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業界動向 2022.06.15

WWDCでアップルのARデバイスが出なかった「必然性」と、これからの予測

6月6日深夜、眠い目をこすりながらWWDCの基調講演を見ていて「がっくり」した人もいるのではないだろうか。噂されていた「アップルのAR関連デバイス」が発表されることはなかったからだ。


(WWDC基調講演。今年はアップル本社内で行われた)

実は筆者は、米クパチーノでその現場を取材していた。そしてもともと、「多分、今回は出ないだろう。あってもiOS 16のパートでARKitの話に触れるくらいではないか」と予想していた。予想が外れたらいいな、とは思ったが、まあ、予想通りであったわけだ。しかし噂通りにならなかったからといって、アップルがなにもしていない訳ではない。

では、どうして基調講演では発表されなかったのか? そして、今アップルはなにを考えているのか? その点をちょっと予想してみたいと思う。

今年のWWDCでAR機器が出なかった「必然」

今年はAR機器が「出ないだろう」と予想していた理由は複数ある。

まず1つ目は、「特徴的なハードをアップルは最初に出さない」ということ。

アップルは他社が製品を出してから、そのジャンルを根こそぎ奪うようなデザインと機能を持ったものを「後出し」することが多い。別に同社に悪意があるわけでも、彼らに創造性がないと言っているわけでもない。彼らは良いものを作れる自信があるので、最初に出す必要がないのだ。ただし、最後発になるようなことはしない。すぐに出して、多くの人が「アップル製品がこの市場を拓いた」と思うような状況を作ることを狙う。そう考えると、ARを軸にした製品を「今」出す必要はない。

次に、「アップルといえど、発熱や処理量の解決が容易ではない」ことがある。

スタンドアローン(一体型)のAR/VRデバイスを作る場合、最大の課題は「バッテリーと処理系のバランス」だ。現状の機器と差別化した高度な処理をしようとすると、結局消費電力が問題になり、さらに、発熱による不快さとの戦いになる。最近出たデバイスは、どれも処理系を本体に入れず、スマホを使うことによって熱と重量の問題を解決している。だがそれでは、理想的なARにはパワーがまったく足りない。

いわゆる「Appleシリコン」はどれも消費電力あたりの性能が優れてはいるものの、それでも発熱の問題と無縁ではない。ここを解決するには、よりパワフルで半導体プロセスルールの進んだSoCを使い、さらに設計も工夫する必要があるだろう。


(新SoCとして「M2」が発表されたが、あくまで「普及型Mac」向けだ)

そして製品の姿を晒した瞬間に、その秘密は公然のものとなってしまう。「確実にいける」という確信が持てるまで、ハードとしての製品を「開発者向け」であったとしても一般公開することはなかろう……と筆者は確信していた。

アップルは「連携」「生活への利便性」がないものを基調講演では発表しない

一方で「ARに関する開発環境や機能」について、基調講演でほとんど触れることがない、とは予測していなかった。だから、ちょっと拍子抜けしたという意味では、筆者も同様である。ただ、個別セッションの中で公開されたARに関連する情報を見ていると、「今日の段階では、基調講演で触れないのも不思議はない」という結論に至った。

理由は、現在アップルがアピールしたいのは「複数の機器が連携して便利になること」だからだ。

アップル製品の特徴は、OS開発基盤がかなり共通化されており、iCloudというクラウドサービスを介して機器同士での情報が同期されることにある。秋の新OS「iOS 16」「macOS Ventura」「iPadOS 16」「watchoS 9」は多くの新機能を持っているが、特に基調講演でアピールされたのは「連携」する機能だった。

iPhoneをMacのウェブカメラにする「連係カメラ」、iPhoneの「ヘルスケア」に記録した情報を使い、服薬間隔をApple Watchへと通知する機能、家族同士で自動的に、家族が写った写真を共有する機能……。さらには、2023年後半に提供が予定されている「次世代CarPlay」のチラ見せもあった。


(iPhoneをMacのウェブカメラにする「連係カメラ」)


(服薬間隔の確認をiPhoneとApple Watchで実現)


