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現実とはいったい何なのか。考えて未来をつくるための「現実科学ラボ・レクチャーシリーズ」レポート

2021年11月30日、現実科学ラボ主催によるイベント「現実科学ラボ・レクチャーシリーズ Vol.18」がオンライン開催されました。現実科学ラボはデジタルハリウッド大学大学院 藤井直敬研究室と、その藤井氏が代表取締役を務める株式会社ハコスコのジョイントラボです。

同ラボではこれまでに十数回のトークイベントを行ってきましたが、18回目となる今回はゲストとしてデジタルハリウッド大学学長の杉山知之氏、およびロボットコミュニケーターの吉藤オリィ(吉藤健太朗)氏が参加。両氏のこれまでの活動について触れながら、登壇者がそれぞれに考える「現実」にのついてレクチャーとディスカッションが行われました。本記事では、このイベントをダイジェスト形式でレポートします。

イントロダクション:藤井直敬氏「現実科学とは」

イベントは現実科学ラボを主催する藤井氏のトークからスタート。藤井氏がラボ名に冠する「現実科学」という言葉を作った理由について、「“現実”があまりに当たり前すぎて、人はそれを考えることをしていない。そこで、まずは“現実”というものを定義し理解することでより豊かな“現実世界”を作ることが大事」と語りました。

ここで言う「現実を考えない」とは、人がみな脳の中に閉じ込められてしまっており、その外側に世界があることを忘れて主観世界にのみ意識が向かっている状態を指します。藤井氏は「現実とは何か」ををずっと考え続けることで、いろいろなことが明らかになってくるだろうと考えているそうです。


(現実を定義・理解し、豊かな現実世界を作るのが「現実科学」だ)

藤井氏は現実科学のターゲットはであるとし、脳の認知機能を理解してそこにテクノロジーを導入し、豊かで創造的なコミュニケション空間を作ることが大事だと指摘します。豊かさを作るために必要な要素として、藤井氏は「人の創造性」を挙げ、人の創造性は無尽蔵に出てくるものだと考えていると言います。一方で、豊かさを作るのに必要なもうひとつの要素、「自然の豊かさ」には限度があるとも語りました。

現実世界では限られたリソースの奪い合いが起こっている一方、デジタルなリソースについてはテクノロジーの進歩により日々コストが下がっており、自然のリソースとは異なる豊かさを持ちつつ、無尽蔵とまでは言わないが豊かなリソースとなりつつあることを指摘。「人の脳の中にある『創造性』という豊かなリソースと、テクノロジーを使ったほぼ無尽蔵なデジタルリソースを使うことで、世界を、社会を、そして人を豊かにすることが私たちがやるべきことだろう」と語りました。        

現実科学ではまず「現実を定義する」ことが必要だと言う藤井氏。これは自分自身と向き合うということであり、ひいては自分の脳と向かいあうということ。「現実科学ラボ・レクチャー」シリーズでは、これまでもゲストとともに「現実とは何か?」を、明確な答えは出ないものの議論を続けてきたそうです。

ここで藤井氏は今回の登壇者のひとり、杉山氏の著書『Re-Designing the Future Digital Stream』(邦題:『デジタル・ストリーム – 未来のリ・デザイニング』)を紹介。書名にもある「Re-Designing the Future」という言葉が今回のキーワードになるだろうとし、杉山氏のレクチャーへとバトンをつなぎました。


(杉山氏の『Re-Designing the Future Digital Stream』(1999年刊、左)。現在絶版だが、電子書籍版の刊行が予定されているという)

レクチャー:杉山知之氏「現実とは何か」

藤井氏のオープニングトークに続いては、デジタルハリウッド大学の学長である杉山知之氏が「現実とはなにか」と題したレクチャーを行いました。レクチャーでは、氏にとっての人工現実感(Artificial Reality)の原体験や、杉山氏に影響を与えた研究や実験の事例、そしてMITメディアラボ客員研究員時代の話などが語られました。


(杉山氏にとっての人工現実感の原体験は、オーディオにおいて「臨場感」(Presence)という言葉に出会ったことだという)

杉山氏はレクチャーの中で、現実感に関連するいくつかの過去の研究事例を紹介しました。

(インターフェイス研究のひとつ「SEEK」は、ネズミの動きに合わせてマニピュレーターでブロックを動かすというもの。全体としてひとつのメディアアートにもなっている)

(音声入力とジェスチャーでCGを描画する「Put That There」。1979年の研究)

(「Aspen Movie Map」はGoogleストリートビューの祖ともいえるプロジェクト)


(「Aspen Movie Map」はインタラクティブなコンピュータメディアであるということに多くの人が衝撃を受けた。杉山氏にとっても活動の原点のひとつになっているという)

続いてはMITメディアラボの創設者であるニコラス・ネグロポンテ(Nicholas Negroponte)の話題に。ネグロポンテ氏は1985年のMITメディラボ設立前から2000年の未来を予測。コンピュータを用いたマルチメディア化を予見しており、杉山氏も最初にこれを聞いたときには大変驚いたと言います。

