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業界動向 2023.04.03

少人数だからこその戦い コンテンツスタートアップBigscreenが挑む、”世界最軽量VRヘッドセット”に見せる自信

「VR元年」と呼ばれた2016年から7年が経つ。VRはある程度浸透してきたとはいえ、2016年に期待されていたように「普及した」「みんなが使うようになった」とはまだ言えない。それでも、市場投入された数十のVRヘッドセットの中から「これは」と思えるものは現れたし、数百万本を売り上げるヒットコンテンツも生まれた。毎日VRヘッドセットを使うユーザーも少なからずいる。この7年の間に、きちんと市場が立ち上がったことは間違いない。ハードウェアもソフトウェアも、様々な企業やチームが切磋琢磨しあい、あるいは参入の機会をうかがっている。

そんな中、ハードウェアを専業にしてこなかったとある企業から、新たなVRヘッドセットが発表された。オンラインでバーチャル空間に参加し、友人と一緒に大画面で映画などを見るソーシャルVR(今は「メタバース」と呼ばれるかもしれない)プラットフォーム企業のBigscreen VRが打ち出したのは、「軽量・小型・高性能」「Bigscreen Beyond」。いわゆる「ハードウェアメーカー」でない企業から突如発表されたBeyondは、ユーザーやコミュニティに驚きをもって受け止められた。


(Bigscreen Beyond。Bigscreen VRの公式Webサイトより引用)

今回、Mogura VRはBigscreen VRのCEOダーシャン・シャンカー(Darshan Shanker)氏に独占取材を敢行。Beyondの開発経緯やBigscreen VRというチームそのものについて、そして彼らが考えていることについて迫る。


(Bigscreen VR CEOのダーシャン・シャンカー/Darshan Shanker氏)

「誰も軽さを追求しなかったから」

——Bigscreen Beyondが発表されたとき、非常に驚きました。Bigscren VRはソーシャルVRの会社だと思っていたからです。

ダーシャン・シャンカー氏(以下、シャンカー):
私たちはVRが広がり始めた初期の頃、2014年からVRに取り組んできました。もう10年間も、フルタイムでVRのために働いてきたんです。Bigscreenを創業した2014年から、目標は「人々が1日10時間、毎日使えるようなものを作ること」でした。

まずは、自分たちのサービスであるBigscreenのユーザーと話を始めました。Bigscreenをもっと使うためにどういうハードルがあるのか、と。私たちはソフトウェアの改善に多くの時間を費やしましたが、結局のところ、制約の大きな要因はハードウェアでした。

もちろん、私達はソフトウェアで多くの価値を提供する必要があります。しかしソフトウェア“だけ”ではヒットしない。まずハードウェアでの問題点を探る必要があることがわかりました。そして2017年頃から、「VRヘッドセットは、いつ小さくなるんだろう? いつもっと快適になるんだろう?」という問題意識を抱くようになりました。

主要なヘッドセットメーカーとも話をしてきました。「いつになったら、小さくて軽くて快適なVRヘッドセットを作ってくれるんですか?」と。あらゆる企業が軽くて快適なVRヘッドセットを作ってくれるのであれば、私たちはソフトウェアとしてのBigscreenに専念できます。しかし、どのメーカーも「有線で、もっと軽く、もっと快適」の方向ではなく、「無線で、単体で動作する」方向に行きました。今日のVRヘッドセットには、2016年に発売されたOculus RiftやHTC VIVEと比べて重量が増えているデバイスすらあります。


(Bigscreen Beyondの初期プロトタイプ)

——確かに、VRヘッドセットの潮流は一体型(スタンドアローン)で、PC接続型のVRはとにかく「高性能化」ですね。重量は重心のバランスを取ってなんとかしていることが多いです。

シャンカー:
初代Meta Questはバランスが非常に悪く、顔に560gもの重量がかかっていましたよね。私はワイヤレスのヘッドセットも素晴らしいと思っていますが、快適さを失うという代償は大きいものです。私たちが実現したいのは、最も快適で、最も没入感のある体験です。Meta Quest 2よりは高価なものになりますが、次世代ディスプレイを導入し、より現実を見ているのに近い解像度になります。

そしてBeyondではOLED(有機EL)を採用しています。Quest 2などの安価なVRヘッドセットは液晶を採用していますが、高品質な映像を見たければ、一般的には有機ELが勝ります。だから、OLEDかつ高解像度、という路線を選びました。

