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医療・福祉 2018.01.08

幻視も体験、『VR認知症』で揺さぶられた常識

ニュースなどでもしばしば話題になる認知症。実際に認知症の方の介護をしている人も多くなっています。また、若年性認知症など、生活において他人事ではなく非常に身近な症状です。

「認知症になると人が変わってしまう怖いものだ」と思いがちですが、実際にそうなのでしょうか。

『VR認知症体験』は認知症が引き起こす行動は理解できないものではなく、混乱した状態なら誰でも通常とは違う行動をするものであると理解することで、認知症を理解する手助けをするためのコンテンツです。

2017年12月18日、東京・渋谷の100BANCHで「Social Good Meetup by Panasonic ~VR体験を通じた高齢化社会の理解~」がパナソニック株式会社により開催されました。Social Good MeetupはパナソニックのCSR・社会文化部が社会課題と社員とを繋げるオープンな学びの場として2016年から開催しています。


本イベントはVR認知症体験を通して認知症への理解を深め、認知症のある人への寄り添い方を見つけることが目的です。

ゲストには『VR認知症体験』を制作し提供している株式会社シルバーウッド代表取締役の下河原忠道氏を迎え、サービス付き高齢者向け住宅「銀木犀」を運営した中での体験談を含めたセミナーと、若年性認知症の人の体験談をもとに制作したVR認知症の体験が行われました。

VR認知症体験


VR認知症体験は実際の認知症の人の体験談をもとに制作され、自分自身が認知症の人の視点で見る360度実写映像作品です。

今回体験できたコンテンツは3つ。

・『私をどうするのですか』 車から降りるだけのはずが、認知症の人には実は違って見えている体験。

・『ここはどこですか』 電車の中で突然どこの駅で乗り換えればいいのかわからなくなってしまっている体験。

・『レビー小体病幻視編』 認知症の内の一つであるレビー小体型認知症で起こる幻視を体験。

車から一歩も踏み出せない

最初に見たのは『私をどうするのですか』です。自分が認知症の女性になり、車から降りるシーンを没入感が上がるように立って体験します。

「着きました、降りてくださいー」とにこやかに声をかけられ周囲を見渡すと、ビルの屋上に立っています。背後には介護士の人が2人、「大丈夫ですよー足下ろしてくださいねー」と子供に諭すかのように笑顔で話しかけてきますが、下を見ると7~8階建てはあろうかという高さ。とても足を出す気にはなれませんし、「なぜ、どうなってるの?」という混乱したモノローグが頭の中に響いてきます。

「大丈夫ですよ」と促され無理やり足をビルの外に踏み出した瞬間、足は地面の上にあり周囲はホームの玄関に変わっていました。

車から降りる=ビルから飛び降りると見えることがある、とは想像したこともなく、体験した後は衝撃を受け放心してしまいました。

背後で笑って「大丈夫ですよ」という介護士がこんなに腹立たしく感じるとは思いませんでした。前に立ってビルの外ではなく地面の上であることを証明してくれれば、まだ安心するのではないか。自分が体験したからこそ、もし同じような状況になってる人が居たら「大丈夫ですよ」と言う代わりに「何が見えてるか」、「どうして欲しいか」を問い掛けようと思えました。

突然どこで降りるかわからない不安

『ここはどこですか』は、目を開けると電車の座席に座っているところから始まります。周囲には普通に音楽を聴いている人や寝ている人などがいる中で、突然どこで乗り換えるべきかわからなくなってしまったというモノローグが頭に響いてきます。行先は横浜だけれど一体何線に乗っていて、乗り換え駅はすでに過ぎたのかこれからなのか全くわからなくなっています。

とりあえず多くの乗客が降りる駅に一緒に降りて駅員に「ここはどこですか?」と聞くも「改札はあちらですよ」と案内され、どうしていいかわからなくなる心細さと不安感となぜ覚えていないのかと困惑する感覚を体験しました。

体験では親切な女性が「どうしましたか?」と聞いてくれたため、横浜へ行きたいが乗り換え駅がわからなくなったことを説明して案内してもらうことができました。


『ここはどこですか』は、若年性認知症になった『丹野智文 笑顔で生きる -認知症とともに-』の著者である丹野智文氏の体験談から制作したとのこと。丹野氏によると突然自分がどこにいるかわからなくなることを理解してもらい、「どうしたいのか?」と周囲の人が聞いてくれれば、問題なく対処できることを知ってもらいたかったとのこと。実際丹野氏は若年性認知症発症後も会社員として仕事し、講演を行ったりしています。

何も知らない状態で、突然見知らぬ人から「ここはどこですか?」と聞かれれば怪訝になり警戒もしますが、本体験をした後ならばサポートできます。

現実と区別がつかない幻視


『レビー小体病幻視編』は『私の脳で起こったこと レビー小体型認知症からの復活』の著者である樋口直美氏の体験をもとに、樋口氏がシナリオ執筆と演技指導をした作品です。

楽団のミーティングに参加するためマンションの一室を訪れたところから始まります。ドアが開くと突然人が立っていたかと思うと一瞬にしてコート掛けに戻りました。この位なら見間違いとして気にしないかもしれませんが、こういう見間違いのようなことがさらに増えていきます。

案内されリビングに入ると4人の人がいますが、笑顔で「いらっしゃい」と声をかけてくれる人は2人。他の人と変わりが無いように見える冷蔵庫の前で立っている人、窓の近くでしゃがんでいる人はどうやら幻視のようです。幻視だと思えるのはすぐそばを通っても全く反応しないからです。

