MRとVRでどのように表現や感じ方が変わるのか
今回ご紹介する「VESTIGE」は以前、当連載でも取り上げたMR映画「Fragments」のVR版になります。
今回、同じテーマでMRとVRでどのように表現が変わり、またそれによってどう感じ方が変わるのかを見ていきたいと思います。
基本的な内容はMR映画「Fragments」とは変わりません。最愛の夫エリックを亡くしたリサの心の中を旅するVRドキュメンタリーです。何もない空間の中に、2人が共に過ごした過去の記憶の断片が現れます。空間の中を移動し、これら記憶の断片に触れると、新しい記憶が呼び起こされ、物語が進んでいきます。
やがてその記憶は、心に残るカケラと絡み合い、エリックの死という衝撃的な瞬間へ導かれます。Aaron Bradbury監督はイギリスの国立宇宙センターにあるNSC Creativeで様々なインタラクティブなインスタレーションや没入型のストーリーテリング作品を手掛けており、その独自のVR作品は世界中の映画祭で高い評価を得ています。
オススメのポイント
1.制作のキッカケ
「私たちの記憶は宇宙よりも完璧な世界です。もはや存在しない人たちの命を与えるようなものです。」この物語は冒頭、フランスの作家であり、詩人のギ・ド・モーパッサンの言葉から始まります。
Aaron Bradbury監督は記憶と悲しみをテーマにしたこの作品を制作することになった時、監督自身が妻や子供などの身近な人を失う経験をしたことがなかったため、本当にこの物語を語ることができるのか不安だったそうです。
そんな時に、半年前に夫エリックを亡くしたリサに友達を介して出会います。リサもエリックを亡くした後、エリックの記憶さえも無くなってしまう恐怖を感じ、エリックとの思い出に導いてくれる人を探していました。そこから1年半の間リサのインタビューが行われ、Aaron Bradbury監督は彼女の心境が少しずつ変わっていくのを感じたそうです。
この作品ではリサの悲しい体験を通して、記憶と悲しみの複雑な世界と時間を通して変わっていくリサの心境を体験することができます。
2.分岐する物語
「VESTIGE」は複数の物語で構成されています。そのため体験者の見る方向や、取る行動によって物語が分岐します。エンディングも2つのバージョンが準備されています。
例えばリサが1番落ち込んでいるシーンでは、病院のベッドの上で死んでしまったエリックと対峙します。そのシーンでは2人のリサが現れます。一方に向くとリサは「これは私の中から消したい記憶」と言っているのが聞こえます。
しかし逆の方向を向くと「これは私の人生の一部だから消したくない」と言っているのが聞こえます。体験者はどちらかを向くことによって、リサの複雑な心の中を知り、悲しみと記憶について体験することになります。
今回「VESTIGE」で行っている“物語分岐”というインタラクションは、事実は変えることはできませんが、見方や行動によって感じ方や結果が変わっていく様子を描こうとしているのではないかと感じました。
3.MR版vsVR版
MR版では体験者によって体験するものは異なりますが、現実世界でリサの記憶の断片が視覚化されて表示されます。彼女の悲しい記憶で自分の日常が埋め尽くされるという感覚を疑似体験させる作品になっていたと思います。
VR版ではヘッドセットを被った瞬間に日常空間からバーチャル空間に移動されてしまうので、冒頭からMRとは全然違う心境で物語に入ることになります。
真っ暗闇の中にリサが電話している様子が浮かび上がります。そこではエリックとの楽しい記憶が語られます。暗闇の中を楽しい記憶が埋めていきます。その中で、悲劇は突然起こります。楽しい記憶は粉々になり、リサは暗黒の世界に落ちてしまいます。
リサは悲しくて消したくなるような経験をするのですが、彼女はエリックとの記憶を自分の一部として持ち続けたいとも思うようになります。暗闇の中に消えてしまいそうな記憶の断片を必死に守るためにエリックとの記憶を話し続けるリサの姿は心に迫るものがありました。
MR版では体験者の日常を、悲劇に変えてしまう感覚にショックを受けましたが、VR版ではリサの存在を感じながら、通常では見えない彼女の心の中を体験できる作品になっていたと思います。
作品データ
タイトル |
VESTIGE |
ジャンル |
ドキュメンタリー |
監督 |
Aaron Bradbury |
制作年 |
2020年 |
制作国 |
フランス、イギリス |
本編尺 |
約35分 |
視聴が可能な場所 |
Viveport:https://www.viveport.com/16e17359-1f07-4eaa-a975-3bcd4dc6ce51 |
Trailer
この連載では取り上げてほしいVR映画作品を募集しております。
自薦他薦は問いません。オススメ作品がありましたら下記問い合わせ先まで送ってください。よろしくお願いします。
VR映画ガイドお問い合わせ:[email protected]