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業界動向 2023.05.09 sponsored

老舗建設会社のXR担当が明かした「苦悩」と「希望」(聴き手:PwCコンサルティング)

建設業界では3DCADデータの標準化、BIMの活用、屋外測位デバイスの革新など、リアルとデータを結び付ける取り組みが先行して進められています。XR産業の黎明期から、各種デバイスやAR/VRコンテンツを現場の作業に活かす試みもなされてきました。

いわば、建設業界はXR技術の普及に向けた課題に先んじて取り組んでいる業界であり、その当事者が抱えるリアルな問題意識をうかがい知ることは、他業界のマネージャーにとっても、実務を担う開発者やクリエイターにとっても有意義であると考えられます。

そこで今回は、総合インフラサービス企業として100年以上の歴史を持つ前田建設工業のXRプロジェクト推進担当者をゲストに迎え、XRプロジェクト推進に数年にわたって関わる中で得られた経験を率直に語っていただきました。聴き手はPwCコンサルティング合同会社(以下「PwCコンサルティング)」のお二人が務めました。

連載第1回で、PwCコンサルティングの「XR/メタバースチームは『現場』志向のチームメンバーが多い」と語られた通り、対談当日には、前田建設工業のお二人と、「現実」に起きたさまざまな課題を語り合うことに――。

川西 敦士 / Atsushi Kawanishi
前田建設工業株式会社 技術企画・管理室。入社後、土木事業に関する設計技術部門、事業変革・DX推進部門を経て、現在は技術企画・管理室に在籍する。

井上 卓 / Taku Inoue
前田建設工業株式会社 技術企画・管理室。入社後、主に土木事業の施工管理業務に従事。土木技術部を経て、事業変革・DX推進室に在籍。現在は技術企画・管理室も兼務する。

中山 晋吾 / Shingo Nakayama
PwCコンサルティング合同会社 Technology Labratory。国会議員秘書、IT企業を経て現職。 PwCコンサルティングに入社後は、XRやメタバース、Web3.0領域の市場調査、アイディエーション、PoC推進、事業計画策定支援に従事。

岡本弘毅  / Hiroki Okamoto
PwCコンサルティング合同会社 Technology Laboratory。建築、広告関連企業を経て現職。デジタル分野での長年の経験から、XRなどのテクノロジーを組合せたビジネス、UX開発に従事。多様な産業に、ビジネス課題を解決する、ユーザー中心のデザインを実現することに尽力。

進行:Mogura VR編集部(笠井康平)

建設現場における「見えないものが見える」

——まずは、XR活用に取り組むことになったきっかけをお聞かせください。

川西:多くの業界がそうであるように、建設業界もまた、人手不足や長時間労働といった課題を抱えています。全役職員に生産性の向上が求められているのは、我が社も例外ではありません。そのためにはICTの活用が不可欠と考え、さまざまなテクノロジーを導入しています。XR活用もその一環として当然検討しなければと考え、国内外問わず、さまざまな業界動向をリサーチしてきました。

——「業務のデジタル化(DX)」にXRを活用しようということですね。

川西:たとえば、作業現場で設計図面を共有するときは、タブレット端末を用いるようになるなど、徐々にDXは進んでいると感じています。

PwC中山:現場導入を念頭に置いたAR/MRデバイス活用などの取り組み実績を公表されていますよね。検討開始から数年が経ち、XR活用の方向性も見えてきましたか。

川西:2019年頃から社内で、かれこれ十数件の実証実験(PoC)を進めてきました。さまざまな先行事例を概観した今では、建設・土木分野における価値は「五感を拡張できること」だと捉えていますね。

井上:「見えないものが見える」ようになったり、「触れないものに触れる」ようになったりすると、ステークホルダーの合意形成が速まるだろうと期待しているんです。たとえば、谷間に大きな橋を架ける計画があるとします。ベテラン設計者が現地を下見すると、建設予定地にはまだ建造物の姿形がまったくないのに、完成イメージが頭に浮かんでいるんですよ。「ここに橋脚が立って、完成後はこういう景色になる」と。

――まさに「見えないものが見える」わけですね。

井上:XRを活用すれば、設計者にしか「見えない」ビジョンを多くの方が「見える」ようになって、さらに合意形成しやすいのではないかと期待しています。大規模開発であれば立体モデルをつくりますが、中小規模では手書きで完成イメージを伝えることも多いです。施工に関わるすべての方が、設計図面を読み解けるわけではありませんから。

――XR活用で、現場で働く方々を「つなぐ」期待があると。

川西:他にも、測量等による境界範囲の明示や、設計・施工計画段階における取り合いの確認、実空間上での作業詳細の明示。安全関連であれば、パトロールの指摘内容や新規入場者教育といった用途には使えそうだと分かってきました。ただ、その成果はどれも局所的で、「これだ!」と思える活用法は、まだ見つかっていませんね。大きな可能性を感じながらも、いま一歩、踏み込めていないというか……。

――これからXR活用を始める方とは異なり、川西さんと井上さんはいわば「応用問題」に取り組んでいるのですね。

過酷な環境でも「パッと使える」デバイスを求めて

——導入に当たって、「現場」ではどんな障壁がありましたか?

