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業界動向 2018.06.18

VRで認知症を体験、約9割が「理解進んだ」 報告書が公開

公益社団法人全国老人保健施設協会(全老健)は、平成29年度独立行政法人福祉医療機構社会福祉振興助成事業により、「バーチャルリアリティ認知症状体験事業」を実施しました。

体験会の参加者はVR機器を活用し、認知症の中核症状(記憶障害、見当識障害等)やBPSD(認知症の行動・心理症状)を疑似体験します。これにより、認知症の人の行動への理解を深め、認知症の人を含む高齢者にやさしい地域づくりの一助となることを目指したものです。
この体験事業について、結果を考察した事業報告書が公開されました。

現状と課題

全老健は、認知症の中核症状・BPSDへの正しい理解を広めるには、当該分野に関する教育機会の提供が不可欠と考えていました。全老健では既に年間を通じて、介護老人保健施設(老健施設)職員を対象とした専門領域の教育研修を実施しています。しかしVR視聴により、中核症状・BPSDを「疑似体験」し、自身の視覚・聴覚で「感じる、体験する」ことにより、学習効果が高まることを期待しました。

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事業実施により期待される成果

VR認知症体験事業により期待される成果は次の3点です。

認知症者に対する偏見等の解消

VRを通じて認知症の中核症状・BPSDを疑似体験することにより、認知症の人の葛藤や困惑、苦しみに対する理解が深まり、自然に認知症の人への配慮等ができるようになることが期待されます。

地域社会への認知症者の復帰

認知症に対する理解が地域社会に根付くことにより、認知症の人と介護する家族を地域で支える「互助」が実現します。そして家族の身体的・心理的負担が軽減され、認知症の人への虐待等の発生要因を抑制することが期待されます。

介護サービス従事者の対応力向上

VRによる「疑似体験」を通じて、介護経験の浅い初任者でも認知症者の行動・心理が理解でき、書籍・研修等における理解力の向上やケア技術の向上に繋がると期待されます。また、認知症者の行動を予測することにより介護事故予防の効果が期待されます。

VR体験会の実施

実施方法の検討段階では、メンバーから、「本人の葛藤があることについて職員の理解が深められれば体験会を実施する意義があるのではないか」「将来的には、老健施設の職員教育に適したコンテンツを開発する必要があるのではないか」といった意見が寄せられました。

体験会は、平成29年11月から平成30年2月にかけて全国6都道府県の9会場において、計10回実施されました。合計参加人数は合計419名です。
プログラムは株式会社シルバーウッドが提供し、進行を行いました。なお同社は、他でもVRを用いた認知症の疑似体験を提供しています。

第9回目までの一般的なプログラムでは、3本のVRコンテンツを視聴。それぞれについてグループディスカッションを行い、解説を受けます。また参加者は体験会の前後で、アンケートに回答します。

コンテンツは次の3本です。

「わたしをどうするのですか?」

今まで認知症のある方と接する時に「どうしてそんな反応をするんだろう」と腑に落ちなかった場面を、認知症のある方の視点で再現することにより、認知症のある方と接する際の想像力を養うストーリー。

「ここはどこですか」

認知症がある人もない人も誰もが一度は経験がありそうな共通の「困った体験」から、認知症への偏見や差別を無くし、認知症を取り巻く本当の問題は何なのかを考えるストーリー。

「レビー小体病~幻視編~」

レビー小体病の幻視の症状を再現したストーリー。レビー小体病当事者が監修し、幻視をありのままに伝えるストーリーとなっています。

なお第10回の体験会は、日ごろ認知症のケアに携わる介護スタッフ等を対象として、専門的な講義も交えた研修会として行われました。


(第10回体験会でのVR視聴の様子)

参加者アンケートの結果

参加者の属性

認知症の方と接した経験の有無については、「仕事で日常的に接している」との回答が86.6%でした。普段から認知症の利用者に対するケアを行っており、認知症に関する知識を得る機会が比較的多い、介護・医療・福祉スタッフが主な体験会参加者となりました。

VR視聴前後の考え方の変化

参加者全員を対象に、認知症に対する考えに関する15の質問について、VR視聴の前と後にそれぞれ回答してもらいました。この結果より、視聴前後で考えに変化が生じるか比較しました。