また、ネグロポンテ氏とともにMITメディアラボを立ち上げたジェローム・ウィスナー(Jerome Wiesner)の「21世紀の最大の問題はコミュニケーションになるだろう」という予測にも杉山氏は影響を受けたと語りました。


(ネグロポンテ氏のビジョンに影響を受け、杉山氏が1990年ごろに考えたビジョン。後にここにICT(Information and Communication Technology)の概念が加わることになる)

さらに杉山氏はMITメディアラボ時代に影響を受けた人物として、コンピュータ科学者マーヴィン・ミンスキー氏、シーモア・パパート氏を紹介。彼らの言葉や教えが、後のデジタルハリウッド大学設立時のヒントにもなったということです。

デジタルハリウッド大学設立に際しては、21世紀の地球がコンピュータとそのネットワークで覆われ、新しい「地表」になるという見立てがあったという杉山氏。それは人間の作業の一部をコンピュータが肩代わりするなどというものではなく、根底から人類社会を変えるものだと考えていたと言います。それゆえに、デジタルハリウッド大学設立時のキャッチフレーズは「Re-Designing the Future」になったとのこと。



(「Re-Designing the Future」はデジタルハリウッド大学設立時のキャッチフレーズ。その精神は現在まで受け継がれている)

最後に杉山氏は、これから私たちが目指すべきフロンティアについて語りました。杉山氏は「今の若い人たちはSBNR(Spiritual But Not Religious。宗教を信じているわけではないが精神的なことは好き)と言われている世代らしいが、いずれにせよテクノロジーを下敷きとして進んでいくだろう」としたうえで、フロンティアは大きく「宇宙」と「VR空間」があるとしました。

宇宙については、最近では商業宇宙飛行もよく目にするようになったものの、実行するにはお金や健全な肉体などのコストがかかります。それに対し、VR空間のほうは目の前ですぐ始められると杉山氏。そしてVR空間のカギとしてブレインマシンインターフェイス(BMI)の可能性を指摘しました。さらに杉山氏は「サイバーとリアルの境界がなくなり、すべてがリアルになる」と述べ、装置によって違う“リアル”に何十億人もの人が行けるようになる未来に期待しつつレクチャーを締めくくりました。


(人類が目指すべきフロンティアは宇宙とVR空間であるとする)


(サイバーとリアルの融合は、杉山氏の以前からの持論でもある)

ディスカッション:杉山知之氏 × 吉藤オリィ氏× 藤井直敬

杉山氏のレクチャーの後は、杉山氏・吉藤氏・藤井氏3氏によるディスカッションへ。このパートから登場した吉藤氏は、分身ロボット「OriHime」の研究開発で知られるロボットコミュニケーターですが、福祉機器、とりわけ車椅子の開発者としても知られています。ディスカッション冒頭での自己紹介では、吉藤氏が開発した車椅子の事例が紹介されました。


(段差を越えられる車椅子)

(視線入力で立ち上がり、移動できる車椅子。将来的にはBMIなどでさらに扱いやすくなるのではという)

吉藤氏は「自分の肉体だけが我々の能力のすべてではないんです。テクノロジーと融合することでサイボーグ的に生きていくこともできる。今“できない”という課題を持っているからこそ、どうやったらできるようになるかを考えることができます。私は『“できない”には価値がある』とずっと言い続けています」と言います。さらに続けて「“できない”ということを認識するのが大事で、技術やアイディアをを組み合わせることでこの世界や未来は変えていけるんです」と語りました。

また、吉藤氏が手がけるOriHimeについても紹介。いかに「健康寿命と平均寿命の差を埋めるか」「寝たきりの先に憧れを作るか」を課題に、学校に通ったり、肉体をともなわずにお墓参りや結婚式、海外旅行に行けるようにするとのこと。また、実際にOriHimeを使って、寝たきりの人でも働ける場所として「分身ロボットカフェ」も営業しています。


(人は男女とも最後の10年は日常生活に制限が出てくるという)


(視線操作とOriHimeで描いた絵の事例)


(東京・日本橋で営業中の分身ロボットカフェ。元バリスタの女性がOriHimeを通じてそのスキルを再び活かせるように)

吉藤氏の自己紹介に続いては、三名によるディスカッション。杉山氏のレクチャーで登場した「境界」という言葉をきっかけに議論が始まりました。藤井氏は杉山氏のレクチャーで出てきた「境界」という言葉を取り上げ、吉藤氏の取り組みや、杉山氏のレクチャーでも登場したマルチメディアが「境界を越える」ことで新しい価値を生み出していると指摘します。

藤井氏は続けて、杉山氏が「デジタルハリウッド大学を続けていく中で、その分野に全く興味がなかったのに突然爆発的に伸びていく、ありていに言えば“化ける”人を大勢見てきました。こういったことがしょっちゅう起きるから楽しくてやめられないんですよ」と語り、デジタルハリウッド大学での学びを通じて飛躍的に成長する学生が出てくる理由を杉山氏に問いました。