——確かに有機ELのほうが発色が良くて、黒もちゃんと表現できますね。いわば「VR映画館」のBigscreenにとって、暗いところで大画面を見せるためには、黒の発色はとても大事でしょう。

シャンカー:
その通りです——そして、快適さも。2016年と比べて、今のVR市場は大きくなりました。そろそろ「ユーザーにとってベストなもの」を作ってもいいのではないか、と思ったのです。黎明期は、VRを試したことがない、あるいは「自分では持っていないけど、友達に使わせてもらった」という人もいました。「これすごいから、試しに来てよ」と言われて使ってみた、というケースですね。

が、今は違います。VRを体験した人も多くなりましたし、毎日使っているという人もいます。しかし、逆にもう押し入れの中で放っておかれているのかもしれません。重すぎたりして、不快に感じるようなVRヘッドセットでは「最初の30分間だけ良い体験をしてそれっきり」という人も多いのではないでしょうか。

ゆえに、私たちは、最も快適で、最も没入感のあるヘッドセットを作る必要があると思ったのです。これは既存の一体型のデバイスでは実現できません。私たちはPCとの有線接続を選択し、市場の異なるセグメントを狙うことにしました。

——今だからこそ、高価だとしても快適さを追求してもいいだろう、ということですね。

シャンカー:
私たちは、ハードウェアの開発を始めたその日から、1グラムでも軽くすることが大事だと考えています。他のメーカーは、あまりにも多くのものを追加しているように感じています。一例ですが、Metaのマーク・ザッカーバーグは、記者会見で「別の会社はもっと軽量なヘッドセットを作ることはできるかもしれないが、我々はMR(Mixed Reality)を目指すべきだ」と話していました。

——Bigscreenはその「別の会社」になることにした、と。

シャンカー:
そうです! 私たちは超軽量のVRヘッドセットを探求したいのです。それに、あなたがBeyondを体験したとき、「顔に装着してからの調整がいらない」ことに驚いていましたね。「あなただけのために作られたカスタムフィットVRヘッドセット」はおそらく我々が初めてでしょう。

もうVRヘッドセットのフィッティングを調整する必要はありません。Beyondはユーザーひとりひとりのために、個別に作られたものです。フェイスクッションは単なるクッションではありません。ヘッドセットがあなたの顔にぴったりとフィットするよう、重要な役割を担っているのです。結果的に、調整用のノブやダイヤルなどのパーツも必要なくなりましたし。

少数精鋭チームがVRヘッドセットに見せるこだわり

——Bigscreen VRという会社はプラットフォームの会社でしたが、これからはプラットフォームとハードウェアの会社、両輪になります。今後はどのようにバランスをとるのでしょうか?

シャンカー:
バランスをとるのはすごく難しいですね。私たちは小さなチームであるがゆえに、非常に集中できています。他の多くのチームはとても大きい代わりに動きが遅い。そこは大きく異なります。

——そもそも、Bigscreen VRには今何人いるのでしょうか?

シャンカー:
10-50人規模ですね。

——え、会社全体で50人もいないんですか?

シャンカー:
詳しくは言えませんが(笑)50人以下です。Metaの数千人、数万人に比べれば、信じられないほど小さなチームでしょう。 しかし、クリアすべき課題にはとてもフォーカスできていますし、チームのメンバーもそうです。ハードウェア・チームの何人かは、これまでに10億台以上のコンシューマー・デバイスを出荷したことのある人たちです。彼らは長い間ハードウェアの仕事に携わっており、非常に経験豊かです。ちなみに、ソフトウェア・チームの定着率は100%です。6〜7年在籍している人もいて、全員がフルタイムで一緒に働いています。

巨大なものを作らず、一点に集中することで、業界で最高の仕事ができていると思っています。

——これからも規模は小さめを維持するのでしょうか?

シャンカー:
ええ。これからもチームの規模は小さく、課題に集中できる規模で続けるつもりです。

私たちの会社で重要なのは、ソフトウェアを作っているということです。ソフトウェアを作っているということが、本当に良いハードウェアを作るのに役立っていますよ。Beyondの機能や性能には、すべてにひとつひとつ固有の理由があります。

私たちは開発者であると同時に、VRユーザーです。多くの時間をVRで過ごしているからこそ、わかることがあります。例えば、他のヘッドセットの多くは、クッションが汚れ、傷つき、破損し、時間が経つとすべて台無しになります。私たちのクッションは洗えます。また、他のVRヘッドセットでは光漏れが発生して気が散ってしまいます。注意深くなければ気づかないかもしれません。あるいは無視するかもしれませんが、実際にユーザーは“悪い視覚体験”をしているのです。


(Bigscreen Beyondのフェイスクッション。スマホで顔を3Dスキャンし、そのデータを注文時に送ることで、ひとりひとりの顔にピッタリのフェイスクッションが製造される。Bigscreen VRの公式Webサイトより引用)

シャンカー:
そういえばBeyondに内蔵されているマイクは、既存のVRヘッドセットに搭載されているマイクの中で一番優れているものを使用しています——おそらくは。

——マイク……ですか?