井上:土木建築の現場環境は非常に苛烈です。暑い、寒い、電波が届かない――。さまざまな条件に対応できる理想のデバイスを、まだ見つけられていません。景観の変化が乏しい環境では、位置特定のための特徴点を見つけづらいなど、屋外特有の制約もあります。

PwC中山:VRデバイスは室内利用が主流で、ARグラスは重量や充電時間が屋外利用の制約になることもあります。メーカーもユーザーも、知恵を絞っている最中ですね。

井上:仮にデバイスが進化して、苛烈な環境に対応できたとしても、現場の全員が「使いたい」と思える使用法を見出せなければ使われません。ヘッドマウントディスプレイのような「かぶる」デバイスを、酷暑の中で使いたいかというと、きっとそうはならない。

XR活用が先行しているのは、オンラインイベントやゲームのように、日常から離れて「体験に没入する」用途だと見ています。日々の仕事で「パッと使う」というような応用例は、まだ少ないのかもしれません。MRデバイスも試していますが、どうしても「酔う」心配がありますし。

PwC中山:XR体験の「没入感」までは、建築現場の作業者には求められていないと。

井上:現場で汗を流してくださる方々も、「今のやり方がベストだ」と思っているわけではありません。新しいテクノロジーを導入するとき、従来のやり方を変えることには多少の痛みも伴います。その痛みと導入するメリットを天秤にかけて、後者が大きいと分かれば、迷いなく導入することを選ぶでしょう。しかし現状は、XRデバイスの導入メリットが、運用コストを上回ると感じられていないんですよね。

PwC中山:社内でリサーチを進めていると、ARグラスの軽量化やスマートフォンの高機能化も進展しており、ヘッドマウントディスプレイを「かぶらない」活用事例も徐々に増えてきています。建設現場にフィットするものが見つかるかもしれませんね。

デジタルツインで現場の「現実」を伝えたい

川西:理想を語ればきりがないものの、いつか解決したい課題はまだあります。土木作業の現場監督は、五感をフル活用しながら、刻々と変わる「現在」の状況に合わせて、さまざまな判断をくだしています。「雨が降ったらぬかるみそうだから、ちゃんと養生しないと」とか、「土埃がけっこう舞いそうだから、水まきをしっかりしよう」とか。

利害関係者が合意形成を進めるには、そうした「現実」の情報が不可欠なんです。とはいえ、「現実」には情報が多すぎて、生半可なXRコンテンツでは太刀打ちできないんです。「もっと繊細な情景描写ができたらなぁ、新海誠監督の映画みたいに」と夢見ていますが、デバイス性能にも限度がありますからね。

——複雑な「現在」を正確に表現したいという、普遍的な課題ですね。では、「過去」や「未来」の表現はいかがでしょう。伝統的な建築物を3Dモデルで「保存」したり、災害が将来起きうる光景を「予測」したりする試みもあります。御社も、登録有形文化財 「旧渡辺甚吉邸」の移築活用プロジェクトに取り組まれていますよね。

川西:そうですね。私たちも「デジタルツイン」としての活用には期待を寄せています。公共工事における原則BIM/CIM化に向けて、各建設会社での推進が加速する中、当社でも単純な3Dモデルとしてだけでなく、工程管理としての4D、コスト管理としての5Dを見据え、営業・施工・設計技術が一体となった施工プロセスの最適化を図りたいと考えています。

井上:現場の方々だけではなく、現場を離れてサポートする方々も、仮想世界へ気軽に参加できるといいですよね。建設現場におけるものづくりの魅力は、単なる構造物の構築だけでなく、環境面や安全面への配慮、近隣住民の方々との関わりなど、多くの関係者と一体となって創り上げることにありますから。

PwC中山:離れた場所にいる人物やドローン・ロボット等の位置を特定するために、カメラとデバイスを組み合わせて、その場所のデジタルツインへ位置情報と現場の映像をリアルタイムに反映していく事例も考えられます。もちろん、現在の技術では「現在」「現実」を完全に反映したデジタルツインを構築することは困難です。それでも、例えばカメラを通した実写映像と被写体の位置情報を、デジタルツインによる空間情報と組み合わせれば、人の移動が困難であったり多人数で行くにはコストが大きかったりする現場でも、遠隔地から現況把握、課題発見、対応策導出・実施等を実現できるのではないでしょうか。