設問に対し「1.はい」と回答した割合(%)で比較したとき、VR試聴前後で回答の傾向に大きな変化が見られたのは、以下の2問でした。

・VR試聴前後で「1.はい」を選択した割合が最も変化した設問
認知症の方が困っていたら、積極的に声をかけたり助けようと思う
VR試聴前:53.2% ⇒ VR試聴後:76.4%(差異+23.2ポイント)

・VR試聴前後で「1.いいえ」を選択した割合が最も変化した設問
症状がひどい場合は薬を増やすしかない
VR試聴前:61.1% ⇒ VR試聴後:81.1%(差異+20.0ポイント)

認知症の人へどのように対応したいか

このほか、今後、認知症の人への対応で「このようにしたい」と思うことを自由記載してもらったところ、以下のようなコメントが多く寄せられました。

・当事者が困っている時に、安易に「大丈夫」「安心して下さい」等の言葉はかけず、何に怖がって困っているのかなど、理由、原因を理解する様に接していきたい。
・不安そうな表情の方には必ず声をかけようと思った。
・認知症の症状を一人の個性だと思い、否定せず、接していきたい

VR視聴後の印象と推奨意向

VR試聴体験後、VR認知症状体験の効果等に関する質問に回答を求めました。結果、「VRの視聴により認知症者への理解が進んだり介護の際に感じる心理的負担感が和らいだと感じますか」との設問に対し、「非常にそう感じる」、「そう感じる」との回答が88.6%を占めました。

また、「VR試聴体験を他の方にも勧めたいと思うか」をたずねたところ、90.7%(380名)が「はい」と回答しました。

さらに、VR試聴体験を他の人にも勧めたいと回答した参加者に、試聴体験をしてもらうのが良いと思われる対象をたずねたところ、「介護施設・事業所や医療機関の職員に向けた教育・研修」(73.2%)が最も多く、次いで、「介護を担う人向けの家族介護教室(63.2%)、「一般市民向けの認知症への理解を促進するセミナー」(61.6%)が続きました。

VR試聴体験が効果的だと思えるテーマ等について自由記載してもらったところ、以下のような意見が寄せられました。

・レビー小体型の体験はVRでないと出来ない。
・介護を受けている利用者の見え方・感じ方(移乗、トイレ、体交、食事介助等)が体験できると良い。
・日常的な場面で認知症の方がどう感じているか、試聴できるとイメージしやすいのではないか。

介護・医療・福祉関係の仕事に役立つか

参加者のうち、介護・医療・福祉関係者378名を対象に、VR認知症状体験プログラムで「自分達がケアしている利用者と合致するケースがあったか」をたずねました。結果、74.3%が「あった」と回答しました。

また、VR機器を使用した認知症の勉強・体験はどのようなケースに合致するかをたずねたところ、80.4%が「幻覚・幻聴がある」を選択しました。

さらに、「VR試聴体験は、認知症ケアについて、より勉強するきっかけとなりそうか」との質問では、91.5%が「なる」と回答しました。

一方で、認知症の方への対応で解決したい項目を選択してもらう設問では、「介護への拒否」(62.2%)、「大声や暴言、暴力」(60.8%)が上位となりました。この回答からは、VRが得意とする領域と、現場スタッフが課題と感じている点が、必ずしも一致しない可能性も示唆されています。

総括

今回実施したVR認知症状体験会は、介護・医療・福祉分野の従事者が大半を占め、現場経験年数も平均13.8年とベテランのケアスタッフが参加者の中心となりました。しかし介護・医療・福祉関係者においても、VRによる疑似体験を通じて学べたことが少なくなかったことが、アンケートの結果から推察できます。

全老健は、介護・医療・福祉関係者を対象とした研修会では、次のように学習効果を高める必要性を提案しています。まず認知症の周辺症状が生じる心理的な要因をVR等で体感できるような方法を盛り込みます。その上で、認知症の症状別の対応方法やコミュニケーション等、接し方のポイントが得られるようなカリキュラムを策定し、学習効果を高めていきます。

また、認知症に対する理解を地域全体に広める機会の提供として、VRのような目新しいツールで地域住民の関心を惹くことを検討しています。介護者の負担を軽減すると思われる支援(介護の方法に関するアドバイスや、介護保険・介護サービスの利用に関する情報等)を織り交ぜた住民交流会等を老健施設が主催し、地域に貢献していく必要があるものと考察しています。

(参考)バーチャルリアリティ認知症状体験事業報告書
(※文中の写真、図表はバーチャルリアリティ認知症状体験事業報告書より抜粋)


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