしているのは、VRで一定数のユーザーが集まれる、MMO(大規模多人数同時参加型オンライン)的な雰囲気を実現すること。実際に2022年になった今も、メタバースが本当のバーチャル経済圏になるところには、まだ至っていないと思っています。

――「スマホはこれ以上の性能は要らない」というのが世間一般の感覚だと思います。ところが、メタバースでの利用を考えると、まだまだ高性能な端末が必要なのですね。メタバースの普及で、さらにハイスペックなスマホの需要が生まれてきますか?

中馬:
そう考えています。20年3月に5Gがスタートしてから2年たち、端末の性能も回線に合わせてだいぶ上がりました。今、もし仮に5G対応端末だけをターゲットにしたサービスを提供するとしたら、かなりのものができると思います。

さらに、今ではメタバースにWeb3をかけ合わせる流れになっているので、後はどこまでクオリティーを上げられるかが勝負。ここで結果が出せないと、かつての「セカンドライフ」と同じようにブームが落ち着き、次のチャンスが10年先送りになってしまうという危機感があります。そういう意味でも、ここ1、2年が勝負だと考えています。

タイムリミットは3年。今のメタバースは何が足りないのか

――セカンドライフよりも持続可能なサービスにするために、メタバースにはどんな要素が必要でしょうか。

中馬:
例えば、今なら「Decentraland」や「The Sandbox」が注目されています。私は両方ともWeb3ネーティブというか、経済圏ファーストのプラットフォームだと思っていますが、それ以前に、ユーザーが楽しめる、メタバースでの生活に浸れるというユーザビリティー面のクオリティーが現状は低いと感じます。

もちろん、我々も次世代のサービスではWeb3との融合、つまりNFTやトークンエコノミーが標準仕様として入っているべきだと考えています。しかし、それよりも優先順位が高いのは、「Fortnite」や「Apex Legens」などの人気ゲームに負けないユーザビリティーのサービスを実現すること。そのうえで、ゲームのようなクローズド環境ではなく、オープンな環境にすることが最重要だと思っています。その先に初めて経済活動が生まれる。この順番だけは間違えないようにしたいですね。

――現状では、「ユーザーがメタバースやバーチャル空間内の活動に浸り始めている」という実感はありますか。

中馬:
まだ正直ないですね。これからだと思います。バーチャル渋谷に関しても、個人的には本来あるべき姿に対して5%くらいの完成度だと思っています。2022年中には新しいバージョンをリリースする予定で、次は50%を超える完成度を目指したいですね。

これが100%に近づくのは、3年後の2025年が目安になります。本当は5年計画ぐらいでやりたいのですが、インターネットの世界は日々変わっていきますし、5年も先のことは本当に分からない。逆に3年である程度のレベルに至れないようだと、今思い描いているものはおそらく実現できない。そう考えています。

感覚的には、2025年の段階で今のYahoo! トップぐらいの存在にならないといけないのではと思っています。老若男女、あらゆる人が日々大勢集まる場をつくるということです。

――理想の状態から逆算して、現状で足りていないことはなんでしょう。

中馬:
まず、やらなければならないのはユーザーの同時接続数・同時表示数の強化です。街である以上、周りを見渡したときに人が大勢いて、にぎわっている状態でないといけない。現状ではここが決定的に足りていない。2つ目は操作性。臨場感も含めた操作性を世にあるゲームと同レベルまで上げないといけない。

そして3つ目は、単純にメタバースというのではなく、Web3とどう絡めていくかだと考えています。皆が言う「デジタル経済圏」をつくれるかどうかは、デジタルオブジェクトの所有という、ある種の聖域に踏み込めるかどうかにかかっています。これが実現できないと、ゲーム+αくらいの存在にしかなれないでしょう。今後は、バーチャル空間をつくることだけではなく、その中でのルール作り、法整備なども含めてかなり時間がかかると思います。

現状、XRの技術で日本は世界に先んじている分野もあるくらいですが、Web3の領域では完全に出遅れています。Web3 の世界は、要するに「インターネットサービス×金融」のビジネスモデル。だから、実現すればインパクトも大きい。単なるインターネットビジネスであれば民間企業が自由にやればいい話かもしれませんが、経済圏や経済流通そのものを握られてしまう可能性があるので、そこに関して政治家も国も危機感を持つべきだと思います。

――そういう点で、国や自治体に求める政策や支援策はありますか。

中馬:
デジタル所有権や税制の問題など、メタバース普及のための障壁を取り除いてもらうこと、また、メタバース促進のための政策を打ち出してもらうことでしょうか。これらの問題が解決すれば参入企業のインセンティブも働きますし、Play to Earnもはやると思います。「1億総Web3ゲーマー」という世界も、全くの夢物語ではない気もします。

――メタバースの開発ではバーチャル空間の構築だけではなく、通信、アバターやAI、さらにはWeb3と、さまざまな技術を結集する必要があります。その点で日本企業の「メタバース構築力」はどれくらいあるのでしょうか。

中馬:
いわゆるIT革命以降、日本にはGAFAに該当するプレーヤーが出てきていないのが残念ですね。日本だと、いまだにトヨタ自動車とソニーが代表格ですが、米国ではゼネラル・モーターズやゼネラル・エレクトリックが経済を引っ張る存在ではもはやないですよね。

