2023年3月に開催された世界最大のゲーム開発者イベント「Game Developer Conference 2023」(GDC2023)。VRをはじめとするXRやメタバースに関連する話題も多く、会場のいたるところでそれらに繋がる展示や講演が行われていた。
VRヘッドセットを使ったVRゲームの展示が一般的になりつつあり各所で見られることに、2016年頃の「VR自体が珍しかった」時代からの変化を感じながら……思っていた以上に目に入ってきたのは「パススルーAR」を使った実験的なコンテンツだ。
パススルーは、VRヘッドセットの前面に搭載されたカメラを通して物理環境を見ることができる機能。VRヘッドセットをかけながら、物理環境の中でコンテンツを体験できる。現実空間とバーチャルな世界や物体を融合させる、いわゆるMR(Mixed Reality)の体験である。
GDCの会場では2022年10月にMetaが発売したQuest Proを使った展示を出しているブースが数か所あった。
現実世界を拡張しゲームの世界を顕現
成功しているVRゲームスタジオの1つであるスウェーデンのResolutgion Gamesは、GDC2023で新作のデモ「Spatial Ops」を展示。Quest Proを装着すると自分がいる部屋の中(狭い場合は壁の向こう側)にステージが広がり、敵が攻めてくるので様々な武器を使って自陣を守るFPSだ。
ビデオパススルーにより、狭いブースでも壁の向こうに世界が広がり、その没入感はピカイチ。これまでHoloLensやMagic Leapなどの“透過型”ARデバイスを使って壁の向こうに世界が広がるデモを体験したことがあったが、どうしても透明で現実環境が透けてしまう。ビデオパススルーの場合、完全に書き換えられる体験の没入感は高い。
同作はプロトタイプとのことで、MRのポテンシャルを感じるものの、さらに様々な表現に挑戦しようとしている。本プロジェクトをリードしているのは、エレクトロニック・アーツでバトルフィールドの制作に携わってきた開発者。FPSのクオリティに妥協することなく、自分の周りにある障害物を遮蔽(しゃへい)のために使うなど物理環境とのさらなる融合に期待したい。
Resolution Gamesのブースにて3人いる共同創業者2人とパシャリ。左がCEOのトミー・パルム、右がCCOのポール・ブラディ。Resolution Gamesは2015年頃の初期段階から様々なVRゲームを世に送り出し、現在は200名を超える開発スタジオに成長した。代表作は「DEMEO」。
個人開発者も注目する“MR”
GDC2023の会場では、ほかにも施設やイベントなど向けに、Quest Proを複数人で装着して体験するMR謎解きゲームの展示なども行われていた。
また、筆者が取材した個人制作のVRゲーム「cubism」の開発者トーマス・ファン・ボウエル氏も次回作は「パススルーARを使って部屋の中でスパイアクションのようにレーザーを避けるリズムゲーム」だという。ファン・ボウエル氏はQuest Proの発売日に「cubism」をパススルーに対応。
本来は真っ白な空間で集中して解くパズルゲームの体感をそのままに、現実空間で気持ちよくパズルを遊ぶ新たなプレイ感を実現している(「cubism」のパススルーモードは興味深い体感なので、筆者はQuest Proのパススルー機能を紹介するときに使っている。おすすめのコンテンツだ)。
全容は不明だが、公式Twitterアカウントのカバービジュアルがどんなゲームになるかを示唆している。
背景にあるハードウェア・プラットフォームの進化
GDC2023では、このようにMRがゲーム開発者に少なからず注目されているテーマだということが感じられた。展示以外では、Metaがスポンサーした講演「Games of Tomorrow – How VR developers are Mixing their Reality.(筆者訳:次世代のゲームーVR開発者はいかに現実との融合を実現しているのか?)は、200名程度の講演会場が満席で立ち見が出ていた。
こうした関心の高まりには、「パススルーを使ったMRコンテンツを作れるデバイスが登場した」ことが影響している。
これまでのVRヘッドセットでは、プレイエリアの安全性を確認するためなど、主要機能とはいえなかったが、2022年に発売されたVRヘッドセットでは、「フルカラー」、「高解像度」、「空間認識の機能が統合」などそのクオリティが上がってきた。
パススルー機能を有する現行世代のVRヘッドセット
ヘッドセット名 |
メーカー |
発売年 |
想定 |
特徴 |
XR-3 |
Varjo |
2020 |
B2B/産業向け |
人の目レベルの超高解像度 |
Quest Pro |
Meta |
2022 |
開発者/B2B向け |
一体型 |
Pico4 |
Bytedance |
2022 |
消費者向け |
単眼パススルー |
VIVE XR Elite |
HTC |
2023 |
B2B/消費者向け |
一体型、小型・軽量 |
Quest Proは、消費者向けのQuest 2に比べると国内価格は十数万円(発売時は20万円以上)と高額で、パススルー機能もまだ体験品質は十分とは言えない。賛否両論もあるデバイスではあるが、発売後半年程度で堂々と展示できるくらいには、コンテンツ開発者が出始めているということだ。
そして、Metaは今後消費者向けのQuest 2後継機にパススルー機能を搭載することを示唆している。これはつまり、MRコンテンツを作ることがゲーム開発者にとって新たな市場に飛び込むチャンスになると、暗に言っているのだ。
デバイスの新機能に対応することはもちろん開発者にとって新たな技術的な挑戦を意味する。「6DoF」、「ハンドトラッキング」などこれまでも様々なチャレンジに挑み続けてきた開発者がMRという新たな領域に挑戦しようとしている。複数の開発者と話して真っ先に上がったMRコンテンツ開発のキーワードは「Elastic(弾力的な)」という言葉。「MRで最も難しいのは、ユーザーの環境がバラバラなので、どんな環境でも体験を楽しめるようにコンテンツ自体が可変であるようにElasticにしなければならないこと」(ファン・ボウエル氏)。
部屋も違えば、人も違います。そこで、プレイヤーが身長や低さを設定できるパラメーターをいくつか用意しました。例えば、誰もが床を這うことができるわけではありません。
そのような設定ができれば、パラメトリックレーザーパターンもそれに適応して、可能な限りアクセシブルなものにしようとします。それはとてもチャレンジングなことです。例外がたくさん出てくるので、設計が難しくなります。
ーVRゲームをたった1人で作り上げ、その後も新機能に次々対応できるワケ 「cubism」開発者インタビュー
物理世界とバーチャルを組み合わせたゲームは、これまでもプロジェクターなどを使って施設などで大掛かりに展開されてきた。“家庭用”MRゲームの開発という新たな挑戦がすでに始まっている。