Home » 【特別寄稿】バーチャル建築家の語る“未来の空間”の作り方 思想編


VTuber 2019.08.25

【特別寄稿】バーチャル建築家の語る“未来の空間”の作り方 思想編

2019年3月にVRchat内で行われた展示即売会「バーチャルマーケット2」。会場には3Dアバターや3Dモデルなどが数多く集まり、大きな盛り上がりを見せました。

会場である「バーチャルミュージアム」を設計したのは、バーチャル建築家の番匠カンナさんです。今回はバーチャル空間で常日頃から建築物を設計している番匠さんに、構想から建設に至るまでの背景について語ったものを寄稿してもらいました。(番匠さんの普段の活動について知りたい場合はこちら

※本記事は、番匠カンナ@バーチャル建築家さんのnote「バーチャルミュージアム・思想編」を元にしています。

2019年3月8~10日の3日間、VR空間上で開催された『バーチャルマーケット2』は、VR史に残る人類の挑戦だった。

ここではバーチャルマーケット2(以下、Vケット2)そのものの説明は省いて、私が制作にかかわった展示会場のひとつ、「バーチャルミュージアム」について、思想編と技術編にわけて書き尽くそうと思う。

当日VRChatで体験した人も、まだ行けていない人も、ぜひ読んでみてください!(会場は4月以降にPublic化される予定です)

Vケット2全体についての記事はこの辺りを見てみて。
MoguraVRさん、VRonさん、主催者:動く城のフィオさんの振り返り記事BOOTHの特集コーナー(膨大な数のエネルギッシュな出展品が見れます)

思想編① 背景

VRコンテンツ制作の多くの場面で聞く言葉として、「現実に似せないと初心者がついて来れない」という定説がある。

ここでいう「現実」とは、リアルな空間だけじゃなくて、例えばゲームで見慣れた風景なども含めた「人々がある程度安心して想像できる空間」のことを言っていて、VR自体がまだ異常体験なんだから、特に大人数が体験するソーシャルVR空間はあまり突飛に作らないほうがいい、ということだ。

これは、うん、たぶん正しい。

VR酔いなどの人間工学的な側面と、公共建築的な最大公約数の満足をベースにつくるべしという側面の2方向から、たぶん正しいよね。

でも私は、最初にVRを体験した人にこそ、見たことのない風景を見てもらいたいと思っていて。カグヤルナライブを見たモーリー・ロバートソンさんが「もっとVRだからこそな空間を期待してた」的なちょっと厳しいこと言ってた時に、うんうんと頷いたりしてた。

例えばVR上の音楽ライブの会場がお馴染みの鉄骨で組まれた仮設ステージだったとき、その鉄骨やステージは「これは音楽ライブですよ」という記号でしかなくて、そういう記号を取っ払った、体験そのものを形に落とし込むようなこと、できないかなぁと思っているのです。

Vケット2の会場はエントランス含めて6つあって、私が担当する「バーチャルミュージアム」はノンジャンルのため、「中世」「SF」といった参照できる言葉やイメージがないものだった。これは私にとっては嬉しいというか、特定ジャンルを表現する能力は全くないので、私にとって唯一つくれる会場だったし、それを知って頼んでもらえたんだと思う。

その結果できたのが、こんなVR空間。

抽象的な白の空間に、宙を舞うカラフルなデブリや花、ちょっと未来的な船の電光掲示板、斜面に広がる出展者ブース。

デジタルな感じの木や星、脚が長すぎる椅子、揺らめく水面。
(「サガフロ」の麒麟の空間を思い出したというツイートがあって、どんな空間か忘れたけど麒麟、好き、わかる、と思った)

思想編② 形態

次に、まだ見たことのない風景をつくるという考えは良いとして、じゃあ実際なんでこんな空間になったの?という話をしてみる。

まずは何より、他の会場が特定テーマを持っているなかで、ここは一番「バーチャル」に振ろうと思った。ただ、もちろん私も「想像の手がかりすらない全くの異空間」ではダメだと思ったので、誰もがTHE☆バーチャルだねって思う空間として、「サマーウォーズ」のOZは参考にした。白ベースで、カラフルなオブジェクトが飛び交っているイメージ、という部分。

ただ、OZは中心に村上隆ライクな巨像があって、そこから同心円に空間が広がっているのでジオメトリーはわかりやすい。太古から人類が慣れ親しんだ同心円だから、空間認識もしやすく安心。おそらく多くのVRSNSのHUBとなるエントランス空間は同心円を採用していると思う。中心に劇的な何かを据えられるので、ドラマチックにもしやすいよね。

ただ、形というものは全て無意識のうちに政治性を含むもので、例えば同心円というのは中央集権のイメージを持っている。これに対して、インターネット上に分散するさまざまなクリエイターが、平等に、複雑に関係しながら存在している状態を表すのに適切な形は何かな〜と考えて、ボロノイ図を使ってみようと思った。

ボロノイ図とは、ある距離空間上の任意の位置に配置された複数個の点(母点)に対して、同一距離空間上の他の点がどの母点に近いかによって領域分けされた図のこと……って

Wikipediaちゃんが言ってる。

上の図のどこかにもう一つ母点を追加したら、その近傍の領域には変化が起きるけど、遠くの領域はそのまま。あるクリエイション(母点)が周囲に影響を与えあって全体がなんとなくできている的な感じ。母点同士に主従はなく、中央集権と逆の分散型のイメージがある図だと思う。