その点、日本の通信会社は、実はGAFAに近いポジションにいると考えています。iモード以降、インターネットビジネス、コンテンツ制作、eコマース、金融と事業を広げてきており、コングロマリット企業になっています。このような通信会社のビジネスモデルは、日本特有です。

KDDIがどこよりも積極的にスタートアップ投資を続けているのは、GAFAを常にベンチマークにしているから。M&A;も積極的に行っていますし、いい意味での支援者となり、メタバースのエコシステムを作っていければと思っています。

――グローバルな視点で見ると、メタバースに対してインフラや半導体レベルから関わっている企業も多数あります。一方、日本では表層のコンテンツレイヤー、エンドユーザーに触れる部分を作る立場に徹しがちな気がしています。

中馬:
同感です。スマホの登場以降、日本の企業はプラットフォームについて諦めすぎたと思います。気がついたらサービスのバックエンドはすべてAWSで、フロント側は手掛けているけどプラットフォームは借りている状態になっています。Web3に関しても、インフラから携わっている日本の企業はいません。

ですので、我々も国への提言などで、基礎的なプラットフォームに対して力を入れるべきだと伝えています。極論すると、海外の有力企業をM&A;することも含めて、一度、国が先導してやってみたほうがいいのではと感じています。

例えば、ゲームの開発エンジンでは、すでにUnreal EngineとUnityでほぼ独占されてしまっています。しかし、独自のプラットフォームを構築している人たちも当然いるわけで、我々はそういう人たちを応援したいと思っています。

欧州で一般データ保護規則(GDPR)が2018年に施行されて以降、デカップリングの問題が改めて意識されるようになったり、デジタルアセットやデータベースを日本国内に置こうという話が出てきたり、世の中の流れとしても国産プラットフォームには挑戦しやすい状況です。今度こそ、サービスレイヤーだけではなく、プラットフォームと両方をやらなければいけないと思います。

また、もし本当にメタバース革命が起き、人々がバーチャル空間で暮らすようになったとき、プラットフォームも含めたそれぞれの産業はメタバースとどう関わっていくのか、皆が自分ごととして考えるタイミングに来ているのではないでしょうか。メタバースは「バーチャル空間に新しいインターネットがもう1回生まれる」ということ。すべてがうまくいくと、関わりのない産業はほぼなくなるはずです。

今後は、現状スマホを見ている時間がすべてメタバースで過ごす時間に置き換わっていることもあり得ると考えています。リアルに使う時間が減ってリアルでの消費が少なくなれば、逆にメタバースでの消費は増えるでしょう。外出頻度が減れば洋服を買わなくなり、そのぶんアバターにお金をかけようになる。メタバースへの移行が進んだものから順にリアルでの消費が減っていくのではと思います。

そのとき、単純に今ある事業をメタバースに移植するという考え方だと、減収を補うことはできてもドラマチックな成長にはつながりません。「メタバースファースト」で一度考え直してみるのは、すべての産業、すべての人に問いかけるべきテーマだと思います。

(「povo2.0」は基本料0円で、「通話トッピング」や「データトッピング」「コンテンツトッピング」などを必要に応じて追加し、利用する契約プラン。日常生活で利用するさまざまな店舗やサービスの利用でデータがたまる「#ギガ活」が特徴的。画像提供: KDDI)

――メタバースの実現に合わせて、KDDIも企業としての変革ビジョンがあるのでしょうか。

中馬:
KDDIではオンライン専用の低価格携帯プラン「povo」も展開していますが、その中にはユーザーがコンビニやカフェなどのパートナー企業で決められた金額以上の購入をすると、ポヴォで使えるデータ通信容量であるギガがもらえる「#ギガ活」があります。

これは、見方によってはトークンエコノミーのようなものなんですね。従来だとポイントサービスとして提供されてきたものがギガに置き換われば、それは単なるデータチャージではなく、「インターネットのアクセストークン」になるのではと。そのアクセストークンがギガとの交換だけではなく、ギフティング(投げ銭)的な使い方もできるようになれば、インターネット経済の中で流通する貨幣の役割を果たせます。

通信会社にとってギガは無限の資産ではないですが、フルに使いこなし切れていない面があるのも事実。大容量の通信が必要となるメタバース時代に入ると、ギガの価値はより高まるでしょう。現在は法律の問題もあって整理は難しいですが、私自身が考えるKDDIの未来は単なる通信会社ではなく、アクセストークンとしてのギガを活用したエコシステムを形成しているイメージです。

(聞き手:久保田瞬、石村尚也 / 構成・執筆:桑原健太郎)

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2021年10月、旧フェイスブックが社名を「Meta Platforms」に変更し、メタバース関連分野へ年間100億ドル(約1兆1400億円)もの投資を行うことを公言したことで号砲が鳴った「メタバース狂騒曲」。NFTやWeb3、デジタルツインなど、関連するバズワードが入り乱れる中、その「本質」と「真価」を見通すのは容易ではありません。

結局、メタバースとは何なのか。仮想世界ではどのようなビジネスチャンスが生まれるのか。今からどうやって取り組んでいけばいいのでしょうか――。

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