シャンカー:
私たちはソーシャルVRの会社ですから、「マイクの質」がいかに重要かを理解しています。他のVRヘッドセットでは、BigscreenやVRChatに飛び込むと——色々な音声が聞こえてくるところを想像してみてください——正直、あまり良くないですね。この数年間、ずっとマイクの音質が変わっていないメーカーもあると思います。

後でマイクで話している様子を録音するので、Beyondのマイクの音質を確かめてください。私たちはBeyondで極めて高い品質を求め、それをすべての要素に適用しました。これらはいずれも、私たちがどうしても実現したかったことなのです。私たちの目標は、ただVRヘッドセットを作ることではなく、楽しい体験を実現するためにベストを尽くしたかったのです。

(※著者補足:当日、デモの現場でBeyondのマイク経由で録音した生データ(wav)。余計な加工をしたくなかったので、前後の取材音声も混ざっているが、気にせず音質のご参考にしていただきたい。)

——言わば、Bigsreenの皆さん自身が使いたいデバイスを作ったんですね。

シャンカー:
その通りです。Bigscreenのユーザーのためにヘッドセットを作ったと言っていいでしょう。彼らはVRChatのユーザーと非常に似ていると思います。さらに、Bigscreenに最適化することで、同時に、多くのVRゲームに最適化することができます。「Beat Saber」も「Microsoft Flight Simulator」も。

——プラットフォームである「Bigscreen」の状況についても教えて下さい。どれくらいのユーザー規模なのでしょうか?

シャンカー:
ここ数年で600万人以上のユーザーがいます。

——600万人ですか!? ええと、「のべ人数」ではなく「ユニークユーザー数」ですよね?

シャンカー氏:
ええ、ここ数年のユニークユーザーの数です。私たちは間違いなく最大規模のソーシャルのVRプラットフォームの一つですが……静かですね(笑)

——静かですね(笑)

シャンカー:
私たちは静かに、ただ良いものを作ることに集中したいのです。私たちのソフトウェアチームのエンジニア一人あたりの月間アクティブユーザー数は10万人です。膨大な人数を投じて展開しているプラットフォームもあるとは思いますが、小さなチームでも多くのことを成し遂げることができるのです。何千人ものエンジニアを投入して、それでもユーザー数が少ない、というのとはわけが違うのです。


(「Bigscreen」では、友達と“VR映画館”での視聴体験ができる。Bigscreen公式Webサイトより引用)

——プラットフォームも順調に成長しているからこそ、ユーザーコミュニティとつながって、ユーザーインタビューを行ったり、いろいろなヒントをもらったり、といったことが実現しているのですね。

シャンカー:
ええ。ソフトもハードもそうです。私たちは、とにかくユーザーの声をしっかりと聞くようにしています。リクエストや抱えている問題などは本当に大事にしています。最近だと、MetaのCTOをしていたジョン・カーマックがBigscreenに来て私たちを褒めてくれました。彼は何年も前から、本当に何度も私達のアプリをレビューをしてくれていました。もっとうまくやれよ、と(笑)それがこの前、「このアプリは本当に、本当に良くなった」と言ってくれていたんです。

シャンカー:
これまでの旅路を振り返ると感無量になります。Bigscreenの最初のコードはすべて私が書いていました。2014年から16年までは、私一人のチームでした。ソフトウェアを作るだけで、非常にバグが多く、機能も乏しいものでしたが、徐々にベンチャーキャピタルから資金を調達し、チームを大きくし、エンジニアを増やしました。多くのバグが修正され、機能が追加され……とにかく改良を続けてきたわけです。

——ソーシャルVRにとって、VRヘッドセットが発売される前の2014年から2016年は、本当に「挑戦」でしかなかった時代ですね。

シャンカー:
あの頃はコントローラーもなかったですよね(笑)

——長く取り組んできたからこそ、Beyondの出来には自信を持っているように見えます。

シャンカー:
私たちはBeyondについても、何年にもわたってデモを行ってきました。数年間、こっそりと。ちなみに、私達が自信があるように見える理由はたった一つです——あなたがBeyondのデモを体験したとき、「Wow amazing!(わあ、すごい!)」って言いましたよね?

