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テック 2018.05.26

VR上の「透明人間」を自分の身体として感じられるか?

豊橋技術科学大学と東京大学、慶應義塾大学の共同研究チームは、VR空間の「手袋と靴下だけ」が自分の手足と同期して動くことで、そこに透明な身体が補間されて見え、まるで自分の身体であるかのように感じること(身体所有感の錯覚)を示しました。

この身体運動を用いた透明身体への所有感の錯覚は、技能伝承や動作学習への応用が期待できます。また、身体の外見に影響されないコミュニケーションが可能となる未来を考えるきっかけとなります。

所有感の錯覚を起こすには? 能動的な方法の研究

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身体所有感の有名な例は、ラバーハンド錯覚です。自分の手を隠した状態でゴム手袋だけを見ながら、自分の手とゴム手袋を同時に筆でなぞられると、ゴム手袋があたかも自分自身の身体であるかのように感じます(関連動画:Rubber hand illusion)。

このように視覚と触覚を統合した方法で、全身所有感の錯覚(まるで自分の身体であるかのように感じること)を引き起こすことができます。

能動的な方法としては、自分の動きと同期したバーチャルなアバターを見ることで、全身所有感を感じさせることもできます。例えばVRを用いると、見た目や大きさ、性別、 年齢などが異なるさまざまな身体に、所有感を感じる錯覚を作り出すことが可能になってきました。

Mogura VRでは、この錯覚を利用したコンテンツ「Metamorphosis Hand」の制作者へのインタビュー記事を掲載しています。

しかし、能動的な方法を用いて、本当の身体から離れた場所にある透明な身体に所有感を感じることができるか、それを自在に操ることができるかは分かっていませんでした。

そこで、豊橋技術科学大学、東京大学、慶應義塾大学の研究者らは、身体運動に注目し て、透明な身体に所有感を感じる新しい方法を開発しました。

HMDから見る手足が自分のものに感じる

実験では、参加者にヘッドマウントディスプレイを装着してもらい、2m前方に手袋と靴下だけを提示しました(下図左)。20人の参加者は、自分の身体運動と同期して手袋と靴下が動いて見える条件と、関係なく動く条件(非同期)を各2回、5分ずつ体験。それぞれについて質問に答えました。

その結果、身体運動と同期して動く手袋と靴下の間に透明な身体があるように知覚され、それが 自分の身体と感じられるという回答が、同期した場合、非同期よりも有意に高くなりました。自分の透明な身体が 2m先にあるかのように知覚されていたのです。

次の実験では、透明身体と全身アバターとの比較が行われ、そこには有意な差は見られま せんでした(上図右)。最後の実験では、2m前の透明身体への所有感の錯覚を感じている際には、自分の居る場所が前方(透明身体のある方向)にずれて知覚されることが、行動計測により示されました。

(身体運動同期条件の様子。右は実験参加者の様子、左は HMD の中に見えている光景)

VRで好きな身体を自由に手に入れる

本研究に携わった豊橋技術科学大学の近藤氏は「さまざまな身体に所有感を感じる錯覚を創り出したいと思い、研究を行っています。自分の身体やその外見が気に入ってなかったり、そうでなくても今とは違う身体 や外見に変わってみたいという願望がある人は多いのではないでしょうか。VRは、私たちが好きな身体を自由に手に入れることを可能とします」と話しています。

それを受けて、知覚心理学者でもある同大学の北崎充晃教授は、次のように述べています。「人は異なる身体を体験し、所有することで、行動も心も変わります。それゆえ、将来私たちが自由に異なる身体を手に入れることが可能となったとき、その社会においてコミュニケーションがどう変わるのかを研究する必要があります」

 今回の研究は、目の前の手袋と靴下だけを自身の身体運動と同期して提示することで、離れた場所にある透明な身体を、自分の身体であるかのように感じられることを示しました。
この方法を用いると、他人が行っている複雑な技能や動作を、全身あるいは手足のみで提示し、自分の透明な身体を重ねてまねることで、学習が可能となります。これは、技能伝承や動作学習を促進する可能性があります。

また人のコミュニケーションは身体動作や外見に影響を受けます。この研究は、私たちが自由な身体を手に入れるような社会におけるコミュニケーションの変化、そして身体から自由になったコミュニケーションはどういうものになるのかを、考えさせるものです。

(参考)豊橋技術科学大学プレスリリース


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