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業界動向 2021.08.05

「我々は空間データ企業だ」上場を果たしたMatterportが目指す、世界最大のデジタルツイン・プラットフォーム

米国時間2021年7月23日、Matterport(マーターポート)がナスダック(NASDAQ)に上場を果たした。現実空間をスキャンする技術のほか、データの処理・共有等のサービスを提供しており、いわゆる「デジタルツイン」を世界中で展開している企業である。

Matterportは急成長中であり、2021年第1四半期の収益は前年比108%増、ユーザー数は対前年比で500%以上増加しているという。不動産業者のWebサイトで使用されるケースが多く、日本でも「VR内見」や「オンライン内見」といった名前でしばしば目にするし、観光地の名所をキャプチャして、Webブラウザから誰でも見れるようにした「バーチャル観光」等の使われ方も散見される。

しかし、どうやらそれはMatterportのひとつの側面に過ぎないようだ。「日本で持たれているイメージと、私たちが目指す方向は異なると思う。私たちはこれまでとは全く違う次元にいる」と意気込むのは、2017年の市場参入時からMatterportで日本のカントリーマネージャーを務める蕭 敬和氏だ。


(Matterportの日本カントリーマネージャー、蕭 敬和氏)

Matterport上場時の調達額は6億4千万ドル(約705億円)。その資金を彼らは何に投資し、どのような企業であることを目指すのだろうか? 本記事では蕭氏への取材から、世界最大級の「デジタルツイン」企業・Matterportが描いているビジョンに迫る。

不動産から始まり、あらゆる業界で使われるプラットフォームに

Matterportは2011年に創業。当初展開していたサービスは専用のカメラを使って空間をキャプチャ、ソフトウェアで合成し、Webブラウザ上で3Dウォークスルーを可能にするというものだった。主な用途は不動産の内見で、Matterport自身も不動産業界をターゲットにサービスを展開していたとのこと。余談だが、Matterportの日本語での読みは当初から「マーターポート」が正しく、「マターポート」ではないらしい。

もともとは専用の特殊なカメラが必要だったが、現在では様々な機材での撮影に対応。iPhoneだけでも撮影ができるほか、360度カメラやLeicaのレーザースキャナも使用可能に。安価に撮影を済ませたいシチュエーションから品質が要求されるケースまで、選択肢の幅を広げている。

単純な360度写真の組み合わせや360度動画、あるいはフォトグラメトリとも異なり、Matterportの3Dウォークスルーは、俯瞰図から地点ごとに非常に高精細な360度ビューで見ることができる。上述した機材の対応幅により、作る側のハードルも低い。さらにMatterportでは、撮影をMatterport自身が手配する撮影代行サービスも行っており、サービス内容の手堅い拡充にもぬかりない印象だ。

蕭氏によれば、現在同社の顧客の半数は不動産が占めている。そしてその他では設計・土木・小売など様々な「リアルな場所」を舞台にしたビジネスを展開している企業が続くという。当初の方針からしても、MatterportのUIやサービスは不動産向けにチューニングされていることに異論はない。では、他業界でも使いやすいサービスを展開できているのだろうか?

蕭氏は「我々は拡張可能性を保証しています」と語る。Matterportは現在SDKを公開しており、サードパーティの企業がインターフェースをカスタマイズしたり、データの利用のポテンシャルを広げる新たなサービス構築を可能にしている。例えば、小売業では部屋に家具を試し置きする「バーチャルステージング」ができるサイトを作れるし、製造業では工場内の機材や配管の配置を確認するための社内ツールも作成できる。

世界最大のデジタルツインプラットフォームへ

さて、ここまで説明してきたように、「3Dウォークスルーの企業」という既存のMatterportのイメージと、今のMatterportが目指すものは大きく異なる。

Matterportが持つ真の価値は、「3Dウォークスルー」それそのものではない。これまで3Dウォークスルーを提供するために保有してきた、膨大な空間データにあるのだ。3Dウォークスルーというインターフェースではなく、それを実現するための空間データの作成技術、そしてその分析と理解を行う技術の会社になる/である、というのが今のMatterportが目指す方向だ。「2019年頃を契機に、Matterportの戦略は大きく変わりました。我々は3DVRの会社ではなく、空間データのプラットフォームの会社だと定義するようになったのです」と蕭氏は語る。

Matterportが現在保有する空間データは、この10年間で約550万点以上にのぼる。この空間データの保有数は圧倒的だ。なお、世界中の建造物の総数はおよそ40億以上あり、200億以上の空間から成る。Matterportは建築のデジタル化を巨大な市場と捉え、デジタルツインを生成するプラットフォームになろうとしている。

集積された空間データがもたらす価値は、彼らが現在提供している3Dウォークスルーに留まらない。2021年7月、フェイスブックと共同で発表したシミュレーション・プラットフォーム「Habitat」において、Matterportは学習用の空間データを提供している。「Habitat」はロボットが物理世界を理解するための機械学習に向けた空間データセットであり、Matterportは寝室や浴室、キッチンなどの「屋内の構造をもった汎用的な空間データ」を、膨大な同社のアセットから生み出した。ただデジタルツインの高品質なデータを貯めるのではなく、そこからデータを一般化し、ライブラリとして提供したのだ。

Matterportは撮影以外を全自動化している。「Cortex AI」と呼ばれる彼らのAIがスマートフォン、360度カメラ、専用カメラ、レーザースキャナで取得されたデータから空間構造を解析し、3Dデータを作り上げる。「Cortex AI」を使ったコア機能を、ユーザー企業はMatterportの月数千円からの利用料を支払えば使うことができるようになる。

空間データの利活用が今後の成長の鍵を握る

冒頭の話に戻ろう。新型コロナウィルス感染症の拡大を受け、Matterportは世界的に利用が急拡大中だ。利用者数は前年比500%と激増し、今も急成長を続けている。


(Matterportの利用者数の増加を示したグラフ。灰色が無料ユーザー、赤色が月額有料ユーザー。Matterportの2021年1Q投資家説明用資料より引用)

「我々は主要ベンダーにはなったが、マーケットを抑えられているかというとまだまだ。成長の伸びしろは大きい」と蕭氏は語る。特に、企業内部で自社の保有する建物の空間データを活用し、生産性向上を図る取組が増えてきているようだ。

日本における2020年の利用者数は300%増と、アジアで最大の成長率を記録しており、「日本市場を重視している」という蕭氏。その一方で、「空間データのプラットフォームとしての活用」は欧米が先行しており、日本は後塵を拝する形となっているようだ。日本では不動産等を中心とする3Dウォークスルーの利用がほとんどで、SDKの利用事例も少ないという。

蕭氏は日本市場の現状、そして期待をこう語る。「欧米では自社の技術部門があるので最初から内製化することが多いが、日本ではマーケットの立ち上がりがアウトソーシングから始まる。そのため、制作会社の一度作ったものありきになってしまいがち。空間データの活用という観点から、外部向けに3Dウォークスルーを展開するだけでなく、そのデータを内部の情報共有や生産性向上に活かす、いわば“外部と内部の両輪”での活用を検討してもらいたい。制作会社に頼りきらずに、考えることも重要だ」と。

日本でも昨今「デジタルツイン」という言葉が頻繁に聞かれるようになったが、まだその利用は限定的だ。Matterportがトレンドを生み出す原動力になるのかどうか、引き続き注目したい。


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