——言いましたね(笑)

シャンカー:
なぜ自信があるかというと、これを試しに来てくれた人たちは、みんな「すごい」と言うのです。「こんなデバイス、やったことない」と。私はTwitterで毎回、デモに参加してくれた人々の反応を投稿しています。Bigscreen社内では、Beyondを「ワオ・ヘッドセット(Wow Headset)」と呼ぼう、と冗談を言っていたくらいです(笑)。なぜなら、人々の第一声はたいていそうなるからです。

——まるで2016年の頃のVRみたいですね。初めてVRヘッドセットを体験したときの反応と同じです。

シャンカー:
ですね。しかし、私たちがBeyondを見せているのは、VRの専門家や愛好家、つまり「ずっとVRをやってきた人たち」です。あなたも10年前からVRに接してきて、あらゆるヘッドセットを試したでしょう?

——ええ。

シャンカー:
そんな人たちが「すごい!」って言ってくれるんです! 嬉しいじゃないですか(笑)「Half-Life:Alyx」のようなハイクオリティなVRゲームをプレイしてきた人たちが、「まるでゲームがリマスターされたかのようだ」と言うんですよ。

VRは「まだ始まりにすぎない」

——Bigscreenのプラットフォームは、ビジネスとしても収益をあげているのでしょうか。

シャンカー:
ある程度は収益を上げていますし、アンドリーセン・ホロウィッツやTrue VenturesなどのVCから出資を受けています。

——投資家はハードウェアを作るという方針に反対しなかったのですか?

シャンカー:
一般的に、投資家はハードウェアを扱うことはリスクが高いと考えています。しかし、私たちの投資家は、ソフトウェア・ハードウェア・VRのすべてに豊富な経験を持っていたのです。彼らはFitbitとかPelotonとか、そういったハードウェア企業にも投資をしてきました。

そして私たちも、リスクを心配する代わりに、ハードウェアの完成品を効率的かつ速く作ることに集中しました。そして、私たちはどうにかそれをやってのけたのです。もう手元には、製品版になる直前のデバイスがあります。すぐにデモを行い、アイデアから実行することができます。だから投資家は私たちの実行力に大きな信頼を寄せているのです。多くの人がアイデアを持っています。

——今のVRヘッドセット市場はMetaが支配的という状況ですが、Bigscreenはスタートアップのポジションだからこそ挑めたということですね。

シャンカー:
MetaはQuest 2を販売し、業界にとって信じられないような貢献をしました。出荷台数については大きな数字(※)が出ていましたが、私は今でも、VRはスタート地点に立ったばかりだと思っています。シェアの高さから「MetaがすでにVRヘッドセット市場を支配している、もうMeta以外はない」というように感じるかもしれませんが、そうは思いません。彼らが販売したヘッドセットの大半は、押し入れの中で眠ってしまっている、と考えているからです。永続的に使われることはないのです。

だから、私にとっては、まだMetaが支配的だとは言えません。これはまだ始まりに過ぎないでしょう。

(※記事執筆時点の推計では、Meta Quest 2の出荷台数は2,000万台と推測されている)

——VRはスタート地点を繰り返してきていますね。Gear VRも初代PlayStation VRも、まさに多くが「押入れ」で目覚めることのない眠りに入ってしまっていました。Bigscreen VRでは、すでに次の将来のバージョンについて考えているのでしょうか?

シャンカー:
私たちは長年にわたって研究開発を続けており、今日体験していただいたのは「最初のモデル」です。研究開発はまだ続いており、ある時点で、完成した新機能の数々を2つ目のモデル、そして最終的には3つ目のモデルへと収斂させていくでしょう。

——「究極のヘッドセット」に向けては、まだハードルがたくさんありますね。

シャンカー:
私たちは常に長い目で見ています。この会社が長い間存在しているのはご存知の通りです。私たちはもっと長い間、この会社を続けるつもりです。そして、私たちには次のモデルに向けたエキサイティングなアイデアがたくさんあって、R&D;を続けています。

——最後にひとことだけ。Beyondの予約が日本からも可能であることは、とても嬉しく思っています。最初は「北米のみ」ということも多いですから。

シャンカー:
日本は私たちにとって重要な国です。国別アクセス数のトップ5に入っていますし、日本のユーザーの皆さんにもBeyondを気に入ってもらえると思っていますよ。

(了)


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