ボロノイ図の変形版には、隣接する母点同士をつないだドロネー図というのがあって、こっちのほうが「なんか見たことあるネットワーク図」っぽいかもしれない。

ちなみにボロノイ図を象徴的に使う考えは特別なものでもなく、というのもバーチャルミュージアムをつくっている間に、上の「大阪万博2025」のイメージが出てきて、見事に2Dボロノイを使っていたんだよね。

そんなわけで、ボロノイを使う。それも、2次元じゃなくて、3次元ボロノイをランドスケープにしよう、というのがバーチャルミュージアムの一番大事なジオメトリーになるのです。(モデリングの話は技術編でやります)

この床をベースに、できる限り特権的・中心的性格を持つものをなくすように、ブースやワールド側オブジェクトなどあらゆる要素を分散させていくことにした。こういうのをアンチクライマックスな空間とも言う。

これがミュージアムの床。3Dボロノイの丘って感じ。

もうひとつ、これはただのオマージュなんだけど、バーチャルミュージアムのスカイボックスや巨星のテクスチャには、1967年の「モントリオール万博アメリカ館」という超絶かっこいい建物を使っている。バックミンスター・フラーという「宇宙船地球号」や「フラーレン」でも有名なヤバい建築家(というか建築家の枠に収まらない天才)が設計して、一度焼失したけど現在もモントリオールに建っている建物。いまは「Biosphere」といいます。

カナダを訪れていたSegawaさんという方にこの建物を紹介したところ、現地に行った挙げ句、気づいたら3Dモデルを制作していた…! というわけでワールドづくりに使わせてもらいました。ポリゴン数が悪魔的に多かったので、モデルとしてではなくテクスチャとしてスカイボックスに貼ることで、この偉大な万博遺産の内側に入ったときと全く同じ見え方の模様が見える仕掛け。

Biosphereの3Dモデルを中心から見たEquirectangular画像に変換したやつ

ちなみにバックミンスター・フラーは1962年に「クラウド・ナイン」という、巨大な都市をまるごと内側に納めた超軽量で巨大な球体が浮力で世界を飛んでいるという提案をしている。バーチャルミュージアムはこのクラウド・ナインの内側のどこかにある場所という設定だったりする。

同心円が中央集権的なら球もじゃん!って思う人がいるかもしれないが、フラーにとっての球は「最小の表面積で最大の体積を得ることができる合理的で効率的なジオメトリー」という以外の何者でもなくて、球の表面をどうつくるか以外に球の内側や中心がどうだという発想はないのだ。

なんか話がずれてきた!

思想編③ できてみて

というわけで、バーチャルミュージアムは、VR初心者にこそ体験してほしい見たことのない景色をつくることと、分散し影響を与え合いながら文化を形成していくクリエイターたちの世界を形で表現すること、その2つを考えてつくったもの、ということ、でした。

で、いざ3日間が始まって実際に体験してもらうと、刺さる人には刺さるし駄目な人には駄目、という賛否両論な空間になりました。

もちろん狙ってやったことなので、足場がわからない、順路がわからない、視覚情報が多くて疲れる、といった意見は、まぁその通りだと思う。(もちろん最大の問題は高負荷だったんだけど、それに関しては非常に悔しかったところもあり、Public化までに解決させます。その辺りの話も技術編に書きます。)

ただ、狙ってやったとしても、ブースの検索性等は改善していくべきこと。今回見つかった問題点がもし先にわかっていれば、それを何らかの形で解決した上で同じ質の空間をつくることは多分可能だから。もちろん「見たことのあるもの」に戻して解決、という後ろ向きな方法ではなくて。

最後にひとつ、自分に向けた問いかけとして。

バーチャルミュージアムをつくった背景にはVRChat近辺の3Dモデル文化、もちろんそれ以前に日本の漫画・アニメの文化、そしてインターネットや仮想空間、仮想通貨的な分散型ネットワークのイメージがあるんだけど、そういった日本文化や新しい概念に対して今回つくった空間が、美術批評で約20年前から言われているスーパーフラット」と呼ばれるものから、そう遠くないんだよね…。

平面的で、あらゆる要素が文脈から自由に等価に浮いていて、絵巻物のように焦点を持たない投影図的で、カラフルで、必然的にカラーを引き立たせる背景はモノトーンで、って感じ。

バーチャルミュージアムが目に疲れるとしたら、それは村上隆の絵が目に疲れることを引きずっているはずで、別にそれが悪いという話ではないし、むしろ20年経ってみんなが受け入れるありふれたイメージになったからTHE☆バーチャル感として参照できたんだけど、いま未来を描くなら20年前と違うものが描けるんじゃないの? 古くない私? という気もしていて、もし次回Vケットのワールドデザインがまたできるのであれば、そこはトライしてみたいな〜と。

というわけで、思想編は終わり。小難しい話を読んでくれてありがとう!技術編はこちら。

元記事:バーチャルミュージアム・思想編

2019年9月21日から25日まで、「バーチャルマーケット3」が行われます。詳細はこちらから。


VR/AR/VTuber専門メディア「Mogura」が今注目するキーワード