(2023年後半には「次世代CarPlay」も)

これらはどれも、1つのアップル製品だけで成立する機能ではなく、複合型である。それに対し、現状、ARKitでできることはどうしても「単品型」に収まりがちだ。

例えば、今回基調講演で説明されなかったものの、ARコミュニティが大騒ぎになった機能として「RoomPlan」がある。部屋の中をスキャンすると、大きな家具や壁、ドアなどの「部屋にとって主要な要素」だけをピックアップして正確な下手の3Dマップを作ってくれる機能で、その内容は極めて高度かつ興味深い。


(部屋の中をスキャンすることに特化した「RoomPlan」がひっそりと登場)

だが、これもまた「1つの製品でできる、1つの要素」に過ぎず、コンシューマがその機能を活かすと生活に変化がある……という類のものではない。

すなわち、これらの要素がいくらあっても、それだけではシンプルに基調講演で発表されることはないということになる。最初にARKitが発表された時はともかく、次に大きな変化があるときには「生活への変化」とセットでなければ、アップルはアピールしないだろう。

アップルは「いつ」発表するのか?

そう考えると、次にアップルがAR関連を発表する時のイメージが湧いてくる。それは「製品がしっかりできて、もう真似されても怖くない」段階だ。おそらくはライバル製品も市場に並び始め、世間がもう少し煮詰まってから……ということになるだろう。

また、ハードよりも先に開発環境やOSが発表される可能性もある。その場合には、「AR空間でどうオペレーションするのか」「AR空間にどんなアプリケーションを載せると価値が出るのか」という話とセットで語られることになるだろう。

報道を見る限り、アップルのトップエクゼクティブは、これまで以上にARについて語らなくなっている。これは「そろそろ具体化し始めたので黙る」タイミングを示しているのかもしれない……真逆に「やめたので黙る」こともあるが、少なくともARについては、昨今の印象としてそうではないだろう。

もちろん、そこで出てくるのが「信じられないほど画期的」なものではない可能性もある。実際、あのiPadだってそうだったのだ。

2010年のiPad発表前には「信じられないような機能が搭載されているはず。まさかアップルが、単にiPhoneが大きくなったようなものを出すはずがない」と噂されていたが、出てきたのは「大きなiPhone」だった。筆者は発表の場にいたが、発表会場に入る前の記者の“妄想合戦”は、それはそれはすごかったのだ。


(2010年1月のiPad発表会。実は現場では「これなの?」という戸惑いも多かったのである。)

しかし「割とシンプル」なものであったとしても、ARとして「スマホをかざすのでない」世界ができれば、それは大きな意味を持ってくるだろう。iPadが結局、そのサイズゆえの意味を持っていたように、だ。

では、それはいつなのか?

アップル関連の予測は多数あるが、所詮はどれも「予測」だ。出てくるまでどれも信じてはいけない、という鉄則がある。

その上であえていうなら、2つのパターンがありえるだろう。

1つは来年以降のWWDCで「開発環境」とともに発表されること。この場合、製品はさらに先だろう。実は、今年発表があるとすればこのパターンか、と筆者は考えていた。

もう1つは、まったく別のタイミング(おそらくは2023年のWWDCでも、iPhoneの発売される秋でもない時期)に、単独で発表されるパターン。この場合にはコンシューマ向け製品とともに出てくるだろう。

デバイスの出荷などからある程度予想はつき、「どちらか」という選択肢の幅は、発表が近づくにつれて狭まる。だが、所詮噂は噂だ。いい加減な噂を信じても、WebメディアのPVが上がるだけでいいことはあんまりない。

開発者の皆さんはARKit関係の情報をチェックした上で、「どんなアプリを作ると楽しいか」を考えることに時間を使ったほうがいい。そして、開発基盤としてのゲームエンジンの習熟を進めるのがベストだろう。


ARKit6に関するページ。解説動画やドキュメントはほぼここに集約されている。)

おそらく、そこを外しての開発環境はありえないし、他社デバイスと完全に隔絶した開発、というのも、またありえない。それが今のソフト産業であり、結局「来るべきARデバイス」も、その流れの中にある。


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