スモールゴールで「新しい挑戦」を

PwC中山:投資対効果(ROI)の評価を見越した、XR導入によるメリットの定量化に取り組むことも考えられます。例えば、業務に関わる全員が同じ景色を「見る」ことで、合意形成に要する「作業工数の削減」に寄与すると立証するのです。専用デバイスを使わず、市販のタブレットPCとカメラ付きドローンを用いるだけでも、十分に実現可能です。

「見ること」の拡張という意味では、ドローンを用いた映像表現は個人利用が先行して、次第に法人向けにも普及してきていますよね。XRを用いた視覚表現も、個人向けから法人向けに活用が広がる可能性は否定しがたいと見ています。まずは「小さく」始めることで、やがては「大きな」表現につながるのではないでしょうか。

井上:そうですね。私たちのような企業の強みは、資金力があること。チャレンジと失敗を繰り返しながらも、前に進み続ける体力は十分あると思っています。だからこそ、確かな技術力を持ったスタートアップとさまざまなことに取り組みたいです。必ずしもそのすべてが上手くは行かないとはいえ。

川西:スタートアップなどの共創パートナーとも、じっくり腰を据えて「新たな挑戦」が続けられないかと思っています。スタートアップと共創する場合、企業規模が小さいうちは、安定したソリューションパッケージの横展開が合理的ですし、個社向けのカスタマイズに割ける労力に限度があることも重々承知しているのですが……。

PwC岡本:その流れを加速させるためにも、大企業とスタートアップがそれぞれの強みを持ち寄り、シナジーを生み出せる、新たな枠組みを構築しなければなりませんね。

PwC中山:たとえば、御社は茨城県に総合イノベーションプラットフォーム「ICI総合センター」を構えていますよね。すでにたくさんの共創パートナーがいらっしゃると思います。XR事業を展開する企業もパートナーとして迎えられたら、技術普及の道筋が開けるのではないかと思っています。

建設 × XRプロジェクトは「総合芸術」

——何が「新たな挑戦」の障壁になりやすいのでしょうか。

川西:最大の障壁は、すべてのプロジェクト関係者にビッグピクチャー、すなわちXRで実現したい価値を共有しきれないことだと思っています。そもそも、専門家チームを組成すること自体の難易度が高いからです。

多岐にわたる事業領域に独力で対応できる企業は多くありません。「大きな画」を描くなら、さまざまなプレイヤーを巻き込まなければなりませんが、プレイヤーが増えれば増えるほど、ビジョンの共有はやはり難しくなります。関係者間の利害が必ずしも一致するわけではありませんしね。

――XRプロジェクトには、ビジネス、テクノロジー、デバイス、アートなど複合的な専門知識が求められますからね。それらの専門家を呼び集めて取り仕切る、「指揮者(コンダクター)」の役割が欠かせません。

井上:建設プロジェクトも、さまざまなステークホルダーとの協働で生まれる「総合芸術」なんです。総合芸術を成り立たせるには、プロジェクトに関わる全員が、とりわけ「現場」を預かる方々が、XR活用の具体的な価値を実感できなければならないんです。だからこそ、エンタープライズ向けXR活用は簡単ではないと感じていますね。

PwC中山:「総合芸術」としての建設プロジェクトにXRがどう活きてくるか、現場への浸透はいかにして可能か。その成否は、やはり「実践の繰り返し」に掛かっていると思いました。そして、それは一足飛びには難しい。まずは、メンバー間で協働しながら、それぞれの面で試行することが大事なのでしょうね。今日の話題でいえば、デバイス、コンテンツ、そしてプロジェクト推進においても。

PwC岡本:本日はありがとうございました。

対談を終えて

XR/メタバース業界で目立つ成功事例は、やはり「屋内で」「少人数の」「プライベートな」エンタメ利用です。とはいえ、エンタープライズ向けXRデバイス/コンテンツも、ここ数年で飛躍的に進歩しています。ほどなく日本市場にも展開されるであろう次世代デバイスは、携帯性や表現力の向上も進んでいます。都市データのオープン化や生成AIによる省力化で、導入コストのさらなる低下も期待されます。

もちろん、いま・すぐに現場で活きる実用例と、将来の社会変化を見越した研究開発は、そう簡単につながりません。事業会社の変革を担うチームは、そのどちらにも目配せしなければならないという、苦しい立場に置かれがちです。前田建設工業のお二人は、そのジレンマに立ち向かおうとしていると感じました。

エンタープライズ向けの技術普及を進めるには、XR業界全体で、既存の「常識」や「限界」を乗り越えなければならないのでしょう。これからますます重要になるのは、「現実」の複雑さを受け入れつつ、「現場」の声を活かしながら、さまざまな専門分野をつなぐ指揮者(リーダー)助言者(コンサルタント)の役割なのかもしれません。(インタビュアーより)

(インタビュー・統括: 笠井康平(Mogura)/ 企画制作: 森部綾子(インクワイア)/ 編集: 長谷川賢人 / ライター: 鷲尾諒太郎 / フォトグラファー: 栗原論)

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