ソファに腰かけ、見上げると天井には黒い虫が飛び周り、テーブルの上には蛇がうねうねと動いています。蛇は眼の前の人が触れた瞬間、スマートフォンのケーブルに変わりました。虫はいつまでも飛んでいます。

入り口から犬がやってきたかと思うとテーブルにぶつかった瞬間消滅し、出されたチョコケーキの上には蛆虫が踊っています。みんなケーキが美味しそうと笑顔ですが、自分には蛆虫が乗っているように見えてとても食べる気にはなりません。

表情が固まっていることが相手にも伝わるのか、周囲の人から心配そうに「ケーキは嫌い?」「とても美味しいわよ?」と声をかけられたところで終了しました。

どれが自分にしか見えないもので、どれが他の人にも同じように見えているものか、消えるまでまったくわかりません。知らない人がいることも、ケーキに蛆虫が乗っていることも言えませんし、かといって食べることもできず、どうしたらいいのか、どう言ったら周囲の人に伝わるのか、当事者の人の戸惑いや恐怖や苛立ちを感じられる体験でした。

樋口氏によると幻視は触ったり、照明の変化で消えますが、樋口氏は知らない人などは怖くて触ることができないため誰かが触れるなどして消えるまでは、幻視か現実に存在しているかわからないとのことでした。

幻視は個人差があり怖いものだけでなく、綺麗なもの、可愛いものを見ることもあるとのこと。

症状はストレスで悪化するのでできれば幻視が見えてるとき、周囲の人間は存在してないと否定したり怒ったりしないで、何が見えているか聞いて一緒に楽しんで面白がって欲しいそうです。遠視近視と同じように幻視があると思ってくれれば幸せに生きられるという言葉が印象的でした。

体験して幻視がここまで現実と変わらなく見えるとは思いませんでした。文字で読んだり話を聞くだけでは現実と変わらない、実在している人や物と見分けがつかないということが理解できなかったでしょう。

下河原氏の「夜、布団に入ろうとめくったら知らない人が寝ていたらどうするだろうか?誰でも悲鳴を上げるのではないだろうか。」という説明が体験後はとても納得できました。

体験者同士でディスカッション

体験する前には、参加者はまずアンケートを書きます。認知症についてどう思うか?認知症の人を外に出すべきではないと思うか?など認知症についての知識やイメージ、認知症の人に対する対応など20程の項目に答えていきます。

各映像を見た後、他の体験者とディスカッションします。どう感じたか?「なんで他の人に聞かないのかと思った」「足がすくむ」「本当にあんな風に見えてるの?」などと意見がでます。

筆者は4人グループの中にいましたが、中には母親が軽度の認知症で介護をしている人もおり、自身の体験も交えて会話が進みました。

サービス付き高齢者住宅「銀木犀」での入居者について

実際に株式会社シルバーウッドが運営している「銀木犀」では認知症の人はどう暮らしているか、本当に認知症は怖がる必要があるものなのか、という解説がありました。

下河原氏によると、周囲への理解のために「銀木犀」では駄菓子屋やカフェを併設し、子供や子供の親が「銀木犀」に普段から入り、入居者の人と仲良くしてもらっているとのこと。

毎月のように施設では近所の人をもてなすことを目的としたお祭りを開催、入居者と地域の交流が作られています。

今までの認知症の人のイメージを覆すのは、駄菓子屋の店長もお祭りの運営も入居者がしていることです。

入居者が認知症だからすべてを世話するのではなく役割を担ってもらう。もちろん店長はお釣りを間違えることもありますが、子供たちは理解しているので問題はないとのこと。かつて銭湯の番台に座っていた入居者が店長になったときは月の売上が40万円を超えたこと、歩行器でよちよちと歩いていた人が、「早く!早く!早く!」と駄菓子屋の開店を待つ子供のコールに応えて、歩行器を持ち上げてすたすた歩き出した事例などを聞くと、今までの認知症の人のイメージが崩れていきました。

VR体験で当事者視点に立つ

下河原氏は多くの問題は当事者の視点に立てていないことが問題なのではと考え、本コンテンツを制作したそうです。「認知症予防」という言葉をよく目にしますが、認知症の本人からしたらどう思うだろうか?認知症の人は存在自体許されない社会のお荷物だろうかと。

風邪を引いた人が辛いと言えば誰もが風邪を引いたことがあるから辛さがわかっても、認知症になったことがなければ認知症が辛いと言ってもわからないと。

本コンテンツは看護学校や医学部の学生にも見せていて、体験した学生からは本を100冊分読むより理解できたとの感想もあったそうです。

認知症の初期症状を体験することで初期段階で発見もしやすくなります。

今後は、LGBTやワーキングママの体験など色々な立場の人の体験を制作していきたいそうです。

現在は、高齢者の看取り体験を制作中とのこと。高齢者の呼吸が止まり救急車を呼ぶと、現在の救急医療では救急隊員も医者も電気ショックや心臓マッサージなど心肺蘇生措置をとらなくてはならなりません。しかし、高齢者の場合心臓マッサージをすれば骨がマッサージにしたがってポキポキと折れてしまいます。

心肺蘇生措置は本当に必要なのか、家族や社会が考えるきっかけになるのではないか、と語りました。

難しい課題ですが、エンターテインメント要素は必要とのこと、楽しく理解して目指すはアカデミー賞を受賞することだと言います。

来年には動画プラットフォームを配信予定とのことなので、コンテンツが手軽に見られるようになります。


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