それに対し杉山氏は「学ぶ人の邪魔をしないから、ですかね」と回答。杉山氏は日本の教育は個人のクリエイティビティを抑えぎみにする傾向があるといい、一方で「何か踏ん切りをつけて入学してきた人が、好きなことにうまく巡り会ってかつ邪魔されなければ伸びる、というのは毎年感じている」と、デジタルハリウッド大学の学習環境をあらためて振り返りました。

また吉藤氏も、自身の教え子たちの中から、本来教え子たちの専門ではない領域でのプロジェクトが立ち上がった事例を挙げ、「嬉しいとか喜んでもらえるとか、いいリアクションが飛び交う環境で人は伸びる」という持論を語りました。


(寝たきりの女性の「料理を作りたい」という希望に対し、遠隔操作ロボットで料理を作るプロジェクトを発足。メンバーには美大生など、本域ではないメンバーも参加していたという)

また、杉山氏はデジタルハリウッド大学のG’s ACADEMY(ジーズ・アカデミー)を挙げ、「元々何かの業界で働いていた人が、自身のいる業界に対し『うちの業界はなぜこれを止めないんだろう』『なんで変えないんだろう』という思いがピークに達したとき、自分でやろうとなる。そういう人が来ると初めての分野でもやれてしまう。だから、何かひとつ極めた人がまた違うことを勉強するというのは本当にいいことですよね」と、“境界を越える”取り組みのメリットを指摘しました。

続けて杉山氏はダイバーシティ(多種多様性)とインクルージョン(社会的包摂)について言及。「僕らは『アメリカにはダイバーシティがある』と聞いていて、たしかに多様性はあるんだけど、ちゃんと混ざりあっているかというとそうではなかった。確かに認めてはいるんだけど、一緒にいてもいいよっていう人でも実際には混ざってくれないこともよくあったんですね」と、自身のMITメディアラボ時代の経験を振り返ります。

さらに「これからはインクルージョンだと言われているから、個人もインクルージョンされていくけれど、おたがいに違う、本当にダイバーシティを実現している人たちがインクルージョンで一緒に何かやっていく、ということをもう少し広めたほうがいいのではないかと思います」と自身の考えを述べました。

吉藤氏はそれに呼応し、「今までは『自分が楽しいと思ったことが楽しいんだ』と思ってたんですけど、『ほかの人が楽しいと思っていることをきっと自分も楽しいと思えるはずだ』と。多様的で『みんなバラバラでいいじゃない』というところから、それが混ざることのよさ、合理性というよりも楽しさを見出すことができた気がしています」と返しました。

セッションでは続けて、イベント参加者からの質問に答えるコーナーに。いくつかの質問がありましたが、その中で杉山氏に対し「杉山先生が今考える、実現させたい現実は何でしょうか」という質問が。それに対して杉山氏は以下のように回答しました。

「この数年で本当にショックを受けたのは『こんな21世紀になるはずじゃなかったんじゃないか』ということ。我々が実現したいことというのはやはり“素晴らしい未来”だったはずなんです。素晴らしい未来にはいろいろな意味がありますが、20世紀に人類がやったことが今しっぺ返しのように来ている。そこにはすごいショックを受けていて、これはやっぱりどうにかしなきゃ、っていうのはあります」。

また、現状がこうなっている原因を吉藤氏に問われると、次のように答えました――「やはり人がお金を大好きになり過ぎたんじゃないですかね。資本主義がいけないというわけではなく、倫理観を持たずに動く人が多くなり過ぎたということです。確かにお金があると何でもできてしまうという気持ちになるのもわかるけれども、人間として守るべきラインというか、そういうのをちょっと忘れ過ぎてしまったのかなと」。

最後に藤井氏は杉山、吉藤両氏にそれぞれが考える「現実とは」何かを質問。杉山氏は「今自分が感じていることが現実である」と回答。「やっぱり感覚器から『今なにか感じている』と思った瞬間が自分にとっては現実である」と言い、後からテレビやウェブサイトで見たりするものは単なる情報であり、「これが現実」と言われてもあまり現実感は感じられないとしました。一方で、感じてさえいればそれが物理的なものかバーチャルなものかは全然関係ないとも述べました。

一方の吉藤氏は「認識の共通化」であると回答。自分一人しか認識できないものは妄想でしかないが、二人以上の認識が一致すればそれは現実として確定して拡張していくと考えているそうです。「自分一人の妄想とか勘違いというのはよくないことだと考えるかもしれないけれども、他の人たちと同じものを見ることができればそれは広がっていくし、変えられるんじゃないかと思っています。結論としては『いい夢はみんなで見ましょう』ということです」と締めくくり、イベントは終了となりました。

2022年からデジタルハリウッド大学の正式な公開講座に

現実科学の領域での教育・研究にさらに注力していくため、デジタルハリウッド大学および現実科学ラボでは「現実科学ラボ・レクチャーシリーズ」を2022年1月の回からデジタルハリウッド大学の正式な公開講座としてリスタートします。これまで同様、藤井氏をホストにさまざまなゲストとともに“現実を科学”していくとのこと。最新情報は現実科学ラボ公式サイトから。

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